16/4「狂走曲」
16/4「狂走曲」
支隊の嫌がらせが急に止んだ。明白な変化にボスコフは嫌な予感に捉われた。
「仕掛けてくるな」
言わずもがなの予測。思った通りのことが起きるわけではないだろう。だが特別なことはできない。警戒を厳に、と当たり前の指示だけをしてボスコフは来るべき支隊の仕掛けを待つしかない。
「ボルトンと同じだな」
自嘲的にボスコフは溢した。ボルトンも支隊の仕掛けを待ち受け、その結果自滅した。オシカの戦いから着想を得たであろう今回の演習でそのことに思いが行くのは当然だった。
「ですが、ボルトンと中佐では目的意識が異なりますよ」
ベレドセンが確言する。ボルトンが負けたのは待ち受けたからではない。待つべきものを見誤ったからだ。ボスコフらは違う。
「そうであってほしいがな。それで?相手は何を持って仕掛けてくると思う」
こちらはあくまで粛々と移動作戦を果たすのみであるが、支隊はこの演習をどう捉えているか。
「最初の作戦が不発だったとするのなら本来その先にあった一手を導くための線路を張りなおしてくるかもしれません。あるいは全く方針を変えてくるかもしれませんね」
「線路の張り直しねぇ」
そんなことをするか?相手によりいっそう警戒される下策だ。ベレドセンの考えを自身の思考回路に走らせるとボスコフは引っ掛かりを感じた。その引っ掛かりを手探るとそれは思った以上に手前に存在していた。
ここまでの支隊の動き、それ自体がらしくないのだ。迂遠に過ぎると言うのか。ここまでの支隊の動きは旅団を誘うような動きだがその誘因要素はボスコフらの事情、心理に頼っている。オシカの戦いのような選択を強制させるようなものはなく、自発的な選択をボスコフらに与えている。要するに詰めが甘いのである。エノーらしくない。そしてこの詰めの甘さが演習の前提そのものに繋がりがあるのではと考えた時、ボスコフは閃いた。
「もしかしてだが。エノーはこの演習に関わってないのかもしれんな」
「なるほど。ありえますね」
目を丸くしてからベレドセンは賛同した。
先の嫌がらせ作戦からしてエノーらしい作戦とは思えない。旅団ではハミルが関わっていないのと同様に支隊ではエノーがこの演習を主導していない可能性はある。だとすればこの作戦は支隊司令代行のジェニングス、もしくは新たな参謀であるウェイバーのものか?
「いや。ソープだな」
ボスコフの推理には根拠はほとんどなかったのだがベレドセンは否定する材料を見つけられなかった。確かにあの男ならボスコフの性質を計算に入れた上で誘いを受けると読むだろう。残念ながらそうはならなかったが。と、なれば方針の転換はソープが諦めたと見れる。次の担当者がソープの方針を継続するとも思えない。
「つまり、次は全くアプローチを変えてくる、と」
「俺の予想が正しければな」
恐らく当たっているだろう。ベレドセンは続ける言葉もなく黙った。どちらにしたところで、こっちにできることは迎え撃つことだけだった。
程なくして相手は姿を現した。
「敵艦隊、確認!」
敵ねぇ。演習なのでそう表現すべきだ。それでも引っかかりを覚えてしまうのはやはりどこかこれが演習であるという前提が自分の中にあるからだろう。先ほどまでのメタ推理も同じだ。支隊もらしくなければ、こちらもらしくはないのだ。この状況でらしさを見せるのはなかなかの難題らしい。
「敵HV部隊展開を確認」
「それだけか?」
ボスコフの確認にオペレーターは困惑しながら頷いた。自分で確認してもそれ以外の情報は見当たらずボスコフは唸った。
支隊のHV部隊は旅団艦隊に向けて真っすぐ前進してくる。それは至極真っ当な戦闘手順。もっと言うなら
「馬鹿正直すぎるだろう」
ただの機動戦闘を仕掛けてくるつもりなのか?とてもそうは思えないが。さて、これを勘繰るのが正しいのかどうか。
「疑ったところで選択肢がこちらにあるわけではないでしょう」
用意してませんし。とベレドセンは付け加える。遺憾ながらその通りだった。ボスコフは至って標準的な対応を指示する。
「迎撃戦闘準備。部隊を展開させろ。あまり艦隊から離れさせるなよ」
結果的にHV部隊の望み通りになったか。釈然としないボスコフだったが何も悪いことではないと自らに言い聞かせた。
「本日のお相手は活きのいい新型機。こちらの優位、足の速さもいつまでも通じるものではありません。はて、捌かれるのはいずれか、学ぶのはどちらか。気にはなるところですが本日のお題はそこにはありません。くれぐれも相手の挑発に乗らないように」
