16/5「炎の一週間」
16/5「炎の一週間」
後に旅団及び支隊において炎の一週間と語られる強行軍が始まった。
ボスコフ率いる旅団は支隊の度重なる強襲を捌きながらミンスターへの航路を進み続けた。この強行軍は支隊の行動力により一層の負担を強いる。それでも支隊は度重なる攻撃を仕掛け続けそれは5日目にして18回を数えた。現代戦では考えられない出鱈目な数字である。旅団側もこの驚異的な連戦に付き合わされることになったのだがそれは彼らのプライドをズタズタに引き裂いた。
演習のメインとなるHV部隊の戦いはほぼほぼワンサイドゲームになっていた。最初の1度目の時点で練度の差は如何ともしがたいものがあったがその差は互いが消耗することでより顕著になっていた。ルビエールとアディティによって掌握されている支隊のHV部隊は判断の大部分を2人に依存することができ、自分のことに集中することができる。一方で旅団側の部隊はまとまった一つではない。各隊の連携のために現場での判断がどうしても必要になる。これがリーダー格の負担になるし、失敗した場合は格好の攻めどころとなってしまう。中盤頃になると支隊にこの隙を突かれて旅団は艦隊へのタッチダウン。つまり艦隊への打撃を許してしまう。
旅団側も何の対処もしなかったわけではない。演習が進むにつれてこの差は覆しようがないことを認めた旅団側のHV部隊は付け焼刃の連携を諦めて各個に割り当てを厳守するという居直りとも言える方針に切り替える。これは負け方を顕著にしない程度の効果しかなかったが支隊側に大勝ちさせないことで演習を単調化させ、時間を得るにつれて支隊側の集中力を奪う効果を持った。また単純に数の多い旅団側は休ませる人員を選別する余地がある。この数少ない手札を持ってボスコフは一点突破を企図した。
いかな支隊であっても攻撃の精度を維持し続けることはできない。着実に摩耗していく過程に必ず転機があり、そこに一瞬ではあるが隙はあるはずである。
そしてその転機は6日目にして訪れた。
「オライオン4、ダウン」
不吉な音がコクピットに反響し、続けてアディティの無感情な声が告げる。
今演習における出撃回数19度目にしてのエリックの撃墜判定だった。不注意だったと言えばそれまでだった。
「ご愁傷様」
「RIP」
「ようこそ死人同盟へ」
「ようやくやりやがった。待ってたぜ」
仲間たちが口々に茶化すがエリックの撃墜判定は遅い方でバカにできる者は多くなかった。もっともそれは撃墜された当人には慰めにならない。演習であろうが撃墜は撃墜。エリック・アルマスは死亡したわけである。
「オライオン4は戦闘エリア外縁で待機、撤収に合わせて離脱してください」
同じスティントで既に撃墜判定を喰らっている機体たちが手を振ってエリックの機体を歓迎する。初の撃墜判定で落ち込んでいるエリックに比べると彼らは図太いのか、開き直っているのか。
死人に口なし。それでもエリックは言わずにおれなかった。
「いくら何でも無茶苦茶ですよ」
6日目ともなると全隊員のスコアは惨憺たる有様になっていた。機体も万全とは言い難い状態では戦績が低調になるのも当然。被弾判定、撃墜判定を被る者が後を絶たなかった。最精鋭隊であるオライオン・デルフィナスですら撃墜判定を免れているのはロックウッド、エドガー、マックス、アトキンスの4機だけになっていた。この4人すらスコアは確実に下がっている。演習であるから次の攻撃では復活できるのだが実戦として見るなら支隊は当の昔に全滅しているだろう。
まともな休憩なしの連戦に次ぐ連戦。隊にはコンディションを保つという気がなく、潰すことそれ自体を目的に演習を続けている。その目的は達成されつつあり、特にこの19スティントでついに結実するところだった。
「だが、こういう状況にならないと言い切れるもんじゃないだろう。今のうちに死ねるなら死んでおけばいい」
不貞腐れるエリックの相手を買って出たのはオライオン2のウィルフレッドだった。癖の強い人間だらけのイージス隊パイロットでは数少ない良識人だったがその口から出る当たり障りのない言葉と同様に面白味がない人物とも評されている。
そのウィルフレッドの喧嘩相手であるアドニスはつまらない土木作業から一転しての超過密連戦に辟易している。
「アルマスの言うことはごもっともだぜ。いくら何でも条件付けが無茶苦茶だ。こんな戦闘になって続ける奴がどこにいるよ。そんな奴がいたらとんだ無能指揮官だ。そういう状況に備えるより、そうならないようにするのが有能な指揮官ってもんだぜ」
当然、アドニスの言葉がウィルフレッドは気に入らなかった。いつも通り2人の言い合いが始まる。
