31話 軍師、北を案じる
スーレを先頭にノルトアルスの市街を進むアキトたち。
道の脇には、多くの人々がそんなアキトたちを一目見ようと集まっていた。
「スーレ様!」
「よくおいで下さいました!」
「俺たちの街を救いに来てくれたんだ!」
領民たちは、ノルトアルスに入城するスーレを歓迎した。
「ノルデンの奴らはいつも口だけで何もしてくれない」
「アルシュタット……いや今はアルスか。向こうのほうはもっと大変なはずなのによく来てくれたな」
アキトたちが吸血鬼を倒したことを、領民たちは喜んでいた。
そしてそのアキトを派遣したスーレを、皆称えているのだ。
コルベスが周知してくれたのもあるだろう──ともかくスーレが人心を得られたことをアキトは喜んでいた。
一方のスーレは通りを歩きながら手を振り返すも、どこか戸惑っている様子だ。
「わ、私は何もしてないんだけどなあ……」
「何を仰る。臣下の功は、主君の功でもござる」
シスイが言うと、アカネもうんうんと頷く。
「もっと胸を張ってくださいませ、スーレ様」
「う、うん」
そう答えるスーレを、コルベスは感慨深そうに見つめていた。
「大きく、なられたな」
アキトはコルベスを見て、思わず訊ねる。
「閣下のご両親を?」
「ああ……二人とも、俺の幼馴染で立派な戦士だった。アルシュタットを守るため、南部の戦闘で死んだんだ。俺はここで、ただ泣くしかなかった」
「そう、だったか」
「だが、今こうしてスーレ様を見てると、あの二人の顔が思い浮かぶ。うちの親父は、スーレ様を立派に育てたみたいだな。最期まで何も尊敬できない父親だったが、その点だけは褒めてやりたいところだ」
コルベスの言葉に、リーンがすかさず口を挟む。
「そんなこと仰らないで下さい。リベルトさんはまだ生きているかもしれません」
「そう、だったな……だが、あの親父たちのことを気にしている余裕はない。そうだろ?」
アキトに顔を向けるコルベス。
他にやるべきことはいくらでもある。アキトは頷かなかったが、実際に問題は山積していた。
アキトはこう答える。
「アルシュタートはこれから、一致団結する必要がある。そのためにはコルベス。お前の力が必要だ」
「もちろん、俺にできることならなんでもやるよ、軍師さん」
「ありがとう。早速、屋敷で今後について話したい」
「分かった。俺の部下たちも呼ぶ。どんな指示でも出してくれ」
そうしてアキトたちは、コルベスの屋敷で作戦会議を開くこととなった。もちろんスーレも臨席している。
彼らが囲む円卓の上には、アルシュタート領の地図が広げられていた。
「すでに知っていることとは思うが、まずは現状を確認したい」
アキトはそう言うと、地図のアルス島を指差した。
「現在、アルシュタートの本拠はアルス島の一ノ島にある。島自体は海に囲まれ、南魔王軍も撤退したことから、防衛面で心配することもない。食料もなんとか自給自足できるようになるだろう」
「つまりは、アルス自体には助けはいらないってことだな?」
コルベスの問いに頷くアキト。
「ああ。むしろ、まだ人を受け入れる余裕がある。そこで、ノルトアルスと周辺の農村で、移住を希望する者は受け入れたいと思う」
「陥落した南部の街や村から逃げてきた者たちも多い。自分の家のない者もいてな……それなりに移住したいというやつは多いと思うが」
コルベスは心配そうに訊ねた。
しかしアキトはこう答える。
「問題ない。むしろ住民が増えてくれれば、開拓も一気に進む」
「分かった。そうしたら、ノルトアルスの付近の村で移住者を募ろう」
「頼む。兵士については、アルス、ヴォルド、ノルトアルスの間を定期的に巡回させたいと思う」
アキトはそう言うと、再び地図に視線を戻した。
「北部はそれでとりあえずは大丈夫だろう。残りは、帝国中央側、アルシュタート領内の西部だが、こっちの街や村は帝国軍が守ってくれている」
「帝都からやってくる商人の話じゃ、比較的安定しているみたいだな」
「そうか。一応俺も見てくるつもりだが、特に心配することもないだろう」
アキトがそう言うと、シスイは地図に記されたアルスの南に目を向けた。
「となると……残る懸案はアルシュタットや南部。奪還されるので?」
「いや、奪還する必要はないだろう。アルスには先ほども言ったが、人を受け入れる余裕がある。南魔王軍もいつまた戻ってくるか分からないから奪還しても、また陥されるだけだ。海のあるアルスを最前線としておきたい」
それを聞いたアカネがこう答える。
「なるほど。蝙蝠の魔物と吸血鬼は気になりますが、こうして見るとあまり懸案もない状態ですね」
「ああ。吸血鬼たちもしばらくは尻尾を見せないはず」
アキトが言うとコルベスもこう答える。
「今まで以上に警備を増やす。部下に周辺の地域を捜索させよう」
「ありがたい。ヴォルドのほうでも、部下に頼んでみる」
アカネは満足そうな顔で言う。
「しばらくは内政に集中できそうですね」
「裏を返せば、腕を振るう機会が減る……」
シスイは少し不満そうに呟いた。
一方のリーンは、アキトにこう訊ねる。
「では、アキト様。私たちはアルスへ帰還しますか?」
「ああ。西部の街を幾らか見てから帰ろうと思う」
それを聞いたスーレは手を挙げて言う。
「私も行く! 領地の皆んながどんな状態なのか気になるし」
「スーレ……」
西部ではフェンデル村以外、アキトたちが何かをしたわけではない。ノルトアルスやヴォルドのようには歓迎されないだろう。
しかし、スーレは純粋に領地のことが気になっている。
西部は比較的安全だから、アキトにそれを止める理由はなかった。
「分かった。一緒に来てくれると助かる」
「うん!」
元気よく応じるスーレ。
コルベスはそれを見て穏やかな顔をした。
「閣下……いや、スーレ様。どうか、お気をつけて」
「コルベスも気をつけてね。働きすぎないように」
「はは。肝に銘じます」
こくりと頭を下げるコルベス。
アキトはそれを見てから、最後にこう告げる。
「ともかく、何かあればすぐにアルスに伝えてくれ。コルベスが倒れたら困るからな」
ああと応じるコルベス。
それからアキトはリーンへ顔を向けた。
「そしてリーン……お前には一つ、任務を頼みたい」
「はっ。何なりと!」
「ありがとう。実は、北方の様子が気になるんだ」
すかさずコルベスが口を挟む。
「北には、ノルデン伯をはじめ、数名の諸侯の領地がある。特に心配する必要は」
「いや。一番南に位置するノルデン伯領があれだけ兵を必死に募っているんだ。何か、事情があると思ってな」
「それはそうだが……」
複雑そうな顔のコルベスに、アキトは諭すように言う。
「ここノルトアルスをはじめアルシュタートに彼らは手を貸してくれなかった。彼らに手を貸すのに抵抗があるのはわかる。だが、北が崩れればアルシュタートは南北から攻められる」
「もちろん、分かっている……大公の軍師は、お前だ。俺たちは方針に従う。スーレ様とアルシュタートのこと、頼んだぞ」
「ああ。微力ながら、この領地のために身を捧げるつもりだ」
アキトが答えると、コルベスは深く頷いた。
その翌日、アキトはスーレと共にアルシュタートの西部へと発つのだった。




