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「力を手に入れて自分より弱くなった不良に対しては攻撃的にできても、国という大きな組織には何もできない腑抜け」
「いつも同じ失敗を繰り返し成長がまるでない鳥頭」
「今まで救ってくれた叔母相手に、自分が満足できるほど稼いだら手助けしてやるって上から目線の恩知らず。お金があるのにアパートの管理人を続けてやるってたかり気質のヒモ根性」
「ダンジョン管理人に対して俺が手伝ってやってる、報酬よこせって性根が腐りきっている。家族に蔑ろにされたのも本人にかなり問題があったんだろうとしか思えない。転生もので勇者召喚でもされようものなら調子に乗って傲慢に振る舞い、巻き込まれ転生したモブにざまぁされるポジションだよね」
裕は夢の中で良く分からない相手に攻撃されまくり、目が覚めてすっかりと落ち込んでいた。
あながち間違いではなく、裕にも微妙に思い当たる節があるので尚更に落ち込んだ。
特に同じ失敗を繰り返し成長がまるでないは、自分でも最近自覚し始めていたのでかなり心に響いた。
それに確かに同級生の馬鹿どもに強気に出られたのは、ボクシングを習い多少身体的に自信を持てたのもあったが、それよりももう我慢しなくて良いのだという踏ん切りがついたからだったと思う。
だからそれと比べて国と言う大きな組織と対立しろという様な事を言われても、裕にはその理由が良く分からなかった。
空間の管理者からは少しでも浄化を進めて欲しいと願われているのに、空間の提供に積極的にはなっていないし、裕はいまだに自分優先で今でも自分だけのダンジョンを2つも隠し持ち独占している。
寧ろ責められるならそっちだろうと思う。
それにどの国も喉から手が出るほど欲しがっていて、それこそ手に入れる為に争い迄起こしている様だが、そんな大きな組織に自分の方から喧嘩でも吹っ掛けろと?
一人でいったい何に立ち向かいどうやって戦えと?
争い事は好きじゃない、何のために戦うのかも分からない争いなど以ての外だと思う。
そもそも日本という国に空間を提供した事で融通して貰った見返りの方が大き過ぎて争う気にもならないというか、寧ろ快適なダンジョン生活のために裕が国を利用しているつもりになっていたのだが、その考えが間違っているのだろうか?
自分に危害が及べばまた考えも変わるのかも知れないが、今の所好き勝手にダンジョン攻略出来ているし、ダンジョンで得たお金は非課税で隠さなくて良いし、時たま出張に行ったり空間を提供する事で給料を貰えて、今の所平和は保たれていると思いたい。
何より大事なのは心の平和だ。
それから葵さんに対して上から目線になったつもりなど一度も無いが、実際の所今までして貰った事に見合った恩返しができていないのは確かだったのでそこは耳が痛い。
しかしアパートの管理人を続けようと考えたのはヒモ根性からでは無く、少しでも葵さんの手助けができると思っていた自分の幼い考えからだった。
今まで葵さんにおんぶにだっこで子供気分の考えだったところは反省しているが、これからは老後も含めて葵さんの面倒は自分がみると覚悟を決めたからには、甘えた考えは捨てようという心づもりは今はできていると思う。
しかし管理者に魔物の討伐報酬を望んだ事が根性が腐りきっているとか、そんな根性だから家族に蔑ろにされたのだと言われると、それだけは反論したかった。
自分が物心つく頃には既に当たり前だったからあまり感じる事も考える事も無かったが、それでも自分が成長するにつれ上の兄達との違いは疑問に思うようになる。
弄られ続ければ反発もしたくなる。絶対に自分の根性が腐っていたから蔑ろにされたのではないと思いたい。
まぁ、今となっては過去の話で、これから奴らを見返すだけのステータスを手に入れて幸せになる事が復讐だと思っている。
って、そんな事を考えているから根性が腐っていると言われるのか?
