第83話 最初の行き先
「それじゃあ、カラオケとゲーセンどっちから行く?」
晴翔が声を弾ませながら2人に問いかける。と言っても晴翔が見ていたのは専ら松原だった。晴翔は長年の付き合いから孝也が何を言うのか大体察しがついていた。
そして孝也は晴翔の予想通りの返事をした。
「どっちでもいい」
「やっぱりか……」
呆れたような諦めたような顔と声を漏らしていた。孝也も晴翔と目が合わないことに気がついた時点で自分の返事は求めていないのだろうと分かっていた。
ただ言わなければいけない理由も彼にはあった。これが仮に松原ではなく遙だったら口を開くことはなかった。
松原は晴翔たちと比べて一緒にいた時間は短いがなんとなく、彼女のことは分かってきていた。彼女は人に意見を合わせる節がある。だから今回も孝也に合わせようとしてくるだろう。
だから先手を打ったのだ。効果は覿面だったようで松原は困惑の表情を見せた。
「え、えっとどうしよっか……。うーん、じゃあお店の近い方にしよ」
「ここから近いのはカラオケか。それじゃ、行こう。ほら孝也、いつまで座ってるんだ? 早くいくぞ」
晴翔が手を叩いて急かすように煽ってくる。その態度に少々イラつきを覚え、息を大きく吐きながらベンチから立ち上がった。
集合場所によく使われるこの噴水広場前は多くの人が行き交っている。はぐれないように三人はお互いの位置を確認しながらカラオケボックスまで歩いて行った。
5分ほど歩き、目的の場所に着いた。晴翔が受付を済ませるとエレベーターに乗って部屋まで向かう。部屋の番号は305号室だった。
ドアを開けて中に入る。電気を点けても薄暗く、そして三人で使うには十分すぎるぐらいの広さだった。
「お、めっちゃ広い! 当たりじゃん」
そう言いながら晴翔がソファに飛び込む。
「確かに広~い」
松原も興奮したように呟く。
この二人は友達が多く、よく放課後に遊びに行っているからほかの部屋の広さを知っているのだろう。滅多にカラオケになど来ない孝也からしたら部屋の広さに関してはイマイチ、ピンと来てなかった。
晴翔は体を起こしてデンモクを弄り始める。
「何を歌おうかな~」
楽しそうに弾んだ声で呟いている。
晴翔がデンモクに夢中になっているうちに松原に注意事項を伝えるべく、孝也は小さく手招く。それに気が付いた松原が顔を近づけてくる。
「どうしたの? 孝也くん」
「ああ……そのなんだ。あまり人のことに関して何か言うつもりはないんだが。晴翔が歌うと大体
頭が痛くなるんだ。だから、そのまあ気を付けてくれ」
「う、うん。わかった」
松原はゴクリと喉を鳴らし頷く。だが、松原には一つの疑問が頭に浮かんできた。
「孝也くんはどうして、その晴翔くんが歌があまり上手じゃないのにカラオケに来たの?」
当然の疑問だろう。誰も頭が痛くなるような歌を聞きたいとは思わないはずだ。松原の持った疑問は当然のものだろう。
「いや俺も別に来たくて来てるわけじゃないんだよ……。ただな、断ると遙が地味な報復をしてくるんだよ」
頭を抱えて困ったように漏らす。
「遙ちゃんが地味な報復してくるの?」
「ああ、そうだ。例えば俺は辛い物が得意じゃないんだが、それを無理矢理食わせてくるとか。録音した晴翔の歌を聞かせてきたりとか。まあ、大体一緒に犠牲にならなかったことに根に持った遙がやってくることだがな。晴翔は自分が下手だなんて微塵も思ってないし」
「そういうことね……。孝也くんも大変だね」
哀れみの眼差しで松原は見つめてくる。あまり同情されるのは好きではないが、こればっかりは嫌とは言えなかった。どうせなら同じ目にあって共感してほしいと思う気持ちさえ孝也の心の中には存在していた。
「よっし、決まったぞ!」
松原と話しているうちに晴翔が曲を入れてしまった。イントロが大音量で流れ、ソファから立ち上がってリズムに合わせて体を動かしている。
「いいか、覚悟しろよ」
「う、うん」
晴翔が歌う直前の会話はもちろん晴翔には聞こえていなかった。
* * *
「ふーう、やっぱりカラオケはいいな!」
満足げにマイクを通して晴翔が言う。そんな様子の彼とは裏腹に松原と孝也は少しぐったりしていた。
「あれ? 二人ともどうした?」
もちろん自分のせいだとは全く思っていない晴翔は惚けたことを言う。
お前のせいだ! と声を大にして言いたいが言ったところで変わらないだろう。実際過去に言ったことがあるが「嫉妬か~」と調子に乗ってさらに歌わせてしまう結果になった。
ひとまず次も晴翔が歌うと耐えられない気がする、主に松原が。
「二人とも入れないなら次も俺が……」
晴翔が再び曲を入れようとデンモクに手を伸ばそうとするが、孝也がそれよりも先に奪いそして松原に押し付ける。
「いや、ここは松原の番だろ」
「え、私!? 孝也くんじゃなくて?」
彼女は突然自分に振られて動揺する。そして目をパチクリさせながら孝也を見つめる。
「俺は別にいい」
「孝也は滅多に歌わないからな。ほんとなんでカラオケに来てんだって話だよな~」
晴翔は未だにマイクを手放さず、笑っている。
「そうなの? 孝也くんの歌ってるとこみたいな」
そう言いながらデンモクをそ~っと孝也の前に持ってこようとするがすぐに気が付いた孝也が松原の腕を掴んで阻止する。
「やめろ」
両目を瞑り、頭を下げ、両手を合わせて懇願する。
「お願い! そうだ、私と一緒に歌うとかどう?」
そして閉じていた目を開けて提案してくる。目を輝かせてそれを望んでいる。晴翔もマイクを置いてニヤニヤしながら二人を見守っていた。
どうやら星乃のように助け舟を出してくれる奴はここにはいない。
「はあ……。逃げ道はないのか。わかったよ、一緒になら歌ってやる」
「ほんと!? やった~!! ありがとう。何にする? あ、これとか知ってる」
心底嬉しそうに曲を探し始める松原。そんな彼女を横目に孝也は緊張していた。目が座っているせいで二人とも気が付いていなかったが。
歌うこと自体は嫌いではない。ただ人前で歌いたくない。理由なんか簡単だ、緊張するから。昔からの知り合いや親友 (なんていないが)の前で歌うことすらいやだ。
孝也はだんだん早くなっていく鼓動を鎮めるために効果があるのか分りもしない深呼吸を小さくし続けるのだった。
第83話目を読んでいただきありがとうございます。作者の霊璽です。
冬の大寒波が到来とニュースでやってましたが、小説の中ではまだ夏休みの序盤、7月です。
まだまだ寒いですが、夏を想像して耐えたいと思います。(夏の描写が冬に想像できない……)
既に84話を書き始めているので水木曜日には更新できると思いまあす。
お楽しみに!
それではまた次回、お会いしましょう




