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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
鳥の詩
41/80

 かけるは暇なので、スマホで台風情報ばかり見ていた。

 それによると今回の猛烈な台風の中心は、今日の午前五時前に小笠原諸島にかなり接近。

 午前七時には、小笠原諸島付近の北緯27度40分、東経144度65分にあって、一時間におよそ十五キロの速さで、強い勢力を保ったまま北北西へ進んでいると推定されるという。

 すでに小笠原諸島は暴風域に入っており、中心の気圧は980ヘクトパスカル、最大風速は55メートル、最大瞬間風速は75メートルでと推定され、さらに発達しながら進路をやや東寄りに変えて進み、二日後の昼頃には房総半島に上陸する恐れもあるらしい。

 線状降水帯が発生する可能性もあり、千葉県南部方ではあさって夜から翌朝にかけかけて、大雨災害の危険度が急激に高まる可能性があるとも言っている。


 翔は窓から外を見てみたが空は穏やかに晴れ、とんでもないやつがこっちに向かっているという気配はまだなかった、

 今日は陽子が丹沢から帰ってくる日だ。本人が言っていた通り、この三泊四日の間は一通のLINE着信もなかった。

 翌日、少し風が出てきていて雲行きもやしかったが、まだ雨は降っていなかった。居間に降りると妹の由佳と母親が、ソファーに座ってテレビを見ていた。テレビは通常番組をやっているようだったが、青い帯の逆L字型画面のテロップが入っている。

 当然、そこに流れているのは台風情報だ。


 「やっぱ、台風来るか」


 立ったまま画面をのぞき込んで、翔は言った。


 「このへんは直撃しないみたいだけど、影響はあるって」


 由佳がテレビの画面を見たまま言った。確かに画面左側のテロップ内の進路予想図では台風本体は横浜近辺はわずかにそれ、房総半島の東側に上陸するらしい。


 「でも、強風域には入るからねえ」

 

 母親が半分心配そうに、それでいて半分他人事のように言う。

 翔は冷蔵庫から麦茶のポットを出して、ガラスのコップに注いで一気に飲んだ。プラスチックのポットを冷蔵庫に戻すと、二階の自室へと入った。

 もう一度スマホのお天気アプリで台風の進路を確認する。予想図はテレビで見たのとほとんど同じだった。

 明日は陽子と城ケ島に行く約束をしている日だ。だがこの状況では、かなり厳しそうだ。

 LINEアプリを開いても、陽子からのメッセージ着信はなかった。

 思い切って翔は、陽子のトークルームを開いて文字の入力を始めた。


     ――[丹沢お疲れ]


     ――[もう帰ってるよね]


 いつもの陽子なら、光速で返事が来る。だからすぐに「おかえり」と打てるように翔はかまえていた。

 だが、いつまでたっても既読すらつかない。

 

 「よっぽど疲れてるのか」


 翔は独り言でつぶやいていた。昨日は疲れ果てて、もしかしたらまだ寝ているのかもしれない。だが、もう昼も近い時間だ。

 仕方がなく、SNSのTLをチェックしながら翔は少し待つことにした。

 だが陽子からの返信はないまま、そのうち由佳が昼食だと呼びに来た。だが気が付くと、スマホの充電が3%を切っていた。

 翔はスマホを充電機に差し込み、そのままスマホを持たずに下の階のダイニングに降りた。

 昼は冷やし中華だった。


 「由佳、今日夏期講習は?」


 食事の席で、翔は聞いてみた。


 「サイクルとサイクルの中日なかびで、今日は休み」


 「あ、そう」


 「あら翔。自分で聞いておいて、ずいぶんそっけない」


 母親も笑いながら言った。翔は真顔だった。


 「今、それどころじゃない」


 「え。何? 何かあったん?」


 由佳が箸を持ったまま好奇心いっぱいの目を向ける。


 「別になんでもねえよ」


 あとはほとんど無言で、翔は食事を続けた。幸い母親も由佳もテレビの昼のバラエティー番組の方に夢中だ。

 食事の後すぐに自室に戻り、スマホを見た。LINEのアイコンには、陽子からのメッセージ着信の通知はついていなかった。

 そこで陽子のトークルームを開くと、いつの間にか既読はついていた。

 陽子は読んでいる。それなのに返信が来ない。

 いわゆる既読スルーというのを、今まで陽子がしたことは一度もない。だが、既読が付いた時間は表示されない。翔が昼食を食べに下に降りてすぐなのか、ついさっきついた既読なのかわからない。

 しかし、明日のことがあるので、いつまでも放っておくわけにもいかない。

 翔は陽子のトークルームの右上の通話マークをタップしようとした。その時、スマホのバイブが震えて、陽子からのメッセージ着信を知らせてきた。


 ――[ごめんなさい]


 ――[疲れて寝てました]


 ほんの少しだけ、翔は微笑んだ。


     ――[そんなことだと思った]


     ――[それより、おかえり]


 ――[明日どうするの?]


 ――[明日台風来る]


     ――[このへんを直撃はしないみたいだけど]


     ――[でも、城ケ島は無理かな]


 ――[無理だと思う]


     ――[また今度ってことで]


 ――[でも、そのあとはYMCAでボランティア説明会]


 ――[だから当分会えない]


     ――[ボランティア? 何の?]


 ――[一日学童保育]

 

 ――[それとあさっての約束]


 ――[たまちゃんととみこがバイトしてるとこ]


      ――[大和のハンバーガー屋さんね]


 ――[そこに行く約束は外さないで]


     ――[もちろん]


 ――[たまちゃんと約束だから、とみこには言ってないけど]


     ――[台風もあさっては東北地方のひがし海上に抜ける]


     ――[そこで温帯低気圧に変わるって予報は言ってた]


 ――[じゃあ、あさっては大丈夫か]


     ――[たぶん]


 それからだいたいの待ち合わせ場所や時間を決めて、やり取りは終わった。

 翔はため息をひとつついた。そして浮かない顔のまま、スマホを軽く投げるようにしてベッドの上に置いた。

 そしてまた一つ、ため息をついた。


 その日の夜から風が強くなってきた。

 父親も早めに帰宅してきた。台風が心配されるので、今日はノー残業デーになったそうだ。久しぶりに四人で食卓を囲んだ。


 「私も明日、夏期講習休講だって」


 「明日はみんなしてひきこもり」


 翔がそう言うと、父親は苦笑した。


 「俺は行かなくてはならない」


 母親が少し笑う。


 「お父さんも、無理しないで」


 「これが社会人の宿命か」


 「翔もそのうちわかる」


 父親は苦笑して、ビールを飲みほした。


 「翔も飲むか?」


 「おう」


 母親がグラスを持ってきた。


 「私も」


 由佳も言った。


 「おまえはまだ駄目だ。高校生のくせに」


 由佳の希望は父親に一笑に付された。

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