20話 軍師、救出作戦を開始する
大陸に残る領民を救うと決めた日の翌朝。
アキトはリーン、シスイ、アカネと共に対岸へと船で向かっていた。
一ノ島から見送るスーレと師駒に手を振り、漁船に揺られること数時間。すっかり日が上った頃、アキトたちはアルシュタット付近の浜辺へと到着する。
漁師たちは上陸したアキトたちに心配そうな顔を向け言った。
「アキトさん、皆さん、くれぐれも気を付けて」
「はい。皆さんも、避難民が来た際はよろしくお願いします」
アキトたちが連れてくるか連れてこないかにしろ、避難民がやってきたときは漁師たちが一ノ島まで輸送することになっている。
漁師たちはこくりと頷くと、アキトたちは浜辺から内陸へと向かっていくのだった。
アキトは歩きながら地図を広げて言う。
「まずは最寄りの町ヴォルドを目指す。ここは崖に囲まれ、比較的安全な町だったそうだ」
シスイがそれにこう答える。
「言い換えれば、多くの領民が残っているやも、ということでござるな」
「ああ。アルシュタットの人の話では、それなりに人が残っているらしい」
アカネがなるほどと答えるが、疑問を口にする。
「しかし、そんな場所にいる方が一緒に来てくれるでしょうか?」
リーンが不思議そうに尋ねる。
「何故、一緒に来ないと思われるのですか?」
「自分の故郷が好きな方もいるでしょう? これから色々な村に行くとして、自分は行かないって言う人結構いると思うんですよね。安全なら、尚更動かないんじゃないかなって」
アカネの言うことはもっともだ。
行っても我々は問題ないからと同行してもらえないかもしれない。事実、ヴォルドの人々は最近、アルシュタットとの人々との交流を絶っていた。
おそらくは避難民を受け入れることで村の人口が急増するのを防ぐため。
だからアキトも断られることは想定済みであった。
「まあ、それならそれで構わない。無事であることが確認できるだけでも十分だ。断られたら、すぐに次の村に行こう」
アキトの声に皆こくりと頷く。
そうしてアキト一行は、ヴォルドへと向かうのだった。
アルシュタットから北東に三時間。
アキトたちは草原地帯の中に敷かれた石畳の道を歩いていった。
「ふむ……たった三時間歩いただけで、この長閑さ」
魔物のいる気配すらない。
やがてアカネが遠くを見て言う。
「あれ、牛の群れですよ。放牧してるんですね」
「ますます説得が難しそうでござるな」
シスイは不安そうに言った。
南魔王軍の主力はたしかに撤退した。しかしあまりにも平和な光景……
アキトはどこか違和感を覚えるも、ひとまずはヴォルドへと向かうことにした。
ヴォルドは崖に囲まれた峡谷の底に築かれた町だった。峡谷の外の草原では牧畜を営み、峡谷の中では崖の壁面を掘って主に鉄鉱石などを採掘していた。
鍛冶屋も複数あり、少し前まではアルシュタットで使われる道具の最大の供給地だったという。
つまりはそれなりに裕福な町。
それは街の入り口であり、峡谷の入り口でもある鉄製の門を見ても明らかだった。
門に立つ武装した町人たちは、接近するアキトたちに気が付くと武器を向けた。
「待て、お前たち! この村には誰も入れんぞ!!」
「俺たちはアルシュタート大公の部下だ。領主の使いを入れられないと?」
アキトの言葉に町人たちは顔を見合わせる。対応に苦慮しているのは、アキトの目にも明らかだった。
領主の使いをすぐ入れない……単にアルシュタート大公をもはや力のない名だけの領主と見限っているだけか。それとも……
ともかく、アキトたちは争いに来たわけではない。
アキトは口調を柔らかくして言う。
「俺たちはただ、アルシュタート大公は居城をアルシュタットから沖のアルスに移したと伝えたかっただけだ。何かあれば、アルシュタットではなくアルスに来るように」
「しょ、承知した!」
「それと……付近で魔物を見たことはあるか?」
