表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/36

第23話:合成獣の穴

「こコだ」


 先導するクオンに案内された場所は、巨大な洞窟であった。オミナエシ達が居た場所と雰囲気は似ているが、あちらは人工的なトンネルに瓦礫が覆いかぶさった物であったのに対し、こちらは天然――かどうかは分からないが、巨岩をくり貫いて作られた原始的な構造になっている。


「ギギッ!?」


 大樹達の存在を嗅ぎ付けたのか、数匹の合成獣(キメラ)達が洞窟の中から飛び出し、拘束されたクオンを見て敵意を露わにする。その姿を目視した大樹達にも緊張が走るが、それを制しクオンが前に歩み出る。


「――、――、――。」


 稀に金属をこすり合わせるような耳障りな音が聞こえる以外、大樹達の耳には殆ど聞き取れないが、クオンは何やら合成獣達に話しかけているようだ。カマキリ顔集団の表情を読み取ることは大樹にはさっぱり出来ないが、何となく不承不承(ふしょうぶしょう)と言った感じで道を空けてくれた。


「今、何て言ったんですか?」

「約束ヲ破らナケれば、お前達は危害ヲ加えナイだろウと言ってオイた。俺ヲ嘘吐キにしてくれルナなよ」

「それはそちらの態度次第でござるな。もし巣穴に引きずり込んで袋叩き等と考えていたら貴様達を許さんぞ! 主にヒロキ殿がな!」

「何情けない事言ってんのさ、いざとなったらあんたも盾になるんだよ」

「ひ、姫! 拙者、整備中でござる!」

「あんたの背中の馬鹿は整備中どころか半死人なんだから、そんくらい気合で何とかしな」

「姫! ひどいでござる! いつもの事だけど!」


 どさくさに紛れてゴンベに護衛を丸投げされてしまった大樹だが、負傷したオスカーを担いでいるのはゴンベだし、他の皆は戦闘要員にはならないので、仕方なく大樹は腹を括る。味方全体を防御する<大地の守り>や、センガンコウ戦で使った<砂塵爆破(サンド・ブラスト)>も今は限界まで取得しているので、いざとなれば何とかなるだろうとは思うが、やはり油断は禁物だ。何せ目の前の洞窟は「虎穴」どころか「合成獣の穴」なのだから。


「……話ハ終わっタか? 縛らレタまマで突っ立っテイるのは屈辱なのダガな」

「あ、ごめん! その『長』ってとこまで案内して、問題無さそうだったら解くから」

「…………分カラん奴だ」


 クオンは半ば呆れたように大きな溜息を吐くと、合成獣達を目で制して洞窟へと入り、大樹達もそれに続く。


「へぇ……」


 洞窟に入った瞬間、大樹は目の前に広がる光景に心奪われた。単なる大きいだけの暗い穴を想像していたのだが、洞窟内は予想外に非常に明るい。所々に明かりを取り入れるためのサッカーボール程の大きさの穴が穿たれており、緑青(ろくしょう)色の壁が光を反射してきらきらと輝いている。足元も若干荒っぽいが、歩きやすいよう平坦に整えられている。入り口が外敵を防ぐために窄まっていただけで、洞窟の中は、まるでペットボトルのような構造になっているようだ。


「合成獣ってカマキリ顔だけじゃなかったんだ……」

「カマきリといウ物が何だカ知ランが、お前達とテ一人ひとり顔は違ウだロウ?」

「いやまぁ、確かにそうだけど……」


 大樹の言葉に、クオンは何を当たり前の事を言ってるんだと言う表情を浮かべるが、大樹達からしてみれば、洞窟の中の小さな横穴、恐らくそれぞれの棲家から、興味半分恐れ半分に顔を出す合成獣達の姿のばらつきは異様だ。全体的にカマキリ顔の者が多いが、ある物は直立二足歩行をする猫のようであり、ある物は鷲の頭に虎の体、中にはクオンのように、遠目から見れば人間に見えるような男女の姿も見えた。


