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「考えたんだけどさぁ、このダンジョンの出入り口を別の場所に設置し直す事ってできるのかな」
≪可能です≫
「じゃあさぁ、別の国って言うかここからかなり遠く離れた場所に出入口を設置し直してさ、その出入り口から近い場所にある空間に転移するって言うのはどうなの?」
≪どうなの、ですか?≫
「それだったら遠い場所にある空間への転移も安全に事故も無くできないかなって考えたんだけど、やっぱり無理なのかなって聞いたんだよ」
≪実例が無いので絶対とは言えませんが、事故の危険性は変わりません≫
「何でだよ」
裕はあれこれと考えて、自分でもかなり良い案が浮かんだと思っていたので、まさかこんなにあっさりと否定されるとは思わず、聖女様相手に口調を荒げてしまった。
≪そもそもこの空間の場所は変わりません、と言えばご理解頂けますか≫
「出入口を設置すれば移動は事故も無く出来るのに、転移だとダメって言う理由が分かんないよ」
駄々を捏ねた訳では無いが、裕にはその辺が本当に良く理解出来なかった。
≪私にはあなたに明確にご理解頂けるような説明が出来ません≫
裕は何だか聖女様に少し馬鹿にされた様な気がしたが気のせいだと思っておく。
「じゃぁ、やっぱり海外の空間探しは無理って事か」
裕は漸く諦め、溜息をつく様に呟いた。
課長に重要事項なので是非期待していますと言われた事がずっと心に引っ掛かっていて、どうにかできないかと事あるごとにあれこれと考えていたのだった。
≪空間の出入り口の場所を探知する能力を与える事なら出来ます≫
聖女様の思わぬ提案に裕の気分は一気に浮上して行った。
「えっ、それってもしかしてアレ?あの異世界物でよく聞くサーチとか探索とか言うあの赤い点滅なんかで魔物の場所を知らせるみたいなあの能力?」
裕はステータスオープンがただのマイナンバー表示状態だった失敗もあるので慎重に確認する。
≪そうです、あなたの記憶を参考にさせて頂きました≫
「それなら大丈夫か」
裕の記憶を参考にしたのなら、少なくともステータスオープンよりは確実に使えそうな能力だと確認できたので取り合えず安心した。
そして、ならば海外での新しい空間探しという課長の要望に応える事も可能になると思うのだった。
裕としては国家未詳案件調査対策室でお給料を貰っている以上、やっぱり新しい空間の場所を教えると言う裕に与えられた仕事はちゃんと果たしたいと考えていた。
さらにそんな能力がある事を教える事で、裕の空間内転移能力を隠していた後ろめたさも解消できると思った。
しかしそんな能力があると教えてしまったら、裕はもう国家未詳案件調査対策室には必要とされなくなるのかと気づき、それはちょっと寂しくなるし残念だと考え複雑な思いを抱いた。
そして探知能力を得たとしても、やっぱり誰にも教えられないのかと溜息をついた。
しかし探知能力が手に入れば、事故の心配をしながら無理に空間内転移を頼りに空間探しをしなくて良くなるのだと思うと、裕にとっても良い事なのだとも思えた。
(ただ、見つけるのに時間が掛かってしまうのかぁ、まぁ、それは仕方ないか)
裕はそんな思いを抱えながら、その後比較的すぐに訪れた聖女様ダンジョンでの一回目の願いの申請で空間探知能力を貰った。
管理者と引き続き繋がれる能力は最悪エルフダンジョンの消滅の時でも間に合うが、空間探知能力は急いだ方が良い様な気がしたのだ。
そして裕のそんな勘は当たっていて、何日もせずに涼太から連絡があり、海外へ出向けばその地の空間を探す事は可能なんだよねと聞かれた。
涼太は裕が謎空間をどうやって見つけているか詳しくは分かっていないながらも、現地へ行けばどうにかなると考えている様だった。
なので裕は涼太になら空間探知能力は話しても良いと腹を括り、取り敢えず可能だと言う返事をした。
「それは良かった、じゃぁ近い内に僕と一緒にアメリカへ行ってくれるかな」
裕は涼太からの思わぬ提案にちょっとドキドキした。
初めての海外旅行。
それも初めてのアメリカ。
そして涼太と言う信頼できる人が一緒の二人旅。
できる事ならそこは彼女とかだったならもっと嬉しかったが、それは今の裕には高すぎる敷居だ。
裕は今まで、友達と何処かへ遠出するなんてした事が無い。
そもそも本当の友達と思える人も居なかった。
だから何もかもが初めての体験で、正直な話し、何だかいよいよ自分の時代が来たと言った様な感じがして、心から込み上げるものがあった。
「えっと、返事が無いけどOKって事で良いんだよね?」
裕は電話だと言うのに返事をするのも忘れていた。
「ああ、すみません、OKです」
「分かってると思うけどパスポートが必要だからね、持っていない様なら発行までに時間が掛かるから早急にお願いするね」
「分かりました、急ぎます」
「じゃぁ、パスポートの発行日が分かったら知らせてね」
裕は電話を切るとその足でパスポートの申請に出向いた。
そして気分はすでにアメリカへと旅立っていた。
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