アディティの口上はいつになく挑発的だった。同格の敵機との戦い。シミュレーション上では何度なくやってきたことでも実機、さらには集団戦では勝手が違う。実際、やってみないと解らないことは多い。相手もその答えを知りたくてうずうずしていることだろう。しかし、アディティの言う通りこの演習のお題は別のところにある。
戦闘開始前、ロックウッドは全パイロットに向けてそれを警告した。
「各機指示は聞き忘れるなよ。1に即応、2に即応、以下略。指示に従えなかった奴は何機墜とそうが落第だ。姫様のご機嫌を損ねるな、以上」
姫様という表現がルビエールの機嫌を損ねることは承知しているがこちらの表現の方がウケがいい。
土木作業の鬱憤も相まって大方の士気は上々。ただし、ここから始まるものが地獄であることを察している者の反応は鈍い。ロックウッドが見たところではエドガー、マックス、アトキンスあたりか。この辺は放っておいても役割は果たすのでいいだろう。
この演習においてHV部隊はルビエールよりとある指令、というよりもテーマを与えられている。「指示に従え」というのがその指示であるがこれには言葉通りの意味とは別にもう一つ明示されない意図があるとロックウッドは解釈している。
当たり前だが戦い続け、指示を履行するには生き残る必要がある。とにかく撃墜されずに戦線を維持しろということだ。支隊はその性質から一機辺りの役割の重さが違う。言い換えれば負担が大きい。一機の損失が全体に与える影響も大きく、安易な損失を許容できない。それに支隊の武器は切った張ったに限らない。オシカの戦いがそうであるようにその行動力によって戦場を自在に駆け回り、戦わずして戦況に与えることも特徴の一つである。そのためにはHV部隊にも攻撃力以上に統率力、継戦力が求められる。退けと言われれば退き、退くなと言われれば退かない。死ねと言われれば死に、死ぬなと言われれば死なない。我らが姫閣下の指示に完璧に答えるために、HV部隊には勝手な死は許されないのである。
「各機傾聴」
両陣営の隊形が整い、あとは激突あるのみという段階で珍しい声が通信にのった。我らが姫、ルビエール・エノーである。
「当たり障りのないことを言うつもりはない。今演習は生死に直結するものではないが今の支隊のできうる限界を見るものである。相応の無理難題を押し付けさせてもらう。これについて来れないものはこの先もついて来なくて結構。実際の戦場はそれ以上の無理難題が降りかかると思え。オーダーは一つ」
ルビエールは息をためて次の言葉を強調した。実際のところ、それこそが言いたいことであり、願いだった。
「死に物狂いでついてこい!」
言い切ると同時にルビエールの手が振り下ろされた。即座にアディティが号令を発し、ロックウッドが発破をかける。
「オールユニット。クリアトゥエンゲージ!」
「行くぞお嬢ちゃんども!」
旅団HV部隊と支隊HV部隊がついに激突する。最初の戦闘における陣容は両部隊の意識の差が出た。支隊のHV部隊は演習全体を意識させられているのに対して旅団側のパイロットたちは一つ一つの戦闘にしか意識が向いていない上にその意識にも差があった。その結果旺盛な意欲を持ったものが前に、そうでないものは控え目に展開する形となる。必然的に旅団側の前衛はRVF15を新たに受領した隊を中心とした構成となり、新鋭機同士の集団戦がその戦闘の中心となった。
「こりゃ無理でしょ」
旅団では残り少なくなっているVFH11を駆るマティアス・ヘルブルン軍曹は手出しする気が起きなかった。前線では気の逸るRVF15を駆る隊が早掛けして入り混じっているがその早さに彼を含めた多くの人間は尻込みしている。
「バカ野郎、味方を孤立させる気か」
孤立したのは向こうでしょーよ。叱咤するリーダー機も思っていることは同じだった。だから次に出てきた言葉は酷く投げやりだった。
「どーせ演習だ。死にやしねー、いくぞー!」
リーダー機が加速していく。残された面子もやれやれと動き始める。いくら演習であっても性能の違い過ぎる相手とやり合って負けるのを経験と言えるのか。
まぁ、相手の練習にはなるか。疑問を抱えながらも追随し始めるヘルブルンの目の前でリーダー機が急に動きを止めた。ぶつかりそうになってヘルブルンは慌てて機体に制動をかける。危ないだろうと抗議しようとする前に通信。
「メイジ1、ダウン」
「は?」
オペレーターの通達にヘルブルンは耳を疑った。メイジとは自分のいるチームであり、そして1とは目の前にいるリーダーなのである。その意味を呑み込んだ瞬間、ヘルブルンは禁足事項を犯していることを察して青ざめた。ヘルブルン機は間抜けにも敵の射程内で止まってしまったのである。
次の瞬間、ヘルメットHUDにどデカく赤い表示が出てヘルブルンは度肝を抜かれた。と同時にあまりにも当然の末路に自分を罵った。
