ダンジョンが“休憩所に近づこうとしている”と判明し、地形ごと世界が歪み始めた
「……なあ、これ」
誰かの震えた声で、目が覚めた。
俺はゆっくりと顔を上げる。
休憩所の入口付近。
そこに立っていた探索者たちが、全員同じ方向を見て固まっていた。
「どうした?」
俺が近づくと、誰かが指を差す。
「……通路が」
その一言で、嫌な予感がした。
俺は視線を向ける。
そして──理解が止まった。
「……短く、なってる?」
昨日まで、もっと長かったはずの通路。
モンスターが徘徊していた危険地帯。
それが今──
“数歩で到達できる距離”に変わっていた。
「は?」
思わず声が漏れる。
「いやいやいや、おかしいだろ」
別の探索者が慌てて叫ぶ。
「昨日はここ、十階層分くらいあったぞ!?」
「……測った」
レオニスが低く言う。
「半分以下になってる」
ざわっ、と空気が波立つ。
「ダンジョンが……縮んでる?」
誰かが呟く。
「違う」
レオニスが即座に否定する。
「“ここに寄ってきてる”」
沈黙。
理解が追いつかない。
「寄ってきてるって……なんだよそれ」
「そのままの意味だ」
レオニスは壁に手を当てる。
「流れが変わってる。魔力の向きが、全部ここに向かってる」
俺の背中に、冷たいものが走る。
(……まさか)
昨日の“新機能”。
【外部領域への影響拡張】
あれが、原因か?
「……なあ」
受付の少女が、震えながら言う。
「外……どうなってるんですかね……」
嫌な沈黙。
誰も、外に出たがらない。
理由は単純だ。
「……俺、見てくる」
ひとりの探索者が、覚悟を決めたように言った。
「バカやめろ」
すぐに止める声。
「今外出たら、戻れねえかもしれねえぞ」
「でも、このままじゃ分からねえだろ!」
男は叫ぶ。
「この場所が何なのか!」
その言葉に、誰も反論できなかった。
沈黙のあと。
「……行くなら、条件がある」
気づけば、俺が口を開いていた。
全員の視線が集まる。
「……なんだ?」
「戻ってきたとき、“優先的に入れる”」
ざわっ。
「ただし」
俺は続ける。
「戻れたら、な」
空気が一瞬で凍る。
「……お前」
男が苦く笑う。
「ほんと、性格終わってるな」
「知ってる」
即答する。
「で、行くのか?」
数秒の沈黙。
そして男は──笑った。
「行くに決まってるだろ」
その目は、狂気に近かった。
「ここが何か知るためなら、命くらい賭ける」
(……依存、か)
俺は静かに頷いた。
「行け」
その一言で。
男は外へ踏み出した。
時間が、やけに長く感じた。
誰も喋らない。
ただ、待っている。
「……遅いな」
誰かが呟いた、そのとき。
「──開けろ!!」
外から、叫び声。
全員が反応する。
「戻ってきた!」
扉に駆け寄る探索者たち。
俺は一歩前に出る。
(……どうする)
開けるか、拒否するか。
一瞬だけ迷って──
開けた。
男が転がり込む。
「はぁ……はぁ……っ」
全身ボロボロだ。
だが、それ以上に。
目が、完全に壊れかけている。
「どうだった!?」
誰かが叫ぶ。
男は震える手で、後ろを指差した。
「……外が」
言葉が詰まる。
「どうなってる!」
「……近い」
「は?」
「街が……近いんだよ……」
意味が分からない。
「ここ、地下だぞ?」
「違う!!」
男が叫ぶ。
「距離が狂ってる!!」
静寂。
「本来ありえない距離に、“街がある”」
背筋がゾワッとする。
「ダンジョンと外の境界が……壊れてる」
誰かが、息を呑む。
「それだけじゃない……」
男は震えながら続ける。
「モンスターが……逃げてる」
「逃げてる?」
「ああ……」
男の顔が歪む。
「ここから、“離れようとしてる”」
沈黙。
重たい、理解の時間。
「……つまり」
レオニスがゆっくりと言う。
「ダンジョンはここに寄ってきてるのに、モンスターは逃げてる?」
「そうだ……」
「なんでだと思う?」
誰も答えられない。
ただ一つ、分かることがある。
「……ここ、異常すぎるだろ」
ぽつりと誰かが言った。
その通りだった。
回復も、安全も、快適も。
全部が揃いすぎている。
それはもはや──
“生態系の外側”だ。
「なあ」
レオニスが俺を見る。
「お前、何やった?」
その問いに。
俺は少しだけ考えて。
そして答える。
「……何もしてない」
嘘じゃない。
本当に、何もしていない。
ただ──
“最適化”しただけだ。
そのとき。
空間が、わずかに歪んだ。
ミシ、と音がする。
「……おい」
誰かが後ずさる。
「壁が……」
石壁が、ゆっくりと動いていた。
まるで、生き物みたいに。
「やめろよ……」
「なんだこれ……」
壁が、広がる。
空間が、拡張されていく。
俺の意思とは関係なく。
【空間最適化:外部領域の再配置を開始】
頭の中に、声が響く。
(……勝手に動いてる?)
