第19話 松原の過去
図書館にてお互いに向き合うだけで一切の会話がない。少し前までの松原だったら「孝也くんの趣味は何?」とか「孝也君くんはどうすれば友達になれるの?」とか聞いてきたくせに。今じゃ肩を縮こめてどんどんと小さくなってるように見える。
じっと見ているといつか小さくなり過ぎて消えてしまうのでは……と心の中で思っていた孝也は視線を外して窓の外を眺める。
曇ってきた空を眺めながら松原から話してくれるのを待っている。しかしいつまで経っても沈黙が続くので痺れを切らした孝也が松原を見て口を開いた。
「朝の話の続きをしないか? いつまでも黙ってるわけにはいかないし」
孝也の言ったことに目の前にいる少女は肩をビクッと震わせる。そして恐る恐る話し始めた。
「あ、朝言ってたことは聞かなかったことにしてはもらえませんか……」
顔を真っ赤にして声を振り絞る。孝也自身も聞かなかったことにしたいのは山々だった。
「流石に2回も言われるとな」
そう、2回もはっきりと言われると忘れようもなかった。
「うぅ……」
朝に勢いで言ったことを後悔しているのらしく、顔を両手で覆って呻き声が漏らしていた。
「なんで俺のことが好きなんだ?」
「っ! ど、どうぢて、そんなこと聞くのかにゃ!?」
聞いてはいけない質問だったのか所々で噛みまくっている。普段の松原じゃ絶対にありえないほど動揺していた。
「いや普通に気になるだろ。俺、松原と接点あった記憶ないし」
「孝也くんって意外とぐいぐい聞く人だったんだね……」
「気になるとな。それでどうしてだ?」
「はあ……孝也くんだから言うんだからね」
観念したようで小さいため息を吐いた後に松原は話し始めた。
「去年の今くらいの時期かな……」
高校一年の夏。ちょうどその日は分厚い雲に覆われた空から雨が降ってきていた。天気予報では一日中晴れと言っていたのだが、放課後の今はゲリラ豪雨が来てしいバケツをひっくり返したように雨が降っていた。
昇降口にて佇む少女が1人。松原由紀だった。彼女の容姿は現在とは違い、メガネに長い髪を真っ直ぐ下ろしていた。クラスでは根暗な女子と認定されて同クラスの女子からいじめを受けていた。
そして物を隠された松原は1人であらゆるところを探してようやく見つけたと思ったら既に放課後になっており、教室には誰もおらず不運なことに外は土砂降りになっていた。
天気予報を信じていた彼女は当然傘を持っておらず、全てに裏切られたかのように絶望していた。
「もう、全部なくなっちゃえばいいのに。つまんない学校も、何にもできない自分も。どうせ必要とされてないんだし、いなくなってもいいよね? 楽になったっていいよね?」
誰もいない空に向かって問いかける。当然のごとく聞こえてくるのは雨が地面にぶつかり弾ける音だけ。
絶望感に心が覆われていくのを少しづつ実感していると後ろから声が聞こえてきた。黒い物による心の侵食が止まり、好奇心で振り向いた。
「めっちゃ雨降ってるじゃん……」
最悪と言わんばかりのため息まじりに呟いている靴を履き替えている男子生徒がいた。
松原がじっとその生徒を見ていると彼も気がついた。
「なんだ、人の顔をじっと見て。俺の顔になんかついてるのか?」
眉間に皺を寄せて彼は近づいてくる。急いで視線を外すが既に目の前までやってきていた。
「おい、目を逸らすな。俺の顔になんかついてるのかって聞いてるんだ?」
「何もついてないよ!」
何度も聞いてくることに苛立ってしまい、ついに語気が強くなってしまった。
しかし彼は強く言われたことを気にも止めずに別のことを聞いてくる。
「ならどうして俺のこと見てたんだ?」
「別に、何でもいいでしょ! ほっといて」
「まさか傘がないのか?」
大きい声を出して拒絶したのにまだ聞いてくる。一体この男子は何なんだろう。鬱陶しくて早く帰ってほしくて適当に答えるようにした。
「違うって……もういいから早く帰って」
呆れ混じりに伝えるとようやく静かになった。それでも一向に帰ろうとはしなかった。それどころか衝撃的な一言を言ってくる。
