16話 軍師、敵の襲来を聞く
移住計画が始動して一週間。アルシュタットでは、すでに殆どの住民が避難を済ませていた。
この日最後の輸送。そのための帆船が、アルス島から戻ってきたところだった。
海の見える埠頭の一角で、アキトはセプティムスから報告を受ける。
「アキト殿。一ノ島での居住区建設。とりあえず終了いたしました。今は二ノ島の農地のため、水道を造らせています」
「順調みたいだな。こちらも殆どの住民、必要なものを輸送できた。明日の二往復で、移住は完了するだろう」
「素晴らしい。……それで南魔王軍の動向は?」
「敵の偵察隊らしき者を見つけさせて、リーンに探らせてはいるよ。あとは流言も頼んである。デマが通じる相手かは分からないけど」
アキトは偵察と流言を目的に、リーンを南魔王軍の陣へと派遣した。
神殿に財宝がたんまりあるなどという嘘。これは、まだアルスへの避難が済む前に敵が攻めてきた場合のための時間稼ぎだ。敵を神殿に集中させ、逃げる時間を稼ぐ。
アキトは、魔族、特にオークとゴブリンは金品に目がない事を知っていた。
また、山中に伏兵がいるとも流言を広げ、少しでも戦力を割かせようとしたのだ。
これはリーンの提案を受け、アキトが考えた作戦であった。しかしアキトは当初、リーンの身を案じ、偵察を許さなかった。
だが、結局はリーンの必死の進言で、アキトはその偵察を許可する。
リーンの帰りを待ちながら、アキトは不安でここ数日よく寝れなかった。
セプティムスは続ける。
「なるほど。馬がないのでは、偵察隊も組織できませぬからな。しかし、リーン殿お一人とは。魔物であるとはいえ、不安ですな」
「うん。くれぐれも無理はせず、すぐに帰ってきてくれとはんだけど」
「明日までに帰ってこなければ……いや、ここはリーン殿を信じましょう。それでアキト殿、今回はスーレ殿とフィンデリア殿もお連れしてよいのですね」
「ああ。スーレは最後まで俺と残るって言ってくれたけど。領主が死んでしまったら、議会もない今、領民だけではやっていけないからな。軍師は、また誰かを雇えばいい」
未だ回復しないフィンデリア、まだ子供のスーレも先にアルスへ渡る。
もっと早めにスーレをアルスへ行かせたかったアキトだが、結局はスーレの希望もあって後回しになってしまった。
セプティムスは少し複雑そうな表情を浮かべる。
「は、かしこまりました。しかし、アキト殿、我々が必ずアキト殿をお守りいたします」
「もちろん死ぬ気なんて毛頭ないさ。セプティムスや皆を死なす気もない」
「その言葉通りに事が運ぶよう、我々も身を粉にして働きます!」
「ああ、頼んだよ。それじゃあ俺は大司教の元へ行ってくるよ。スーレも呼んでこないと」
大司教のいる広場には大司教と話すスーレの姿が。その後ろには、フィンデリアを担架に乗せた兵士の姿もあった。
「あ! アキト!」
「セプティムスと話してたんだ。スーレ、もう少しで船が出るから向かってくれ」
「うん。だけどね、アキト。大司教様が、一緒に来てくれないの」
大司教は笑みを絶やさず、スーレに続ける。
「大公閣下。何度も言いますが、ワシは最後、アキト殿と一緒に向かいますので」
「でも……」
「大丈夫、神様やエリオ様が我々を守ってくださいますから」
そう言って大司教は、スーレの手を両手で優しく握った。
「うん……大司教様、それにアキト。皆、無事にアルスまで来てね」
「もちろんです。スーレ様も皆の事、頼みましたよ」
大司教は最後にもう一回スーレの手をぎゅっと握り、ゆっくり両手を離す。
「スーレ、俺からもフィンデリアや皆の事頼んだよ」
「うん! 任せといて!」
スーレは元気な声で答えた。
アキトは自らの師駒、フィンデリアの元へ歩いていく。
「……フィンデリア」
担架に眠るフィンデリア。苦しそうな表情ではなくなったものの、一向に目を開ける気配はない。
アキトは担架を運ぶ二人の兵に声を掛ける。
「二人とも、フィンデリアの事よろしく頼む」
「はっ! 我ら、命に変えましてもフィンデリア殿をお守りいたします!!」
「ありがとう。もう船も出る。スーレと一緒に船へ向かってくれ」
「はっ!」
スーレは舟へ向かいかけてもう一度振り返った。
「二人とも! 約束だからね!!」
「ああ!」
