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北条が今、車を走らせているのは豊島園通りで、片側一車線だ。このまま行けば、目白通りに出ると北条は言う。
翔はそう言われても、この辺の地理は全く分からない。だが、どこまで行っても、ラーメン屋どころかレストランもなかった。
「まず、豊島園の駅の周りにはない。高そうな中華料理店ならあるけど、だからこっちの方へ来たんだけど」
「ジョーは地元なのに知らないんか?」
畠山が後部シートから言う。北条は鼻で笑う。
「あのなあ、地元の飲食店なんて、かえってあまり行かないものだったりするぞ」
「たしかに」
翔がうなずいた。
そのうち、西武線のガードが見えてきた。そのガードをくぐる手前に信号があって、赤で止められた。
「あ、そうだ」
信号が青になるのを待ちながら、北条が声を挙げた。
「練馬駅の近くなら、きっとあるぞ」
「それって近いのか?」
翔が助手席から聞く。
「ここを左に行ったらすぐだ。行ってみよう」
北条は慌てて左ウインカーを出し、信号が青になると同時に左折した。高架に見下ろされそのすぐ左に沿って進むそんなに広くはない道だ。
すぐに、前方に大きな駅ビルが見えてきた。
「大きな駅だなあ」
後ろの席からも、大庭がつぶやく。
「さて、車停めるとこあるかなあ」
たしかに、都心部となるとレストランに駐車場などない方が普通だ。
「ああ、あそこしかないな」
北条は道が駅ビルにぶつかると、左折した。すぐに右前方に黒い影しかない部分が見えた。昼ならばそれが緑の公園だと分かるだろう。その手前の角に、青地に「P」の看板と赤字に「IN」の白文字が見えた。
駐車場は地下だった。この時間だと一時間で百円だ。
傘を持って地上に出た四人は雨の中を、駅正面を左に見て駅ビルの脇を進む形でガードをくぐった。駅の向こうの方が飲食店が多いと、北条が言ったからだ。
果たして、ガード下をくぐってすぐ左を見ると、高架沿いの細い道にラーメン屋の明かりが見えた。しかも、二軒ある。
三人は手前の店に入った。
店内は狭く、テーブル席と入って右側に厨房が見えるカウンター席があった。テーブル席はすでに満員で、しかも二人掛けだったので、四人はカウンター席に座った。これでもうカウンター席も満員となった。
サラリーマンが多い。翔たちのような学生はもうこの時間はいないようで、サラリーマンたちは飲み会の流れという感じだった。
食券の券売機脇のメニューを見ると、まず無印のラーメンがある。ここでは「らぁ麺」と表記されていた。
ほかにも魚介らぁ麺とかいろいろ種類があるが、四人とも無印の「らぁ麺」にした。「らぁ麺」のほかに「中華そば」というメニューもあって、畠山がどう違うのかそれを指摘して首をかしげていた。
狭い店だからそれが聞こえたのだろう、従業員のお兄さんがカウンターの中の厨房から首を出した。
「らぁ麺は出汁が豚骨で、中華そばはしょうゆベースですよ」
「はあ」
畠山がほんの愛想にうなずいた。結局畠山も無印「らぁ麺」880円也の食券を買っていた。
ラーメンを食べながら、翔がずっと気になっていたことを大庭や畠山に聞いた。
「二人とも、なんでそんな格好してるんだ?」
二人とも、ブレザーとネクタイ姿なのだ。
「今日、英検の試験官のバイトの帰りなんだよ」
小柄な北条が代わって説明した。
食事が終わって店を出てまた雨の中を駐車場に戻り、北条の家に向かうことになった。
また、雨の中を北条のセリカは走る。雨に濡れているアスファルトはヘッドライトに無造作に照らされ、黒光りしながら手繰り寄せられてきた。
北条の部屋に戻ったころは、もう夜半を過ぎていた。大庭と畠山がネクタイを取って、ブレザーの上着を脱いだ。翔もズボンを持ってきたジャージに履き替えていると、北条がキチンからナポレオンの瓶を持ってきた。
「いいのかよ、そんなの。缶酎ハイかサワーでいいよ」
畠山が慌てて言った。
「今、これしかねえんだよ」
「ウイスキーなんてほとんど飲まないんだけど」
大庭がそう言って、ほかの二人を見た。二人ともうなずいた。しかし北条は笑いながらナポレオンを置いて畳の床に座った。
「酎ハイとか買いに行くったって、こんな時間じゃ自販機では買えないし」
北条はそう言いながら四つのグラスに、ナポレオンを惜しげなく注いだ。
「水割りでいいか?」
「いや、こんないい酒もったいないからロックで」
大庭が言うと、畠山も賛成した。
「そうだ、今夜はロックだぜ」
「なんかロックの意味、違くね?」
翔が笑った。
四畳半の畳部屋の二面が窓で、一面が入口と押し入れ、もう一面にはタンスと本棚がある。
ライティングデスクは窓のある面の窓脇に置かれ、その上にもわずかな本棚があった。デスクの上の大部分をノートパソコンが占領していた。
「こんないい酒じゃ、酔えないかも」
そう言う畠山は、押入のふすまを背もたれに、足を前に投げ出して座っている。
「畠山、いつから髭伸ばしたんだ?」
翔は畠山とは垂直に座って、そう聞いた。
「これ?」
畠山は自分の鼻髭に手を当てた。
「渋いだろ」
にやにや笑って、畠山は言った。
「じゃあ、渋い畠山、乾杯の音頭」
北条に言われて、畠山はグラスを掲げた。
「よし。それじゃ、えっと何に関してだ? ま、いつか。とにかく乾杯!」
「「「乾杯!」」」
深夜なので抑え気味の乾杯の声と、グラスを合わせる音が響いた。
「今日はまいったな」
グラスを口に運びながら、北条は言った。
「今日の英検の試験官のバイト代、帰りにみんなでボウリングやって、全部使っちまった」
「そんな何ゲームもやったのかよ?」
翔の問いに、北条はうなずいた。
「やった」
「他に誰がいたんだ?」
「ここにいる大庭と畠山だろ、それに和田と三浦、大江、三好、それだけかな?」
「うん、それだけ」
大庭がグラスに口をつけて言うと、ぐっと飲みほした。
「寺島、大庭のグラス、作ってやってくれ」
「OK」
北条に言われて、翔はアイスキューブを大庭のグラスに入れて、ナポレオンを注ぎながら言った。
「全員呼べばよかったのに」
「ばか、この狭い部屋にそんなに入れるかよ」
北条は細く吊り上がった目をますます細くして、頬骨を出して笑っていた。そして自分もグラスを口に含んで言った。
「寺島が彼女と別れたなんてな」
「え? そうなのか?」
翔を見たのは大庭も畠山も同時だった。




