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翔の大学から最寄り駅までは、歩いてに十五分くらいかかる。
バスもあるのだが、この路線に限っては定期券の学割証明対象外だ。乗るのならばそのつど正規の運賃がかかる。
もっともこの路線が学バス系統という特別なルートで、一般均一系統の二百十円に対しICカードで百七十八円と割安に設定されている。
それでもあまりこのバスに乗る学生は多くなく、たいていは十五分かけて歩く。
昼下がり、翔は大学を後にしてとぼとぼと、割と起伏のあるこの通学路の下り坂の部分を歩いていた。この坂を下りきったところで、最寄り駅へ続く大通りに出る。
その手前、赤い柱の門がある神社の脇を通っていた時、後ろからポンと翔の肩を叩くものがいた。
「よお、今日来てたんか」
そんな声に翔が振り向くと、見慣れた長身の学生がニコニコして後ろから歩いてきていた。
「おお、和田。しばらく。元気か?」
「まあな」
二人は同じ方向へと歩きだした。
大学の同級生の和田義之だ。
「今日、何しに来たんだよ? 追試?」
和田が聞く。
「いや、そうじゃなくて、ちょっと学生課に事務の用事があって」
「なんかやらかして呼び出されたんか?」
「違えよ」
翔は笑った。
「おまえこそ」
「俺は図書館で調べものだよ」
もう、坂を下りきった。大通りとの合流点も見えてきている。
「ところでおめえ、彼女できたんだってな」
「え?」
翔は思わず和田の顔を見た。
「なんで知ってる?」
「彼女できたって、ジョーに吹聴したろ」
「いや、吹聴って……」
実際はほかの用事で彼らがジョーと呼んでいる北条とLINEしていて、ついでにぽろっと伝えた程度だ。北条も和田と同様の同級生だ。和田と北条は付属高校出身組なのでいつもつるんでいる。
「ジョーがあっちこちに拡散してるぞ」
「特に口止めもしなかったから、別にかまわないけど」
「詳しいいきさつ聞かせろよ」
和田はやけににやにやしている。
「聞いてどうするんだよ」
「恋バナ聞きてえじゃんかよ、恋バナ」
「恋バナってJKかよ」
翔は笑った。
今和田に話せばまた拡散されるに決まっているけれども、別にかまわないと思った。
まだ居酒屋で飲みながらというのは時間的に早かったので、とりあえず駅まで行って改札には入らずに通り過ぎ、西口へと向かった。
そのあたりにはレストランやおしゃれなカフェもあって、多くの若者がたむろするエリアだ。
そこのカフェに入った。
「さあ、さっそく聞きましょうか」
アイスコーヒーをストローで吸いながら、翔は陽子との出会いからこれまでのいきさつをかいつまんで話した。
「なんだ、まだ二回しかデートしてないのか」
「出会った時をのぞいてはな」
翔は少しため息をついた。
「だらよう、既成事実として今彼女のような感じにはなっているけれど、正式に“付き合ってくれ”、“いいよ”なんてやり取りはしてねえし、まだまだ不安定な状況だな」
「そっか」
翔が真顔で話すので、いつしか和田もまじめな雰囲気になっていた。
「なるほどな。俺、思うんだけど」
「うん」
「こんなこと言っちゃ悪いけど、その彼女とは、言い方悪いけど、腹の探り合いって状態じゃね?」
「それなぁ」
翔はうなずいた。
「だから今はもっと、お互いの心を知るように努力することが大事だと思うぜ」
「だな、サンキュー」
あとは互いに飲み物を楽しみながら、雑談に入っていった。
あさっての水曜日に予定が空いたので会いたいと、陽子はLINEの文字を通して言ってきた。
――[あさってはちょっと用事があるんだ]
――[東京まで行かなきゃなんない]
――[じゃあだめですか]
風呂上がりで、実はトランクス一枚で自室のベッドの四つん這いになってスマホを見ている翔はふと考えた。
――[いっしょに東京行こう]
――[いいんですか?]
――[用事は?]
――[ギターの弦、買いに行くだけだから]
――[だったら行きたいところあります]
相変わらず速攻で返信はくる。だが、やはり文字だとまだ敬語が残っていた。
――[国立新美術館でボストン美術館展やってるんで]
――[そういうのに興味あるんだ?]
――[ってか先輩に勧められたから]
――[テーマは「さまざまな愛」]
翔は陽子には見えないまでも、少し興味深そうな顔をした。
――[国立新美術館ってどこにある?」
――[乃木坂って書いてある]
――[了解]
待ち合わせは、いつものところということで通じる。時間は前回と同じ十時だった。
水曜日――。
先に来ていた翔を見つけた陽子は、小走りでちょこちょこと駆け寄ってきた。
「じゃあ、行こうか」
翔は慣れた足取りで一度JR横浜駅の自由通路に降り、右に曲がってさらにエスカレーターで下って東急線の駅へと向かった。
陽子もエスカレートするまでもなく、やはり慣れた感じでついてくる。
「東急線、よく乗るの?」
「前に話した週一でのダンス部の合同活動の時に」
「そうか、そうだよな」
たしかに陽子が合同練習で行っている大学の最寄り駅も、東急線沿いだ。
「俺なんか大学に行くのに毎日使ってるんだ」
そう言いながら改札口でタッチした翔のスマホには、通学定期がモバイルSuicaで取り込まれている。
ホームは地下駅で、みなとみらい線から直通の特急の森林公園行きが来た。
「いつもだったら、これには乗れない」
陽子はいたずらっぽく言った。
たしかに、陽子が合同練習している大学の最寄り駅は、通過駅だ。
途中、翔の大学の最寄り駅も通ったが、そこは停車駅だった。そのちょっと手前から電車は地下に潜った。
二人は翔の定期券の圏外までさらに進んだ。もうその先はずっと地下鉄状態になった。実際、すでに東急線ではなく東京メトロ副都心線に、乗ったまま直通で乗り入れている。
「そうそう」
陽子は自分のバッグを探って、隣に座る翔に折りたたまれた紙きれを渡した。
「ほい」
「なにこれ?」
「みっちゃんからのラブレター。渡してって頼まれた」
ルーズリーフが三枚ほど、四つ折りになっていた。
――一私は陽子の友達の久保下美咲、通称は「可愛いみっちゃん」。
三回も私の顔は見ているはずだから、知ってますね。
「“可愛い”は余計でしょ」
翔が読むのを覗き込んでいた陽子は笑った。翔もつられて笑いながら、二人で同時に文字を追っていった。




