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16/3「プレイザゲーム」

16/3「プレイザゲーム」

 第11旅団はミンスターへの道中をゆっくり進んでいた。完全な連合領域での進行は本来なら標準的か、さもなくば最低限の警戒レベルで充分となる。しかし旅団は最高レベルの警戒態勢を強制させられていた。

 ハミルに代わって旅団の指揮を全面的に取ることになったボスコフは当初は標準的な警戒態勢であるべきと特別な対応は取らずに行程を進めていた。ボスコフに任せるのも支隊をアグレッサーとするのもイレギュラーな状況を作り出して旅団が潜在的に抱えるかもしれない問題を洗い出すことにあるだろう。演習があると解っていてそれに警戒していては本末転倒だとボスコフは考えていた。

 もちろん、事が起これば話は別である。その事はボスコフが思っているよりも早く、そして予想外の形で始まっていた。

「またか」

「またです」

 ボスコフは管制官が報告する前に内容が解るようになってしまっていた。

 ボスコフらを悩ませているのはアディティの悪辣極まる嫌がらせだった。アディティは戦術管制に過大な負担をかける手段を熟知していた。ようは自分たちオペレーターが嫌がることを徹底的にやってきたのである。もっとも代表的な手段は昼夜問わず支隊が仕掛けてくるような兆候を見せ続けてきたことだった。

 大量の暗礁を送り込んでみたりプローブを流してみたり、あらゆる通信帯域で無駄な音を流したり、多種多様な手段で意味不明な兆候を見せる。ほとんど嫌がらせ、挑発行為だった。演習の性格上、ボスコフらはこれらに都度対応せねばならなかった。これらの兆候に紛れて本当に何か仕掛けてくることも充分にあり得るのである。それを解った上でアディティは仕掛け続ける。

「悪魔かあいつ」

 ボスコフは呆れるだけで済むが旅団の管制要員にはノイローゼが出始めており、本気で支隊を恨み始めている。やっている方にも相当な負担がかかっているはずである。あの手この手と手段を変えているのは担当する人員を分散させているのだろうが嫌がらせと解った上で駆り出されている連中も付き合ってられないのではないか。

「誘っているんでしょう」

 参謀たちの予測は驚くほどのものではない。そんなことは全員が解っている。見え見えの嫌がらせは旅団側から支隊に仕掛けさせる為のものだ。通常ならこんな見え見えの罠にかかる奴はいない。通常なら。

 やがて焦れた旅団からこちらから仕掛けるべきだという主張が出始めた。支隊が仕掛けて、それを旅団が迎え撃つという設定に捉われる必要はない。こちらが支隊を見つけ出して襲えばいいのである。この主張はここまで出番のないHV部隊から特に熱心に説かれた。彼らは新型機を受領してその経験を欲している。その相手として支隊は格好の相手だった。現時点では個々の戦闘力では相手が上手だろうが、だからこそ都合がよかった。勝とうが負けようが構わない、とにかく歯ごたえのある相手と戦いたいのである。

 この主張には益がある。とボスコフは思う。支隊の誘いもこれを当てにしているのだ。しかし全く乗り気にならなかった。ボスコフにはどうしても腑に落ちない点がある。

「しかし勝とうが負けようがというのは、有り様としてどうなんだ?」

 演習だから、という状況に甘えた考え方ではないか。ハッとしてHV隊長は黙り込んだ。支隊との戦いというゲームになって実戦が命のやり取りを前提としていることを見失っていたのである。

 では、どうするか。このまま嫌がらせに耐え続けるのか?旅団には今後の展開に対する疑問符がついた。

 言われるまでもなくボスコフは自問自答していた。この演習には目的も勝敗も設定されていない。ミンスターへの道中指定された区間を旅団が移動する。そこに支隊が攻撃を仕掛ける。という最低限の設定しかない。これはこれで呆れる内容なのだが、これはつまり目的をボスコフらで自由に設定してもいいということだろう。では、何を目的とするか。言い換えるなら、勝ちとするのか。遺憾ながらボスコフのもっとも苦手な分野だった。

 仕掛けてくるのは支隊であるのだからその仕掛けを跳ね返すことがもっとも解りやすい形ではある。ただしそれはかなりの難題である。主導権は支隊にあって連中はそれを活かす術を十分に持っている。こちらが勝っているのは数だけ。そしてその数を活かす手立ては限られている。基本的に今回の条件ではボスコフらに勝ちの目は薄いだろう。ただし、これは「戦って勝つ」場合の話である。