嫌な汗が流れる。
「……止めろ」
思わず呟く。
だが、止まらない。
むしろ──加速する。
「下がれ!!」
レオニスが叫ぶ。
全員が後退する。
その瞬間。
“新しい通路”が、生まれた。
誰も作っていない。
存在していなかった道。
それが今、目の前にある。
「……嘘だろ」
誰かが呟く。
その通路の先。
かすかに──光が見えた。
「……外、か?」
「いや……違う」
レオニスが首を振る。
「もっと近い」
俺は、一歩踏み出す。
通路の先を、覗く。
そして。
完全に理解した。
(……これ、ダメなやつだ)
その先にあったのは──
街の一部だった。
本来、何階層も上にあるはずの地上。
それが、繋がっている。
「はは……」
誰かが笑う。
壊れたみたいに。
「もうダンジョンじゃねえじゃん……」
違う。
これはもう。
「……“ここを中心にした世界”だ」
俺は、無意識に呟いていた。
そのとき。
通路の向こうから、人影。
「……誰かいるぞ!」
緊張が走る。
現れたのは──
鎧を着た集団。
明らかに、探索者じゃない。
「……王都騎士団だ」
誰かが息を呑む。
先頭の男が、一歩踏み出す。
そして。
まっすぐ、俺を見る。
「貴殿が、この空間の管理者か」
静かな声。
だが、圧が違う。
「……そうだ」
俺は答える。
男は頷く。
そして、はっきりと言った。
「この場所を、国家管理下に置く」
空気が、凍った。
「拒否権はない」
その一言で。
全員の視線が、俺に集まる。
(……来たか)
支配するか、されるか。
その分岐点。
俺は、ゆっくりと口を開く。
「あるよ」
「何?」
「拒否権」
そして。
はっきりと言い切る。
「ここに入れるかどうかは、俺が決める」
沈黙。
騎士団の空気が変わる。
「……理解していないようだな」
男の声が低くなる。
「これは国家命令だ」
「関係ない」
即答する。
「ここは俺の空間だ」
数秒の、静寂。
そして。
「……そうか」
男は、小さく頷いた。
次の瞬間。
「排除しろ」
空気が、弾けた。
騎士たちが一斉に踏み込む。
だが──
「入れない」
俺が呟いた瞬間。
彼らの動きが、止まった。
見えない壁にぶつかったように。
「なっ……!?」
騎士たちが混乱する。
俺は静かに言う。
「“許可してない”」
その一言で。
全員が理解した。
ここでは、俺が絶対だと。
レオニスが、小さく笑う。
「……やべえな」
誰かが呟く。
「国家、止めたぞ……」
そして俺は思う。
(……これ、もう完全に)
戻れない。
ただの休憩所には。
次の瞬間。
【空間最適化:影響範囲をさらに拡張可能】
頭の中の表示。
その範囲は──
街全体を覆っていた。
(……は?)
スケールが、壊れている。
そして俺は、ゆっくりと理解する。
この力はもう、“ダンジョン内”じゃない。
世界を書き換える力だ。
騎士団が、なおも叫ぶ。
「これは反逆だぞ!」
俺は、静かに答えた。
「違うな」
少しだけ、笑う。
「これは、“選別”だ」
そして。
俺は、初めて明確に思った。
(……支配するか)
その瞬間。
空間が、さらに歪んだ。
街と、ダンジョンが、完全に繋がろうとしていた。




