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北海道までの道のりは意外に近かった、と言うより早かった。
寧ろ千歳空港に降り立ってからの方が長く遠く感じたのは気のせいでは無いかも知れないが、飛行機で到着したせいもあってか何処か異国へ来た様な錯覚さえあり、見る景色のすべてに北海道の広さや寒さを感じ、今まであまり雪に縁の無かった裕にはとても新鮮だった。
そして肝心の空間の可視化能力は裕が意識する事で見る事ができた。
その様子はまるでプールの水だけがドーム状に被せられている様な、または透明な超巨大スライムに覆われている様なそんな感じで、現実の世界と異空間が重なるとこんな風景なのかと裕は不思議な感覚を覚えていた。
今や裕は空間を可視化できる様になったので、その壁に新しく出入り口を作る事もでき、そもそもの空間出入り口を探す必要もなかったが、涼太や空港まで迎えに来てくれた人の手前、探すという行動を示す事が重要なのだと裕はその不思議な景色をただ眺めていた。
何しろ新たに色々な能力を手に入れていたが、空間探知能力以降手に入れた能力はまだ涼太にも明かしていないし、今の所公開する気もまったく無かった。
そもそも部屋に5つもダンジョンを隠していた事を話すのは避けたかった。
それに黒猫や九尾から手に入れた色々な情報も、誰にも話す気は無かった。
本来ならそんな情報も公開し、多くの人の手を借りた方が謎の解明も早いのだろうが、裕的には自分の手で解明したかったし、何より最高位レベルの管理者を育てたいという目標ができたのだ。
それだけは誰にも邪魔されず自分の手で成し遂げたいと今は本気で思っていた。
だから知られずに済ませられる事は秘密にすると決めていた。
そして超巨大スライムが存在する不思議な景色を眺めながら、今頃九尾はどこで羽を伸ばしているのだろうかと考えていた。
管理者が空間の外へ出る事は黒猫で知っていたが、確か管理地域内しか移動ができないと言っていた筈。
だいたいその管理地域ってどの位あるのか、それはあそこに見える超巨大スライムとどの位の差がある物なのか、管理者は空間から外へ出ていったい何をしているのか、まだまだ知らない事や知りたい事が山ほどあった。
今度機会があったらゆっくりじっくり聞いてみようと裕はぼんやりと考えていた。
「もう少し寒くなると樹氷も綺麗ですよ、次は是非流氷でも見に来てください」
不意に案内をしてくれていた安藤さんが声を掛けてきた。
景色に見入っていた裕に合わせて話してくれたのだろう。
「それでお昼はどうしますか?」
安藤さんは立て続けに聞いてくる。
時間的にお昼には少し早い気もしたが、お腹は充分に減っている。
「美味しいものが食べたいです」
隣に座る涼太が返事をする様子も無く裕を見て来るので、裕は素直にそう答えていた。
しかしそう答えてから、もしかして仕事を先に終わらせるかと言った時間的な予定を聞かれたのだと気が付いた。
「美味しい物は沢山ありますよ、何か食べたい物はありますか?観光客に人気なのは海鮮丼に味噌ラーメンやジンギスカンですが、私のお勧めは海鮮丼ならウニとイカとイクラの三色丼ですかね。後単純に美味しい物ならスープカレーやハンバーグも人気ですよ」
安藤さんは食欲優先の裕に合わせ、すっかりガイド気分で楽し気に答えてくれていた。
しかし裕にしてみれば、あれこれと候補を出され返って迷ってしまう。
時間が無かったとは言え、もっと事前に色々とリサーチしておけば良かったと少し後悔した。
「そうですねどこか美味しいお寿司屋さんをご存じでしたら予約を入れて貰えませんか、その間に仕事を進めておきましょう」
迷っている裕に代わって涼太が返事をしてくれた。
やっぱり仕事が先かと少しだけ肩を落としたが、お寿司屋さんってもしかして回ってないお寿司屋さんかと裕のテンションは上がり始める。
実のところ裕は回っているお寿司屋さんもあまり行った事が無く、スーパーの総菜コーナーのお寿司が定番だったので、いつか高級なお寿司屋さんのカウンターに座り、値段を気にせずに食べてみたいと思っていた。
いやしかしこの際廻っているお寿司屋さんでも美味しければ許すと、裕のテンションは爆上がりしていた。
そしてこれはさっさと仕事を終わらせて食事だお寿司屋さんだと、裕は途端に張り切りだした。
「それ賛成です、早い所済ませてしまいましょう」
そうして裕は札幌市内にあった空間を素早く見つけ出し、アイヌ民族衣装を纏ったコロポックルの様な管理者に挨拶をすると、さっさと大学内に移動して出入り口を設置した。
裕の頭の中は既にお寿司で一杯だった。
そして出向いたお寿司屋さんは裕の予想を遥かに超え、東京の銀座にでもありそうな超高級なお寿司屋さんの様な佇まいを見せていた。
一瞬緊張してしまう程の威圧感を感じながら店内に入りカウンターに座ると、美味しそうな魚介が並ぶガラスのショーケースの中を眺めながら固唾を飲んだ。
「好きなものを頼んで良いよ、迷うならお薦めを頼むのも手だね」
涼太の助言に素直に頷き、まずはお薦めを頼み、その後美味しかった物を再度注文し、気になるものも食べた。
板前さんが話し上手の薦め上手なので、裕の緊張はいつの間にかすっかりと解け、思った以上に食べていた。
安藤さんが勧めてくれただけあって、ウニは濃厚で美味しかったし、イカも甘くて美味しかったが裕は生ボタンエビをとても気に入り何度もお替りをしていた。
こうして裕は、もうスーパーの総菜の寿司が食べられなくなるんじゃないかと思う程、美味しい幸せな時間を過ごした。
そして一瞬チラッと見てしまった会計の金額には驚愕したが、当然見なかった事にして平静を装った。
その後ホテルにチェックインし今後の予定を立てる事にしたが、思っていた以上に仕事が早く済んだので後は観光をする事にした。
涼太の予定では、今日は空間の場所を探すので精一杯だと思っていたらしく、明日は出入り口を探し早ければ設置までできるかどうかという予定だったそうだ。
なので明後日までは北海道滞在の予定で宿を取ってあったので、明日明後日と観光を楽しむ事になった。
裕もその予定は聞いていた筈なのに、ついお寿司のテンションで急いでしまったのは失敗だったと反省していた。
たまたま近くに空間があって、たまたま出入り口が見つけやすかったのだと誤魔化したので、空間の可視化能力はバレていないだろうと思いたい。
涼太もお寿司の威力は凄いねとしか言っていなかったので、大丈夫だと思う。
そうして翌日は札幌市内と函館を観光しカニをたらふく食べ、翌々日は味噌ラーメンと霧の摩周湖と釧路を観光し、釧路の市場で山ほどの海鮮のお土産を買い込み、帰りは釧路からフェリーで帰る事にした。
大きなフェリーを見たら乗りたくなったというだけだったが、涼太は快く応じてくれた。
そして初めてのフェリー体験もなかなかだったとだけ言っておこう。
こうして裕は別段何事もなく、今回の北海道出張を無事終えたのだった。
読んでいただきありがとうございます。




