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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
マリンブルー
34/80

 広々とした港が見渡すことができるこの公園は、もしかしたら穴場かもしれない。

 一般の観光客は、どうしても山下公園の方へ行ってしまうだろう。そちらの方が有名だからだ。

 山下公園が観光客のための観光地であるとすれば、この臨港パークこそが市民の憩いの場ともいえる。

 遠くにははっきりと、ベイブリッジの姿もある。

 風が強かった。ずっと公園と港の境目を長く延びている階段状のスロープに腰掛けて、二人は海の風を浴びた。

 左手の、公園内のははるか遠くのところに中国風の石のアーチ橋が小さく見える。


 「あれ、なあに?」


 陽子が指さしたのは、反対の右の方だ。

 国立大ホールの向こうの水上に、小さな二階建ての建物が見えた。緑の屋根の欧風の建物で、屋根の頂上には鐘楼のような塔が建っていた。


 「あれはぷかり桟橋さんばし。あの緑の屋根は船の待合所とレストランで、全部が海の上に浮いているんだ」

 

 「へえ」


 「前は横浜駅東口から出てるシーバスがまずこのぷかり桟橋に停まったけど、ハンマーヘッドに停まるようになってからはこのぷかり桟橋は来なくなっちゃったよ」


 「シーバスって、前に乗った船?」


 「そう。ほかにも、あそこから出ていた港内遊覧船ももうなくなった。今では貸し切りのクルーズ船の発着場所だね」


 「そうなんだ」


 陽子は正面の海の方に視線を戻した。


 「暑い」


 陽子がつぶやく。風は強いけれど、それ以上に容赦なく真夏の陽光が照り付ける。ただ、その風のお蔭でこんな炎天下の日なたに座っていられるのだ。

 目の前には海が広がっている。それは確かなことだけれども、どこにも水平線はない。広々とした港湾のはるか対岸は、工場のような建物がある埋め立て地だ。

 遠くに見えるベイブリッジをくぐった向こうに、水平線はあるらしい。

 そんな景色を見ながら、陽子は自分のバッグを探った。取り出したのは小さな布製の人形だった、

 

 「これ、私が作った」


 「へえ?」


 「かっわいいでしょ。はい」


 陽子はその人形を翔に手渡した。人形といっても綿か何かを詰めて厚みを出した人型の空色の布に、同じく厚い布で目鼻や髪の毛のある顔や手を縫い付け、短く小さな足が二本ぶら下がっているだけのものだ。

 

 「くれるの?」


 「うん」


 「うれしい、ありがとな」


 「あ、ほころびちゃってる」


 陽子はバッグから裁縫セットを出して、人形の脇の下を針と糸で少し縫い直した。


 「わ、そんなの持ち歩いてるんだ。すげ」


 陽子の裁縫セットを見て、翔は言った。陽子はふふふと笑っただけだった。

 あらためて陽子は、人形を翔に渡した。


 「さっそくリュックにつけるよ」


 そう言って翔は、人形をポケットの中に入れた。


 「あれ? しまっちゃうの?」


 陽子は少し悲しそうな顔をした。


 「だって、今つけるところないから」

 

 「私とおそろいよ」


 陽子は自分のバッグにつけていた同じような人形を見せた。まったく形は同じで、色だけが陽子のは空色ではなくてピンクだった。


 「わかった。帰ったらちゃんとリュックにつけるから」


 「やったー。で、グミ食べる?」


 陽子は先程もらったグミの袋を開けた。ソフト系のブドウ味の果汁グミだった。翔と一つずつ口に放りこんだ。


 「おいしい。でも、ここ暑い」


 「そうだな」


 翔も汗をぬぐっていた。翔は立ち上がった。


 「行こうか」


 「うん。でも、近くで海見たい」


 陽子は目の前の海の際まで歩いた。今は潮が引いているようで、足元に少し自然の岩が海面からほんの少し顔を出していた。そこに小さな波が時々ぶつかる。


 「あ、カニがいる」


 「カニ? どこ?」


 「ほら、あそこ」


 小さな岩場を、陽子は指さす。翔にはすぐには分からなかったけれど、陽子が何度も教えてくれた。


 「ほんとだ」


 翔はようやく小さなカニを見つけた。すべてが人工物に囲まれてはいるが、こんなところに小さな自然がある。やはりここは海なのだと実感する。

 陽子が振りかえった。


 「やっぱ行こう。暑くてもうだめ。死にそう」


 「まだまだ猛暑は続くみたいだね」


 「じゃあ、毎日家で寝てる」


 「俺とのデートはどうなるんだ?」


 「さあ」


 陽子はいたずらっぽく笑った。


 「私、夏は大好きだけど暑いのは苦手」


 「それ、矛盾じゃん。夏は暑い、暑いから夏」


 「でも、これ異常だよ。あまり暑くなりすぎると私、機嫌悪くなるからその時は放っておいてね」


 「了解」


 たしかにこのまま直射日光の中にいたら熱中症にもなりかねない。


 「行こうか」


 先ほど見たぷかり桟橋の方へと、二人は手を取って歩きだした。


 「そういえばこの間ね」


 歩きながら唐突に陽子が話題を変えた。


 「ダンス部で関内かんないでご飯に行って、そのあとにみっちゃんが迷子になった」


 「え?」


 「お店出てから急に方向音痴になって変な方向に歩きだして」


 「それって迷子とは言わなくね?」


  翔は笑った。


 「だって、吉野さんが迷子だって言うから」


 「吉野さん?」


 「あっちの大学のダンス部の部長さん」


 翔は首をかしげた。


 「あっちの大学? よっぴーの女子大のサークルだけでご飯言ったんじゃないのか」


 「てことは男もいたんか」


 少し翔の声が暗くなった。


 「なに? 嫉妬?」


 陽子が翔の顔を覗き込んで笑った。


 「べつに」


 「吉野さんって結構整った顔してると思うんだけど、みっちゃんなんかはゴリラ歩きばかにするの」


 「顔が整ってるって、つまりイケメンってこと?」


 「さあ」


 陽子は意地悪気に笑った。

 二人は、左手にぷかり桟橋を見ながら、帆船の形のグランドハンターホテルの脇を歩いた。


 「そういえば、みっちゃんとか元気?」


 翔が聞く。


 「ほかにもたまちゃんとか、とみこさんとかいろいろいたじゃん」


 「うん、みんな元気。夏休み中だからあまり会ってないけど」」


 「俺もまたみんなで会いたいな」


 「なんで?」


 陽子は少し膨れた顔をした。その顔を歩きながら翔は覗き込んだ。


 「なに? 嫉妬?」


 先ほどの陽子の口真似をして翔は言った。あまり似ていなかった


 「べつに」


 こちらも先ほどの翔の口真似で陽子は言ったが、あまり似ていなかった、


 「今、たまちゃんととみこが大和のハンバーガー屋さんでバイトしてるから、今度からかいに行こう」


 「うん、わかった」


 しばらく行くと、左側の運河の向こうに、大観覧車が見えた。ジェットコースターの柱も見える


 「あそこも行きたい」


 陽子が指さす。


 「コスモワールドか。もう少し涼しくなったら」


 「やったー」


 陽子は無邪気に喜んでいた。

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