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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
鳥の詩
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 だいぶたってから、奥から珠実が店の制服で出てきた。ようやく出勤して来たらしい。布巾をもっていている各テーブルの上を拭き掃除しながら近づいてきて、翔たちを見つけると「あら」というような顔をした。陽子はまた小さく手を振った。珠実は微笑んで振りかえった。今日はツインテールだ。

 その時、陽子が何かを思いだしたように手を打った。


 「そうだ、今日はみっちゃんの誕生日だ」


 「じゃあ、電話して呼び出したら?」


 翔がそう言っても陽子は首を横に振った。


 「だめなの。あの子ねえ、丹沢から帰った翌日に犬にかまれて今日病院行ってる」


 「え?」


 「昨日は台風で行かれなかったから」


 「犬って野良犬?」


 「ううん、自分()の犬」


 「なんで?」


 「みっちゃんがドアを閉めたらその勢いで犬のしっぽ挟んじゃって、それでかまれたって」


 「まさしく“飼い犬に手をかまれた”ってことだね」


 「かまれたのは手じゃなくて足」


 陽子が少しすまして言うと、テーブル拭きをしていた珠実が段々と近くに来た。陽子がその顔を見て言った。


 「あれ、たまちゃん、鼻の下少し血が出ているよ」


 「あ、今朝チャーミーにひっかかれた時だ」


 「チャーミーって?」


 翔が聞いた。


 「うちで飼ってる猫。生まれたばかりのシャムネコ。めっちゃ可愛いよ」


 「犬にかまれたり猫にひっかかれたり、みんな忙しいな」


 翔が笑って言うと、珠実は勤務中なのにいいのかよと思うくらいの大声で笑った。

 

 「でもみっちゃんは犬でたまちゃんが猫ってことは、みっちゃんが犬派でたまちゃんは猫派ってこと?」


 「そう、私はタマっていうくらいだからばり猫派」


 「よっぴーは?」


 翔は陽子に話を振った。


 「私は犬も好きだし猫も好きだから二刀流」


 「そういうの、二刀流っていうんか?」


 翔は笑った。陽子はまだすまし顔だった。


 「でもやっぱり猫が好き」


 「でもさあ、でもさあ」


 珠実が話に割って入る。


 「陽子自身はなんか子犬って感じだよね、イメージ的に」


 翔は笑った。


 「たしかに。で、とみこは?」


 「カエル」


 「へ?」


 「実際、カエル飼ってるし。とみこのカエルのお名前はひなちゃん。ほかにも爬虫類とかも好きみたい」


 翔は注文カウンターの中の茉緒を見た。茉緒の位置からは翔たちの会話は聞こえないらしく、すまし顔の中に営業スマイルで接客している。


 「そうそう、とみこに彼氏できたんだって」


 珠実は立ったまま陽子に言った。


 「うそ、いつ?」


 「この間。道歩いていたら中学時代の同級生にばったり会って、それが縁だって」


 「見たの? 彼氏」


 「うん、この間見た。めっちゃチャラオだった。顔が爬虫類だし」


 陽子が爆笑をしていた。珠実は翔を見た。


 「私にも誰か紹介して」


 「だからぁ」


 翔は少し呆れ声を交えて言った。


 「この間海で、せっかく俺の友だち紹介しようと思って連れてきたのに、誰も来ないんだから」


 「へへ」


 珠実はペロッと舌を出した。


 「藤野さん! あっちのサンキューボックスのゴミ出しね!」


 なんだか怒り口調で遠くで珠実を呼ぶ男性の声がした。


 「あ、まずい。MGRさんにサボってんの見つかっちゃった」


 珠実は慌ててその場を離れた。


 それからというもの陽子から少し笑顔も消えて、口数も少なくなった。翔の方からんとか話題を引き出しているという感じだ。

 だいぶたってから、そろそろ帰ろうとか陽子が言いだしていた時に、珠実がまた顔を出した。


 「あのねえ、とみこがもうすぐアップだから、一緒に帰ろうって」


 「アップ?」


 翔が怪訝な顔をした。


 「今日はあがりってこと。外で待っててだって」


 そう言われて陽子も翔も腰を上げ、ごみをダストボックスに捨てて外に出た。


 「おまえと一緒にこのチェーン店に来るの、山下公園のそばのあの店以来だな」


 「うん」


 陽子はひとこと言って、うなずいただけだった。

 しばらく待っていると、従業員出入口から茉緒が出てきた。


 「お待たせ」


 三人で、駅に向かって歩きだした。翔と陽子は、手をつないではいなかった。

 陽子が鼻歌を歌う。翔がすぐにそれに合わせた。


 「もう、二人同時に歌いだすなんてお似合いのカップルだよ、狂ってるところが」


 そう言って茉緒は笑っていた。

 すぐに駅に着いた。


 「とみこは家どこ?」


 翔が聞くと、ためらいもなく茉緒は答えた。


 「湘南台」


 「じゃあよっぴーと一緒に小田急か」


 「私は一人で帰るから、よっぴーたちはもっとゆっくりしていきなよ。せっかく来たんだから」


 「そうする?」


 翔が陽子に聞くと、陽子は黙ってただうなずいた。

 茉緒が小田急線改札に入って行った後、翔は陽子を見た。


 「どこか行くところ、ある?」


 「公園がある」


 そう言って陽子は歩きだすので、翔がついていく形だ。

 ガード下の小田急改札を見に見てガードをくぐって駅の反対側に出た二人は、そのまま左に折れて小田急の高架沿いに歩いた。

 すぐに右側にかなり大きな公園が見えてきた。そのまま歩いて行ったところが入口だ。駅から二、三分の距離だった。

 この辺りでは小田急線はコンクリートの高架線ではなく、草の生えたスロープの上を走っていた。


 「ここね、ずっと工事してたんだけど、最近やっとリニューアルオープンした」


 「詳しいね」


 「だって私の通学路。もうすぐ大和に着くって時に、電車の中から毎日見てた。大和で乗り換えだから」


 入り口を入るとかなり広い公園の左の方が遊具などのある児童公園、正面と右は芝生が広がっている。

 その入り口と児童公園との間に、木の床の上にピラミッド状に木製のブロックが設けられており、その上まで昇っても座って休んでもいいようになっている。

 案内板には「テラス」と書いてあった。

 その木製のブロックに二人は座った。


 「たまちゃんってかわいいよね」


 ふと芝生広場の方を見ながら、つぶやくように陽子が言った。


 「笑うとかわいいんだけど、黙っているとそうでもないね」


 「うん、でも俺にとっては、よっぴーが一番かわいい」


 陽子は特に反応しなかった。翔を見もしない。

 翔はいい加減、首をかしげていた。


 「みっちゃんにも誕生日のお祝いと犬にかまれたけがのお見舞い、言っておいて」


 「自分で言えば」


 「だって、みっちゃんの連絡先、知らない」


 「あの子、インスタやってるよ。そのDMで言えば。ローマ字でmicchan-kawaiiで検索すればすぐ見つかる。かっちゃんはインスタやってる?」


 「一応アカウントは持ってるけど、システムがよくわからなくて放置状態」


 「今どきの高校生は、LINEよりインスタのDMの方が主流みたいよ。LINEや“X”のDMより手ごろだからって」


 まだ陽子は、前を見たままだった。

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