 いっそのこと徹底的に無視して戦わないのもありなのでは?旅団は移動の最中であり、戦いなくそれを終えることができれば実質的には支隊の仕掛けを無効にしたのと同じことになる。やり過ごすこと。これもまた勝利と解釈できなくはないか。

 しかしそれはそれで実益がなさすぎるか。それどころか鬱憤をため込むだけになってしまって支隊との関係性も悪くなりかねない。

 ではやはり動くべきなのか?ボスコフは唸る。そもそも大佐はこの演習に何を望んでいるのか、それがボスコフには必要だった。ボスコフの本来の役割はハミルが示す方針、方向性を踏襲することにあるのである。それを得ないボスコフは揺らいでいた。

「そういうところじゃないですかね」

 ボスコフと付き合いの長い初老の参謀ベレドセンは落ち着いた調子でボスコフに説いた。温厚で終始落ち着いているベレドセンは知略を思いついたり、ソープのような権謀術数に長けた人間ではない。彼はどちらかというと敵よりも味方の状態を見て取るのに優れた洞察力とそれをケアする気配りを持ち味としており、従ってくせ者揃いの旅団の中では珍しい人徳者である。

 痛いところを突かれたボスコフは頭を掻いた。ボスコフはハミルに依存している。自分でも薄々感づいていたことだったが認めたくはない指摘である。これがソープの言うことなら明確に反感を持つところだった。

「つまり今回の演習は明確な目的のない状況下での思考テストと言ったところか」

 ベレドセンは頷く。

「私が思うに、大佐は前回のボルトン兵団の敗北を他人事だと思わなかったのではないでしょうか」

 なるほど。ボスコフはベレドセンの洞察に感嘆した。

 オシカの戦いにおけるボルトン兵団の敗因。明確な目的を欠き、余計な思惑を持ち込んだ挙句の迷走、思考硬直。旅団には今後も臨機応変の立ち回りが求められるだろう。それはつまり旅団もいつボルトン兵団と同じ立場になるか解らないということ。ハミルはそう捉えているのだ。実にらしい慎重さだった。

 と、なれば。今回の演習で旅団が示すべきは勝ち負けなどではなく「らしさ」ということになるか。ボスコフは腹を括った。

「我慢比べだ」

 旅団はあくまでハミルの部隊である。勝手な行動をするのもあくまでハミルの意向に沿ってこそ。それがないうちは自嘲すべきであろう。

 ボスコフもこれがベストだと確信を持っているわけではない。何の遠慮もなく支隊と旅団、エノーと自分との腕比べ知恵比べをしてみたいという感情もある。そのチャンスがその手にあって見ないことにするにはそれなりの苦労が必要だった。

「何、思うままにやれとのお達しです。後で問題視されるならそれもそれ。演習は成功と言うことですよ」

「モノは言い様だな」

 とはいえ、ベレドセンが言うなら間違いない。ボスコフはそう自分を納得させた。



「なんか効果なくないっすか?」

 デルフィナス2のアドニスはウンザリしていた。エノー支隊のHV部隊は戦いもせずに宙域のデブリを回収しては旅団に向けて放つという土木作業に駆り出されていた。それで目論見通り旅団が焦れてくれればいいのだが一向に旅団は動かなかった。

「文句言わずに動けアドニス」

 オライオン2でありアドニスの悪友であるウィルフレッドが隊またぎで喝を入れる。本来アドニスを諫めるべきエドガーはロボットと化しており無言で作業を続けている。

「デルフィナス2よりオライオンリーダー」

「なんだ?」

 ロックウッドの返事もイラついているがその原因がアドニスにあるのか、作業にあるのか。アドニスは後者と踏んでいる。

「もう効果ないからやめましょうよ」

 アドニスの読み通りだったようでロックウッドは邪険にせずに付き合った。

 旅団ではハミルが演習に関わっていないのと同様に支隊ではルビエールもこの演習にほとんど関わっていなかった。この嫌がらせ作戦はソープの分析とアディティの立案によって始まっている。それ以外の面子はお手並み拝見と言った状態。つまりソープとアディティどちらかが満足するか折れない限り方針は変わらないのである。成果が出ることはなさそうなので折れることを願うしかない。もちろん現場の人間であるロックウッドたちは事情に関わらず黙々と従っていればいいのである。が、

