第一章 終業式のあと
うだるような暑さだった。
体育館には全校生徒の熱気がこもり、壇上から聞こえてくる話は、意味のある言葉としてほとんど耳に入ってこない。
校長の話が長い。
生活指導の教師の話も長い。
夏休み中の事故に注意しろ。夜遅くまで出歩くな。高校三年生として、受験生として、節度ある生活を送れ。
どれも大切な話なのだろうが、高校生活最後の夏休みを目前にした三年生の頭には、ほとんど残らなかった。
本田拓斗も、聞いているふりをしながら別のことを考えていた。
夏休みに入ったら何をするか。受験勉強をどこまで進めるか。そして、今日欠席している彼女とは、いつ会えるか。
長く退屈な話を、夏休みへの期待だけで乗り切り、三年生はようやく教室へ戻された。
担任が来るまでのわずかな時間、教室は一気に騒がしくなった。
窓は開いているが、風はほとんど入ってこない。天井のエアコンは動いているものの、体育館から戻ったばかりの三十九人を冷やすには力不足だった。
「暑っ。先生、まだ?」
「職員室で何か配ってるんじゃない?」
「早く通知表もらって帰ろうぜ」
机を寄せて話す者。スマートフォンを確認する者。鞄を持ったまま、担任が来た瞬間にでも帰れるよう待ち構える者。
拓斗は窓際の席に座り、空いている一つの席を見た。
今日休んでいる彼女の席だった。
メッセージを送ろうとしてスマートフォンを取り出した、そのときだった。
教室の風景が歪んだ。
最初は、暑さで目眩を起こしたのかと思った。
黒板も、机も、窓も、周囲のクラスメイトも、まだ乾いていない絵の具を指でかき回したように流れ始める。
誰かの悲鳴が上がった。
拓斗は反射的に机をつかもうとした。だが、手は何にも触れなかった。
床の感触まで消え、上下の感覚が失われる。
次の瞬間、拓斗は白い部屋に立っていた。
壁も床も天井も白い。
扉も窓もない。
教室にいたはずのクラスメイトは、一人もいなかった。
「ここはどこだ?」
『説明を開始します』
声は、どこからともなく聞こえた。
男とも女とも、老人とも子供とも判別できない声だった。
拓斗の正面に、半透明の文字が浮かび上がる。
制限時間、三十分。
残り二十九分五十九秒。
『あなたを含む三十九名は、これより異世界へ転移します』
あまりに現実離れした言葉だった。
しかし、拓斗は笑わなかった。
床にも壁にも継ぎ目一つなく、声の主の姿も見えない。この状況を学校側が用意した悪ふざけと考える方が無理だった。
『転移先には、創造主が用意した迷宮が存在します。しかし世界が想定以上に安定し、現地の住民が迷宮攻略を必要としなくなりました。その結果、迷宮最奥のボスAが討伐されない状態が続いています』
「創造主って、あんたのことか?」
『肯定します』
「俺たちは、そのボスを倒すために呼ばれた?」
『肯定します』
拓斗は浮かんでいる時間を見た。
二十九分二十一秒。
「ボスAを倒すと、どうなる?」
『次の段階へ移行し、ボスBが出現します』
「そいつも俺たちが倒すのか?」
『その必要はありません。ボスBは迷宮外へ進出し、この世界に災禍をもたらすよう設定されています』
「待て。それ、俺たちが悪いことをするんじゃないのか?」
『創造主の意図に沿った正常な世界運営です』
拓斗は質問を続けた。
善悪を議論しても仕方がない。目の前の存在に、人間と同じ倫理観があるとは限らない。
「帰還条件は?」
『三年以内にボスAを討伐してください。達成すれば、希望者は元の世界へ帰還できます。希望する者は、この世界に残ることもできます』
「ボスを倒す前に帰ることは?」
『不可能です』
「三年以内に倒せなかったら?」
『帰還資格を永久に失います』
「死んだ人間は?」
『死亡が確定します。蘇生および帰還は行われません』
そこで初めて、拓斗は息を詰めた。
これはゲームではない。
能力も魔法もあるが、死ねば終わる。
「転移先は安全なのか?」
『教室および隣接する部室棟は、保護領域に指定されています。保護領域内へ敵対的存在は侵入できません』
「食料は?」
『周辺に可食対象となる魔物が生息しています』
「つまり、自分たちで殺して食べろと?」
