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「早急にって言う話はいったいどうなったんだよ!!」
裕は九尾のダンジョンに入りたいのを我慢して、今日のルーティンである聖女様ダンジョンで暴風雨を放ちながら思いっきり愚痴を吐く。
勿論スライムの湧きの早さはかなり早くしてあるので、気持ち悪い程わらわらと湧いていて裕の八つ当たりMAXでスライムは次々とあっけなく倒されていた。
やはり自分から課長に連絡をして少し急かしてみようかと考えるが、課長の長話を思い出すとその面倒臭さに躊躇するを繰り返していた事が余計に裕のイライラを増長させていたと思われる。
それに何気に九尾の事がずっと気がかりなのも裕の気持ちを重くさせていた。
九尾のダンジョンも自分のものにしたいという気持ちがどんどん膨らんでいるのに、今一つ踏ん切りがつかないのもイライラの原因の一つだと自分でも分かってはいた。
浄化を手伝うという名目でダンジョン認定させながら、そのダンジョンを一人でいくつも抱え込み、挙句に然程手伝えなくなるのは裕の望む所ではない。
ダンジョンを所有するだけで満足という事にだけは絶対にしたくはなかった。
曜日ごとに決めてあるダンジョンルーティンは、今の所調子よく回せていると考えた所で裕は重大な事を思い付く。
一週間は7日ある!!!
今は1日を休みに決め、残りの6日を3つのダンジョンで交互に2日づつ攻略しているが、いっその事ダンジョンを5つか6つまで増やし、曜日ごとに決めてしまえば良いんじゃないか?
一日にできるだけ頑張って浄化を手伝えば何の問題も無く、管理者も増えて今以上に賑やかに楽しくなるじゃないかと一気にテンションを上げる。
≪一定値の浄化の確認ができました、願いの申請を受け付けます≫
聖女様からの突然の通知に裕は冷静さを取り戻した。
裕が考えていたより大分早い気がしたが、スライムの湧きの早さを考えれば当然かと納得し、ついこの間決めた能力を貰う事にした。
「ダンジョンの入り口を隠し、俺だけしか入れなくする隠蔽結界の能力が欲しい」
少しの沈黙の後≪完了しました≫と聖女様から返事があったので、裕は成長促進設定はこの空間を広げられるだけ広げてくれと申請し、一度ダンジョンを出た。
そして早速それぞれのダンジョン出入口に隠蔽結界を張りながら、これでこの部屋に誰かに入られたとしてもダンジョンを見つけられる事は無くなり絶対に大丈夫だと安心する。
「どっちにしてもこの部屋に出入口を設置できるのは後2つが限界だろうな」
裕は自分の部屋を見回しながら、目測で考える。
ダンジョンの出入り口は部屋のドアより若干大きいので、隣り合わせに詰めて並べてもどうしたって設置数に限界があった。
「いっその事出入り口の大きさを変えられる能力でも貰うか?そうすれば余裕を見ても全部で7つは設置できそうだな。ああ、ロッカーサイズにまで小さくできればもっと並べられるか」
裕はもう既に九尾のダンジョン出入口もこの部屋に設置しようと決めていた様だったが、正直どうしても踏ん切りがつかないでいた。
その理由はもうすぐ当初の念願だった3億円の貯蓄が叶うからだった。
3億円あれば年間500万円を切り崩しながら老後の心配をせずにそれなりの生活をしていく事ができる。
それに夜間定時制高校に進学し大学か専門学校へ進み、不労収入に役立てるために税務関係か経営などの勉強をしたいと考えている。
国家未詳案件調査対策室からお給料を貰っている今なら、不動産屋が勧める土地を固定資産税の払える範囲で買い漁り、また駐車場にしても良いだろう。
不労収入と貯蓄を切り崩してそれなりに暮らしていくという夢が徐々にではあるが夢でなくなっている今、ダンジョンを卒業しようと考えていながらそんなに沢山のダンジョンを抱え込んで本当に良いものなのか?
聖女様やエルフに黒猫に九尾達みんな愛着が湧けば湧くほど離れ難くなるんじゃないか?
そして結局最終的にダンジョンを卒業できなくなるんじゃないか?
かと言って一生ダンジョンの攻略を楽しみ続け浄化を手伝う事はできるのか?
裕が抱える不安が迷いを生じさせ、あれもこれもそれもどれもみんな安易に決断する事ができないでいた。
「まぁ、すぐに決めなくても良いか」
ぶっちゃけ九尾のダンジョンを保留にしたまま課長に提供する空間は別のを探せば良い訳だし、いまだに日程の決まらない出張までにゆっくりと考える事もできるだろう。
そう考えていたが、結局裕は何一つ決める事ができないままいよいよ出張の日を迎えた。
京都への出張で、同行者とは東京駅の新幹線乗り場前で待ち合わせだった。
前回のアメリカ出張は涼太に同行したが、今回は裕の知らない相手だと聞き、上手くやれるか少し不安だったが「山伏さんですよね」そう明るく話しかけてきたのは裕より少し年上だろう女性だった。
利発そうで活発そうなやたらと麗しいお姉さんといった印象だったが、今まで裕が出会ってきた軽薄な陽キャとか訳の分からないギャルの類ではなく、例えるならテレビ局の美人アナウンサーといった感じの女性だった。
清楚な雰囲気の長すぎない髪型も、主張し過ぎないシンプルで上品そうな服装も裕お気に入りポイントだった。
これがハニトラなら間違いなく見事に成功だろう。
聖女様でもエルフでも女性騎士でも美人秘書でもない本物(?)の裕の理想が現実に目の前に現れた瞬間で、裕を忽ちドキドキさせていた。
「今日からお願いします!」
裕は照れ隠しに元気にお辞儀をして挨拶をしたが、もしかして子供っぽかったかとすぐに反省し、もっとスマートな挨拶を考えておけば良かったと後悔した。
「こちらこそ慣れない点が多いかと思いますので色々と教えてくださいね」
そんな裕を馬鹿にするでも笑うでもなく、同じ様にお辞儀をする彼女の好感度は裕の中で一気に上がって行った。
「私、赤塚美憂といいます、友達からはツカちゃんとかミュウと呼ばれていますので、山伏さんもそう呼んでください」
(そう呼んでくださいって言われてもですね、呼べる訳ないだろうが!!)
「それなら俺の事は裕と呼び捨てでお願いします」
迷うことなく裕に声を掛けてきた事から察するに、赤塚さんはきっと裕のプロフィールは散々聞かされているだろうと推察して、敢えて自己紹介の様な事はせずにそう答えた。
と言うか、そう返すので精一杯だった。
「それじゃあ、遠慮なく裕君と呼ばせて貰いますね。これからの予定は新幹線に乗ってから詳しく説明しますので急ぎましょうか」
こうして裕と女神と二人だけの出張は幕を開けたのだった。
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