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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
シルクタッチ
22/80

 手紙というよりは、要件がほとんど箇条書きのメモみたいなものだった。

 

 ――まずはお願いです。翔さんのお友達で、いい人を招介してください、ぜひ。


 「あの子、何言ってるの? 紹介の紹の字が間違ってるし。それにSUPの講習会で知り合った長谷部さんがいるのに。この間もデートしてたんだから」


 「あれ? バイト先の人は?」


 「あれはもう終わったみたい。どっちみち紹介なんかしてあげることないよ」


 陽子は鼻で笑っている。

 

 B5の紙にそれだけが書いてあったから、スカスカだ。

 二枚目も同じように箇条書きだ。


 ――請求書

   翔さんとよっぴーがうまくいっていることについての感謝料

   監督依頼料

   以上、請求します。

   金額は相談の上


 「いいからいいから、無視して」

 

 陽子はまだ笑っている。

 そして三枚目


 ――注意事項

   よっぴーを束縛しないこと

   浮気をしないことと

   よっぴーは陽気だけど、ちょっぴり寂しがりやで、神経質です

   適当にかまってあげないと死にます

   

 「私はうさぎか」


 陽子がそこで突っ込みを入れた。翔は声をあげて笑った。


 ――とにかくよっぴーは普通の人と並外れてくるっているところがあります


 注意事項はそこまでだったが、最後に赤い字でひとことあった。


 ――よっぴーを泣かせるようなことだけはしないでよ


 このあたりでは、さすがに陽子も真顔だった。


 「いい友だちを持ったなあ」


 翔は紙をたたみながらつぶやいた。

 ちょうどそのタイミングで、乗換駅である明治神宮前に着いた。表示板には駅名の後ろに(原宿)とついている。

 横浜からわずか三十分だった。急行だともう少し時間はかかるだろう。

 ここで、同じ東京メトロの千代田線に乗り換える。

 あとは二駅、五分で乃木坂に着く。

 翔にとっては初めて行く場所だが、昨夜ネットで国立新美術館については調べてきたので、スムーズにいくことができた。

 そうでなくても、あちこちに「国立新美術館はこっち」というような表示があるので、それに従って行けば間違いなく着くことができる。

 進行方向後ろの方の改札を出て6番の出口を行けば、地上に出る必要なく直結で美術館の敷地にたどり着く。

 

 美術館は四角い直方体ではなくくねくねと面白い形をした建物で、それがいかにも芸術を表していた。さすがに美術館という感じだ。

 チケットを買って、中へ入った。

 この美術館自体は入館無料なのだが、これから見るボストン美術館展のような企画展はその企画ごとに入場料を取る仕組みだ。

 大学生は千五百円だった。

 入ったエントランスは三階までの吹き抜けで、正面は湾曲した全面ガラス張り。外の様子がよく見える。

 曲線が基調で逆円錐形の巨大なモニュメントやシースルーのエレベーターもある。床はウッディーフロアだ。

 人はほとんど入っていなかった。

 展示室に入る前に、翔はそっと陽子の手を取った。

 陽子はにっこりと笑った。


 「地下鉄降りてからどうも機嫌よくないと思ってたら、手つながないからねてたのか」


 「そんなことないです」


 そう言いながらも、たしかに陽子は急に上機嫌になった。そして手をつなぐ形から、翔と腕を組んできた。

 そのまま展示室に入った。

 「さまざまな愛」がテーマだけに、「愛」を感じさせる人物画が中心だった。

 二人はゆっくりとそれぞれの会話を楽しんだ。展示場ではあまり大声で会話することもできないのでひそひそ声になるし、今日のように客が少ない場合はちょっとの声でも響いて目立つのでなおさらだった。

 一つ一つの絵画の前で、それを見た感想を小声で言い合ったりしていた。

 しかも冷房がかなり強くて寒いので、陽子は翔と組んだ腕に力を入れてきた。


 昼前にはひととおり見学を終えた。

 もっとゆっくり時間をかければまる一日は費やすこともできるだろうけれど、翔も陽子も特別に美術関係が専門というわけではないので、素人目にはこれくらいの時間で十分だった。

 

 「じゃあ、僕の用事に行ってもいい?」


 「ギターの弦ね。どこに買いに行くの?」


 「お茶の水」


 それなら千代田線で一本だ。


 「お茶の水で食事にしよう」


 「はい」


 乃木坂駅までの通路には、レストランなどなかったように記憶していたからだ。

 駅まで戻って「君の名は希望」の発車メロディーに見送られて、地下鉄は乃木坂駅を後にした。

 新御茶ノ水まで十七分、席は満員で座れなかったので、ドアに寄りかかる方出で立っていた二人は思い切りイチャイチャしていた。


 「なんでギターの弦を買うのに、わざわざ東京まで?」


 翔に腰のあたりを抱き留められながら、その翔の顔を見上げるようにして陽子は聞いた。


 「横浜ではだめなの?」


 「これから行く店の弦は、プロもみんな使っている。それくらい有名なんだ」


 「へえ」


 そんな会話をしているうち二十七分が過ぎ去った。

 新御茶ノ水駅では、進行方向後ろ側の改札へと、翔は陽子と手をつないで歩いた。そしてB5の出口から出たところの、片側三車線の靖国通りの歩道を歩いた。

 そしてほんの五十メートルくらいのところの、五階建ての細いビルの一階に小さな楽器店はあった。


 「プロも使っているっていうからもっと大きなお店かと思ってたら、小さいね」


 入る前に陽子がそう言うので、翔は少し笑った。

 そして店内に入り、すぐに翔は店員にエレキギターの弦を三セット頼んだ。愛想よく親切に、店員はすぐに商品を準備してくれた。

 店内にはギターが所狭しと並べられている。

 翔がわざわざ東京まで来た用事はあっという間に終わったので、あとは食事をする場所だ。

 下を地下鉄千代田線が通っているはずの、片側二車線で中央分離帯のある本郷通りの、並木のある歩道を二人は歩いた。

 道は軽い上り坂で、左手にニコライ堂を見て、約七分か八分でJRの御茶ノ水駅に着いた。

 かつて改札口があった駅舎は今は壊されて工事中になっていて、今の改札は少しホーム沿いの道を行ったところにある。

 その道はレストランも多く、ラーメン店やチェーン店の中華料理屋もあったが、二人が入ったのはやはりチェーン店の長崎ちゃんぽんの店だった。

 

 食事をしながら翔は、陽子の好きなアーチストかグループを聞いてみた。


 「ん~、特にないかな。私の場合は歌手よりも歌が好きだから、歌がよければいいって感じ」


 「そっか」


 翔はそれだけで納得していた。

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