『肯定します』
聞きたいことはいくらでもあった。
迷宮までの距離。現地人との会話方法。通貨。魔物の強さ。レベルの上げ方。技能の習得条件。武器を失った場合の再入手方法。
拓斗は、画面の端に表示されている「キャラクター作成」という項目に触れず、質問を重ねた。
創造主は、すべてに答えたわけではない。
『質問の意味が不明です』
『回答権限がありません』
『現地で確認してください』
そんな返答も多かったが、何が答えられないのかも情報だった。
残り時間が五分を切ったところで、拓斗はようやくキャラクター作成画面を開いた。
基本能力には、元の世界での身体能力や経験がある程度反映されている。
さらに百ポイントを、能力、スキル、装備、金貨へ自由に配分できる。
スキルには、後から簡単に取得できるものと、時間をかければ取得できるもの、最初に選ばなければ二度と取得できないものがあった。
装備にも、店で購入できるものと、入手方法が分からないものがある。
冒険者セットだけは一ポイントで、全員へ配布される。
ショルダーバッグ型の小型マジックボックスに、洗面器ほどの鍋、食器、毛布、タオル、木製歯ブラシ、替えの下着、冒険者用のシャツとズボン、靴、ナイフが入っている。
バッグの内部は、縦六十センチ、横四十センチ、深さ二十センチ。
強武器に限り、戦闘中でも素早く出し入れできる。
衣服を別に選ばなければ、キャラクター作成終了時に冒険者セットの服を強制的に着用させられる。
拓斗は取得難易度を確認し、迷わず選んでいく。
後から覚えられる武器技能には使わない。
店で買える普通の武器にも使わない。
二度と取れないマジックボックス。
身体強化。
精神。
自然回復。
そして予感。
残ったポイントで冒険者セット、強短剣、強鈍器を選ぶ。
『キャラクター作成を確定しますか?』
「その前に一つ。今日、学校を休んでいる生徒がいる。そいつはどうなる?」
一瞬、返答が遅れた。
正面の画面に、それまでなかった文章が表示される。
『該当者は別地点へ転移します』
「俺たちのところには来ない?」
『肯定します』
「居場所は?」
『回答できません』
「帰還条件は同じか?」
『あなたと該当者には追加条件が設定されます。ボスAが討伐される前に、同一世界内で再会してください。再会が成立しなかった場合、両名は帰還資格を失います』
残り一分十七秒。
拓斗は表示された文章を読み返した。
居場所は分からない。
この世界がどれほど広いのかも分からない。
それでも、不思議と彼女が死んだとは思わなかった。
むしろ問題は、自分が無計画に動くことだった。
クラス三十九人と教室ごと転移するなら、こちらはかなり目立つ。彼女も、自分が今日学校にいたことを知っている。
情報を集めれば、彼女の方からたどり着ける可能性が高い。
「分かった。確定する」
『受理しました』
白い部屋が消えた。
◇
細川春樹もまた、ぎりぎりまで質問を続けていた。
「魔法効率って、具体的に何が効率化されるんだ?」
『魔法使用時の消費MPを軽減します』
「どれくらい?」
『レベル1で本来の五割。レベル2で四割。レベル3で三割。レベル4で二割。レベル5で一割です』
「魔法一回の基本消費MPは?」
『原則として一です』
春樹は黙った。
「小数点以下はどうなる?」
『内部数値として蓄積されます』
「じゃあ、魔法効率がレベル5になれば、MP一で魔法を十回使える?」
『おおむね正しい理解です』
「壊れてない、それ?」
『質問の意味が不明です』
春樹は魔法効率を選択した。
取得には二十ポイント必要で、しかも後天取得不能。高価ではあるが、成長すればするほど価値が大きくなる。
魔法を一回使うために必要なMPが原則一なら、将来的にはMPが十もあれば百回近く使える。
最初からMPへ大量に振るより、はるかに効率がよい。
「拓斗も、これに気づいているかな」
おそらく気づいている。
ただし、拓斗が同じものを選ぶとは限らない。あいつは能力の強さだけではなく、自分が何を担当するかで構成を決める。
春樹は、自分が先頭に立つ人間だとは思っていない。
だが、拓斗が見落としたものを拾い、足りないものを埋めることはできる。