「メイジ3、ダウン」
オペレーターのため息交じりの報告がマティアス・ヘルブルンの死亡を通告する。
「いい経験になったな」
同じく死人になったリーダーが語り掛けてくる。彼は自分だけが撃墜されるという最悪の事態を回避できたのでヘルブルンに本気で感謝していた。
「これからもっとする羽目になりますよ」
「だなぁ」
ヘルブルンの予言にリーダーは項垂れた。今演習における最初の被撃墜という不名誉極まる称号を得た二人は自艦に帰艦すると散々に煽られる羽目になる。
「デルフィナス3、シャットダウンバンディット。お見事です」
ヘルブルンらと逆。今演習における最初の栄誉を得たのは支隊のスナイパー。マックス・ホーエンザルツのデルフィナス3だった。
「どーもどーも」
それほど難しい狙撃ではなかった。撃たれると思っていない相手は体のいいムービングターゲットでしかない。シミュレーション上の射撃であればなおのことである。しかし本来なら開戦直後に狙撃手の存在を知らしめるようなやり口は邪道にあたる。狙撃手がいることが解れば守り手はそれに応じた態勢を取り、それは却って攻め手の手札を少なくする。本気で攻めるつもりであるなら狙撃手は決め手となる場面に用いるべきであることはルビエールも理解している。しかし今回ルビエールは本気で攻める気が毛頭なく、できる限り長く戦闘をする気でいる。なので敢えてマックスに単独行動を取らせて初撃を与える指示を出していた。
今回の場合は狙撃手がいるぞ、と知らしめることで前衛と後衛に溝を作ったのである。この使い方にマックスは概ね満足すると同時に僅かながら驚きもしていた。従来、支隊では狙撃手が有効活用されたことがない。ルビエールは狙撃手の活用に関しては無頓着であるか、さもなくば存在そのものを意識していないとマックスは思っていたのである。
それが演習とはいえこの出番である。ちょっと都合が好すぎやしませんかねぇ。マックスは苦笑する。マックスのポジションは今演習を遂行する上ではもっとも重要なポジションであり、欠くべからざる存在となる。いきなり背負わされるには荷が重い。しかしそこで気負うことがないメンタルが孤高のスナイパー最大の武器だった。
「デルフィナス3は隠蔽を維持しつつ敵部隊の牽制を。ターゲットの判断はお任せします」
「了解。適当にやりますよ」
この演習は体力勝負になる。マックスはそう判断して程々に仕事をすることにした。過ぎたるは及ばざるが如し。何事も適当に。必要のない攻撃は避けて自身の役割を果たし続けること。彼のこの判断は支隊の前線を支え続けることと、支隊唯一の被撃墜0の栄誉を呼び込むことになる。
勝てはしなくてもいいところまではいけるだろう。RVF15を使用する旅団の中ではエース格のパイロットたちは演習前にそう期待をしていた。しかしその期待は願望であったという無慈悲な現実を突きつけられることになった。
最初のエンゲージでは支隊のエース部隊であるデルフィナス、オライオンを含めた隊と旅団側の大多数のRVF15隊がほぼ互角の機数で激突した。機体性能の上では互角であるはず。しかし戦いはほぼほぼ一方的なものとなって旅団側を愕然とさせた。
差はいくつもあった。エドガーのような絶対的なエースの存在。マックス、アトキンスのようなスペシャリストの運用。そしてALIOSの特性からくる熟練の差。
しかしもっとも目立つところでは支隊側の戦術レベルであろう。旅団側の隊は各チーム単位での連携が中心である一方で支隊側は全体で連携が取れていた。特にスナイパー、ガンナーの配置がチームの垣根を越えた形で行われておりこれが旅団側の前線を苦しめた。この戦術レベルの高さはルビエールとアディティのコンビ、そして大きすぎず、されど小さすぎない支隊の戦力規模のバランスが生み出したものだった。ルビエールとアディティは支隊を完全に掌握していた。
最初の戦いは旅団側の頬を強かに叩いたがもっとも大きな衝撃を与える展開はその次に起こった。
「時間です」
アディティが告げる。これにHV隊をまとめるロックウッドが即応した。
「撤収!出番だアトキンス!」
「あいよぉ」
それまで重装ゆえに後方でけん制に徹していたアトキンスのオライオン3がその代名詞たる重機銃を展開した。機動戦、とくに攻勢作戦には不向きなその装備を敢えて装備してきたのはこの演習が「撤収」ありきであるからだった。
アトキンス機を含めたガンナー機も次々に機銃を展開する。
「よっしゃ撃ち方はじめぇ」
アトキンスの号令一過、重機銃が火を噴く。あくまで演習なので実際には空砲なのであるが各員のHUDには派手な火線として表示される。これに加えてマックスら狙撃手の存在もあって旅団側の動きは抑制された。