「備えることの何が問題か解らないな。先のことなんてどう転ぶか解ったもんじゃないだろう。俺たちもいついかなる状況になっても大丈夫なように備えておくべきなんだ」
「へー。つまりお前さんはうちの司令が味方を磨り潰すような命令を出すと思ってるってことか?」
「なっ、んだと」
先日の意趣返しにウィルフレッドはカッとなったが言葉が出てこず唸った。言い負かしたと判断したアドニスはご満悦になって口を閉じた。
やれやれ。この2人が絡むと話が変な方向に飛ぶ。エリックは「あの二人が喋ってる間は話が進まないから聞き流してればいい」というロックウッドのアドバイスに妥当性があることを認めた。
それにしてもだ。エリックは自分の中につかえを感じていた。演習で撃墜される経験などいくらでもあるのに今回はそれが酷く不甲斐なく、悔しく感じた。まだロックウッドやエドガーらが生き残って戦っているからだろうか?それは違うだろう。あの2人やアトキンス、マックスなどと比べると自分が並べるなど烏滸がましい。
では理不尽な形で負けたことが腹立たしいのか?確かに旅団側の攻撃は理不尽だった。このスティントではエリックたちは旅団側の集中砲火にあっていた。オライオン、デルフィナスを落とすためだけに旅団側は払う必要のない対価を払っている。実戦ではあんな一点突破は実行しようがないはずである。ただ、自分たちでも同じことをしないとは言い切れない。そもそも相手がどのような戦いをしようとそれを非難するような筋合いはエリックにはないはずである。
エリックはしばらくそのつかえのありかを探していたが次に入ってきた撃墜報告でスティントがまだ終わっていないことを思い出して意識を残りの味方の戦いに戻していった。
同じRVF15を駆りながら負けが込んでいる旅団側エースにも意地がある。この19スティントは彼らにとって捲土重来を期した戦いだった。事前の18スティントを回避して休息にあてた彼らはこのスティントに全てを賭け、狙いを一点に絞っていた。支隊のエース部隊であるオライオン及びデルフィナスの2隊である。
疲れ果てていた両隊はこの一点突破に耐え切れず綻びはじめた。オライオン3、エリックの撃墜はまさにその端緒だった。これまでデルフィナス、オライオンにも被撃墜はいくらかあったもののスティント内での被撃墜は1機までに留まっていた。それが今スティントでは既に2機、エリックの被撃墜はスティント内3機目となる。マックスとアトキンスを別行動させている両隊は実質6機編成の一隊として活動していたがこの3機目の損失によって一気に戦力バランスが崩れた。
次に撃墜されたのはトビー・マクナガンのデルフィナス4だった。エドガーをして気の利く男と言わしめるポジショニングの達人である彼はその実、正面切っての戦いに自信がなく、生き残るためにその筋に特化したパイロットだった。味方の影に隠れながら要所を抑える立ち回りはややすれば臆病者の戦術と言われるがエドガーはマクナガンの味方の後隙をカバーする能力を効果的に活用し、信頼することができた。ただ今回の場合はその能力を活かせる場面がなかった。味方機が半減したことで必然マクナガンも矢面に立たざる得なくなったのである。
「デルフィナス4ダウン」
マクナガンには何の感慨も湧かなかった。あまりに当然の結果に悔しいとも思わない。どこにこれだけの敵に囲まれて生き残れる奴がいるのか。6機が5機、5機が4機と減るにつれて相手にしなければならない敵機は増える。2機が撃墜された時点でオライオン、デルフィナスの混成隊は事実上戦闘力を損失したと言える。そうなる前に両隊を下げるべきだった。デルフィナス、オライオンの2隊が損失を被るのは演習と言えど大きな意味を持つ。ましてエドガー、ロックウッドの2機の撃墜となればこのスティントだけに留まらず演習そのものの勝敗にも大きな影響を持つだろう。今さらではあるが前倒しで撤退をすべきだったとマクナガンは考える。
「申し訳ない。自分は死にましたが、そっちも下がった方がよくないですかね」
「死人に口なしだぞ」
「遺言ですよ」
残った2機はマクナガンの遺言を聞かなったことにしてそのまま戦闘を継続した。撤退の指示あるまで戦い続ける。その指示に忠実であるべきと考えているのか。それとも死なないつもりなのか。マクナガンには理解できなかった。
オライオン1、ギリアム・ロックウッドの場合は投げやりだった。別に生き残ってやろうとか、任務に忠実であろうとかは思っておらず、状況に流されているだけなのである。ロックウッドはベテランではあるがエドガーほど飛びぬけたパイロットではない。ここまで生き残ったのもベテランならではのペース配分の妙技で他者に比べて余力を確保できていたことが大きかった。