「ソープが折れなきゃ無理だ」

「マジっすか」

「マジだ」

 ロックウッドは躊躇うことなくソープをスケープゴートにした。この嫌がらせ作戦を主導したのはソープなのでその筋合いもある。アディティもこの作戦には関わっているのだがロックウッドは個人的な事情で省いた。ソープの評判がどれだけ墜ちようが知ったことではないがアディティにはルビエールの指示を完璧に伝えるオペレーターであって貰わねばならず信頼の揺らぐような情報は不利益になるのである。

「しかしですね隊長」

 いつものように食い下がるアドニスをいつものように窘めるのはウィルフレッドだった。

「俺たちは試されてるんだアドニス」

 これもいつものことだったがウィルフレッドの窘めはアドニスにはまるで見当違いだった。理屈は解る。解っている。だがこっちはそんな言葉を望んでいるわけじゃないんだバカ野郎。それにルビエールの言葉を引用する小賢しさと創意のなさもアドニスには気に入らない。

「黙れよウィルフレッド。お前みたいな勤勉なクソ野郎は何の疑問も持たずにクソな命令に従っておっ死ぬんだろうが、俺は違うんだ」

 この言い草にはウィルフレッドもカチンときた。返す言葉はアドニスの予想を覆す斜め方向だった。

「なんだおまえ、司令を信用できないとでも言うのか」

「そ、そんなこと言ってねーだろ」

 やれやれ。変な方に話が飛んだな。ロックウッドはウンザリ顔でこの話を収拾させる方法を模索していた。

「中尉。折角ですから俺からも言いたいことがあります」

 唐突にデルフィナス3のマックスが割り込んできた。アドニスとのやり取りにイライラしていたロックウッドはとりあえずこれに飛びついた。

「言ってみろ」

「あのですね。この任務は軍における各種資源割り当ての悪い例だと思うんですよ」

「続けろ」

「俺は軍に入って才能があってスナイパーライフルを撃つことにかけてはなかなか並ぶ奴がいないくらいですよ。そいつが俺の武器であり、価値なわけです」

 その通りだ。ロックウッドもその点に異論はない。なので続く言葉は大体予想できた。これも結局のところただの愚痴だ。ただしアドニスよりははるかにのど越しがよい。

「つまりこういうことですよ。俺は特級狙撃手当を貰ってはいますけど。特級土木手当なんざ貰ってる覚えはないってことです。こいつは俺の価値ある仕事じゃない!」

 ロックウッドはマックスの意見それには何も言わずアドニスに向けて言った。

「聞いたかアドニス。クソをひり出すならこれくらい上品じゃなきゃいかん」

 クソに上品もくそもないだろう。確かにマックスのクソは傾聴に値するクソだったのかもしれないが、クソの価値に上下はない。クソはどこまで言ってもクソだ。つまり、俺たちはクソにまみれて仕事をしているのだ。

 アドニスは自分の考えに論理性がないことを自覚しているのだがクソとはそういうものだと開き直っていた。まぁつまり今はイライラが全てに勝っているのである。

「隊長はこのクソな仕事をどう思ってるんですか」

「お前俺のいる隊にいて俺が文句を言っているのを聞いたことがあるか?」

 ロックウッドはウンザリしながらアドニスの質問を切り捨てたがその手は止まっていた。アドニスの方は思い起こした。なかった。しかしそんなことは関係なかった。

「なるほど。でもそれはそれとして聞いていいですか」

 ロックウッドはさらにウンザリした。彼もツマらない作業で苛立っていたこともあってついに声を荒げるところだった。しかし、その前に別の言葉が割って入った。

「彼らはわけを問う者にあらず」

 それまでロボットと化して作業を続けていたエドガーがポツリと呟いた。本当にそれだけ呟いてまた黙ったので幻聴かと思うほどだった。しばらくしてアドニスが困惑しながら聞き返した。

「どういう意味です?」

 返事はなかった。

 ロックウッドはその言葉の続きを知っていた。結果としてエドガーの呟きは場を白けさせて話を有耶無耶にする効果を持った。なのでロックウッドがそれを教える必要はなかった。