残り時間を確認し、春樹は自分の構成を確定した。
◇
藤原大志――誰もが委員長と呼ぶ男子は、最初の説明を聞いた時点で質問を終えていた。
三年以内にボスを倒せば帰れる。
死ねば終わり。
転移先には魔物がいる。
ならば、必要なのは戦える能力だ。
委員長はキャラクター作成画面を開き、三十分近くかけて慎重に数字を比較した。
体力は必要だ。
力も、素早さも、器用さも低くできない。
敵の攻撃を受け止めるなら、防御手段もいる。
身体強化、剣、体術、火魔法、バリア。
前に立って戦える構成を作る。
魔法を使うにはMPが必要だと知り、ただでさえ少ないMPにもポイントを回した。これで最低限、何度かは魔法を使える。
装備には強剣、強盾、強服を選ぶ。
強服にはレベル三十相当の防御効果があり、外見を自由に変えられる。委員長が選んだのは、白銀の胸当て、青い上着、赤いマントという正統派の勇者スタイルだった。
本人は、これが最も実戦的で指揮官らしい外見だと真剣に考えている。
何度も計算し直し、無駄がないことを確認する。
優等生らしい、整った構成だった。
しかし委員長は、一覧表に並んだスキルを、それぞれ独立した能力として評価していた。
マジックボックスが集団の物資輸送にどれほど重要か。
精神スキルが、生き物を殺す際に必要になること。
自然回復が、補給のできない環境で継戦能力に直結すること。
説明文を読めば分かる。
だが、実際の異世界生活を想像しなければ、その重要性までは分からない。
委員長は一つ一つの数字を丁寧に検討したために、数字になりにくい必須能力を取り逃がした。
◇
渡辺大輔、田中智也、北川雄介。
のちにオタクトリオと呼ばれる三人は、別々の白い部屋にいた。
それでも三人は、示し合わせたかのように同じ項目で手を止めた。
木魔法。
説明には、木材の加工および操作とある。
「加工って、どこまでだ?」
大輔が尋ねる。
『術者の技量と魔法レベルに応じて、切断、変形、接合などが可能です』
「釘なしで接合できる?」
『可能です』
「生木から板を作れる?」
『可能です』
「同じ寸法の部品を量産できる?」
『習熟すれば可能です』
大輔は笑った。
智也は、弓矢、家具、柵、小屋、荷車を思い浮かべた。
雄介は、さらに別のものを考えた。
木製の歯車、滑車、罠、投石器。
魔法で加工精度を上げられるなら、近代的な工具がなくても複雑な機構を作れる。
三人は、単純に威力の高い魔法より、使い方次第で何にでも化ける能力を好んだ。
ゲームの正攻法を守るより、製作者が想定していない組み合わせを見つける方が楽しい。
この世界の創造主がゲームマスターなら、三人は最も相性の悪いプレイヤーだった。
◇
別の白い部屋では、何人かの女子が強服の説明を読んでいた。
金貨一枚の良服には、レベル十相当の防御効果がある。
金貨十枚の強服には、レベル三十相当の防御効果があり、さらに外見を自由に変更できる。
鎧にも、制服にも、ドレスにもできる。身体に密着させても防御性能は変わらず、破損しても時間経過で修復される。
そして精神スキルの説明には、恐怖、嫌悪、羞恥による行動阻害を軽減するとある。
つまり、精神スキルさえあれば。
どんな格好をしても、本人は恥ずかしくない。
その事実に気づいた者たちが、どのような選択をしたのか。
答えは間もなく明らかになった。
◇
白い空間が消える。
拓斗は、自分の席に座っていた。
正確には、座らされていた。
三十九人全員が、先ほどまでと同じ席へ一斉に戻されている。
だが、服装は同じではなかった。
制服を着ている者は一人もいない。
衣服へポイントを使わなかった者は、生成りのシャツ、丈夫そうなズボン、革靴という冒険者姿へ強制的に着替えさせられている。
良服や強服を選んだ者だけが、それぞれ好きな外見へ変えていた。
教室の前方には、白銀の胸当て、青い上着、赤いマントを身につけた委員長がいる。
どこから見ても勇者だった。
誰も突っ込まなかった。
あまりにも本人が真剣な顔をしていたため、笑ってはいけないもののように感じられたのである。
代わりに、教室後方で悲鳴が上がった。
