パンチパーマの洗礼(入社)
「よいこ不動産」という、そのあまりにも健全な社名に私は騙されていたのかもしれない。
本社で行われた面接は、拍子抜けするほどスムーズだった。対応してくれた「人事部長」は物腰が柔らかく、知性的な紳士。こちらの経歴をひと通り褒めちぎると、「君、いいよ。ぜひうちで頑張ってくれ」とその場で内定を言い渡した。
トントン拍子とはこのことだ。私は舞い上がり、会社の内情をろくに調べもせず、威勢よく頭を下げた。これが、後に続く「激動の1年間」への入り口だとは知る由もなかった。
数日後、私は気合の入ったリクルートカットをなびかせ、本社へ出勤した。
「富山くん、君の配属先が決まったよ。守口支店だ」
人事部長に呼び出され、紹介されたのが守口支店の店長、山本部長だった。
その瞬間、私の背筋に冷たいものが走った。
目の前に現れたのは、人事部長とは対極の存在――。頭は見事なまでのパンチパーマ。目つきは鋭く、縦縞模様が派手なダブルのスーツを着ている。どう見ても「堅気」の雰囲気ではない。
「……は、はじめまして! 本日から入社しました富山です!」
震える声を絞り出した私を、山本部長はギラリと見られた。
「よっしゃ、ほな行こか」
有無を言わさない重低音。私はそのまま、窓という窓に真っ黒なスモークが貼られた黒塗りのクラウンに押し込まれた。連行される犯人のような気分で、車は守口支店へと滑り出した。
守口支店は、駅近の一等地に建つビルの一階にあった。
「おまえらぁ〜、新入り紹介すんど〜」
山本部長の号令とともに足を踏み入れた事務所は、わずか十五坪ほどの空間。だが、そこに充満する熱気と威圧感は、阪神甲子園球場を飲み込むほどだった。
「おざ〜いっす!!」
怒号に近い挨拶が響き渡る。見渡せば、そこにいた四人の営業マンは全員がパンチパーマ、全員がダブルのスーツ。ここは不動産屋か、それともどこかの組事務所か。
「(これは……マズイところに来てしまった……)」
心臓がバクバクと警鐘を鳴らしているが、もう後戻りはできない。私は自分に「これも経験だ」と言い聞かせ、麻痺しそうな理性を必死に繋ぎ止めた。
「ちみ、ここの席な。二、三日は座ってるだけでええから、雰囲気に慣れてや」
指定されたデスクに腰を下ろすと、猛獣のような先輩たちが好奇の目を向けてきた。
向かいに座る四十代くらいの男、田山係長がニヤリと笑う。
「兄ちゃん、富山っちゅー名前か。ほな、今日から『富ちゃん』やな」
「……え、富ちゃん?」
初対面で、しかも職場であだ名。絶句する私を無視して、質問攻めが始まった。
「彼女おるんか?」「どこ出身や?」「女紹介せぇや!」「歳なんぼや!」
不動産の実務に関する質問は、一つもなかった。
その時だった。
斜め向かいの席で、彫刻のように黙り込んでいた男が口を開いた。横田課長。その顔面は、パンチパーマをかけるために生まれてきたと言っても過言ではないほど、凄みに満ちていた。
「富ちゃん……。明日、パンチにしてこいや」
ドスの効いた声が、事務所の空気を凍らせた。
「パ、パンチ……ですか?」
私は勇気を振り絞って聞き返した。「パンチパーマが、営業になんの関係があるのですか?」
一瞬、横田課長の怒声が落ちた。
「あほんだらぁ! 関係あるんじゃい! おまえみたいな、しょぼい髪型しとったらな、客になめられるんじゃい! この商売、客になめられたら終わりなんじゃい!!」
鼓膜が震え、軽い目眩がした。
なめられたら終わり。それは一理あるのかもしれない。しかし、二十代の若者が人生を賭けて手に入れた爽やかなリクルートカットを、一日で大仏のような髪型に変えるなど、到底受け入れられない。
「い……嫌です! 何を言われようと、パンチパーマになんか、絶対しません!」
私の顔は、おそらく半泣きだっただろう。必死の形相で反論する私を見て、山本部長がニヤニヤしながら割って入った。
「まあええがな、横田。本人も嫌がっとるし。まあ、パンチの件は『そのうちに』な。な?」
部長はなだめている風だったが、その「そのうちに」という言葉が、不穏な余韻を残して耳に残った。
窓の外では、何も知らない一般市民が平和そうに歩いている。
私は心の中で、自分に深く誓った。
「絶対に、パンチパーマにだけはしない」
こうして、私と守口支店のパンチ軍団との、前途多難な一年間が幕を開けたのである。