 彼らはわけを問う者にあらず

 行いて死ぬ者なり


 当然ながらHV隊のやり取りはアディティにモニターされている。さすがにアディティもバツの悪さを感じるしかなかった。

 この作戦がほぼ失敗していることはアディティもソープも理解している。旅団がやる気ならもうとっくにそうしているだろう。この作業は無意味だ。ただ方針を変えるにしてもそれを主導するルビエールが我関せずであるために切っ掛けがない状態だった。針の筵なアディティは改めて支隊がルビエールありきであることを思い知る。

 もう一人の当事者であるソープの意識は別方向を向いていた。ソープはボスコフが戦闘を欲しているHV部隊のために仕掛けてくると踏んでいたのだがボスコフは全く動く気配を見せない。むしろ動かないことを強く主張し始めるに至っては軽く狼狽するほどだった。

 この動きはソープの見込みから完全に外れた動きだった。ボスコフは今回の演習の性質を理解しているはずでそれを承知した上で旅団全体の利益になるよう動く、つまり勝ち負けにこだわらずに経験を積ませる選択をするとソープは思っていたのである。

「いや、正直意外ですね。あの人は自分の考えを指揮に反映させる人ではないと思っていましたが」

 いや、これが本来のボスコフなのか。ソープは考えを改めた。ハミルの麾下においてはハミルの意思を完全に履行しているがハミルが演習から外れたことでボスコフは自分で判断する必要ができた。その結果、本来の姿が現れたのだ。

 全く、内から見るのと外から見るのでは大違いだな。ソープは負けを認めてルビエールに降参を示した。

 傍観に徹していたルビエールは表情を変えず、バトンを義務的に預かった。

「さて、方針を見直す必要がありそうね」

 このまま嫌がらせを続けてもこっちが恨まれるだけで益はなさそうである。もともと乗り気でないこともあってルビエールとしてもアディティ、ソープ主導のこの作戦は切り上げたいところだった。

 主だった要員を集めるとルビエールはここまでの状況を整理したが自身の考えは一切述べずに新たな参謀に水を向けた。

「ウェイバー、どう見る?」

 話を振られてウェイバーは渋い顔をした。御膳立てをされた。今回の演習でルビエールは先導することを露骨に避けている。自分以外の人間で支隊を回すこと。それがこの演習におけるルビエールの主題なのか。だとするなら多少的外れな内容でも受け入れるつもりなのだろう。そうであるなら、新参者ウェイバーに手抜きは許されない。

 旅団ではベレドセンがそうであったように、支隊ではウェイバーが今回の演習においてオシカの戦いを想起していた。今回の演習には目的がない。ハミルとルビエールにはあるだろうがそれは明示される性質のものではないのだろう。そこにどんな目的があるのかをウェイバーは逆算した。

 最初に導き出された推測はストレステストだった。予測される支隊の問題点に負荷をかけて実際にどんな動きをするか試しているのではないか。

 支隊、そして旅団の抱える問題点。それは良くも悪くもハミルとルビエールに依存している点だろう。この問題点は支隊と旅団の性質上、変えようと思っても変えられるものではない。何より他の部隊にはない利点でもある。ルビエールのスタンスから言っても今さら支隊の依存度を改める気はないはずである。となればその目的は問題点の洗い出しとそれが顕在化した場合の対処にあると考えられる。

 もちろん純粋に支隊と旅団の力量、及び思考傾向の確認もあるだろうか。旅団も支隊もまだまだ経験の少ない部隊である。特に支隊の場合はジェニングスとウェイバーというコアメンバーの追加がある。この力量を試す、と同時に周知するという目的もあるだろう。

 目的はそんなところか。次は目的から導き出された手段、それに対してこちらはどう答えるべきか。

 周囲の注目を無視してウェイバーは思考に没頭する。リーゼが訝しんで口を挟もうとするのをジェニングスが制している。

 目的のない演習を課題として提供する。これを単に演習として処理することは簡単だろう。それも一つの手だ。ソープとネールは基本的にこのスタンスだった。これは別に間違ったものではないとウェイバーは考える。ゲームはゲームなりに役に立つ。しかし、ボスコフはそうしなかった。ここだ、ここにポイントがある。

 この演習において支隊と旅団はそれぞれ互いに目的を模索し、設定する場に置かれている。その結果、互いの立場と考え方の差による齟齬が発生した。噛み合っていないのだ。これと似たような状況をウェイバーは直近で経験している。