自分も程なく撃墜されるだろう。マクナガンと同じでロックウッドもそれに対しては何とも思わない。ロックウッドが悔しがるとするならそれは最後まで責務を果たそうとしないことだけだ。
「オライオン1、ダウン」
心なしかアディティの声色が沈んでいるがロックウッドの方は清々とした気分だった。最後まで諦めず、やれるだけのことはやった。その確信があるからこその晴れやかな死だった。
死ぬときはこうでありたいものだ。
こうして残すは1機。支隊の絶対的なエース。エドガー・オーキッドのデルフィナス1のみとなった。初の勝利に向けて旅団側は仕上げに入った。狙いは当然支隊そして旅団の最強の機体でもあるデルフィナス1の撃墜である。
いくらエドガーであってもこれだけの数と流れには逆らえまい。油断していたわけではないが旅団側のパイロットたちの気持ちは浮ついていた。しかしエースはその多少の浮つきすら見逃さない。八方を囲まれた中で2機を撃ち抜いて旅団側のパイロットたちの度肝を抜く。
「マジかよ」
戦闘エリアを離脱しながらロックウッドは乾いた笑いを浮かべる。まだやる気だよアイツ。
「いいぞ、もっとこい」
エドガーはこの状況を明らかに楽しんでいた。自分とほぼ同条件の機体に取り囲まれ孤立無援。こんな演習はあり得ない。しかし、実戦では起こりうる。
さぁ、俺に限界を味わわせてくれ。
この世界に限界を知っている人間は少ない。それを知ること、つまり死であるからだ。あの共同軍のマトリクスとの戦闘でも限界を迎える前にお流れになった。それを知ることができれば、自分以上の自分に近づける気がする。そのためならば負けることなど大した問題ではない。
敗北を望むエドガーの思考は通常の状態ではなかった。普段の彼なら状況不利と見たなら周りを巻き込んででも生還を優先しただろう。エドガーの定義するエースの役割とは敵をどれだけ削って死ぬかではなく、戦い続けることにある。しかし破滅的な演習、限界を試すという特殊環境による摩耗がエドガーの思考を短絡的にしていた。とっとと決着をつけて休んでしまいたいという衝動がなかったとは言えないだろう。
しかしそれでも。デルフィナス1は落ちなかった。負けを望んではいても負けてやる道理はない。八方を囲まれながらも生き残り続け、時には反撃に転じて一人でも多くを道連れにしようとする。
この絶対的エースの姿に畏怖したのは相手だけではない。ロックウッドはその姿に修羅を見た。
「いや、味方でよかったすよ」
アドニスが呑気に言うがロックウッドは全面的には同意できなかった。
味方にしたくない味方、という存在はいる。多くの場合でそれは無能であることに起因する。しかし有能過ぎるがゆえに味方とすることに問題を生じる存在もいる。特に組織力を重視される環境において有能過ぎる存在は依存を呼び、結束に悪影響を与えることがある。また隔絶した超感覚は周囲の人間にとって真っ当な基準を覆い隠す霧となることも。
統合軍の生ける伝説。ルーシア・ハウザーなどはあまりにも人間離れした超技術とそれを土台とした価値観を持つゆえに危険視されていると聞く。ロックウッドの立場から見れば否定できるものではない。あまりにも突出した存在は良くも悪くも周りへの影響を避けられない。
エドガーが支隊に悪影響をもたらすと思っているわけではない。しかしエドガー・オーキッドというエースは間違いなくその片鱗を持っているのだ。この先エドガーがより強く、より突出していけば畏怖と崇敬が逆転する時が来ないとは言い切れない。
できれば人間の範疇にいて欲しいんですがね。エース殿。
不謹慎な願いをもちろん口にはしないロックウッドだったが当のエースには知ったことではない。
デルフィナス1を仕留めきれない旅団側は苛立っていた。ここまでやって仕留めきれないのでは画竜点睛を欠くと考えた彼らはなりふり構わない姿勢を見せる。これまでエドガーを追い回していた機体までも使って囲い込みはじめたのである。これはかえってそこまでやる必要があったという事実を刻むのだが仕留めきれなかったという事実よりは幾分マシだった。
1機の機体を数十機が囲むという異様な状態になった。支隊の他の機体がフォローしようとはするが囲いの外側からの邪魔をするなという圧力も凄まじく近づけない。先ほどまで狙撃によって援護していたマックスもここまでやられると手出しのしようがなかった。下手に手を出すと自分が狙われかねない。支隊の撤収を完遂する上ではマックスとアトキンスの2機だけはどうあっても生き残らねばならない。遺憾ながら支隊はデルフィナス1を見捨てねばならなくなった。
そして旅団の一念は大きな実を結んだ。
「デルフィナス1、ダウン」
今演習におけるただ一度のデルフィナス1の被撃墜。この報告に歓喜した人間は多くない。ほとんどが安堵だった。その中には当の本人も含まれていた。
