第二話 題名を考えるのがこの上なくだるい
図書室での一件が起きた後のことだった。俺は帰路についていた。
担任教師と図書室の先生からのお叱りを受けた後にわざわざ事件の現場である図書室に行く気は起きるわけもないので、俺は帰る以外に何もやる気が起きなかった。
ただ、いつものように帰る道、その中に橋があった。川を挟んだ一対の岸に架かる一本の橋。
いつもは何気なく一切気のならない橋に、今日は目がとまった。
俺はこの時点で橋から数メートル離れているところにいて遠目で見ていた、その橋の上の様子が目に入ると、俺は歩みを止めてその様子をじっと見ていたのだった。
橋の上には四人の女子高生がいた。全員俺と同じ学校の制服を着ているので、俺の同級生か先輩だろう。
その中の一人は同級生、
新田 真貴菜だった。
あとの三人はあまり見覚えがない、先輩か他クラスの女子だろう。髪を金や茶色に染めていたり、厚く化粧をしている。それでも俺的にはそんな彼女たちよりも一切化粧をしていない新田の方が可愛く見えるのだが…。
それはそうと、その四人の女子たちの様子が変だった。
この辺には車も通っていないし、今日は風が吹いていないので、彼女たちの会話もクリアに聞こえてきた。
「あ、あのぅ、……これ、買ってきた。」
新田は持っていた何かが入っているだろうどこかの店の袋を差し出しながら俺に話しかけてきたときのようなおどおどした弱弱しい声で厚化粧女子の一人に話しかけた。
「ちょっと、「買ってきました。」でしょう?」
その一人は新田と対照的に強気なようで、新田が差し出した物を奪い取るように受け取って圧をかけるように新田に言った。
「あうぅ。……すいません。」
律義に新田は誤った。こんな奴にあやまる必要なんてないのに。
「…へぇ、ちゃんと頼まれたものを買って来たのね、じゃあもう帰っていいわよ。」
中身を確認しながら言った。手を払って猫に「あっちけ!」と言う時に使うジェスチャーをしている。でも、新田はちょっと戸惑うけれどその場にとどまった。
「もうあんたに用はないって言ってるでしょ?早く帰りなさいよ。」
「…あ、お…お金…。」
新田は細々と言う。
「…お、お金、返して…。」
まるで告白でもするかのように意を決して新田は言った。
多分、パシリに使われてさらには自分の金を使わされたのだろう。
「はぁ?なに言ってんのよ、こんな安いもんの一つや二つおごりなさい。」
うち一人が逆ギレすると残りの二人もそれに便乗する。
「……で、でも、それ高かった…。」
「あんたには高くても私たちには安いのよ。」
「…そ、そんな…。」
「ケチケチすんじゃねぇっての。」
「……でも…。」
「なに?あんた口答えするって言うの?」
なんだか理不尽なことを延々と言っているような気がする…っていうか言っている。
それでも、まだ新田はおどおどしているし、俺はただ見ているだけだった。
「お金…返して……ください。」
新田は言った。これが絶対に正論だろう。それでちゃんとこいつらは新田に金を返すのが正しい行動なのだろうが、
「まだ言うか、お前は!」
一人が怒鳴りつける。
「ひうっ…で、でもぉ…。」
新田は自分の意思を決して曲げない。それが正しいことだと信じているからだろう。
「…っ、いちいち反論すんじゃねぇよ!お前はパシられときゃいいんだよ!!」
「…ひっ。」
また怒鳴る、それで新田はさらにびくびくと怯える。
「こいつ、落とすぞ。」
はっきりとそう聞こえた。落とす?……俺はそれがいったいどういうことか分かるまでに時間がかかってしまった。
「…えっ!?」
新田は驚いていた。それもそうだ、新田は三人の女子に持ち上げられていたのだったから。
「…まさか……。」
俺がこの三人が何をしようとしているのか分かった時、俺は何をすべきか、そんなことも考えずに止めていた足を動かし始めていた。
でも、遅かった。
三人は新田を持ち上げながら橋の手すりの方へ移動する。かすかに新田が「やめて」と言っている。そして、そのまま…
バシャーーン!!!