 何だか、子供が動物図鑑の絵の好きな部分を切り取って、べたべたと画用紙に貼り付けて作った下手糞なコラージュ画像みたいな生物達だ。


「珍しイか? 俺達かラスれば、オ前達の方が変な姿ナノだガな」

「ふぅむ……何とも奇妙な生物でござるな。何と言うか、皆、自然のものを無理に歪めたような形をしているでござる」

「失礼ナ奴だ、貴様も珍妙な物体ナ事に変わリハ無いだろウガ」


 若干不愉快そうにクオンが答える。ゴンベの歯に衣着せぬ言い方は問題有るかも知れないが、やはりここに住まう生物達の違和感というか、不自然さは大樹だけではなく皆感じ取っているらしい。


「最モ、俺は彼ラと違い、醜悪な見タ目デハあるがナ」


 自嘲するようにクオンが呟く。さらりとした金髪に顔を覆い、愁いを帯びた切れ長の赤い目、健康的な褐色の肌。何を言ってるんだこいつはと大樹は若干殺意を覚える。今の大樹の外見も、サンクチュアリから引き継いだ物なので随分整っているが、あくまでこれは仮初(かりそめ)の姿だ。とはいえ相手は人間ではなく合成獣、彼らなりの美的感覚があるのだと、大樹は無理矢理納得することにした。


「コの奥ダ」


 喋りながら洞窟を進んでいるうちに、いつのまにやら随分と奥へと来ていたようだ。空気の流れを感じられる所から、この先にさらに広い空間があることが理解出来る。最初、大樹はペットボトルのような形の洞窟を想像していたが、どうもひょうたん型と言ったほうが良いのかもしれない。


「コの奥に、俺達ノ長が居ル。さァ、トッとと俺の拘束ヲ解け。後は『オ前達だけ』デ何とカしロ」


 大樹達「だけ」の部分を強調し、クオンはそわそわと大樹の方を見る。どうやら拘束を外し、一刻も早くこの場を去りたいらしい。


「クオンさん、何か焦ってません?」

「焦っテなド居なイ、貴様等ト一緒に居たク無イだけダ」

「いや、あんた焦ってるね? この先に、何かとんでもない物でもあるんじゃないかい?」

「違ウ! 俺の首ヲ賭けテモ良い! 早ク拘束を……!」

「てめぇ明らかに挙動不審だぞ? やっぱ何か嵌めようとしてやがんな?」

「無イ! 絶対に無イぞ!」


 コハルとオミナエシ、そしてオスカーに突っ込まれてクオンはひどく狼狽している。その姿に大樹は内心で首を傾げる。罠を張っているにしては何だか怯えているようだし、何というか、悪戯がばれかけている子供みたいな反応だ。


『はっはっは! どうやらお前も私の元に来ないと駄目なようだな、クオン』


 大樹達がごちゃごちゃと揉めていると、洞窟の奥から鈴を転がしたような綺麗な笑い声が響いてきた。声のトーンから女性の物のように思えるが、その声が聞こえてきた瞬間、クオンの体が演技かと思うほどにぎくりと震える。


「くソっ……!」


 乱暴に言い捨てると、クオンは半ば自棄になったかのように、ずんずんと奥へと進んでいく。大樹達は意味が分からずお互い顔を見合わせたが、特に何もいわずにクオンに追従する。


「あ、明るくなって来ましたよ!」


 コハルが言うように、大樹達の行く手に、強い光が差し込んでいるのが見えた。どうやら今歩いている部分はひょうたんのくびれの部分らしく、それがあの場所で終わりということらしい。そして、逆光を背負うように、何者かがこちらに近づいて来るのが見えた。恐らく、あれがクオンの言う長であろう。距離が近づき、影の姿がはっきりと見て取れると、オスカーがぽつりと言葉を漏らす。


「で、でけぇ……何てでかさだ」

「う、うん!」

「大樹さんまで何を馬鹿な事言ってるんですかー!」


 現れた生物を食い入るように見つめる大樹の脳天に、コハルがチョップを叩き込む。目の前に現れた、恐らく合成獣の長であろう人物は、何と言うか、全裸であった。しかもその豊満な胸元は全く隠されておらず、その辺りを凝視してしまったのは哀しい男の性である。


