第三十九話『出来損ないの勇者』
第三十九話『出来損ないの勇者』
暖かい風が吹いている。
目を冷ますと、青い空と優しい太陽、そして見知らぬ草原と花畑が広がっていた。
ぼんやりと辺りを見まわし、ふと頬を撫でる風に思わず目を細めてしまう。
微睡へと誘うような優しい風が心地よくて、思わずもうひと眠りしたくなってしまう。
「ここはどこなんだろう?」
そう言いながらも夢のような気がして、私はただうつらうつらと、焦点すら定まらない瞳を動かすことしか出来なかった。
今、何時なのかな?
学校に行かなきゃ…そう思ったけれど、夢の中だからか目覚まし時計が見つからない。
まだ朝じゃないのかな?
そうは思いながらもこの心地いい風と太陽の光の所為でまだ眠っていたいとさえ思ってしまう。
もう一度横になり目を閉じると、ふと何かが瞼の裏に想起されていく。
そういえば変な夢を見た気がする…
思い返しながら一つ一つ情景を思い出していく。
真っ白な部屋…そこで出会った若い男性のこと。私の知られたくないことをつぶさに言い当てられたこと。他には…私に迫ってくる大きな影…。
多分トラックだったと思う。
気付いた時にはそれが私の目の前にあって、次に見えたのは空の青い色だったと思う。
…あの後、どうなったんだっけ?
思い返して瞳を開ける。
気づいたら涙が出ていた。
認めたくなんてない…。
「私…死んだんだ…」
思い出したことを口に出しただけで、胸が締め付けられる。
信号は青色だったのに…。
唇を噛み締め、ただ涙が零れた。
高校では真面目に学業にも部活にも取り組んでいた。
どんな分野でも一番になれることなんてなかったけど、何事にも頑張っていた…なのに。
私の運命は私をあざ笑うかのように、その最期を告げてきた。
理不尽な運命を…。
『君は何者にもなれない―』
その言葉が脳裏を過る。
あの白い世界で”神”を名乗るシルクハットにスーツ姿の男性に言われた言葉…。
『君は努力はしても決して最上へは辿り着けない』
それも知ってる。
人一倍努力したって…私は決して頂きへは辿り着けない。
ずっと、頂点を見上げ、その頂きの高さに俯いていていた。
『哀れな存在だ』
…それも知ってる。
何をやっても、努力しても…私は器用なだけで、”ある程度”で終わってしまう。
『私は性格が悪くてね。君のことが気に入ったんだ。大した才能もなく、ただ足掻く…そう蟲のように這いずりまわるしかない。それを分かってても空を行く鳥を眺めずにはいられない…。鳥に見つかれば、その差に簡単に打ちのめされるか、隠れるしかない下等な君が』
…全部知ってる。
私は…ただ頑張ることしか出来ない。それで何度打ちのめされたか、もう分からない。
『君らしい力を与えよう…『出来損ない』の勇者よ。傑作だろう?私の作った『グリナスヘッド』は!』
男は笑いだし、私を指さして嘲笑し始めた。それも慣れてる。
そうだ…私は『出来損ない』だ。両親の願いすら叶えてあげられなかった…。
だけど…こんなのないよ。
酷いよ…。
気付くと涙が零れていた。
どうしようもなく感情が溢れてくる。
ずっと頑張ってた。認められなくてもそれでもいいと思ってた。
だって、何も取り柄のない私でも、私を本当に優しく愛してくれていた人がいたから。
「お母さん…お父さん…!」
言葉をせき止められなかった。
嗚咽が零れても、私を愛してくれていた二人を思いその言葉だけは止まらなかった。
目に浮かぶのは、口うるさくても優しい母と、私がそれとなく避けても私を気にかけてくれた父の姿。
学校から家に帰って、部活が上手くいかなかったり、テストで思った点数が取れないのを母に話すと「いいじゃない、それぐらい。」「次があるわよ」と言ってくれた母。
そんな簡単なことじゃないと、反発もしたけど…でもその言葉は無神経でも無関心でもなく、私を支えてくれる為に言ってくれていたことは知ってる。
毎日、私の為にお弁当を詰めてくれて、服を洗ってくれて…ずっと支えてくれた。
高校受験の時に、外には出さなくてもストレスが溜まり、親に反抗出来るような豪胆さのない小心者の私は隠れて冷蔵庫のものを勝手に食べてた。
悪いことがしたかった…それで自分を慰めていた。
それを父は見透していた。
冷蔵庫を漁ろうと思っていたら、父が起きていて夜食を作ってくれていた。
父が作ってくれた塩が満遍なく行き届いてない上に、ぼろぼろで不格好なおにぎりと、インスタントのお味噌汁…。
味噌汁の具のノリと、なめこの取り合いで、じゃんけんした。
私が負けたのに、私が好きな方のなめこを残してくれた…。
私が「このおにぎり、しょっぱいね」と言うと、「不器用なんだ」と照れたように笑って、「お父さんはな、勉強出来なかったけど、今はこうして幸せなんだ」なんて言って恥ずかしそうにしていた。