「忍、その格好なに!?」
真田忍(忍)が、黒を基調とした身体に密着する装束で立っていた。太腿には短剣を固定する帯まである。
「くノ一」
「それは見れば分かる!」
本人は平然としている。
その少し離れた場所では、瀧くれは(ビキニ)が、金属光沢のあるビキニアーマー姿になっていた。
露出は明らかに真夏の水着より多い。
「くれは、それで戦うの?」
「防御性能は普通の強服と同じだけど」
「そういう問題じゃなくて、恥ずかしくないの?」
「別に?」
このときから、彼女は一部の者にビキニと呼ばれるようになる。
さらに如月里紗と華沢綾乃は、色違いの魔法少女姿になっている。
五光聖子(聖女)は白を基調とした聖女服を選び、なぜか杖まで意匠を揃えていた。
男子の一部が目をそらし、女子の一部が衣装の細部を確認しようと集まる。
騒ぎが落ち着くまで、かなりの時間がかかった。
「全員、聞いてくれ!」
委員長が声を張った。
勇者の姿で教壇の前に立つと、妙に説得力がある。
浮ついていた空気が少しだけ静まった。
「まず人数を確認する。それから、分かったことと選んだ能力を出し合おう。帰る方法も確認したい」
桜井花子(花ちゃん)が、すぐに人数を数え始めた。
「三十九人。先生はいない。今日休んでいる子も、やっぱりいないね」
拓斗は、彼女の空席を見る。
別の場所へ転移している。
そのことを、今ここで話すべきか迷った。
「拓斗」
隣から小声で呼ばれた。
春樹だった。
「説明、どこまで聞いた?」
「かなり。春樹は?」
「俺も。後で二人で照合しよう。今ここで全部言うのはまずい」
拓斗もうなずいた。
すでに、自分の選択を得意げに話している者がいる。
高価な武器を取った者。
魔法へ多くのポイントを使った者。
金貨を残した者。
能力値を均等に上げた者。
委員長の提案で、ホワイトボードへ各自の能力を書き出すことになった。
最初は、ゲームの攻略情報を交換するような明るさがあった。
ところが一覧が埋まるにつれ、自分の選択に不安を覚える者が出てきた。
「え、マジックボックスって、後から取れないの?」
「身体強化は取ったけど、精神なんていらないと思った」
「普通の武器、現地で買えるの?」
「魔法効率って何? そんなのあった?」
委員長は、自分の欄と他の者の欄を見比べていた。
マジックボックスを持っていない。
精神も、自然回復もない。
その一方で、MPへ回したポイントは、魔法効率を取得した春樹の説明を聞いたあとでは、あまりよい選択に思えなかった。
「俺、かなり失敗したかもしれない」
委員長が小さくつぶやいた。
拓斗には聞こえた。
だが、ここで正解と不正解を詳しく説明するつもりはなかった。
拓斗や春樹、オタクトリオのようにゲームの仕組みを読み慣れている者は、取得難易度や将来性まで考えて選んでいる。
その知識を使って全員の構成を採点すれば、何人ものクラスメイトが、自分は取り返しのつかない失敗をしたと思い込む。
実際には、後から覚えられる能力も多い。
そして、どの構成が本当に正しいかは、まだ誰にも分からない。
「委員長」
拓斗は、委員長にだけ聞こえる声で言った。
「戦闘能力は高い。前衛としては、クラスで一番強いかもしれない。取らなかったものは、持ってるやつに頼ればいい」
「でも、俺がみんなをまとめるなら――」
「全員分を一人で持つ必要はないだろ」
委員長はしばらく黙ったあと、うなずいた。
自分の失敗を慰めてもらったとは考えなかった。
集団で補えばいい。
その言葉を、そのまま今後の方針として受け取った。
ひとしきりの騒ぎが収まると、委員長は改めて教壇の前に立った。
「帰還条件を確認する。俺が聞いたのは、三年以内に迷宮のボスを倒せば帰れるということだ。違う説明を受けた人はいるか?」
何人かが補足する。
希望者はこの世界へ残れること。
途中で死んだ者は帰還できないこと。
期限を過ぎれば、全員が永久に帰還資格を失うこと。
教室の空気が重くなった。
先ほどまで衣装を見て笑っていた者たちも、もう笑わなかった。
「ボスを倒すにしても、まず生き残らないといけない」
委員長はホワイトボードへ大きく書いた。