裕は目覚めてからずっと悶々と考え続けては落ち込み続けけていた。
「お、はよう」
リビングでカフェオレを飲んでいると、葵さんが青い顔をして起きだしてきた。
「朝帰りしたでしょう」
「ああ頭痛い、飲み過ぎた気がする」
葵はコップに注いだ水を一気に呷る様にして飲んでいた。
「気がするじゃなくて、確実に飲み過ぎだと思うよ、お味噌汁でも作る?それとも何か食べる?」
裕がソファーから立ち上がると、今度はそのソファーに葵が寝転んだ。
「う~ん、味噌汁だけで良いかな」
返事を聞く前にお湯を沸かし始めていた裕は、ネギと豆腐のフリーズドライの味噌汁におつまみ用に買ってあったしじみの小袋を開けて入れた。
「楽しいお酒だったの?」
「途中からあまり覚えて無いんだけど楽しかったわよ。そうそう私アメリカ赴任が正式に決まったから」
「えっ、アメリカへ行くの?」
「そうよ、最低3年。寂しくなるけど一人で頑張るのよ」
裕はアメリカから貰ったプレミアムカードを思い出し、自分も行こうと思えばいつでも行けると少しだけ気分が上向いた。
「寂しくなったら会いに行っても良いんでしょう?」
「良いわよ、でもアメリカは遠いわよ。チケット代も大変だからね」
「それなら心配ないんだ、あまり詳しくは言えないけど」
「悪い事じゃ無いんなら口出ししないけど大丈夫なのよね」
味噌汁のお椀を持って来た裕のニヤニヤ顔を見て、葵は身体を起こしながら聞いていた。
「悪事に手を染める事は絶対にしません。仕事で貰ったチケットがあるんだ。僕にしか使えないけどね」
「そうなのね」
味噌汁を飲み始めた葵はもう既に裕にそれ以上聞く気は無い様だった。
「最近飲んで帰る事が増えたけど、赴任前に身体壊さないでよ」
裕が心配して言うと、味噌汁を啜るのを止めて葵が楽しそうに話し始める。
「私にも気軽に飲める相手ができたのよ、ふふ、誰だと思う?裕も知っている人よ」
突然そんな話を振られたが、裕には思い当たる人物などまったくいなかった。
そもそも自分が知っている葵さんの知り合いなど家族以外に思い当たらないし、まさか実家の近所の人って事も無いだろうし、と考えてふと思いついて聞いてみる。
「アパートに住んでた人?」
「そう、当たり」
当たりと言われても、ボロアパートでも新しいアパートでも葵さんが顔を合わせた事のある人など殆ど居ないと思われる。
何故なら手続きなどの管理は不動産屋に任せていたし、建物の管理は裕が任されていたから、仕事で忙しい葵さんを大家と認識していた人も少ないだろう。
「言いたいなら聞くけど?」
裕は考えるのを諦めて殆どどうでも良くなっていたが、葵さんが話したいならそれに付き合うつもりで聞いていた。
「あのボロアパートに居た玲子さんよ」
裕は何でここで玲子さんの名前が出て来るのか訳が分からなかった。
葵さんは玲子さんが諜報員だってことは知らない筈、というか、知っていたら飲み友達になどなっていないだろう。
だとしたら玲子さんに何か魂胆があって接触しているのか?
自分に接触するのを諦めて葵さんにしたのか?
玲子さんの事は涼太さんが任せておけと言っていたけれど、結局どうなったのかは聞いていなかった。
もしかして中国企業に部屋にあったダンジョンの事がバレたのは玲子さんが関係しているのか?
あの時は葵さんの考えを聞いて賛同するつもりで売って良いなんて答えたけれど、考えてみたらかなり危険な判断だったのか?
でも空間があの部屋にあるってバレていたのに、もし手放さなかったらどんな危険に巻き込まれたかも分からない。
実際課長が襲われたと聞いて心配したのも記憶に新しく、何より葵さんだけは危険な事には巻き込みたくないと思っているのに、もう既に手遅れだったりするのか?
裕は途端に色んな不安を抱える事になり、葵さんの話に呑気に付き合う気分ではなくなっていた。
読んでいただきありがとうございます。
迂闊すぎて心配という感想は常々頂いていましたが、あまりにも悪意を含んだ攻撃的感想に本人に答えさせてみました。
これをきっかけに裕が少しでも成長してくれる事を願っています。