それが父なりに言葉を選んだ「無理しなくていいよ」「大丈夫だよ」と言ってくれているのが分かったから…ずっと頑張っていられた。
二人を本当に愛していた。
なのに…
「どうして…!どうして、二人を置いて!」
感情が溢れかえってくる。
”神”に言われた罵倒すらどうでもいい。自分の心を見透かされた言葉よりも、ただ二人を両親を…私には過ぎた二人を悲しませるようなことを…
「どうして…」
言葉が零れ続け、最後には「ごめんなさい…」と涙と共に本心が出てきた。
高校の校門で撮った両親と私の写真が目に浮かぶ。
私の合格で破顔して、写真にノリノリの母と、涙と笑顔を必至に堪え、威厳を保とうとしていたけれど、目じりの笑っている父…そんな二人に愛されて本当に嬉しかった私。
せめて…二人の為に…生きていたかった。何も出来なくても、傍にいて、安心させてあげたかった。
「お母さん…お父さん!ごめんなさい!私…!」
ただ泣き叫ぶしか出来なかった。与えられた綺麗な鎧や、服を涙でぐしゃぐしゃにして…
私は勇者の『グリナスヘッド(出来損ない)』として、その名の通りの『神の恩寵』と共にこの世界に生まれた。
最低で、最悪の二度目の人生…愛する人のいない絶望の世界…
それでもこの世界に生まれてきて、良かったと思った事がある。
始めは、村を襲っていたゴブリンを撃退した時に感謝されたこと。
怖くて、武器も振るった事がなかった私だったけど、この『勇者』の力で戦えることを知った。
他にも見知らぬ土地でびくびくしていると、熟練の冒険者さんに道を教えて貰ったこと。
メイドのお姉さんに鈍器の扱い片を優しく教えて貰ったこと。
アルトヘイムに来てからは、世話焼きな太った冒険者さんが私の実力を買ってくれて、『青き風』という冒険者ギルドに推薦してくれたこと。
だけど、一番、心に残っているのは…アルトヘイムの冒険者ギルドに入団して、数か月が経った頃、たまたたま依頼の途中で見かけた冒険者…。
その冒険者は、貧相な武器に、最低限の鎧でホブのゴブリンと戦っていた。
怖くて、隠れて見ていることしか出来なかったけど、その子は一歩も引かず小さな女の子を守っていた。
御伽噺やゲームに出てくる勇者のような姿…。
私のような『出来損ない』とは違う…。本物の姿。
月光に照らされた背に、暁のような優しい輝き。
私はその光に照らされて、その雄姿から…熱と光が見えた。確かな勇気を貰った。
いつか、あの冒険者のように…誰かを守れるような強さが欲しい…本当にそう思えたから。
あの人は…私の中の勇者だ。
私、『出来損ない』の勇者、石原 舞にとっての、目指すべき頂点…
白い世界で、シルクハットにスーツ姿の長身痩躯の男が佇む。
彼と言うべきではないのかもしれないが、便宜上男の姿を保つ彼は、不意に口元に笑みを溢した。
被っていたシルクハットを手に取り、それを空中に放り投げると、とある世界が映された。
淡い黒髪の少女が、メイスを片手に駆けていた。
高校生くらいの見た目、女性らしい起伏に富んだ体躯ながら、少しあどけなさと頼りなさの残る少女。
今日も彼女はゴブリンを相手に、村の護衛を引き受けていた。
簡単に倒せるであろうゴブリン…それでも彼女は必死だった。村人を傷つけさせないために、必死に走り回り、時には身を挺して守っていた。
そんなことをしなければ、彼女はもっと羽ばたけるだろうに…とは思っても、彼はその姿を真っ直ぐに見ていた。
彼は目を細め、少し満足そうに頷く。
「私は存外、君が気に入ってるんだよ」
小さな星の光のような『出来損ない』の勇者に、彼は「がんばれよ」と小さく声援を送りその場を後にした。
少女は地を這う蟲のように…地面を転がる。それでも、気高く美しい花のように折れず、立ち上がりメイスを振るい続けた。
『出来損ない』の勇者と呼ばれた、イシハラマイの、彼女が信じる『守りたい』気持ちと共に。
一応、ここから第二章です。どうやって区切りをつけたらいいのか分からないので、メモ書き程度で残しておきます。
最近、主人公不在ですね…。
別に折角のハイファンタジーなのに地味になるとか、主人公が弱すぎて書きにくいとか…言うんじゃないんだ。ただ、あいつと…ガンダ〇と戦ってみたくなったんだ!
…まぁ、主人公が元々、主人公役のキャラではなく、ゲームでいうならモブキャラとして設定していたキャラを無理矢理採用したので、仕方ないかもしれませんね。
メインヒロイン(?)のマリアに関しては、もっと出番ないですが…
書いてて楽しい、私的にお気に入りキャラがデイブ(※『岩蜥蜴』)とランスロー(※臆病王)なのも問題なのかもしれません…。
後書きって、こういうのを書くところじゃないですが…まぁ、気楽に楽しみましょう。




