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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
Gmの雨
64/80

 リビングのテレビでは、日曜夜恒例の大型時代劇がやっていた。母は食事のあとかたづけをしており、受験生の由佳は食事が済むとさっさと自室にこもった。

 テレビを見ているのは父とかけるだけだ。

 実際は国営というわけではないけれど俗に某国営放送とよく呼ばれる放送局の大型時代劇は、寺島家特有の隠語では「ござる」と呼んでいた。小さい頃に父が見ていたのをのぞき、登場人物のセリフがやたら「~~でござる」という語尾で終わっていたので、幼い翔は「お父さんはござる(・・・)見てる」と言ったのが始まりだ。今はそのござる(・・・)を親子で見ていた。

 由佳にも日本史の勉強になるから見ろというのだが、妹は全く興味がないらしい。翔の大学の友達でも、見ている者はほとんどいない。

 そんな時、翔のズボンポケットのスマホが振動した。

 大学の友人の北条ほうじょうから、LINEメッセージが来たようだ。

 

 ――[今、和田たちとボウリング場]


     ――[遅いんだよ]


 ――[悪い! 今から帰るから、11時ごろ来てくれ]


     ――[了解]


 ――[池袋に着いたら電話してくれ]


 ――[豊島園まで迎えに行く]


     ――[残念 大江戸線で行くから池袋通らない]


 ――[じゃあ、はっきり着く時間わかったらLINEでいいよ]


 ――[それに合わせて行く]


     ――[り]


 ――[悪いけど、西武戦の豊島園駅まで来てくれ]


 ――[歩いてすぐだから]


 ――[大江戸線の駅の近くには車停められねえ]


     ――[わかった」


 翔はスマホをしまうと、立ち上がった。すでにすぐ出かけられる服に着替えてある。


 「こんな時間から本当に東京まで行くの?」


 母親がキッチンから顔を出して言う。


 「東京?」


 テレビを見ていた父が、不思議そうな顔をした。翔は笑った。


 「なに東京で驚いてるんだよ。俺、毎日東京まで通ってるんだよ」


 そして父は何も聞いていないらしいので、すでに母には話していたこと、すなわち今日これから大学の友達のところで何人かで飲み会をしてそのまま泊まることになっていることを告げた。


 「そっか。俺もおまえの年の頃にはよくそうやって飲み歩いて夜更かししたものだ。おまえももうそんな年になったか」


 「ああ」


 「まあ、いい。行って来い。それも青春だ」

 

 中年のオヤジ(・・・)からそんな言葉を聞くと、なんだかむず痒くなる。


 「はつらつたる青春などという昔話に決別したときに、現代の青春ストーリーが始まる」


 「なにそれ? そんな口上、かえって昭和臭いよ]


 翔は鼻で笑った。父も笑っていた。そして慌ててテレビに目を戻した。


 「おまえと話してると、青春ストーリーよりもドラマのストーリーが分からなくなる」


 翔は時計を見た。ドラマもそろそろ終わりかけている。


 「俺も親父と話してると、約束の時間に遅れちまう」


 「傘、持ってけよ。雨降るって言ってたぞ」


 「折りたたみ持ってる」


 翔はそう言ってからすでに持って降りていたリュックを背負い、出かけた。


 本牧通りを横断して右へ2分ほど歩くと、最寄りのバス停がある。

 105系統の、クリーム色にブルーのラインの入った市バスはすぐに来た。終点の横浜駅ではすぐに東急のホームに向かう。急いでも4分はかかる。しかも、かなり道が混んでいたので、到着予定時刻よりも少し遅れているようだ。

 ちょうど急行和光市行のドアが閉まり、間に合わなかった。次は各駅停車渋谷行きだから論外。それを見送った次は特急和光市行だった。

 日曜の夜の、しかも上りとあって車内はがらがらだった。平日の朝のあの混みかたが嘘のようだ。

 ほかにもJRの湘南新宿ラインで行くという手もあって、所要時間はほとんど変わらないが、このルートで行けば翔は途中まで大学への通学定期で行けるのでかなり安上がりになる。その大学の最寄り駅で降りずに乗っていたら、電車は東急線から東京メトロの地下鉄になる。乗っている車両はそのままなのに、車内アナウンスの声が変わったのでそれを実感する。

 昔、こうして陽子とこの電車に乗って乃木坂の美術館に行った。だが、昔といっても実はあれからほんの二カ月もたっていない。

 今日は新宿三丁目まで行って乗り換えだ。同じ東京メトロの赤いラインの丸ノ内線に乗り換え、二つ先の中野坂上で今度はエスカレーターの上の改札を出て、すぐにまた下って都営大江戸線の改札に入る。さらにエスカレーターを下ってホームだから結構時間がかかる。

 そこへ到着した光が丘行きに10分とちょっと乗って、約束の11時ぎりぎりに豊島園駅に着いた。

 エスカレーターを昇って地上に出ると、土砂降りの雨になっていた。

 翔は少し舌打ちをして、リュックから折りたたみ傘を出した。それを差しながら左に行ってすぐの細い道との角をまた左へと曲がった。ほんの80メートルくらいで、西武線の豊島園駅前のロータリーに出る。来るのは初めてだが、事前に地図アプリで調べてある。

 さほど広くはない駅前ロータリーの一角に北条の白のトヨタ・セリカSSⅡがアイドリングしたまま停まっていた。今ではもう製造・販売されていない車だから、中古で買ったのは明白だ。

 翔の姿に、窓から顔を出して北条が呼んだ。ヘッドライトは落とし、ワイパーだけが動いていた。

 助手席には同じく大学の友人である大庭、後部シートにはやはり大学の友人の畠山がいた。


 「俺、後ろ行くよ」


 大庭が一度外に出て、雨を避けながら助手席シートを前に倒して後部シートに乗り込んだ。


 「何これ?」


 翔が驚きの声を挙げた。ドアが左右に一つずつしかないいわゆるハッチバックを含め3ドア車を翔は初めて見た。


 「確かに、今どき珍しいよな」


 北条が苦笑していた。


 「絶滅危惧種も言われているよ」


 大庭が後部シートに入ると、助手席シートを戻してやっと翔は助手席に乗り込んだ。

 北条はヘッドライトを点灯させた。幾筋もの光の糸が、その中に照らし出された。北条はセリカを発進させた。

 路上にはもう雨の深夜だというのに、傘が溢れていた。


 「俺の田舎だったら、こんな時間に人いっぱいいたら村の祭りかって思うぜ」


 後部シートから、畠山が言った。


 「畠山んとこの田舎の茨城じゃ、人の数よりキツネが多いもんな」


 運転しながら北条が笑った。そんな時、畠山の隣で大庭が言った。


 「ラーメン食いてえ」


 この男はまじめな顔をしている時でも、目のどこかが笑っている。


 「よし、ラーメン行こう、ラーメン」


 北条は車を目白通りの方へ向けた。 

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