これを合図に支隊は撤収を始めた。散々の念押しの結果、その手際はよかった。
もっとも難しいとされる撤退を目の前で完璧にこなされたことに旅団の者達は自分たちと支隊の差が単に機材の差ではないことを思い知らされることになった。この衝撃は前線だけでなく、ボスコフら司令部も揺るがせる。しかしボスコフらが考えるべきはそれだけではなかった。
鍔迫り合いが本格的な乱戦になるその手前で支隊は撤収を始めたその意味。本来なら追撃を行うべきところだがボスコフはそれを厳に戒める。搦手への警戒はもちろん、撤収の手際からほとんど成果が期待できないという判断もあった。これに疑いを挟む必要はない。しかしボスコフの顔は腑に落ちていない。
「いい撤収だ。が、引き際がよすぎるのが逆に気になるな」
支隊の撤収は追撃を誘発させて逆襲するようなケレンが全くない。決められた時間を戦闘して撤収したような印象だった。ベレドセンも同調しつつ私見を述べた。
「付け入る隙の無い攻撃と撤収でしたね。こちらとしては助かりますがそこが不穏です。むしろそれが狙いなのかも」
「どういった狙いだ?」
ベレドセンは肩を竦めて手元が空であることを示し、ボスコフは唸った。
まさかまともに演習をやる気になったわけではあるまい。自分ならともかくエノーとあの支隊がそんな殊勝な立場を選択するとは思えない。支隊は傲慢という意味ではなく、自分たちの立場をちゃんと解っているということだ。ボスコフとしても支隊の役回りを旅団の稽古相手とすることが適切とは思えないのだからエノーの側はもっとそう考えているはずだった。
「ともかく、これで終わりでないことは確かだ。警戒厳に。出撃した者は休息して次に備えろ。そう先のことじゃないぞ」
恐らく、短期間のうちに仕掛けてくる。ボスコフはそう考えた。
まさにその次はすぐに訪れた。わずか4時間後である。前の強襲とほぼ同じパターンで支隊は旅団に襲いかかってきた。次が来るにしてもここまで早いと思っていなかった旅団だったがさすがの対応力を見せる。前回とほとんど同じ展開。支隊の攻撃を旅団が何とか防ぐ形となってやはり今度も戦闘が本格化する前に支隊は撤収して過ぎ去っていった。
この2回目の強襲でボスコフらも支隊の意図を察した。
「そうきたか」
支隊は自分たちの限界を試そうとしているのだ。それこそが今演習で支隊が示そうとしているものだろう。勝とうが負けようがどうでもよい、いけるとこまでいく。支隊はボスコフと全く逆の選択をとったのである。ボスコフは支隊がそんな選択をできることに悔しさを覚えた。
「これはたまったものではありませんな」
ベレドセンは嘆き節である。支隊は限界まで仕掛け続けるつもりだ。つまり支隊の強襲はこれで終わりでなく、音を上げるまで続くのだ。まさしく付き合わされる方はたまったものではない。旅団の方が数は多いのでシフトによって迎え撃つこと自体はできる。しかし迎撃戦力の調整を誤ると突破されかねない。難儀な仕事である。
一方でボスコフは平然としていた。
「なに。これでこっちのやることも完全に決まったわけだ。余計なことを考えずに済んでホッとするな」
ものは考えようだ。ベレドセンはボスコフの性質に呆れると同時にそこにらしさを見出した。
「とにかく隙を見て休めるように手配しましょう」
「だな。事故られても困る。予備待機の連中も休ませてローテーションで対応させよう」
それでは支隊の強襲に対応しきれなかったときに突破される。ベレドセンの懸念をボスコフは諦観の面持ちで語る。
「選択の差が出たな。癪だが今回は好きなだけ躍らせてやればいい」
気の毒に。誠実であろうとしたボスコフだっただが結局のところは支隊の動きに付き合うことを選ぶことにしたのだ。ただし、ボスコフもただで好き勝手させる気はなかった。
「ゲームがお望みならそうしてやる。だが、ただではやらせん。こっちもルールを追加させてもらう」
そういうとボスコフは旅団の日程を大幅に弄った。日程の短縮。つまり艦隊の航行速度を大幅に引き上げたのである。当然、それは旅団を追跡する支隊の負担を大幅に増すことになる。その狙いに気付いたベレドセンはそれが及ぼす支隊への影響よりも自分たちへの負担の方に頭がいった。この演習はどちらが先に音を上げるかのチキンレースになるわけだ。
「突き進もう。目的地まで可能な限り早くだ」
目をギラつかせてボスコフは戦術画面上の支隊を睨みつけた。
「死ぬまで躍らせてやる」
やることの決まったボスコフは強い。ベレドセンはこの演習における自分の役割が事後処理だけになったことを察した。




