第22話 図書館では静かに
「じゃあ、遠慮なく聞くね。まず好きな人はいる?」
少し不安そうな顔をしながら、しかし何か期待の籠った眼差しを彼女は孝也に向けてくる。
本当に遠慮がない、と心の中で思ったがこんなのは嘘をつく理由がない。
「いない」
平然と答える。よくよく過去を思い出しても、そもそも人を好きになったこともない。
それを聞いた松原は安堵の表情を浮かべる。
「そうなんだ……よかった。じゃあ次のしt……」
松原が言いかけたその時、備え付けのスピーカーからチャイムが鳴った。その音を聞いた2人は壁掛け時計を見る。時刻は午後の5時を示していた。
彼女の壮大な過去の話を聞いていたのでもっと時間が経過しているように思えていた。
流石に帰りたいと思っている孝也は松原より早く口を開く。
「5時か。俺はそろそろ帰りたいんだが」
鞄を片手で持ちながら松原を見ると、彼女は心底不満そうに頬を膨らませていた。松原はいかにもまだ聞きたいことが山ほど有るという顔をしている。
「……そうだね。帰ろっか」
しかし、これ以上は引き止められないと思ったのか、松原は眉尻と声のトーンが下がって言う。
だが孝也は松原を気にする事なく、席を立ち鞄を背負う。ドアへ向かって行こうとするとギュッと服の袖を掴まれる。振り返ると目の前には松原が立っていた。
「今回は捕まえられた……孝也君、お願いがあるんだけど」
最初の方はなんて言っていたのか聞き取れなかった。しかし松原が何を自分に頼むのか少し気になった。
「何だ?」
孝也の言ったことに松原は目を丸くして驚く。
「断らないんだね」
「断ってもいいのか?」
「ダメダメダメダメダメ、ダメー!」
孝也の問いかけに彼女はとてつもなく大きい声を上げる。彼女に服の袖を掴まれているので耳を塞ぐことができず、かなりうるさかった。
そしてさらに問題なのは場所が図書館ということ。そっと司書の先生の方を見ると無言の圧を感じた。
顔が近いことが好都合で小声で松原に伝える。
「うるさいな。わかったよ、断らないから早く要件を言え」
チラッと先生の方を見るともうこちらを見てなかった。ホッとした孝也は急いで松原から顔を離す。それからじっと松原が話すのを待っているが、彼女は両手人差し指を付けたり離したりしている。
もうしばらく待っていると顔を上げる。意を決したようで耳が少し赤くなっている。
「き、今日さ、一緒に帰らない?」
彼女の真っ赤な顔をして言ったことがあまりにも拍子抜けだった。孝也は大して考える事もなく返事をした。
「なんだ、そんなことか。別に構わないが、ま、家の方向にもよるな」
「私の家はあっちの方だよ」
そう言って彼女が指をさした方角は孝也の家がある方角と同じだった。
なぜ知り合いになるやつは基本的に家が近いのだろうか。という疑問を持ったが大体の人間は近くの高校に来るのだろうとすぐに答えに辿り着いた。
同じ方向なら断る理由もなく、孝也は承諾をする。
「わかった。ほら早く行くぞ」
「本当? やった! やったぁ!」
松原は嬉しそうにはしゃぎ、ピョンピョンと跳ねている。場所考えずに目の前ではしゃぐ彼女を見て孝也は急いで宥めるために顔を近づけて小声で叫ぶ。
「落ち着け。場所をよく考えろ! ここは図書館だぞ」
「あ、そっか。ごめんね。早く行こう!」
司書の先生に睨まれていることに気がついた松原は孝也の背中を押しながら図書館を後にした。
靴を履き替え、昇降口を出ると空は真っ赤に染まり、綺麗な夕焼けが見える。とても綺麗だと思った。
「すごい綺麗だね」
松原も同じことを思ったらしく、口から漏れるような感じでつぶやいていた。しかしいつまで見ていても帰れはしないので孝也は歩き始める。
「あ、待ってよ! 孝也君」
赤い空に見惚れていた松原は先に歩き始めた孝也に追いつくために走って追いかけて行く。隣に並ぶと松原は孝也に聞こえないように小さい声で嬉しそうに微笑みながら呟く。
「恋人みたい」
23話を読んでいただきありがとうございます。作者の霊璽です。
今回で松原との関わりは一旦終わらせるつもりです。ま、もしかしたら次回もガッツリ関わるかもしれませんが。
いつも毎話そのときに考えているのでどうなることでしょう。
急に話は変わりますが、感想やブックマークなどお待ちしております! アクセス数もパソコンの方だけで1000を超えました! 本当にありがとうございます! これからも精進していく所存です!
それではまた次回、お会いしましょう




