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『導かれる者たちの中で 〜レベルを上げて魔王を倒す。それが正しいと、誰も疑わなかった。〜』  作者: 街角のコータロー
第3章

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第7話: 祈りの外側

朝の空気は澄んでいた。


 魔族領に近いとは思えないほど、穏やかな村だった。小さな畑と、低い石壁。人々の視線は怯えと期待が混じっている。


 勇者様が来てくださった。


 その言葉が、何度も繰り返される。


 わたくしは微笑む。


 微笑みは、自然に作れる。


 それが聖女の務め。


 信じること。


 祈ること。


 導くこと。


 それがわたくしの役割。


 村の少年が運ばれてくる。


 腕に深い裂傷。


 魔族の爪だろう。


 出血は多い。


 わたくしは膝をつく。


 手を重ねる。


 祈りの言葉を紡ぐ。


 光よ。


 癒やしを。


 いつもなら、胸の奥から熱が立ち上がる。


 指先へと流れる。


 確かな感触。


 今日は——


 薄い。


 灯りが遠い。


 言葉を重ねる。


 集中を深める。


 光は、出ない。


「……」


 額に汗が滲む。


 おかしい。


 もう一度。


 祈る。


 それでも。


 何も起きない。


 少年の呼吸が荒い。


 勇者様が心配そうに見る。


 いけない。


 動揺してはいけない。


 わたくしは聖女。


 祈りは届く。


 届くはず。


 その瞬間。


 少年の傷が、ふさがり始める。


 光は、ない。


 わたくしの手からではない。


 それでも、肉が閉じていく。


 血が止まる。


 呼吸が安定する。


 村人が歓声を上げる。


「奇跡だ……!」


 奇跡。


 わたくしは、手を見つめる。


 何もしていない。


 祈りは、届いていない。


 なのに、治った。


「ありがとうございます、聖女様!」


 頭を下げられる。


 わたくしは微笑む。


「神の御加護です」


 声は震えていない。


 だが、胸は冷たい。


 次の治療。


 老女の足の裂傷。


 今度は最初から、祈りの感触がない。


 空洞。


 空白。


 言葉だけが響く。


 だが結果は同じ。


 傷は塞がる。


 わたくしを介さず。


 わたくしの“内側”を通らず。


 ただ、塞がる。


 まるで——


 最初から治ることが決まっていたかのように。


 治療が終わる。


 村は安堵に包まれる。


 勇者様は優しく笑う。


「助かったな」


「ええ」


 わたくしは頷く。


 だが視線を合わせられない。


 わたくしは、何もしていない。


 夜。


 宿屋の一室。


 祈りの時間。


 いつもなら、光が満ちる。


 胸の奥に確かな温もり。


 今日は、ない。


 静寂。


 どれだけ言葉を重ねても、


 どれだけ信仰を深めても、


 何も返ってこない。


「……どうして」


 問いかける。


 返事はない。


 当然だ。


 神は声で答えない。


 だが、感触はあった。


 ずっと。


 選ばれた日から。


 あの光。


 あの確信。


 それが、今はない。


 わたくしは立ち上がる。


 勇者様の部屋の前。


 扉越しに、気配を感じる。


 穏やか。


 安定。


 傷はない。


 今日の戦闘も軽微だった。


 祈りを使わずとも。


 わたくしは、気づいている。


 ここ数日。


 わたくしの祈りが弱まるほど、


 勇者様は無傷に近づいている。


 比例していない。


 逆だ。


 まるで——


 わたくしの役割が、


 差し引かれているかのように。


 暗殺者が廊下の影にいる。


「眠れないのか」


「ええ」


「祈りは?」


 直接的。


 逃げ道のない問い。


「……届きません」


 初めて、口にした。


 暗殺者は、驚かない。


「でも、治る」


「ええ」


「それでいいんじゃないか」


 冷たい言葉ではない。


 ただ、事実。


「よくありません」


 即答する。


「わたくしが祈らずとも奇跡が起きるのなら、わたくしは何のためにここにいるのです」


 声が震える。


 初めて。


「勇者のためだろう」


「それは……」


 違う。


 それだけではない。


 わたくしは神に選ばれた。


 意味がある。


 役目がある。


 でなければ。


「……わたくしは、不要なのではありませんか」


 言葉にした瞬間、足元が崩れるような感覚。


 暗殺者は沈黙する。


 否定しない。


 肯定もしない。


 その沈黙が、何より残酷。


 部屋に戻る。


 鏡を見る。


 聖女の姿。


 白い衣。


 穏やかな瞳。


 その奥が、空洞に見える。


 翌日。


 小規模な魔族襲撃。


 勇者様が前に出る。


 鋭い一撃。


 魔族が吹き飛ぶ。


 反撃。


 本来なら致命傷。


 だが、刃は逸れる。


 勇者様は無傷。


 わたくしは祈らない。


 あえて。


 祈らない。


 試す。


 最低の行為。


 だが、確かめたい。


 勇者様は勝つ。


 完全に。


 わたくしの祈りなしで。


 戦闘後。


「助かった」


 勇者様が笑う。


 わたくしは微笑み返す。


 胸の奥で、何かが静かに死んだ。


 夜。


 祈らない。


 言葉を紡がない。


 それでも、世界は変わらない。


 星は瞬く。


 勇者様は眠る。


 傷はない。


 わたくしは、膝を抱える。


 信じてきたものが、


 わたくしを必要としていない。


 それでも。


 明日も微笑む。


 聖女だから。


 だが心の奥で、確信している。


 祈りは、届いていない。


 奇跡は、わたくしを通っていない。


 わたくしは、


 祈りの外側に立っている。


 静かに。


 完全に。



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