0/3歴史的捕項「宇宙戦争について」
ナリス・エリクソンの戦史講義「宇宙戦争の時代」より抜粋
3.
人間が遺伝子によって設計され、人体がその具現であるなら、それが生み出すものもまた遺伝子の表現に他ならない。古来より人間が生み出したものはそれ自体が人間と同様の性質を示す。例えばそれは免疫システムなど外部と接触する機構に多くみられる。
免疫システムは人体が外的要因から身を守るための防衛機構であり、それらは外敵、ウイルスや細菌などとの戦いによって錬磨されていく。人間が生き残るために欠くべからざる機構だ。ところがこのシステムは外敵を失った場合にそれを自らで作り出すという不可解な動きをすることがある。本来なら害のないものを敵と認識して過剰に反応することもあれば、自らのうちにそれを見出すことすらある。ご存じ、アレルギーと呼ばれる症状だ。
同様の性質を持つものが人間社会に存在する。軍隊や警察機構。国家や社会を守るため、また安定させるために欠くべからざる機構に備わった力は時に自らの内部に向けて振るわれてきた。
これらの動きが遺伝子によって仕込まれたものなのかは解らない。ただ人体においても、また社会においても敵が存在していることが前提にあり、それらが存在しないことが異常であることは事実だろう。あれば消される一方で、存在しなければ作り出される。それが敵というものだ。
時代が変わり、宇宙開拓歴。人類はネイバーギフトというブレイクスルーを得た。ただし、それは今日語られるような神の恵みと言えるものではない。ネイバーギフトがもたらしたのはあくまで技術的な革新でしかない。これまで存在した資源の一部を再利用が可能になっただけに過ぎず資源問題の根本が解決したわけではなかった。人類は相も変わらず増え続けていたし、コロニーなどという維持コストのかかる形での拡散は資源破綻のリスクをさらに高めることになった。ようは資源問題の解決を先送りできただけにも関わらず人類は後先を考えずにイニシャルコストを増やし続けたわけだ。人類は宇宙へと飛散し、各地で生き残り、発展するためにひと時争いを忘れた。しかし発展がひと段落を迎えた時に、新たな戦いが始まる。地球と火星。第一次星間大戦と呼ばれる戦いだ。
ネイバーギフトによる資源革命。人類の宇宙への拡散。その開拓狂騒劇によるひと時の空白。これらの要因が重なり、この戦争は従来の戦いから大きく様変わりした。
宇宙戦争初期の戦いは地球における海上戦争に近い形態で行われた。艦艇同士が撃ち合う原始的な戦いだ。しかしこの戦いは悲劇的な結果に終わる。双方がノーガードに近い形で撃ち合った結果として甚大な被害を出したのだ。
火星連邦の国父ブレナーがこの結果を予測できなかったというのは大嘘だと私は思っている。海賊などとの小競り合いで小規模にそういうことは起こっていたし当時の資料でも予測されていた。つまり、火星側は承知でやった。地球側も承知した上で迎え撃たざるえなかったのだろう。
この時点では宇宙戦争とはどれだけのダメージを許容できるかが勝敗を左右するものになっていた。この結論は誰にとっても不都合なものであり、それは程なくして一人の天才戦術家によって覆された。そう、カナンの戦いだ。この戦いで誕生したレオニードドクトリンが今日の宇宙戦争の根幹となった。
カナンの戦いは戦略・政治的な側面で大きな意味を持った。各国はこぞってレオニードドクトリンを取り込んで新しい軍隊組織を作り上げた。そして皮肉なことにこの流れで当時の政治家はある真理に気付いた。
宇宙戦争は総力戦になりえない。ということだ。
正確には総力戦にしなくても済む、というべきか。地球と火星、あまりにも遠い。また戦争の目的が資源の確保にある以上は拠点となるコロニーの破壊は目的の大きな後退となる。これは双方の戦略活動を大きく制限した。
かつての戦争では都市を自爆させることなど想像の範疇外だったがネイバーギフトを得た宇宙開拓歴における戦争では現実的な選択肢であることを火星は実証した。
これらの要因が積み重なった結果、宇宙戦争は戦える者達だけで行われる古代戦争に先祖返りすることになった。
星間大戦とは人類史でも間違いなくもっとも大きな戦いであり、長さでも比肩するものがない。一方でその性質は古代戦争の有り様に近い。戦える者だけ、つまり軍隊と軍隊とがぶつかり合うだけの戦いを主とし、国家そのものが直接的に標的となる全面戦争ではなかったのだ。誤解を恐れずに言うならば、この戦争はその規模と長さに比して被害の少ない戦争だった。
過去の教訓も影響していただろうか。これは確信をもてない。というのも星間大戦における戦争様式の変遷には不可解な点も多いためだ。
そもそもなぜレオニードドクトリンはあれほど一瞬で広まったのだろうか。当時の最先端だったHV技術はあれほどの速度で普及したのか。
いや、これはこちらの話だ。気にしないでほしい。
ともあれ人類は新しい形の戦争を生み出した。人によっては戦争の縮小と歓迎した者もいる。確かにこの戦争形態は戦場と社会を切り離すことにもなった。宇宙の荒野では戦争が続いていたが社会はその影響をほとんど受けなくなった。しかしそれが異常な状態を引き起こした。
人類の歴史とは戦争の歴史であり、紛争の絶えなかった時代など切れ端程度もないだろう。宇宙開拓歴の戦争史は異常だった。宇宙開拓歴の前期に始まった星間大戦と宇宙戦国時代の諸戦争、この時代の戦争とはほとんどがこの2つの派生に過ぎない。つまり開拓歴300年超の戦争の歴史はたった2つの戦争でほとんどが語られるということだ。第二次星間大戦すらもその延長に過ぎない。これが何を意味するのか。
つまり人類は戦争を終わらせることができなくなったのだ。敵はあれど、あまりにも遠くにいた。