ついに迎えた限界をエースは噛み締める。最後は指が自分の意思に反逆したのが撃墜の原因だった。そしてそれ以前の兆候として小指が何度も痙攣する感触があった。これは役に立つ情報だ。撃墜された、という事実を早くも置き去りにしてエドガー・オーキッドは次の自分を更新し始める。
今以上の自分へ。次はもっと上手くやれる。その飽くなき向上心は怪物的だった。
撃墜された当のエースは興味を失ってしまったが19スティントはまだ終わっていない。支隊にとってはまさにここからが悪夢となった。デルフィナス、オライオンのリーダーを失うことは支隊のHV部隊全体のリーダーを欠くということでもある。特にロッドウッドがいないことが痛かった。死人に口なし。それまで彼の指示のもとに整然と行われていた撤退にも隙が生じることになる。撤退のタイミングにバラつきが生じ、必然撤退に要する時間も延びる。精彩を欠いた撤退はもともと前のめりだった旅団エース隊の射程に捉えられることになった。
淡々と襲撃を捌いていたアトキンスは周りのガンナーたちが沈黙し、ついには自分が最後の1機になったことを知ると呑気に呟いた。
「これ死ぬわ」
さしものアトキンスも全方位を同格の相手に囲まれては為す術がない。できうる限りの時間稼ぎを試みたもののその甲斐はなく
「オライオン3、ダウン」
ついに撤退の要だったアトキンスが撃墜された。これによってオライオンは全滅。この結果が支隊に与えたダメージは大きい。要を失った支隊は短時間のうちにさらに被害を拡大させることになった。つまるところ支隊は撤退に失敗したのである。参加戦力のほぼ半数が未帰還扱い。実戦に照らし合わせれば戦闘力の全損。まごうことなき旅団側の勝利だった。
周りがついに報いた一矢に沸く中でボスコフは引き攣った笑みでとりあえずの賛辞を贈る。
「よくやった。相手もさすがに疲れてきてる。こっからはこちらのターンだ。全体での負けは覆せんだろうが根競べでは負けんぞ。根性があるのはこっちだと見せつけてやれ。先に音を上げるのは奴らだ」
嘯くボスコフの後ろではベレドセンが天を仰いでいる。確かに、勝った。しかし旅団側の被害も従来以上で戦力的には崩壊状態だった。エドガーの撃墜に労力を使い過ぎたのである。実質的には痛み分け。実戦だったら到底喜べない内容である。
それに疲れ果てているのは旅団の方も同じだった。旅団も短い休憩をしたものを叱咤激励して送り出すことを繰り返しており内情的にはとっくの昔に限界を迎えている。実際には音を上げているのだがボスコフと支隊がそれを無視しているのだ。前線での戦いも当初の勢いはどこへやら。戦っている当人たちは気づいていないだろうがヘロヘロな機動と適当な陣形。無様と云う他ない争いになっていた。
さすがにもうやめた方がいいのでは?終わった後のことを考えてベレドセンは憂鬱になる。
しかし無情にも演習は続く。
壊滅的な負けを経験したことで支隊の動きは変化すると思われた。実際次の動きには間が空いたのだが変化はそれだけだった。支隊は再び仕掛けてきた。うんざりすることに全く同じパターンで。
「徹底しとるな」
ここまでくると呆れより感嘆が先に来る。ボスコフはアディティを悪魔と評したのだがエノーの方がよほどらしい。
この20スティントは19スティントの再現とはいかなかった。そもそも19スティントが乾坤一擲の一度だったのである。何度も再現できるならそこまで負けが込むはずもない。さらに勝っても同じことが続くと言う事実も旅団側の士気に重大な打撃を与えた。簡潔に言うと、やる気が萎えてしまったのである。
19スティントでの勝利から一転、今度は旅団側のボロ負けで20スティントは終わる。ボスコフとベレドセンは同時に天を仰いだ。
「こりゃマズいな」
「マズいですね」
この敗北はダメージが大きい。数ある負けの中の一つでしかないはずだが心の折れる負け方だった。
二人が恐れた通り、戦闘が終わるとそろそろやめにしてはどうか、という意見が上ってきた。事実上の降参である。その意見の出所はやはりHV部隊からだった。
よりにもよってお前らが言うなよ。とボスコフは思ったが口には出さず、ハミルに具申してみると言うに留める。もちろん具申はしなかった。
やめたいのはボスコフも同じである。これは演習だ。やめようと思えばやめられるだろう。しかし実戦はそうはいかない。戦場では降伏すら許されない戦いもある。相手が攻めてくる以上、いかなる場合であっても迎え撃たねばならぬ。自分たちの都合でやめていいわけがない。これだけはボスコフは譲るわけにはいかないのである。
しかしこの演習がこれ以上続くことに何の旨味があるのか?ボスコフ自身も何の答えも持っていなかった。