 オシカの戦いである。あの戦いでは旅団と兵団で目的に大きな齟齬があり、そのかみ合わせを旅団は利用して勝利した。

 この演習は目的をあやふやにすることでオシカの戦いにおけるボルトン兵団の状態を疑似的に作り出すことを意図しているのではないか。ウェイバーはそう洞察した

 そう見た時、ボスコフの動きは演習の意図に叶うものだろう。ボスコフは目的を設定し、本来なら戦場に持ち出されるべきではない理屈を排除して事に当たっている。一貫性のなかったボルトンとは全くの逆を演じようとしているわけだ。

 では、それに対して支隊はどう行動すべきか。遺憾ながらその答えはすぐに導き出された。逆もまた真なり。ウェイバーは結論を出したがその口は重かった。

「狙いは悪くなかったはずです。相手が動かないのはこの演習を演習と考えていないからです。ボスコフ中佐はこの演習に誠実だと言うことでしょう」

 この有り様をウェイバーは尊敬し、尊重したかった。しかし同類としてその隙を理解してもいる。

 物事への向き合い方が誠実であるものとそうでない者が対決する場合、そこには不平等な差が生じる。大抵の場合において誠実な者は不誠実な者のやることに振り回されることになる。この手の事例をウェイバーは熟知していた。ゆえにその手法はすぐに思いついた。思いついてしまった自分に嫌悪感を抱きながらウェイバーは口にした。

「気にせず仕掛けましょう。向こうが実戦を戦うならこっちはゲームをやればいいんです。対策シフトがないのも好都合。それをそのままつけばいい。どのみち、相手は付き合うしかありません」

 そもそも相手の意向など当てにする必要はない。向こうが演習の前提に拘るのであればそれを逆用すればいいだけの話。一般に卑怯・姑息な手法だと言える。ウェイバーからそんな意見が出たことにジェニングスは驚く。これまでの彼なら例え思いついても絶対にしない提案だった。

 経験者は語る、だねぇ。ソープは口にせずニヤニヤするだけに留めたがウェイバーはすぐに気づいて睨みつけた。

 ゲームをやればいい。この意見に興味を示したのはロックウッドだった。もちろん意味のない土木作業に嫌気がさしていたのもあるだろう。

「策を弄さず、純粋な力比べってわけだ。ま、こっちは望むところだが?」

「馬鹿正直に突っ込むという話じゃありませんよ」

 ウェイバーが釘を刺すがロックウッドはそれを考えるのは自分たちでないことを承知しているのであまり意味はなかった。

「で、具体的には?」

 お手並み拝見といった様子のソープの言葉にウェイバーは付き合わなかった。戦術を提唱してそれを実行することに意味はないとウェイバーは考えていた。この演習における主題は支隊として何を示すかだ。それが何であれ、ソープやウェイバーが主役でないことだけは確言できる。ウェイバーがすべきことはつまり、示すべきものが何であるかを提唱することだ。

「戦術的な判断は司令がやるべきかと思います。というよりも、他にできる人間がいないでしょう」

 逃げたか。ソープを始め何人かがそう思った。しかし当のルビエールは違った。

「いいわよ。で、オーダーは?」

 上官に認められてこなかったウェイバーにとってルビエールの反応はこそばゆいものだったが一方で癪にも感じた。年下の司令官に度量を示されることが気に入らなかったのである。だが、一度決めたことである。ウェイバーは腹を括った。

「前回のオシカの戦いで見せたこちらの動き。あれをもう一度。いや、さらに昇華させましょう。つまり」

 ウェイバーは周りの人間を一瞥してから自らの答えを提示した。

「支隊が司令の指揮の下にどれだけ舞えるかを試すんです。勝つか負けるか、結果はどうでもいい。とにかく限界まで行動し続けて、相手を振り回しましょう」

 支隊最大の武器。意思統一された行動力。その限界を試す。相手のことを考えない自己中心的な演習だったがこのようなケースでもなければまずできない演習でもある。

 ウェイバーの言葉の意味、その思惑を呑み込んで各員は沈黙した。ソープに至っては敗北感を覚えた。ウェイバーの出した答えは支隊のコアメンバーとして、またクイーンのナイトとしてほぼ完ぺきな回答に思える。

