21話 軍師、誘い出す
「お前たちはどこから来た?」
アキトは横たわるゴブリンへそう問いかけた。
相手は魔物。当然、人の言葉が伝わるわけがない。
故にリーンが魔物の言葉に翻訳する。
しかし、ゴブリンはへっと笑うと、アキトを睨みながら魔物の言葉で答える。
お前たちに何も言うつもりはない──リーンが翻訳しなくても分かるような態度だった。
アカネは鞘を握って言う。
「仕方ありませんね……旦那様。ちょっと後ろを向いていてください。ここは私が」
痛めつけて吐かせる、そう言いたいのだろうとアキトは察した。
しかしアキトは首を横に振る。
「その必要はない。もう情報は十分取れた。とりあえず、近くの木に縛り付けておいてくれ」
「え? だ、旦那様がそう仰るなら」
アカネは一瞬不思議そうな顔をしたが、少し離れた場所の木にゴブリンを縄で縛り付けた。
もう情報は十分。アキトは作戦に必要な情報を得られたと判断していた。
アキトはリーンに問う。
「リーン……あいつの喋り方。マネできるか?」
「問題ございません! かなり癖のある喋り方なので模倣は簡単です!」
ゴブリンを縛り付け帰ってきたアカネはなるほどといった顔をした。情報とは、ゴブリンの身振りや喋り方だったと。
アキトは満足そうな顔で言う。
「よし。それじゃああいつに変身したら、体に傷を負ったように見せ、ヴォルドに戻ってくれ」
シスイは興奮した様子で言う。
「門を開かせ、一挙に雪崩れ込むのでございますな!」
「いいや。それでは、町人に被害が出る可能性もある。それに人質を盾にされたら手出しできない。ここは相手を徐々に誘い出すつもりだ」
そう答えるアキトだが、シスイとアカネが興味深そうにアキトを見ているのに気が付く。
「うん? 何か作戦に問題があると思うか?」
「あ、いえ。とてもよろしい作戦かと」
アカネがそう答えると、アカネも深く頷く。
「そう、か。なら、もう少し詳しく作戦を伝える。リーンはヴォルドに戻ったら仲間が捕まったと言ってくれ。その際、人間ではなく見たこともない魔物に捕まったと言ってほしい。俺たち人間は皆死んで、仲間のゴブリンも大半は死んだと」
「人間のせいにしないことで、ヴォルドの人たちを人質に取られないようにするわけですね」
リーンの言葉にアキトは嬉しそうな顔で頷く。
「その通りだ、リーン。やつらが南魔王軍なのか北魔王軍なのかは分からないが、どちらにせよ人間の仕業でなければヴォルドの人たちを傷つけることはまずない。とりあえずは、仲間の救援か、相手の所属の確認のために新手を派遣してくるはずだ」
「必ずや敵を誘い出して見せます!」
リーンは力強い口調で答えた。
「頼む。シスイ、アカネ。俺たちは近くの茂みに隠れる。ゴブリンの遺体を三方から囲むように分かれるぞ」
「はっ!」
そうしてアキトたちは三手に別れることにした。
アキトが離れると、アカネは感心したような顔でシスイに言う。
「慈悲深い方とは思っていましたが、住民に危害が及ばぬよう作戦を立てる……敵に対しても無駄な乱暴はしない」
「うむ。やはりたいした御仁だ。我らには敵わぬが自らも剣を振るって戦うし」
「……ようやく、理想の主人と会うことができたかもしれませんね」
シスイも深く首を縦に振る。
「ああ……だが、アルシュタートの状況はよろしくない。我らの活躍でアキト殿の大願を叶えようぞ」
「はい!」
シスイとアカネは深く頷きあうと、二手に分かれていった。
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「おい! あれは……!」
ヴォルドの門を守る町人達は、傷だらけのゴブリンが一体帰ってきたことに目を丸くする。
リーンは魔物の言葉で門の向こうに叫ぶ。
「やられた!! 仲間が三人捕まった!! 誰か来てくれ!!」
その言葉に、ゴブリン数体が門の上の歩廊から顔を出す。
「さっきの人間にやられたのか!?」
「違う! でっかい魔物だ! 言葉も通じない!!」
「な、何!? ってことは北魔王軍のやつらか!?」
「分からないんだ! ともかく三人捕まった! 他は人間と一緒に皆殺されて!」
門の上のゴブリンたちは狼狽える。
「ど、どうする……! せっかくいい拠点ができたのに!」
「俺らの南の魔王様の軍は皆、引き返したんだろう?」
「戦えるわけがない……北の奴ら相手じゃ、人間も人質にできない」
愕然とするゴブリンたち。
しかしその後方から、ぬるっと大型のゴブリンが現れる。
「騒ぐんじゃねえ」
ゴブリンたちは振り返って言う。
「か、頭!」
現れた大型のゴブリン……ホブゴブリンは落ち着いた様子で言う。
「狼みたいにキャンキャン鳴くんじゃねえ。やつらだって、別に俺らが主な目的なじゃねえはずだ」
「こ、ここらへんは人間のほうが多いはずですからね」
「そうだ。いくらか物資わけりゃ、仲間を返してくれるはずだ。停戦協定も結べるだろ。俺らには貯め込んだ金属が山のようにある」
そう言ってホブゴブリンは腰に提げていた麻袋を手に取る。じゃらじゃらという音が鳴るのは、袋に金貨が大量に入っている証拠だった。
「まあ、話が弾むなら、食事があるとかなんとか言ってここに誘い込んで一網打尽にしたっていいな……ここはアルフレッド様の一番の従僕である俺様の出番か」
ホブゴブリンはそう言うと、周囲のゴブリンに命令する。
「俺が行く。戦いになる可能性もあるから、十名ほどついてこい! 残りの五十で、ここは死守しろ」
「へい!!」
こうしてゴブリンたちは、頭のホブゴブリンを先頭にヴォルドを出るのだった。




