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「いや驚いた。山伏君は本当に凄い事を考えつくね」
涼太はそう言うと感心しているというよりなかば呆れたように、国家未詳案件調査対策室内に設置された空間出入口を見詰めていた。
実際には空間の出入り口は見えていないので、裕が腕を沈めた場所と言った方が正しいだろう。
すると涼太は徐に笑い出し、しばらく大笑いを続けた後息を整えながら話す。
「ごめんごめん、今頃この空間を奪おうと躍起になっていた奴らが、すでに空間の出入り口が消滅したあの場所でどんな顔をするのかと考えたら可笑しくて」
普段見せない涼太の姿に呆気に取られていた裕に、涼太は言い訳の様な説明をしていた。
「でもまた課長が襲われるんじゃないの?」
「それなら大丈夫だと思うよ。彼らが欲しいのはこの空間であって課長じゃないからね。それにあの場から空間が消滅した理由が特定できなければ、彼等にはどうする事もできないよ。普通は空間を自由に如何にか出来るなんて考えられないから、誰かが何かしたなんて思いもしないだろうし、そもそもこの空間を奪う事しか考えていないのだから、奪うべき空間が存在しないんじゃ話にならない。それに僕だってこんな手に出た事を奴らに後悔させてやる位の事は考えているしね」
涼太はそう言うとうっすらとした冷たい笑みを浮かべるので、それを見た裕の背筋は凍り付く様だった。
「それより僕のあの空間出入り口も移動させる事は当然できるんだよね?ならば是非移動させて欲しい場所があるんだ」
涼太の威圧めいた言葉に条件反射で黙って何度も頷く裕を、涼太はその場所と言う同じビル内の別の部屋へと案内した。
「ここにお願い」
裕が連れて行かれたのは地下にある一室で、一瞬倉庫かと思ってしまう様な乱雑さの事務室(?)の奥の扉を抜けた先にあるそう広くはない資料室の様な場所だった。
何の資料かは知らないが、ファイリングされたフォルダーや棚の高さピッタリのBOXがびっしり詰められた棚が所狭しと並んでいた。
「ここなら滅多に人も寄り付かないしセキュリティーも実は万全なんだ」
涼太はその資料室の並んだ棚を通り過ぎた奥にある壁を手で指し示し、ここにダンジョンの出入り口を設置する様にと言うが、実は裕は空間の外側から出入り口設定を試みるのはこれが二度目だった。
一度目はエルフのダンジョンの時に試みたが結局失敗に終わっているし、新たに繋げた黒猫のダンジョンもエルフのダンジョンも、ダンジョン内から裕の部屋に出入口を設置させていたので、事実上の成功例はまだ無い。
改に黒猫やエルフと繋がってダンジョン認定させた後、裕の部屋への出入口設置が失敗に終わる事を恐れ躊躇っていた裕に、黒猫もエルフもこの距離なら大丈夫だと太鼓判を押してくれたので、先に裕の部屋に戻ってから設置するという方法を取らずに済んだ。
裕としては涼太に譲ったあのスライムダンジョンは、その場所も空間のイメージもしっかりできるから、今ここに外側から出入口設置をするのは成功させられるかもしれないが、しかしその場合空間の認定がどうなるのかが少し不安だった。
裕がスライムダンジョンをイメージして出入り口を設置し直したら、折角涼太が上書きした空間がまた戻ってしまうのではないだろうか?
課長の空間は、聖女様ダンジョンから転移して、そのまま管理者が現れる前に無の境地で国家未詳案件調査対策室への出入口設置だけを念頭に置いて急いでいた。
だから空間そのものが裕によって何か影響される事は無かったと思う。
裕はその不安を正直に涼太に話すと、別に空間がまたスライムダンジョンに書き換わっても構わないと涼太はあっさりと言う。
涼太の今の所の統計で言うと、ダンジョン認定させて魔物討伐するのが浄化の効率が一番良いらしい。
あの空間を研究室に認定させて研究を進めても、思うように研究も浄化も進まないようで、最終的に願いの申請に頼るところが大きいと思われ、それならば浄化を早めるために別の方法を模索した方が効率が良いのではと言う涼太の結論の様だった。
「へぇ~そうなんだ」
涼太の説明に裕は少々気の無い返事をしていたが、それは話に興味が無かった訳では無く、そう言えば黒猫が浄化の速度が速いと言っていた事があったなと思い出していたからだ。
あれはあの時かなりムキになってダンジョン攻略していたからその事を言われたのかと思っていたが、そうではなくそもそもの浄化のスピードの事だったのだと今になって理解していた。
じゃぁ、あの空間をダンジョン以外に認定させた人達は実際どうやって浄化させているんだろう?
裕はふとそんな疑問を抱いた。
(今度黒猫にでも聞いてみよう)裕はひとり密かにそんな事を考えていた。
そして涼太がそう言うのならと裕はもう気にするのは止めて、あの黒猫幼女を懸命にイメージしながら出入口設置を強く念じた。
確か涼太は、空間を書き換えても管理者は変わらなかったと言っていた。
だとしたらスライムダンジョンをイメージするより管理者をイメージした方がそのまま繋がれるような気がしたのだ。
涼太は空間がまたスライムダンジョンに戻っても構わないらしいが、既に涼太に譲ったと思っている裕からしたら、空間を書き換えてしまったら何だかそこにまた責任が生じる様な気がして面倒というか、ちょっと嫌だった。
しかし何にしてももしこれが成功したら、初めて外側からの出入口設置の成功となる。
間違いなくそれだけは事実だった。
後の事はまた後で考えれば良いだろうと雑念を振り払い、裕は目を瞑ったまましばらく念じ続けていると、涼太から「成功した様だよ」と声がかかった。
目を開けて見ると空間に腕を沈めた涼太がそこに居た。
裕はこの空間外からの空間の出入口設置の初めての成功を本当に心から喜んだのだった。
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