アキトはスーレにそう答えた。大司教もスーレへ手を振って応える。
その時、どこからともなく声が聞こえてくる。
「……アキト」
スーレが思わずフィンデリアへと顔を向ける。
アキトもフィンデリアの元へと駆け寄った。
「フィンデリア!」
「フィンデリアさん!」
フィンデリアはまだ意識が朦朧としているようで、目をぱちくりとさせるだけだ。
そしてまたすぐに目を閉じてしまった。
「意識が戻ったのか?」
「そのようですね。だが、安心してください。アルスの水は体力と魔力回復に効果がある。向こうに行けば、もっと回復が早まることでしょう。さあ、皆さん。フィンデリア殿をお早く船へ」
「安心してアキト! フィンデリアさんの目が覚めたら、わたしがアキトが来るまで、話相手になるから!!」
「ああ、頼む!」
フィンデリアが一時的とはいえ、目を覚ました。それだけでアキトの不安の一部が晴れた。
スーレ達を見送ると、大司教が口を開く。
「ようやく移住も大詰めですな、アキト殿」
「ええ。これもアルシュタットの皆さんと、俺に協力してくれた師駒達のおかげ。大司教、ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらです、アキト殿。ここアルシュタートに変化をもたらしてくださった。そのきっかけは全て、あなたが軍師としてここに来てくれたからだ」
「俺なんかは何も……本当に皆のおかげでここまできたので」
「ふむ、奥ゆかしいお方だ。ところで、アキト殿。まだ気になることがおありのようですな?」
「はい、いくつか。というより俺、そんなに顔に出やすいですか?」
「ははは。正直者ということですよ。が、外交をする立場になるなら、多少は表情を隠せるようになった方が良いでしょうな。それで、気になることというのは?」
「大司教、ここの神殿の件ですが……」
アキトは少し複雑そうな顔で、大司教へ訊ねた。
大司教は、真面目な表情でこう答える。
「良いのですアキト殿。策を成すにはうってつけの場所。それに、リーン殿へ流言を頼んだのであれば、今更もう中止も出来ませぬ。大事なのは神殿ではなく、信仰。気になさるな」
「はい……大司教、感謝いたします」
「元はと言えば、その策に対してワシが神殿を勧めたのです。神罰が下るなら、ワシ一人」
「大司教……本当にありがとうございます」
アキトは深く頭を下げた。
南魔王軍が来たときのための対策。その一つが神殿へ南魔王軍を集めることだった。
大司教は、アキトがまだ不安そうな顔をしているのに気付いた。
「ふむ。まだ気が晴れないのは、リーン殿ですな」
「はい。俺の大事な師駒……多少きつく言っても偵察をやめさせるべきだったかなと」
「リーン殿か。偵察は確かに必要な事。だが、あの方は少し焦っておられるようにも見える。あなたのようにな」
「え?」
「いや。早く仲を深めなければと、必死になっているように見えましてな」
「……分かりますか」
「皆、誰しもそういうものです。早く仲良くなりたいと。ですが、そんなに肩に力を入れる必要はない。自然に接していれば、信頼は必ず芽生えてきますから」
「……はい、大司教」
大司教の言う通りだとアキトは首を縦に振った。
その時であった、バタバタという翼の音が聞こえてくる。
「鳥?」
鳥がアキトの前へ降りてきて、体を溶かした。
そして青い半透明の丸い身体が、出来上がっていく。
アキトはその液体のようなものへと駆け寄り、胸へと抱き上げた。
「リーン!」
アキトはリーンの体をギュと抱きしめた。
「只今戻りました、アキト様! ご心配をおかけしたようで、申し訳ありません」
「いいんだ、リーン。本当によく無事に戻ってきてくれた」
リーンは嬉しそうに体を震わせる。
「アキト様、私、嬉しい……嬉しいのですが……今は色々と報告しなければいけません」
「ごめん、リーン。そうだ、南魔王軍の事をまず聞かないとな」
「はい! では、結論から申し上げます、アキト様。南魔王軍はすぐそこまで迫っています!!」
南魔王軍五万が、すでにアルシュタットへ一日というところまで押し寄せていた。
東海岸方面軍の先遣隊に過ぎない、五万の軍勢。だが、アルシュタットを滅ぼすには十分すぎる数だ。それがすぐ目前に迫っていたのであった。




