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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
陽ざしの中で
20/80

10

 元町通りも、大通りを渡る信号も越えたころから道は少しだけ狭くなった。

 それまで左右の店はおしゃれなカフェやレストラン、ブティック、雑貨の店などが立ち並んでいたけれど、ここからはラーメンやカレーの有名チェーン店やコンビニなども増えてきて、少しだけ生活を感じる空間になっていった。


 「だいぶ小雨になったね」


 「やむかな」


 かけるが傘を少しずらして空を見た。確かにかなり明るくなってはきている。

 その時、通りがかったアクセサリーショップで、名前入りのペンダントが売っているのがふと目に入った。


 「買っていこうか」


 陽子はうれしそうにうなずいた。

 彫ってもらう名前を告げる時、翔は陽子を見た。


 「陽子にする? それともよっぴー?」


 「どっちでもいいけど、じゃあ、よっぴーで」


 名前はローマ字で入れるというので、陽子は「Yoppy」というスペルを自分で店員に告げた。

 「Kakeru&Yoppy」と刻まれた2センチほどの小さな縦の長方形の銀のペンダントを二つ買った。店を出ると、名前を彫ってもらっている間に雨はやんでいた。

 その場で互いにペンダントを首に掛け合った。

 そしてまじめな顔で、翔は言った。


 「ここからはじまる」


 「なんか照れる」


 陽子は笑ってごまかした。

 閉じた傘を陽子に渡し、そのあとこれも自然に二人は手をつないで歩いた。

 すぐにJRの高架が見えて、その下が石川町の駅だった。


 「今日はどっちで帰る?」


 翔が駅の入り口に立ち止まって聞いた。陽子は小首をかしげた。


 「どっちって?」


 「横浜に出て東海道線で帰るか、この間みたいに大船まで京浜東北線で行くか」


 「どっちが早いかなあ?」


 「ちょっと待って」


 翔はスマホを出して、マップアプリで調べた。


 「うわ、両方とも三十五分でピッタリ同じだよ」


 「どっちが安い?」


 「それは両方ともJRなのだから同じに決まってる」


 翔は笑った。


 「そっか」


 陽子も笑っていた。


 「翔さんは?」


 「翔でいいよ」


 「えー、それはちょっと……ん~、翔は?」


 遠慮がちにだけど、結局陽子はそう呼んだ。 


 「俺はバス。さっき信号で大通り渡ったでしょ。あれ、この間バイクで走った本牧通りで、俺んの近くを通っている道。さっきの信号の通路からバスに乗れば、一本で帰れるんだよ」


 「いいなあ。今度は藤沢にも来てね。あるいは江の島でよかったら一緒にSUPでも」


 「やったことないからどうだろう」


 「楽しいから」


 「わかった。考えとく。その前に俺のライブだ」


 「楽しみ」


 陽子は何かを思いだしたように、自分の小さなショルダーバッグを探った。


 「あめ、食べますゥ?」


 陽子が出したのは、短い棒についた小さなあめだ。あめにはホイルがかぶせてありその上をビニールが球状に包んでいた。


 「ありがとう」


 受け取って翔はその白い棒のところを持った。


「じゃあ、また。LINEちょうだい」


 陽子はそう言って駅の方へ歩きだした。そして、そのまま立った状態で後姿を見送っていた翔の方を振り向いて、笑いながら手を振った。

 翔が手を振り返すと、陽子は改札の中へ入った。改札の中で歩きながらもう一度陽子は振り返って手を振った。


 家に帰ってから翔がそのあめの包みを取ってみると、赤いハート型のあめだった。



 その翌日は、桜木町のスタジオでバンドのメンバーがまた集まっていた。

 今日は練習というよりも今度のライブの曲とか演出の打ち合わせだ。そこで翔は新しく書いた詞を三つほど、善幸に渡した。


 「これも曲つけてくれ。できそうか?」


 詞の紙を眺めていた善幸は、うなずいた。


 「やってみよう」


 「できたらライブのセトリに入れたいんだけど」


 ほかのメンバーもその詞を回し見して、賛成してくれた。


 終わってから帰宅するため、翔は駅のターミナルのバス停から、自宅へ帰るバスに乗り込んだ。ここが始発なので、バスはすでに停車していた。

 乗り込んで後ろの方のを見ると、二人掛けのシートの窓際に見慣れた顔があった。

 

  幼馴染の松澤千恵だ。赤っぽいブラウスに膝くらいまでのスカートで、今日はちゃんとメイクしている。


 「よう」


 近づいて行って翔は声をかけた。千恵はぱっと微笑んだ。


 「翔!」


 「どこ行ってたんだよ」


 「ひ・み・つ」


 「ま、いいけど、隣いいか?」


 「どうぞどうぞ」


 翔は千恵の隣に座った。


 「そういえば、バイト、どうだったのよ」


 「とっくに終わったよ」


 「何かいいことあった?」


 「彼女ができた」


 「まじ? どんな人?」

 

 驚いた顔で千恵は翔を見た。


 「客で来てた子だよ、大学一年生」


 「あれ? バンドの子は?」


 「ああ、あれは他のメンバーとくっついた」


 「そっか。いずれにしても、せいぜいがんばってちょうだい」


 車内がだいぶ混んできて、席のほとんどが埋まった。


 「おまえも彼氏でもつくれよ」


 「はい、しっかりできました」


 「まじかよ」


 今度は翔が千恵を見る番だ。


 「大学生?」


 「うん」


 千恵は相手の大学名を告げた。前に陽子がサークルで合同練習しているあの大学に匹敵する、私立の名門だ。


 「どこで釣ったんだよ?」


 「やだ、そんな言い方。友達の紹介」


 「もの好きな男だな」


 翔が笑って言った。


 「ひど~い、まじむかつく」


 そう言いながらも、千恵も笑っていた。


 「しかも理工学部よ」


 「ふん、あの大学って、俺が蹴った大学じゃん」


 「嘘つきなさい。蹴っ飛ばされて落とされて、落ち込んでたの誰?」


 「うっせ」


 バスのドアが閉まって発車した。


 「でもなんか俺、不安だよな」


 前の座席の背もたれの裏を見て、急に真顔になって翔は言った。


 「なんだか話がうまくいきすぎる」


 「そんなもんじゃない?」


 「俺、何の努力もしてないし、コクってもいないし、気が付けばあいつが彼女になってた、そんな感じだし」


 「神様からのプレゼント」


 「それな」


 「もう二人の前にレールは敷かれてるんだから、二人でその上を協力して走って行けばいいのよ」


 「うん」


 「ただし、あまり先走らないこと。彼女の気持ちも大切にね」


 「ほらほら、またいつものおまえのお説教が始まった」


 「んん、もう!」


 「あ、それから彼女ができたことは、妹の由佳には言うなよ。あいつうるさいから」


 「はいはい」


 千恵は苦笑した。


 その千恵の姉の亜佑美の結婚式が次の日曜日で、翔一家も教会の挙式から招待された。

 バージンロードを腕組んで歩く新郎と白いドレスの新婦は、まさしくヒーロー&ヒロインだった。

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