 不敵な笑みを浮かべてルビエールは席を立った。

「異論は?」

 あろうはずもない。これで支隊の方針は定まった。ルビエールは動き出した。

「戦闘要員全員に一日休みを。その間に策を練るわ」

「気取られませんか?」

 アディティが口を挟んだ。今やっていることを止めれば相手は訝しむだろう。続けた上で作戦に移行すれば今までやっていた策も多少は報われる。

「気取られて何か問題がある?」

 問われてアディティは窮した。目的はあくまで支隊の限界を試すこと。戦術的な勝ち負け、成功不成功は問題とならない。気取られることなど大した問題ではない。それより消耗した状態で挑むことの方が支隊の限界を見極める上では問題となるだろう。

 アディティは大人しく引き下がり、自分には戦術的な分析はできても気配りはできないという事実を噛み締めた。


 各員が持ち場に戻っていくなか、明日以降の演習に意識を向けていたルビエールの傍らに立つ人物がいた。

「どこまで仕込んでたんです?」

 らしくもなくソープが確認する。あまりにも見事なウェイバーの立ち回りに疑問を感じたのである。ルビエールの意識は次の動きに移っておりその返答は素っ気ない。

「そうなってくれればとは思っていたわ」

 つまり何も仕込んでいない、と。まぁそうだろうな。ルビエールはともかくウェイバーがその手の悪だくみに対応できるとは思えない。この感傷は自分の願望だろう。ソープは納得して引き下がった。

 無駄に終わった作戦を切り上げた支隊は次の動きに備えて休める者は休み、備える者は備えている。やることのないソープはぶらぶらと歩きまわって場所によっては邪険にされながら最後はブリッジの自分の椅子に納まった。しばらくボーッとしていると珍しく声がかかる。

「ご苦労様です」

 槍でも降るのか。挨拶してきたのはアディティだった。呆気にとられるソープに向けてアディティは義務的に言葉を出力した。

「ここまでの作戦は表向きにはあなたの案ということになっているようです。ご迷惑をおかけします」

 でもそれが役目でしょ。とアディティは思っているようで全く悪びれていない。まぁその通りなんだけども。いつもの皮肉も浮かばずソープは苦笑いするに留める。

「では、失礼します」

 それで義理を果たしたのか。アディティは明日に備えて休息に入った。

「ま、彼女も彼女なりに気を使ってはいるんでしょう」

 今度は老艦長が関わってきた。

「地獄耳ですねぇ。ご老体にもツラい演習になりそうだ。そちらも今のうちに休んでは?」

 暗にノーサンキューと言ったつもりなのだが老艦長は聞こえないふりをする。

「近頃耳が遠くなりましてな。もう一度聞かせてもらえますかな?」

 もう一度苦笑してソープは降参を示した。

「みなが体よくスケープゴートにしてはいますが本気であなたを悪者だと思っているわけではありません。単にそう処理する方が効率的だというだけで、それで無心と言うわけでもないのです」

「解ってますよ」

 そう仕向けたのは自分だ。今さらそれに不満はない。いちいち言わなくても解っている。そう考えながらも自分がわずかに苛立っていることにソープは気づいた。

 何に苛立っているのか?ボスコフに裏をかかれたことか?作戦不発を背負わされたからか?おせっかいをされたからか?どれでもないはずだが。自分では解らないがどうやら周りにはそれが匂っているらしい。それでアディティも柄にもないことをしたのか。

「どう見えてます?今の僕は」

 ソープのリアクションにコールは驚きながらほほ笑み、小声で答えた。

「妬いているように見えますな」

「ふぁっくみー」

 邪険にするとコールはほっほと笑いながら退散していった。おせっかいじじいめ。

 アディティやコールを含めてメインクルーの多くは順次休憩に入っていきブリッジはいつもよりも閑散として静かになっていった。人目を気にする必要もなくなり、ソープは大きく息を吐いて天を仰いだ。

 コールの見解には心当たりがある。先ほど覚えた敗北感である。

 ダニエル・ウェイバー。頼りのない男かと思えばなかなかどうして正鵠を射てくるではないか。それにあのジェニングスという男も。主導的な動きこそしないが話を要所で補強し、軌道を逸らさないように立ち回っている。きしくもあの2人は本来ならソープが担うべき役割をソープ以上の形で実現しているのである。

 どうやら支隊における自分の仕事は本当になさそうである。自分でそうあるべきと言っておきながら旅団参謀は実際にその状況を齎した2人の新鋭を小癪にも思ってしまうだった。


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