水。
食料。
安全。
「水道は使える。トイレも部室棟のシャワーも使えるみたいだ。だが、食料はない。創造主は、周辺に食べられる魔物がいると言っていた」
「魔物を食べるの?」
「誰が捕まえるんだよ」
「そもそも外がどこなのかも分からないだろ」
窓の外には、校庭の代わりに森が広がっている。
見たこともないほど太い木々が並び、その奥は昼間でも暗い。鳥らしい声は聞こえるが、本当に鳥なのか確かめる手段はない。
委員長は皆の不安を遮らず、意見が途切れるまで待った。
「最初から全員では出ない。戦える者、周囲を調べられる者、物資を運べる者で少人数の探索隊を作る。今日は深入りせず、食料になるものと周辺の危険を確認する」
「俺が行く」
最初に名乗り出たのは、藤原巧(巧)だった。
委員長と同じ姓だが、親戚ではない。
男子からも女子からも巧と呼ばれている。教師とも生徒とも自然に話せる男で、文化祭では近隣店舗との交渉を一人でまとめたことがある。
「もし人がいたら、俺が話す。視力を上げるスキルも取ってる。先に何か見つけられるかもしれない」
「花ちゃんは残ってくれ。俺が外へ出るなら、教室をまとめる人間がいる」
委員長が言うと、花ちゃんは首を横へ振った。
「最初だから私も行く。安全だと分かったら、次から残る。それに私はマジックボックスを持ってる。委員長は持ってないでしょ」
痛いところを突かれ、委員長は言葉を失った。
「身体強化も精神も自然回復もある。少なくとも、足手まといにはならないよ」
花ちゃんは穏やかな口調だったが、退く気はなかった。
拓斗も手を挙げる。
「俺と春樹も行く。俺には予感がある。何に反応するかは分からないけど、危険を避ける役には立つかもしれない」
「俺は遠くへ物を投げられる。風魔法もある」
春樹が続く。
これで五人。
ただし、前へ出て戦える委員長、誰とでも話せる巧、副委員長として知られる花ちゃんに比べ、拓斗と春樹は普段それほど目立つ生徒ではない。
委員長は、残る二人を探して教室を見渡した。
「山ちゃん」
後方から声がした。
伊沢和樹が、隣にいた山形清美(山ちゃん)の肩を押している。
「お前も行け」
「何で俺?」
「お前、身体強化があって、鈍器と投的も使えるだろ。俺より前で戦える」
「それなら、もっと強そうなやつがいるじゃん」
「強そうなやつだけで出たら、何かあったときに教室を守る人間がいなくなる。それに俺も行く」
和樹は、派手な生徒ではない。
だが、精神スキル、ヒール、魔法効率を持っている。負傷者を連れ帰るには欠かせない構成だった。
「俺は回復役。お前は俺の護衛」
「勝手に決めるなよ」
「嫌なら残っていいぞ。俺は行くけど」
山ちゃんは困ったように教室を見回した。
自分から危険な場所へ行きたいわけではない。
自分の家庭環境や狩猟経験を、クラスで自慢したこともない。
それでも、森を知らない者だけで外へ出るのを見過ごすことはできなかった。
「……分かったよ。行けばいいんだろ」
「うん。よろしく、山ちゃん」
「お前に言われなくても行く」
七人が決まった。
委員長。
巧。
花ちゃん。
拓斗。
春樹。
山ちゃん。
和樹。
委員長、渉外、副委員長という、誰もが知る三人。
その後ろに並ぶ、目立たない四人。
能力を申告しただけでは、なぜこの七人が最初の探索隊になるのか、まだ誰にも分からない。
拓斗と春樹は、ゲームの仕組みを読む。
委員長は、人をまとめて先頭に立つ。
巧は、人間を相手に道を作る。
花ちゃんは、委員長が見落とすものを補う。
和樹は、必要な者を見つけて動かす。
そして山ちゃんは、まだ誰も知らない森の常識を持っている。
「準備ができたら、昇降口に集合しよう」
委員長はそう言ったあと、窓の外を見た。
森は静かだった。
静かすぎて、その奥に何がいるのか分からない。
食料を見つけるだけの短い探索。
全員が、まだそう考えている。
自分たちが生き物を殺せるのか。
魔物を解体し、その肉を食べられるのか。
精神スキルを取らなかった委員長が、最初の一匹を前に何を見ることになるのか。
誰も知らないまま、七人は異世界で初めて、教室の外へ出ようとしていた。




