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俺だけのダンジョン  作者: 橘可憐


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玲子が機密部署に戻り涼太の部下となってから、諜報活動の他に葵の警護任務が課せられていた。


玲子と葵には実際のところ表立っての面識はなかったが、偶然を装い出会うと一時の大家と店子としての関係を利用して親密になって行った。


年齢的には葵の方が少々上ではあったが気が合い、最近はかなり頻繁に会う様になり、酒を酌み交わし愚痴を言い合ったり相談に乗る事も多くなっていた。


いまだに男社会の職場での鬱憤を晴らしたいと考えてはいても、会社関係の相手と飲んでも仕事の延長でしかなく、かつての親友たちは家庭に入り時間や立場的価値観が合わなくなっていたり、もしくは疎遠になっていたので、この然程接点を持たない飲みの相手は葵にとってかなり気が抜けて有難かった。


「アメリカへの赴任が正式に決まったのよ、もう絶対に無理だと思っていたのに嬉しくて」


葵は泣き出しそうな表情でジョッキのチューハイを呷った。


「おめでとう、それは凄いわね。聞いている私も実に嬉しい、うん、今夜は飲み倒そう」


葵のジョッキに軽くジョッキを当てると、玲子も同じ様にしてビールのジョッキを呷った。


葵と玲子はお洒落なバーで飲む事もあったが、大体は大手チェーンの居酒屋で飲んでいた。

二人とも雑多な雰囲気と賑やかさの中で飲む方が落ち着けたのだった。


「期待されていた時に断っていたから、どこへ赴任されるかなんて期待もしていなかったけど、アメリカへ行けるのよ、アメリカよ。憧れだったのよ私、アメリカでキャリアウーマンするの何だかカッコイイ感じがしない?」


「するする、葵さん凄くカッコイイです」


「何言ってんのよ、仕事はカッコ良さじゃ無いのよ、中身よ中身実績なの、分かってる?」


どうやら葵は既に酔っている様だった。


実のところ、葵のアメリカ赴任は機密部署が手を回している事は秘密であった。

折角新しく建てたアパートを政治上の取引に利用させて貰ったお礼でもあるし、万が一の事を考えて葵の身の安全を守るためでもあった。


そして何よりも裕が今以上に安全に活動しやすくなる事を望んでの事でもあった。

日本政府の方針としては裕に表立って積極的に強要する事はしないが、その利用価値を手放す気も無く、まだまだ情報を得られると考えていたのだ。


「アメリカへは管理人君も一緒に行くんですか?」


「一人で行くわよ。裕も漸く一人で歩き出してくれた様だし、私はもう嬉しくて嬉しくて、この世の春が来たって感じ、今夜はとことん飲むわよ!」


「歩き出したって、あのアパートではしっかり管理人していたみたいだったけど、何か新しい事でも始めたんですか?」


「そうなの、最近は随分生き生きした感じで楽しそうだったの、そしたら、高校にまた行きはじめる事にしたみたいで、裕が自分の人生と向き合い始めた事が私は嬉しい、こんなに嬉しい事は無い!」


「高校って管理人君は高校へ行って無かったんですか?」


「そう、中退よ中退、だから今度は夜間の定時制高校らしいけど、それでも私は嬉しい!」


「へぇ~、そうなんですね、それでどこの高校へ行くんですか?」


玲子の情報収集能力はこの場でもその力を発揮させている様だったが、葵はまったく気付く事もなく夜は更けて行く。


「裕はね小さい頃から既に達観した様な所があったの、人生を諦めて拒絶をしているみたいなね。知ってる?この平和で裕福な時代によ、あの子が赤ん坊の頃から新品の洋服を着ているのを見た事無いの。服はヨレヨレで襟首は伸び伸びだし、パンツに穴が開いてるのが当たり前なの、下着までお下がりなのよ信じられる?私が見かねて新しいのを買うじゃない、すると姉はね兄弟全員分を要求するの不公平だって。ねえ、不公平って何よ?病気で寝込むじゃない、一樹の時なんて大騒ぎしていたのに、裕の時は平気平気って病院へ連れて行こうともしないの。私はさ、親になった事は無いけど兄弟が多くなるとそんなものなのかしら、私の子供の頃も裕ほどじゃなくても姉が羨ましいって思って育ったから、何となく裕に肩入れしちゃうのよね。可愛くて仕方ないのよ。私は悪くないわよね」


「私は一人っ子なんで良く分からないけど、兄弟多いと色々あるみたいですね」


「姉も旦那さんも女の子も欲しかったみたいで、3人目の裕の時はかなり期待していたのに、産まれたのが男だったからがっかりしたのもあるのよねきっと、でもね、それにしてもあからさま過ぎるのよ。いらないなら私が引き取るって言えたら私も楽だったの。でも私はあの時は裕より仕事を選んだ。可哀そうだって思いながら偶に顔を見て気休め程度の手助けしかできなかった。それが申し訳なくて仕方なかったの。でもこれでやっと肩の荷が下りた気がするの。裕が楽しそうに笑っているのを見られて私は本当に嬉しいの」


「管理人君もかなり複雑な人生歩んでいるんですね」


「複雑かどうかは分からないわ。でも裕だけ保育園にも行って無いの、殆ど祖父まかせ。祖父が肝臓を悪くして入院している間も祖父に預けてたって後で聞いて驚いたわ。だからかは知らないけど、同世代と遊ぶのも苦手としている感じだったの。一人でぼーっとしてる事が多くて大騒ぎしない子供だった。何度も後悔したの、何であの時私が引き取って育てなかったのかって。戻れるならやり直したいって考える事もあったのよ」


お祝いで楽しかった筈のお酒がいつの間にか懺悔の様に暗い物になっていたが、葵は裕の事を話せる相手を見つけた気安さからか、今まで自分の中に溜め込んでいた後悔をすべて吐き出してしまいたかった様だった。


「今夜は何でも聞きますよ、思う存分飲んで吐き出してください、とことん付き合います」


葵と玲子は今夜もう何杯目か分からないジョッキのお替りをするのだった。



読んでいただきありがとうございます。

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