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「このダンジョンで実際に浄化の手伝いをしているのは山伏君でしょう、だから願いを叶えて貰うとしたらやっぱり山伏君の願いじゃなきゃダメなんだよね?」
涼太は相変わらず裕の隣に座り込み、何か記録を撮りながら裕に話しかけて来る。
スマホで撮影を試みたり、データをメモしたりとやる事は多そうなのに意外に余裕そうだった。
「どうなんだろう、別に誰の願いでも良いんじゃない」
「そう言う意味で聞いたんじゃ無いんだけどね」
涼太は「ははは」と乾いた笑い声をたてて話を続ける。
「黒猫に確認した時にはただ願いを叶えるとしか言わないから別に誰の願いでも良いのだろうけど、でもそれってきちんと権利の所在を決めておかないと争いが起きるよね。実際他の国も目の色を変えてこの空間を探しているし、まだこの部屋にこの空間があるのは知られていないけれど、土地売買の契約を済ます以前に他国に知られていたら、もしかしたら山伏君の身に危険が及んだかもね」
涼太は裕を脅す様に首の位置で掌を横に振り斬首の仕草をしながら大袈裟な話をしたが、裕は実際想像をしてあり得ない事じゃ無かったかもと思い身震いをした。
「怖い話はやめてよ、想像しちゃったよ。今は平和な時代だよ、いくら何でもそこまでは・・・」
「そう思える日常を過ごせるって幸せだよね」
「いっその事次の願いで世界平和を申請してみれば?」
「そう言う曖昧で主観的な願いは無理な様ですよ。この間僕が聞いた時にそんな回答をされました」
涼太は裕が居ない時間も時おりダンジョンに入って黒猫と話をしている様で、もしかしたら裕よりこの空間の事を理解しているのかも知れなかった。
しかし裕はそれに関しては別段焦りなど感じていなかった。
裕が別の空間に転移できるとか、その空間の出入口を好きな所へ設置できる能力を持っているなど、黒猫が別の誰かに話す事は無いと知っていたからだった。
それに別にこのダンジョンで願いを叶えなくても、裕にはこの先いくらでもその機会があるのだと言う余裕もあった。
今は国家未詳案件調査対策室のアルバイトとしてここに居るのだと言う自覚と、このダンジョンの消滅に付き合いたいと言う思いもあって、別に願いの事などはどうでも良かった。
と言うより、叶えたい願いが思い付かないと言うのが実際の所だった。
しかしさっさと国家未詳案件調査対策室から解放されて、好きな時に好きな様にダンジョンに籠る自由な生活に戻りたいとは思っていた。
「じゃあさぁ、俺が未調室から解放されたいと言う願いは叶えられると思う?」
「山伏君も意外に言うよね。その願いは別にここで叶えなくてもどうにかなるんじゃないかな、じゃあ、願いに関しては僕たちの方で考えても良いと言う事で良いのかな?」
「構わないっすよ、俺はアルバイトとしてお金を貰ってるしね。それにさっさとこのダンジョンを消滅させて、本当に未調室から解放される日を目指して頑張るよ」
裕はかっぱ擬きダンジョンでの願いは放棄したが、結局ダンジョン消滅まで付き合う事は既に決めていた。
なので新しいアパートが出来上がっているのに、裕はいまだに引っ越せずにいたのだった。
叔母には国家未詳案件調査対策室の事は秘密にされ、裕はこの土地とアパートの購入先からもうしばらくの間管理を頼まれて管理人のアルバイトをしている事になっている。
そのせいもあってか、まだこのボロアパートに何人かの住人も残っていた。
叔母は何かに気付いているのかいないのか知らないが、アルバイト頑張れとしか言わず深くは追及して来なかった。
しかし折角一緒に住めると思っていた叔母に寂しい思いをさせているだろうとは感じていたし、裕も新しいアパートに一日も早く引っ越したいと思ってはいた。
「無理せずにこれからも一緒にやって行きましょう」
「ホント解放されるのはいつになるんだろう」
裕は自分で決めたとは言え、このペースではこのダンジョンの消滅はいつになるのかと気が重くなる様だった。
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