その言葉に、町人たちはしばらく沈黙する。無理に口を噤んでいるような緊張した面持ちだった。
……来ていないなら来ていないと、来たなら来たと言えば言いのに、答えに詰まる。
アキトのヴォルドへの違和感がさらに大きくなる。
やがて、町人の一人が口を開く。
「み、見たことはない!」
南魔王軍は間近まで迫っていた。この町まで来ていてもおかしくない。そうでなくても、遠くから見てはいたはず。
やはりこの町はおかしいとアキトは結論付けた。しかし、口ではこう答える。
「そう、か。俺たちは魔物を討伐しながら、一ノ島に人を集めている。魔物が来たら、一ノ島まで通報するように」
町人たちが皆こくこくと頷くのを見て、アキトはリーンたちに言う。
「引き返そう」
「はっ」
そうしてアキトたちはヴォルドに背を向け、来た道を戻っていく。
アカネが小声で言う。
「確かに避難の必要性は薄そうですけど、こんなに簡単に引き下がってよろしかったのですか?」
「いや、一度退くだけだ」
「一度?」
アカネが首を傾げる中、アキトはリーンに言う。
「リーン。おそらく、何者かが尾けてくるはずだ。鳥になって、居場所を確認してくれるか?」
「承知しました!」
リーンはすぐさま鳥に形を変え、空へと上がった。
アカネが言う。
「何者かが尾けてくると? 村の人々が私たちを? なぜ?」
「それはまだ分からない。だが、彼らが表向き平和に暮らせているのは、理由があるはずだ」
シスイが腕を組みながら呟く。
「ふむ。あれだけの大軍が近くに来ながら、魔物を恐れず放牧……つまりは、魔物を恐れなくていい理由がある。例えば、魔物と通じているとか」
アカネは驚愕するような顔で言う。
「つまり、彼らは同族である人間を裏切ったって言うんですか?」
俺は首を横に振る。
「まだ決まったわけじゃない……だが、すぐに明らかになるだろう。二人とも、もし尾行に殺意があった場合、恐らくこちらよりも大勢で攻めてくるはず。いつでも戦えるよう、備えておいてくれ」
シスイは待っていたと言わんばかりに鞘を強く握る。
「お任せを!」
「私たち二人がいれば、百人いようと瞬殺です!」
アカネもそう応じた。
やがて鳥となったリーンがアキトの肩へと戻ってくる。
「アキト様! フードを目深く被った者たち……おそらく、ゴブリンたちが十以上、こちらを追ってきます!」
「そうか、魔物か」
つまりは、あの町は魔物の言いなりになっている。占拠されているか、あるいは人質に取られているか。
「いずれにせよ、厄介だな……だが、今はともかく」
アキトがそう言いかけたとき、シュッと風を切るような音がアキトたちの後ろから響く。
シスイは刀を抜くと、振り返ってすぐに矢を斬り落とした。
「こそこそせず、出てこられよ! このシスイが、お相手つかまつる!!」
そう叫ぶと、ゴブリンたちは一斉に矢を放った。
シスイとアカネは、その矢を刀で斬り落とし、ゴブリンたちへと向かう。
アキトはゴブリンたちが二人にくぎ付けになっているのを見て、大きく迂回し、ゴブリンの側面へと迫った。
すぐにナイフに持ち替え応戦するゴブリンたち。しかし、武器のリーチでは、アキトたちの刀に敵わない。アキトたちに次々と斬られていく。
「ぎゃっ!!」
シスイとアカネは刀を振るう中、リーンはゴブリンの足を滑らせ妨害に注力する。アキトは敵の後方など隙を突き、着実にゴブリンを斬っていった。
数分もしない内に、十体以上いたゴブリンは皆倒れるのであった。
「ふむ。こんなものか」
シスイは刀を振るって血糊を落とす。そのまま鞘に刀を納めようとするが、すぐに息のある一体に気が付き刀を向けた。
しかし、アキトが呼び止める。
「待て、シスイ。俺が生かした」
シスイは一瞬首を傾げるが、しばらくするとああと言って刀を下げて答える。
「なるほど、尋問のためですか」
「そうだ。村の情報が知りたい」
そう言ってアキトは、息のあるゴブリンへと近づいていくのだった。




