17/4「もっと上手く行かない日」
17/4「もっと上手く行かない日」
襲撃者から逃げて建屋の外に出たハヤミとモーリだったがその先の宛てはなかった。
ハヤミからは襲撃者の実態がまるで掴めていない。1人であるはずがない、警備システムを制圧できるほどなのだから特殊部隊的な集団なのだろう。さらに逃げる過程で警備員の誰一人見当たらなかったことも事態の異様さを際立たせていた。ハヤミたちの気づかない間にこの施設は完全に制圧されたと考えられる。となれば、入り口も抑えられていると見るべき。真っ当に出入りできるとは考えない方がいい。
ではどうやって脱出するか。外様職員であるハヤミは施設のことにそこまで詳しくない。この施設は人口大陸の端にあるため出入口も限られている。モーリなら秘密の抜け道やメンテナンス通路くらい知っているかも知れないと思って聞いてみたが答えは「知らない」で役に立たず。
そこで思いついたのは確実だがひどく乱暴な方法だった。間違いなく問題になるだろうが今は緊急時である。その足はハヤミにも馴染みの場所に向いた。
ハヤミに連れられているモーリの方はまるで頭が回っていない状態だった。状況を受け入れようとはするのだがあまりに色々なことが起こり過ぎてどこから思考をスタートさせても必ず意味のない疑問に行き着いてそこでオーバーフローを起こしてしまう。
なんでこんなことに!?
出るはずもない答えを探しているモーリは考えているつもりで実際には完全に思考停止状態だった。なのでハヤミが何処に向かっているのかはその設備のすぐ近くに来るまで気が付かなった。
どでかい施設の外縁をぐるりと回った先、そこには試験用HVのハンガーの入り口があった。そこに普段ハヤミたちが使っている実証試験用のXVF15がある。勝手に動かせば懲罰決定だったがハヤミには知ったことではない。思考停止の状態のモーリでもハヤミのやろうとしていることを察したが止めはしなかった。脳は逃避モードに入っており、それが叶うなら何だってかまわない。すぐにモーリがハンガーの入り口を開けると2人はキャットウォークを駆け上がって機体に飛び込んだ。
「扉はどうするんです?」
機体を立ち上げるハヤミにモーリは益体もないことを聞いた。ハンガーのゲートは閉まったままである。開放するにはハンガーのコントロールルームにまで行く必要があるがそんな悠長なことをしている余裕があるとは思えない。ただこの問題には至極単純な解決策がある。ハヤミは口元を歪めてそれを示唆した。
「始末書じゃすまないだろうな」
ぶち破ればいいだけの話。モーリはくらくらしてきた。しかしこれだけの事態に今さら問題が一つ増えたところで大勢は変わらないか。そんなことより今は一刻でも早く安心のできる環境に逃げてしまいたい。
「やめとくか?」
「もういいからやっちゃってください」
「仰せのままに」
嘯くとハヤミは機体を動かそうとした。しかし機体は動かなかった。モニターが機体を固定するアームがロックされたままであることを表示している。ひどく気まずく、そして絶望的な空気が狭いコクピットに充満した。
「オーバーライドされてやがる」
本来なら機体側で解除できるハンガーアームは動かなくなっていた。アサギリの手によってハンガーのシステムも掌握されていたのである。エリカのIDならこれをさらにオーバーライドできるだろうがそれには一度コクピットから出てハンガーのコントロールルームにいく必要がある。
罠だ。ハンガーに何事もなく入れた時点で疑うべきだったのだ。この一連の行動が貴重な時間を失わせたことはもちろん、2人は高い位置にある墓穴に自分からハマってしまったのである。当然、追跡者は追いついた。
「どこの誰だか知らないが、苦労させてくれたな。そろそろ観念してもらえんかな」
男の声がHVのセンサーによって拾われてコクピットに届いた。ハヤミらを追っていた大男がハヤミらのHVの前に堂々と姿を晒している。その手には銃が握られ交渉役をしている。
進退窮まった。こちらからできることはもうない。大人しく投降するとして、その後はどうなるだろうか?
思考停止状態のモーリを見るとハヤミは却って冷静になった。それを考えるのは後でもいいし、必要なことでもない。まだどこかに選択肢が埋まっているかもしれない。駄目元でもそっちを考える方が建設的だ。
元々夜に人手はない施設だがそれでもこの静けさは異常だった。大声を挙げれば誰か気づくか?危険すぎる。そもそもハヤミたちは無秩序に逃げ回ってきたのである。監視カメラには散々映っているはずだった。にも関わらずこの静けさ。この施設の警備員は既にこの世にはいない可能性もある。
この方向性は駄目そうだ。ハヤミは頭を振った。
では、そもそもこの侵入者たちは何者なのか?真っ当な存在じゃないのは間違いない。その筋のプロだろう。この状況から出し抜くのは無理だろう。
いや、しかし待てよ?
そんな連中がなんでわざわざ自分たちを追ってるんだ?施設を制圧したのであれば自分たちに構っている必要はない。とっとと目的を果たせばいいじゃないか。相手はたまたまじゃなく明確に自分たちを探してきた。こちらが異常に気付く前に。つまり俺たちに何らかの価値がある?