「何だ? お前達のように全身を布で覆う方が不思議なのだが……まぁお前達は、私達と違い体を守る物が随分貧弱なようだから、当然といえば当然なのか?」


 胸元ばかり見ていた大樹達だが、改めて合成獣の長とやらの外見を見直してみると、クオンと同様に随分人間に近い姿をしている。腰まで伸ばした銀の髪、クオンと同じ猫科の動物を思わせる赤い瞳、白磁のような白い肌、これだけなら美しい人間の女性と思えるのだが――


「羽……それに尻尾?」


 目の前の生物が人では無い証として、背中から生える蝙蝠のような緑の皮膜、さらに上半身が人に極めて近い造詣をしているのに対し、下半身にはびっしりと薄緑色をした鱗に覆われ、臀部の辺りからは大蛇のように太い尾が生えている。


「何か、竜人(ドラゴニュート)みたい」


 他の皆は驚いているが、大樹はサンクチュアリにもこういった外見を持つ<竜人(ドラゴニュート)>と呼ばれる種族や、狼男という人と魔物のハーフ的な種族を見慣れていたので、それほど恐ろしくは感じなかった。


「ほぉ? お前、(ドラゴン)を知っているのか? 驚いたな……」


 大樹としてはサンクチュアリに似たようなのが居たなぁ程度に呟いただけで、全く通じるとは思わなかったので驚いたが、相手はそれ以上に驚いたようだ。


「ま、お互い色々情報交換をする必要がありそうだ。しかしその前に……さて、クオンよ、こちらへ来なさい」


 目の前の竜人とでも言うべき女性は、いつの間にか大樹達の影に隠れていたクオンに対し声を掛ける。クオンはびくっと体を震わせ、まるで怯えた小動物みたいに、肩を落としながら前へと出る。先程大樹達を殺そうとしていた人物にはまるで見えない。


「んー、もうちょい右、そう、そこに立って。よしよし、いい子いい子」

「…………」


 竜人はクオンを彼女の前に立たせる。にこにこと柔和な笑みを作る竜人に対し、クオンは裁判官の前に立つ被告人のような沈んだ表情を浮かべている。そして、竜人の女性はふぅっ、と艶っぽい溜息を吐くと、


「こぉんの……クソ馬鹿がぁあぁ!!」

「ぶフぉおっ!!」


 激昂の雄叫びと共に、回し蹴り――もとい回し尻尾をクオンに叩きつける。クオンはまるでフィギュアスケートの選手みたいに、きりもみ回転しながら吹っ飛び、剥き出しの岩盤に叩き付けられた。潰れたカエルみたいに地面に伸びたクオンを、さらにその竜の大きな足でぐりぐりと踏みつける。


「お前はっ! 我々以外のっ! 知的生命体が居たらっ! 交渉をしてっ! 友好的に連れて来る役目だったろうがっ! それを無視して殺しかけた挙句っ! 逆に殺されかけて帰ってくるっ! 何やってんだお前はっ!」


 一声一声に怒りの感情を滲ませながら、竜人はクオンを何度もげしげし踏みつける。状況に付いて行けず目が点になっていた大樹達だが、さすがに見かねたので助け舟を出す。


「あ、あの! 元々僕達がそちらの仲間を傷つけて(こじ)れちゃったし、クオンもさっき僕が殴って怪我させちゃったから、あんまりやると死んじゃうのでは……」

「ん? ああ、この馬鹿は丈夫だから問題無い。そのまま転がしておけば目を覚ますだろう。それより、お互い知りたいことが沢山あるだろう。立ち話も何だから、奥の部屋で話すとしようか」


 竜人は大樹達にそう言うと、何事も無かったかのように踵を返し、奥へと向かって行った。大樹達は少し躊躇したが、結局そのまま竜人に追従する。ちなみに、白目を剥いてびくんびくん痙攣しながら伸びているクオンを見ていると、何だか可哀想になったので、大樹は拘束を解き、ちょっとだけ回復ポーションを降りかけておいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