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この辺に来るともうほかの車はほとんどなく、まるで翔たちバイク三台のための貸し切り道路のようだ。
時折、観光バスとすれ違ったりするだけで、一般の乗用車は思い出したように来るくらいだった。彼らと同じようなツーリングのバイク集団ともすれ違うが、その時は互いに左手を挙げてピースサインをした。いわゆる「ヤエー」と呼ばれる挨拶だ。
左側には遥か遠くの山との間に。果てしない空間が広がっている。今はかなり標高が高いところまで来たと、その空間のずっとずっと下の下界を見るといやでも感じる。
そんな空間を見おろして走るのだから、まるで空の上にいるようだ。だからこそ、スカイラインというのだなと実感する。いや、そう実感できたのはこの見晴らしのいいなどという言葉が貧弱に感じるような、大パノラマのこの地点に差し掛かってからのことだった。
そしてカーブを右に曲がったとき目の前に展開されたのは、これまでと全く違う景色だった。
行く手に見える峰々の緑が急に減って、むき出しの不毛の山と化していたのである。
その時、前方の左側に、崖の上へと少しはみ出した駐車スペースがあるのが見えた。車なら三台ほど停まればいっぱいになる狭いスペースだ。
翔は左手を瞬間ハンドルから外して左下にぴっと伸ばし、すぐにハンドルに戻した。そして徐々に減速していった。
後ろの二台もそのハンドサインをくみ取り、同じように減速している。
翔は、展望台のようになっている駐車スペースに入った。いや、周りに何の建造物もないから、まさしく展望のためのスペースに他ならないだろう。
三人は次々にそのスペースにバイクを停めた。
「見ろよ。すごいな」
翔がバイクにまたがったまま言った。
「ああ、本当に空の上だな」
「そしてあの岩山。どこにでもある景色じゃない。外国みたいだ」
安達と比企も、それぞれにそのようなことを言っている。
カーブを曲がった先だから、道の向こうは向こうの峰との間の谷間となっていて、先ほど見ていた下界は左の方に見える。
「俺がネットで見て、ここにしようと決めた景色が、ちょうどこんなだよ。これからその中を走るんだ」
「おお、いいぞ」
「写真撮ろうぜ」
三人はバイクから降りてメットを取り、雄大な景色を背後に並んで立って、翔のスマホで自撮りした。
「今、何時だ?」
比企が聞く。
「十二時半だな」
翔が言うと、安達がうなずいた。
「やっぱさっきのサービスエリアで昼めし食っといて正解だな。こんなとこじゃレストランのかけらもねえ」
「マップサイトによれば、もうちょっと先に何かあるみたいだぞ」
翔の言葉に安達は言った。
「よし、もうひとっ走りだ」
「この先、景色がいいからゆっくり走ろうぜ」
翔が提案したので皆賛成し、三人はまたメットをかぶってバイクにまたがった。走り始めたらスロットルを緩め、3速から2速へとシフトダウンした。
本当にここからは景色が一変した。完全に日本離れした殺伐とした荒野という感じの岩山が左右に続く。緑は全くないわけではないがもはや高い樹木はなく、地表をわずかに覆う緑が所々にある程度の茶褐色の世界だ。
箱に閉じ込められた車でのドライブと違い、こんな大パノラマの中に生身で放り出されるのがバイクでのツーリングの醍醐味だ。
高低差はあるけれど、ギアを3速に戻さないとパワーが足りなくなるような急な坂道はない。その代わり、右に左にのヘアピンカーブが繰り返し続き、さすがにその時は景色を見ている暇はない。
だが、コーナリングのスリルを味わうのは十分だ。二―グリップする両脚にも力が入る。アクセルとリアブレーキをうまく使って、繰り返されるヘアピンカーブを次々にこなしていく。後ろの二台も確実についてきている。
そのヘアピンカーブを越えるごとに、確実に標高は高くなっていっている。
そしてようやく直線走行になったころに、目の前に完全不毛の山が見えてきた。頂上は平らだ。道の右手には別のもう少し高い岩山も見える。
そう思っているとまたヘアピンカーブが今度は二、三回だけ繰り返され、先ほど見えていた山の麓を道が走る頃に、右側前方に一時間ぶりくらいに見る人造建造物が見えてきた。
まずは「有料駐車場」の文字が見え、さらに進むとかなり広いスペースの駐車場があって、その周りに斜めの屋根のある赤い壁のロッジ風の割と大きな建物が点在していた。
そちらへ向かう進入路の右側にバイクの駐輪場があって、かなりの台数が停められそうだ。実際にもう十台以上のバイクが停まっている。
車の駐車場はその奥で、こちらに駐車している車もかなりの台数だ。
翔は最徐行で、そのバイク駐輪場に入った。車の駐車場の入り口に小屋があり、そこで係員に対面で駐車料金を払うらしい。
三人はメットを取ってハンドルバーのメットホルダーに固定し、その小屋まで歩いた。バイクの駐輪料金は時間制限なしの二百円だった。
都会ではまだ残暑厳しく九月というのに夏が続いていたけれど、さすがにこの辺はもうすっかり秋という感じで、ライダースーツを着たままでも暑くはなかった。
そのあと近くを散策して、磐梯朝日国立公園と「浄土平」書かれた看板を見つけた。
「浄土…なんて読むんだ? ひら? たいら?」
比企が首をかしげていたので、翔は笑った。
「浄土平だよ。下にローマ字で書いてあるじゃん」
「ほんとうだ」
その看板の近くに別の看板があって、この近くの案内マップと写真付き説明があった。
スカイラインを挟んでちょっとした山があって、それが吾妻小富士というらしい。全く樹木も緑もないむき出しの山だ。その山に登る遊歩道もあるようで、多くの人びとが登って行ったり降りてきている様子が見える。
「なんだって? 吾妻小富士は成層火山? 火口直径約五百メートル、火口底までの深さは約七十メートル、標高は千七百七メートル」
比企が読むのと一緒に看板を見ていた安達は、同時に道の向こうの吾妻小富士を見上げながら首を傾げた。
「千七百メートル? そんなに高いか?」
「あのなあ」
翔が苦笑した。
「千七百メートルっていのは、海水面からの高さ。今俺たちが建っているここ自体がすでに標高千六百メートルだぜ」
「じゃあ、登ってみるか?」
比企に続いて、安達もうなずいた。
「そうだな。すぐ登れそうだし」
翔も異論は挟まなかった。