その時ハヤミの目にモーリが後生大事に抱えているメモリユニットが目に入った。スーツケース状のそれはかさばる程ではないがモーリが持っている分には不安しかない。
「そういやさっきから持ってるそれなんだ?」
モーリは一瞬キョトンとしてからその存在に気付いた。パニックになっていて何を持っていたかすら忘れていた。
「あ、あの。ALIOSのメモリユニットです」
なんでそんなもの持ってるんだ。などと聞く必要はない。重要なのはそれが狙うだけの価値がある代物だということだった。
「寄越せ」
は?となっているモーリの意向など無視してユニットを引っ手繰るとハヤミはコックピットから這い出て厚かましくもキャットウォークに堂々と姿を晒した。
仰天したのはモーリもスミスも同じだった。そしてハヤミの次の行動に対するリアクションも2人は一致した。
ハヤミはスミスにユニットをひけらかすとそれをポイと投げ捨てたのである。
「ああ!」
モーリもスミスも声を荒げる。ハヤミの予想通り、スミスの意識は完全にメモリユニットに向いた。
「冗談だろ、おい!」
スミスは肝を潰した。ユニットが落ちるまで2秒程度。全力で走り凡その落下地点に飛び込み何とかユニットをキャッチした。すぐにユニットが無事なことを確認してスミスは溜息をついた。これを回収するために奔走していたのである。いきなりの重大危機を回避してホッとするスミスの心理を責めるのは酷だろう。スミスがその隙に気づいた時、察しの通りハヤミたちは姿を消してハンガーの乱雑な物資の中に身を隠してしまった後だった。
「ちくしょうめ」
スミスは毒づきながら回収したユニットを大事に抱えて状況を整理しなおした。目的のブツは回収したのである。スミスとしてはこれ以上関わらないという選択もなくはなかった。こちらを見られたことは痛手だがそもそもバレるのは時間の問題でしかない。逃げる時間さえあればよいのである。
が、問題は相手の身元だった。スミスから見た時、ハヤミとモーリは自分たちと似たような方法で施設に侵入して機密のユニットを持ち出していた不審者である。身元を確認せずに仕事を終えてもいいものか。私情を挟むなら画竜点睛を欠くという気持ちもある。まだこの仕事を終える判断をするのは早い。しかしスミスに提示されている問題を複雑にしているのは時間だった。スミスらにはタイムリミットがある。警備員たちもいつまでもこちらのコントロール下にいてくれるわけではない。彼らが異変に気付き、それに対処しようとしたとき、荒事は避けられなくなる。そうなっても任務に支障があるわけではないが可能な限り急けねばならない。この「可能な限り」とはスミスの抱えている問題にどこまで影響を及ぼすだろうか?微妙な判断が要求されていた。
一方ハヤミたちも大して状況が好転したわけでもなかった。HVでの脱出という手段が潰れたことでお先は真っ暗である。それどころかこのハンガーから出ることすら難しくなっていた。機材の影から覗くハヤミにはユニットをキャッチした場所からの人影が見えており、つまりスミスがそこから動いていないことだけは解っていた。その点では優位ではある。しかし位置を悟られていないだけで動きようがない状況に変わりはない。モーリがいる以上かけっこで逃げおおせるのは無理がある。ハヤミとしてはお目当てのブツを手に入れたスミスの選択候補に「引き上げる」が入っていてそれが議決されるのを期待したい。もちろん虫のいい考えだったが。
時間にしては30秒程度だろうか。その間にお互いが悪い予感を想像しあったがそれぞれの事情から動かなかった。動くつもりがないのか、動きたいが動けないのか。
先に新たな行動を取ったのはスミスだった。周囲を警戒しながら耳元に手を当て口を動かす。何者かとの交信。仲間との交信であるならば、さらに追っ手が増えるかもしれない。ハヤミは焦ったがその後の展開は奇妙だった。
そもそもその通信はスミスからの自発的なものではなかった。また新たな厄介事か。それとも催促か。切迫した状況で素人に振り回されていることにイラ立っていたスミスは乱暴に通信に応答したが次の瞬間にはしおらしくなった。
「ああ、ボス。ちょっと、厄介なことになりまして」
「話は聞いた。私が処理する。そっちは所定の作業に戻りなさい」
「ボスがですか?」
「そう。私が」
スミスは不思議そうな顔をしたがこれに従い、きた道を引き返した。不意にハンガーは2人だけになった。
これはチャンスだ。チャンス、なのか?