「どうせ、くだらないことで悩んでんだろ」
その言葉を聞いて瞬間に彼の顔を見てしまった。松原の心の中には疑問が広がり始めていた。
「どうしてわかったの?」
「そんなの簡単だ。顔と声の感じで」
彼の言葉を聞いて、思わずから笑いがでる。
「そんなにわかりやすかったかあ」
「どうした? 俺でよかったら話ぐらいは聞くぞ。知らないやつに話すのも悪くないと思うが」
「いいの? 結構暗い話になるかもだけど」
優しく声をかけてくれた彼の顔を見ながら、少し不安を感じつつ聞く。
「別にいいさ。だからそんな心配そうな顔はするな」
彼はそう言うと鞄を置いて上り框に座る。松原もそれに合わせるように隣に座った。
「それで、どうした?」
「実は私、クラスでいじめを受けているの」
「それで?」
松原はそれで話を終わらせようとしていた。しかしそれが彼にバレたのか続けるように言ってくる。
正直、言いたくない。それでも見ず知らずの私の話を聞いてくれる彼には話そうと思った。
「……最初はちょっとした言葉だったんだけど……どんどんとエスカレートしていって。もうどうにもならない状態で……結果的にクラスメイト全員からいじめられるようになって」
話をしていくうちに視線が下がり、表情がどんどんと暗くなっていく。
「別にクラスの奴らと仲良くなる必要はないだろ。来年にはクラス替えがあるんだ。それにずっと一緒にいるわけじゃないんだ」
「そんな簡単なことじゃないよ……」
松原は彼の提案に呆れていた。最初は松原だってそう思っていた。いつかは終わる。いつかはこの人たちとは別々になる。頭ではわかっていても耐えられなかった。
一度は止まったはずの暗い感情が再び心を侵食し始めた。それに伴って何か込み上げてきて目から溢れそうになる。上を向いてどうにか寸前で止めていた。
「確かに簡単なことじゃないな。なら簡単なことから始めればいい」
「簡単なことって?」
彼の言ってることがよくわからないかった私は首を傾げる。彼は土砂降りの雨を無表情で見つめながら答える。
「まず自分が変わるところからだな」
「無理だよ。こんな暗い私が変わるなんて……」
彼の言ったことに一気に自信を無くしてしまう。彼の一言に驚いた。
「まずそう思うことからやめろ。自分が1番最高の存在だと思え。もし思えないなら目標にしろ。最高の存在の自分になるってな」
「それで変われるの?」
どうも彼の言ってることが分からず、信じることが出来そうもない。何でそんなに自信を持って言えるのかもわからない。
「自分について考えるからな。どうしたらそうなれるのかって。ま、1番手っ取り早いのは見た目を変えるところからだな」
「本当に見た目を変えれば変われますか?」
松原はいまだに疑心暗鬼になっている。だけど何もしないよりはいいかもしれないとも思っていた。
「見た目だけ変えても意味ないぞ? 変えた後に自分の気持ちも切り替えろよ。変わるためのきっかけで見た目を変えるだけだ」
「わかった。やってみる!」
松原は勢いよく立ち上がって宣言する。もう彼女の心にあった黒いものは無くなっていた。
「ありがとう! じゃあね」
「ちょっと待て」
走って行こうとする松原を静止して傘を渡してくる。首を傾げて彼の顔をじっと見ていると彼は説明してくれた。
「どうせ傘もないんだろ? 持ってけ」
「でも、あなたのは?」
「俺は折り畳み傘があるからいいんだよ」
「何から何までありがとうね! じゃあまたね!」
彼から借りた傘を差すと学校を後にした。帰ると途中で彼女は一つ忘れていることがあった。
「そういえば名前を聞くの忘れてた……」
19話を読んでいただき、ありがとうございます。作者の霊璽です。
ちょっと急いで仕上げたので拙い部分もあると思いますが、松原の過去編はまだ続きますよ。
ここの話は多分加筆すると思うので増えたらまた報告しますね。
次の更新も二日後の予定です。あくまで予定なので、察してくださいね
それではまた次回、お会いしましょう〜