と、新田を川に放り投げた。川が深くて、橋もあまり高くなくてよかったと思う。
水の中に沈んだ新田が少しずつ浮かび上がってくる。
俺は何とか橋のところまで辿り着いた。
橋の上で三人の厚化粧が新田を見て笑ってやがるのが腹立つ…。
「ぷはっ。」
新田が顔を水上に出した、でも、その様子を見ると泳げていないようだ、見た感じ溺れている。
「おい!!何してんだ!!」
俺は笑う厚化粧どもに怒鳴る。
「ん?何?あんた、私たちの遊びに口を出さないでくれる?」
このバカ女どもはバカにするように言った後さらにバカ笑いをする。
「これの、どこが遊びなんだよ!!!」
どうせこのバカどもからまともな返答が返ってくるわけでもないので俺は新田の方を見た。
手をバシャバシャと水に打ち付け、悶えるようにしてやっとのことで浮かんでいる。ところどころでけほんけほんとむせるように咳をしている。
「おい!!大丈夫か!?」
「けほっ、え、に…く……けほっ。」
また、頭が沈む、どうすべきか……、なんて考えてる時じゃあねぇよな!
俺はブレザーを脱ぎ、靴と靴下も脱いで鞄を投げ捨てて、手すりに乗り、
「ちょ…なにする気…ぷっ、まさか?」
笑うバカどもなんかほっといて、
ダイヴィング!!!!
バシャーン!!
俺は水中で態勢を立て直し、新田の方に向かう。新田はさっきと同じようにバシャバシャさせている。俺は新田を抱きかかえる。
「おい!大丈夫…か?」
若干今にも俺は沈みそうだ。立ち泳ぎは慣れていないから当然だろう。
抱きかかえられていて、体を支えられていることに気付いた新田が動きを止める。
「ヱ二駆…さん…。」
べっとりと顔に張り付いている髪、今にも泣き出しそうな顔で俺を見る新田。
「大丈夫、今、上げてやるから。」
俺は新田を抱きかかえながら、少しずつ、少しずつ近くで登れそうな岸を見つけてそこから新田と一緒に陸に上がった。
バカ女どもはいつの間にかいなくなっていて、俺達はびしょびしょのまま帰ることにした。
さすがに、これで風邪をひかせるのはまずいだろうから、俺はブレザーを新田にかけてやった。
遠慮しようとする新田に「気にするな。」と声をかけてやるとそのままブレザーをはおり、顔を真っ赤にしながら
「あ、ありがとう…ございます。」
と言った。熱、出てないよな。
そのあとで俺たちは家に帰った。
俺はその辺のテキトーな借家に住んでいて、その近くのマンションに新田は住んでいるという意外にご近所さんであることもついでに知った。
それから数時間後、俺は自分のベッドに寝転んで天井を見ていた。
今日のことを思い出していた。
新田の様子を思い出すと、新田はいじめられているのだろう。
でも、引きこもりがちなあいつにはあの三人以外に話せる相手もいなく、言うことを聞かざるを得ない状況なんだろう。
それと、俺はあの様子をただ見ているだけだった。
見ていることしかできなかった。
もし、あそこであの四人のなかに割って入っていたらどうだっただろうか?
自分は何もできなかった。
それがとてつもなくもどかしい。
最後に、一つだけ分からないことがある。
なんで、
なんで新田は俺に話しかけたのだろう?
話しかけられるようなことをした覚えはない。あいつと話すことでさえ今日が初めてだったのだから。
「ふぅ、気にしていたって、何にもならないな。」
そうだ、気にする必要なんかない。
それでも気になるのなら次に新田と出会ったときに聞けばいいだけだ。
どうせ明日もなにも変わらない平凡な日常になるのだから。
本当に申し訳ない。




