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駐車場からスカイラインを横断すると、すぐに吾妻小富士の登山道が始まる。
登山道といっても自然の道ではなく、コンクリートの広い階段を登っていく形だ。登る人も多く、また上からもどんどん人が降りてくる。みんな普段着での登山だ。
すぐにコンクリートの階段は終わって、その先は砂利の斜面の上に横向きの細い丸太を並べた階段となった。丸太と丸太の間は砂利のままだ。そんな道がジグザグに設けられて山頂へ向かっている。上に行くに従って道は細くなった。
なにしろ風景を遮る樹木が全くないので、景色はあけっぴろげだ。そしてほんの十分ほどで頂上に着いた。
頂上の向こうは大きくえぐられた丸い火口だが、ここは火山活動はしていない休火山のようだ。
火口の周りは一周できるようだが、それにはかなりの時間が必要な気がした。
「おお、最高じゃん」
比企が感嘆の声をあげた。
「木のない岩山の山地は、ほんの一角だけなんだな」
安達が言う。
「でもそっちだけ見てると、本当にここは日本なのかなって気がするな」
翔はそう言ってから、ほかの方角にも目を向けた。日本離れした景色の向こうは、限りない大空間が広がって、その下は福島盆地なのだろう。ほかの方角はやはり山岳地帯だけど、緑の木々に覆われている普通の日本の風景だ。
写真を撮ったり、少しだけ火口周辺の歩道を歩いたりして時間を過ごし、十分に堪能した三人は駐車場まで降りることにした。
下に降りた三人は、駐車場内を再度散策した。
メインの二階建ての建物はレストハウスだったが、昼食は済ませていた三人はそこはスルーした。
レストハウスの背後には別の岩山があって、山肌から湯気が上がっているようにも見える。気のせいかもしれないが、硫黄の臭いもした。スカイラインをバイクで走っていた時も、吾妻小富士の山頂からも見えていた山だけれど、ここから見るとこの山の方がむしろ吾妻小富士よりも高い山に感じられた。
「そういえばさっきの看板の脇に、吾妻山は活動が活発な火山だから、噴火したら避難しろみたいなことが書いてあったな」
比企の言葉に、安達が山を見上げた。
「じゃあ、あれが吾妻山か?」
「いや、わからない。書いてないな」
それからまた三人は、ほかの建物を見て回った。なんと小さな天文台と火山観察のための気象庁の小屋もあったが、レストハウスの次に大きい建物はビジターセンターと看板が出ていた。
中にはこのあたり一帯の案内をするパネルなどの展示が充実していて、ジオラマ模型や動物のはく製などもあって見ごたえがあった。しかも入館無料なのだ。
座って休めるところもあって、三人はしばらく英気を養った。
そこで得た情報によると、吾妻山というのはこの辺一帯のすべての山の総称であり、吾妻連峰ともいうらしい。湯気を挙げていた山は大穴火口といって、活火山なのだそうだ。だからそちらの方は登山どころか山麓から立ち入り禁止になっているという。
吾妻連峰最高峰の西吾妻山は、ここからは遠いらしい。
体力を回復した三人はバイクの所に戻り、駐輪場のそばのトイレで用も済ませて再び出発した。
出発前に確認すると、時間は二時を過ぎていた。
浄土平を後にすると、吾妻小富士の山頂から見ていた通り、道の左右は緑の木々が生い茂るいわゆる普通の道になってしまった。
それでも右側はまだ緑の草原という感じで、広々とした高原の風景だ。
再び両側とも森林になると、前方に一瞬だけひときわ高い緑の山が見えたが、道がカーブするとすぐに見えなくなった。
やがて、道全体が緩やかな下りスロープとなった。カーブもたまにあるくらいだ。おそらく最高地点は過ぎたのだろう。
翔が一気に3速に入れてスピードを上げた。後ろの二台も同じようにしたようで、ちゃんとついてくる。
そのままひたすら木々の中の道を飛ばす。
たまに左側の木々が切れて遠くまで見渡せるが、まだ大地は下の方にあるので、だいぶ下ってきたとはいえまだまだ標高は高そうだ。
ひたすらまっすぐに道は続いたかと思うと、突然またヘアピンカーブが繰り返されたりする。だが、今度はカーブごとに確実に道は下っていた。
対向車の数も増えて、
ただ、閉口したのは福島の方から浄土平に向かうまでの道がきれいに舗装されていたのに対し、こちら側はどうにも道が悪い。かなり傷んでいるようで、気をつけなければバイクが軽く跳ねてしまう。だから、いやでもスピードを落とすしかなかった。
そうしてようやく、ごくたまにだが民家も見えるようになり、どうやらやっと下界に降りたようだ。
だんだんと民家の数も増え、レストランや野菜直売所もあったりする。
磐梯吾妻スカイラインから国道459号に入ったあたりから、周りを緑の山に囲まれた広々とした水田地帯の中を走り、画像なそではよく目にしていた紛れもなく会津磐梯山が正面にそびえているのも見えた。だが、磐梯山が見えていた時間はそう長くはなかった。
そのうちだんだんと集落をいくつか過ぎるようになった。まったく田舎町という感じではなく、近代的でしゃれた建物が集まっている場所に入った。久しぶりに信号もあった。
その建物はほとんどがペンションのようだ。
翔は何度もナビを確認し、慎重に道を選んで、一本の細い道へと左折した。その道沿いにはペンションが何軒も密集しており、やがてその中の一軒を見て翔は左手で後ろの二台に到着の合図をした。
バイクを停めてから翔はスマホを出し、そのペンションの名前と外観を予約サイトで自分が予約したペンションのページの画像と比較確認した。
「着いたぞ。ここだ」
後ろの二人にバイクの上から言う。時計を見ると、だいたい三時半だ。
「なかなか洒落てるじゃないか」
安達もうれしそうだ。壁が白い、山小屋風の三角屋根の木造三階建てだ。この近辺のほかのペンションも、皆同じくらいの規模だった。
入口の上には「ペンション・オリーブハウス」という文字が英文字で入っていた。
三人はバイクを駐輪場に停めた。
建物は外観を見る限り、そう新しくもない。むしろかなり古いと思われる。だが、それがヨーロッパの山小屋のような味が出ていて、メルヘンチックではないけれどもかえって風情があった。