偽造の筆跡と「条変」の罠
中田主任の「48年ローン」というデタラメな約束が、ついに現実の壁——「銀行」とぶつかる時が来ました。
銀行の書類を代筆し、筆跡までも偽造する職人芸(?)を持つ営業マンたち。しかし、金銭消費貸借契約(金消)だけは本人が銀行員の前で署名・捺印しなければなりません。
嘘が暴かれる絶体絶命の瞬間。中田主任が仕掛ける「条変」の全貌を、富山さんの震える視線で描きます。
「富ちゃん、よう見とけ。これが『プロ』の書き方や」
事務所の隅で、営業マンたちが客の住民票や免許証を横目に、黙々と銀行のローン申込書を埋めている。驚くべきは、その筆跡だ。丁寧すぎるわけでもなく、適度に癖のある「客本人の字」にそっくりな字体で、年収や勤務先が書き込まれていく。
銀行から「本人の筆跡と違う」と突っ込まれないための、恐るべき隠蔽技術。
「(不動産屋って、代筆の練習までしてるのか……)」
私は、彼らが持つ「得体の知れない技術」に改めて戦慄した。
この森田さんのケースも、中田主任による完璧な代筆と、ご主人の安定した属性のおかげで、ローンの審査は難なくパスした。しかし、通ったのは「35年ローン」。
月々の支払いは15万円。当初の約束より2万円も高い。
いよいよ今日、銀行員が店にやってきて、森田さんと正式な契約(金消)を結ぶ。すべての数字が、白日の下にさらされる運命の日だ。
「お〜い! 中田主任、今日、森田さんの金消ちゃうんけ」
山本部長が、デスクから声を張り上げた。
「はい、そうです。もうすぐ森田はん来はりますわ」
中田主任は、相変わらずの涼しい顔でネクタイを締め直している。
「今日の金消も『条変』するんか?」
「もちろんですよ〜!」
「ほんま、条変得意やのぉ〜!」
条変——条件変更。
私はその言葉の響きに、嫌な予感しかしなかった。当初の約束(条件)を、力ずくで書き換える(変更)という意味にしか聞こえない。
「(……どうやって? 銀行の契約書に書いてある数字を、どうやって誤魔化すんだ?)」
不安に駆られる私の前で、自動ドアが開いた。
「こんにちは、お世話になります」
何も知らない森田さんが、少し緊張した面持ちで来店した。その手には、実印の入ったケースが握られている。
「森田さん! お待ちしておりました!」
中田主任が、これ以上ないほどの笑顔で駆け寄る。
「さあ、こちらへ。今日は銀行の担当者も来ておりますから、サクッと終わらせましょうね」
森田さんは、中田主任に導かれるように応接室へと入っていった。
そこには、銀行の担当者が契約書類を広げて待っている。
「借入金額:3400万円。返済期間:35年。毎月の返済額:15万円……」
書類には、残酷なほどはっきりと「現実」が印字されているはずだ。
中田主任は、一体どうやってこの2万円の差額を、そして「48年」という大嘘を、森田さんに納得させるつもりなのか。
「……富ちゃん、見とけよ。中田の『条変』は芸術やからな」
隣で平山さんが、ニヤニヤしながら私に耳打ちした。
私は、応接室の重い扉の向こうで繰り広げられるであろう「地獄の説得劇」を想像し、冷や汗を止めることができなかった。
■業界用語解説:金消
金銭消費貸借契約(金消契約)とは、銀行からお金を借りる際の最終的な契約です。
借入額・金利・返済期間・月々の支払額が確定します。
銀行の担当者が同席し、本人の意思確認を厳格に行います。
この後、抵当権の設定(家を担保に入れる手続き)を経て、融資が実行されます。
本来、ここでの数字変更は「契約破棄」に繋がりかねない重大事。
中田主任が使う「条変」という技。それは、果たしてどのようなロジックでお客様の首を縦に振らせるのでしょうか……。緊迫の応接室編へ続きます。




