35話 軍師、救援要請に応じる
一ノ島にあるアキトの住居。
その居間に、アキト、スーレ、そして師駒たちが集まっていた。
セプティムスがアキトに訊ねる。
「アキト殿。コルベル殿からの急ぎの文……一体何が?」
「ああ。ノルデン伯から連絡があったらしい。北方のヴォシア伯領が陥落したと」
アキトはそう言って、卓上に広げられていた地図に視線を向ける。
「ヴォシア伯領は、大陸西岸北部でも中央に位置する……ここが堕ちれば、ノルデン伯領を含む周辺領もまずい。だからノルデン伯だけでなく、他の諸侯も連名で、アルシュタート大公に応援を要請してきた。他の諸侯や、帝都の元老院にも派兵を要請しているようだが、最寄りはアルスだけ。コルベスは、スーレに判断を仰いでいる」
それを聞いていたシスイが呟く。
「それは、北の魔王とやらの手勢のせいでござるか?」
「いや、どこの手勢かは分からない。ヴォシア伯領を落としたのは、いわゆるアンデッドの手勢だそうだ。すでに、アンデッドの軍勢は万を超すという」
スーレが首を傾げる。
「アンデッド?」
「死んでいるけど死んでないというか……種族問わず、動く亡骸だ」
「つまり、死んだ人もいるってこと……?」
「そう、なるな」
言葉を失うスーレ。しかし、すぐに質問を続ける。
「死んだ人がなんで、生きた人を襲うの?」
「死んだ人の本意じゃない。ネクロマンスという魔法で、亡骸を操作しているやつがいるんだ」
「じゃあ、誰かに操られているってことだね」
アキトが頷くと、アカネが呟く。
「胸糞悪い話ですね」
「ああ。しかも、アンデッドに襲われた者がアンデッドにされることも多い……」
「殺した相手を味方にする、厄介ですね。その中で、操っている者を探すのも大変そう」
アカネはげんなりとした顔で言った。
「ふむ。それでは確かに操っている者が誰か判明するまで、どこの手勢か分からぬでござるな」
腕を組んで言うシスイに、リーンが答える。
「もし、操っている者が北魔王軍なら、他の北魔王軍の手勢も呼応して攻めきそうな気がしますね」
その言葉にアキトは感心するように言う。
「まさにリーンの言う通りだ。しかし、この書状では北魔王軍に動きは見られないと言う」
「不幸中の幸い、ですね。とりあえず、そのヴォシアをなんとかすればいいわけですから」
アカネはそう答えた。
しかし、セプティムスはこう指摘する。
「とはいえ、北魔王軍からすれば、アンデッドの主が誰であろうとこれを南下の好機と捉えるかもしれない……なるべく早めに鎮圧されるといいですが」
アキトは首を横に振った。
「とても鎮圧できるような状態じゃないらしい……ほとんどの領地が、すでにアンデッドの侵攻を受けている。ノルデンも領土の北方を占領されてしまった」
しかもとアキトは付け加える。
「ヴォシアを中心に、侵された土地から多くの人々が避難している。アルシュタートほどでないにしても、西岸の領地は貧しい土地ばかり。養う余裕もないだろう」
それを聞いたスーレが言いづらそうに切り出す。
「なら……アルスに住ませてあげられないかな? もちろん、色々難しいことは分かっているけど」
「いや、スーレ。君がそれを望むなら、俺たちは手を尽くす。それに、アルスやアルシュタートは人手不足。彼らを迎え入れることは、俺も賛成だ」
「アキト……ありがとう。私にも手伝えることがあったら言って」
アキトは深く頷く。
「ああ……だが、皆の意見も聞きたい。アルスに避難民を迎え入れることをどう思う」
シスイは真っ先に答える。
「主がそう望まれるなら、某はただ従うのみ」
「私も姉様と同じく」
アカネも頷くと、リーンも「私も」と続いた。
しかし、セプティムスは違った。
「私も方針としては反対いたしません。アルスには確かに人手が必要です。しかし、際限なくとはいきますまい。食料の配分に関しても、北方の避難民の数がどれだけになるか把握する必要があるかと」
アキトは首を縦に振る。
「もっともな意見だ。俺の見立てでは、今のアルスで受け入れられるのは二千人から三千人が限界だろう。しかし、すべての北方諸侯領の人口を合わせれば十万人を超す。一万人以上の者が逃げてくる可能性もある。とても、全員は保護できない」
スーレは不安そうな顔で言う。
「じゃあ、いつかは断らなきゃいけないってこと?」
「その時が来れば、そうなるな」
「……そう、だよね」
そう甘くはない。スーレは辛そうな顔をしながらも頷いた。
だが、アキトはこう続ける。
「でも、俺たちには幸いにして、その時まで時間がある」
アキトは地図に記されたヴォシアに視線を戻す。
「問題の根源を絶てば、逃げる必要もなくなる」
セプティムスが険しい顔で問う。
「つまり、要請に応じヴォシアとの戦いに参加すると? ですが、アンデッドの数は万を超すと」
「確かに、俺たちが参加しても戦力的には焼け石に水かもしれない。だが、少数でもできることがある」
リーンはアキトが何を言わんとしているか、いち早く察する。
「私たちが、アンデッドを操作する者たちを見つける、というわけですね」
「そういうことだ。もとより、ノルデン伯たちもアルシュタートの兵が少ないことは知っている。これは、うちがこういう状況だから、そっちに避難民がいくかもしれないと報告しているに過ぎない」
それでもとアキトは続ける。
「北方諸侯領の崩壊はアルスの崩壊も意味する。俺たちも止めるために動かなければ」
「仰る通りかと。アルスのためにも、北方に手を差し伸べる必要がある」
セプティムスの言葉にアキトは頷く。
「だから、俺は北へと向かうつもりだ。スーレ。それでいいか?」
「……うん。こういうときだからこそ、助け合わないと。私もやれることがあったら言って」
「ああ。スーレには留守を守ってもらうことになると思うが、必要に応じてまた何かを頼むかもしれない。皆も、また苦労をかけるがよろしく頼む」
アキトの声に、師駒たちは皆おうと元気よく応じた。
そうしてアキトは、北方の諸侯の救援へと赴くことにした。