あまりの好機にハヤミはかえって警戒した。そんなわけがない。
静寂がハンガーを包む。2人の息遣いだけが聞こえる状態で数秒が立つ。極限の緊張感の中でモーリは明らかに痺れを切らしつつありハヤミは無理矢理に律する必要があった。
かすかに、遠くから音が聞こえた。サイレン。警備車両が使っているサイレンの音である。それはモーリにとって希望の音だった。
警備が状況に気付いた。そうでなくとも異変に気付いた外部の警察なりが駆け付けたのだ。だから男は去った。モーリの願望と楽観が表情に浮かんでいた。
そうであればどれだけいいか。ハヤミにもその願望に縋りつきたい気持ちはあった。まさにそれこそが相手の狡猾な罠なのだと直感が告げる。一方でそんな続けざまに罠が張れるものか?という願望からの疑問も頭をもたげる。その揺らぎがミスに繋がった。モーリがハヤミを振り切って走り出してしまったのである。頭が動転していて行動が短絡的になっていた。とにかくそのサイレンに辿り着ければゴールだと思い込んでしまっている。ハヤミは慌てて後を追おうとした。
さほど大きくはない破裂音がした。モーリがハンガーから外に飛び出した直後。ハヤミの目の前でモーリは不自然に転倒した。
え、死んだ?ハヤミはフリーズしたが直後にモーリが身体を起こしたので安堵した。が、無事なわけではなかった。モーリの足元には暴徒拘束用のライオットスリングが巻き付いていて歩くどころか立つことすら困難になっていた。何が起こったか解らずもがいているモーリにハヤミは近づけなかった。近づけば自分も同じ目に合うのは間違いない。
そして、どこからか人影が舞い降りてきてモーリのすぐ傍に着地した。身長160㎝前後。年の頃は20代から30代前半くらいか。取り立てて特徴がなく、読み取れる情報が少なすぎた。茶色の髪を二つにわけたどこにでもいそうな女というのがハヤミの所見だった。だからこそ、着込んだ軽装猟兵用のパワードスーツの違和感が際立った。
あいつはヤバい。ハヤミは直感し、反射的に物陰に隠れた。そのハヤミの様子を慮っているのか女は不釣り合いな気さくな口調で語り掛けた。
「はい。追いかけっこはここまで。殺すのは簡単なんだけどクライアントがそれを望まないのよ。いい子にしてればそこまで悪いことにはならない。オーケー?」
「いやぁ!」
パニックなったモーリが叫び声を上げたところで急に音が消えた。遮音層。女の周囲で異なる空気の層が構築された。女は何を思ったか人差し指を口元に持ってくるとハヤミに沈黙を要求した。
万事休すか。ハヤミは観念すると両手を上げて姿を晒した。ここでモーリを置き去りにして逃げるという選択肢を検討すらしないところがハヤミの人間性である。女は満足げに頷くと何やら通信機に向かって報告する。意外な対応にハヤミは拍子抜けした。そういえばクライアントがどうとか言っていたか?
ハヤミはそのまましばらく停止して女がモーリの足に巻き付いたスリングを解いていくのを傍観するしかなかった。モーリが動けるようになると女は恭しくモーリに手を差し出したがパニックの許容量を越えてしまったのか、モーリは状況理解を放棄して放心していた。女は諦めるとハヤミを手招きした。
警戒感丸出しのハヤミが遮音層に踏み込んだ時点で女は煙草を咥えて火をつけていた。
なんだこの状況は?女からはハヤミへの警戒がまるで感じられず、モーリの方に注意を向け続けている。もしかしたら何とかできるんじゃないかという思考がハヤミにもたげるがそれを見透かしたように女は口にする。
「さっきのメモリ投棄はユニークな判断だった。常人ではそこまで辿り着かない」
言葉の意味より語り掛けてきたタイミングにハヤミは戦慄した。警戒していないわけじゃない。それを悟られていないだけだ。ハヤミはこの女相手には何ともできないことを認めた。挫けたハヤミに顔を向けて女は愉快気に呟いた。
「うん。いいセンスしてる。まぁもう少しだけ待ってちょうだい」
何を言っているのかハヤミには理解できなかった。どのみちハヤミは身動きが取れなかったが。
体感では5分ほどの沈黙、実際には2分もたっていなかったが足音が近づいてきた。大急ぎで駆ける音、それに息を切らした呼吸音。誰かが近づいてくる。女は少しも気にしていないのでそれが待っていたものなのだろう。ここまで意外なこと尽くしなので今さらだったが現れたのはもっと意外な人物だった。
「すまないカンナギさん、ほんっとに恩にきる!」
息を切らして走ってきたのは何とエディタ・ジョーダンだった。
「構わない。死人は少ないに越したことはない」
エディタが呼吸を整える間にカンナギと呼ばれた女は煙草を揉み消して懐にしまった。つまりクライアントとはエディタということになるらしい。
これでさすがにハヤミも考えるのが馬鹿馬鹿しくなってしまった。地面にへたり込むとどうにでもなれとばかりにデカいため息をついた。それに気づいたエディタは今度はハヤミに向き直って平身低頭どころか土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。
「ハヤミ!マジですまない」
「一体何がどうなってんすか?」
気まずそうに苦笑いするとエディタは救いを求めるようにカンナギと呼ばれる女を見た。当の本人は肩を竦めるだけでエディタの期待に応えるつもりはないようだった。
「ここの責任者は君」
「そりゃそうなんだけどさぁ」
しばらくするとエディタはハヤミに負けないデカいため息をつくとハヤミに向き直った。その目には覚悟、そしてある種の狂気が見えた。
「ハヤミ、それにモーリ。あたしらは亡命する」
「は?」




