12/3「歪な歯車たち」
12/3「歪な歯車たち」
何のことはない戦いで起こったHVチーム内での悶着はアディティの強硬手段によって収束した。とはいえ、これで解決したとは言えない。幸いにして敵方は逃げることしか考えていなかったが別の戦いであれば作戦活動が崩壊した可能性もあり得たのである。またこのような事態が起こったときに支隊はどのように対処するのか。ルビエールに最初に突き付けられた現場課題だった。
当然、アディティの行動は即座にロッソから問題視され抗議が出た。しかしルビエールはそれ以前のロッソの命令無視の方をこそ問題視するとロッソの各メンバーとその司令であるクレストン大尉に訓告の処分を課し、アディティの行動に関しては不問となる。つまるところルビエールは都合のいいよう身内を贔屓したとも取れる決断をしたのである。
「お前の言う通り、きな臭いことになってきたな」
ロッソ隊の処分を聞いてエドガーはロックウッドに話かけた。この隊は異常だ。優秀な人材を集めているのではなく、副次的な目標が存在していてそれを優先した隊づくりがされている。つまり不純なのだ。こういった隊は極限状態で手段と目的が入り混じって迷走することになる。今回の件は凶事の前触れと見做せるだろう。しかしロックウッドはこの状況を否定的に考えていない様子だった。
「確かにきな臭い。だが、俺たちが司令官に求めるものは清廉潔白ではないだろう?」
異端の側に立っているエドガーはニヤリと笑って同意を示した。
「お前もワルだねぇ」
この男はこの状況を利用して自分に都合の良いように隊の規律を作り変えるつもりだ。これが縁もゆかりもない人間であるなら訝しんで関わらないところだがロックウッドは勝手知ったる男である。これはエドガーにとっても悪い話ではなかった。むしろ積極的に加担するに値する。
「この隊はかなりの無理難題を突き付けられるはずだ。どういう形であれ、いまのうちにそれを切り抜ける力を身に着けておく必要がある」
エドガーもそれには同意する。
「んで、見込みはあるのか?」
「悪くない。というか、今のところ最高だ。ここまで行動力のある部隊は俺の経験にない。見込みは充分。後は、これをどう組んで動かすか、なわけだ」
ロックウッドの評価にエドガーは呆れ気味に肩を竦める。その行動力とやらは各自の勝手な判断をも指している。つまりロッソ隊やアディティのことも含んでいるわけだ。
「まともな指揮官なら卒倒するところだぜ」
しかしルビエール・エノーもまともな指揮官というわけではない。少なくとも置かれた環境は狂っている。ならばそれに対応する指揮官の才覚も、使う道具に求められる性能も真っ当ではないのだ。
その異常性を是とする隊作り。それこそがロックウッドが目指しているものだった。期しくもこれはフレッド・ソープが指向しているものと一致していた。
「多少狂っていようが使い方が間違ってなければそれでいい」
「だな。特にアディティ。あいつは役に立つ」
この時点でアディティは既にロックウッドらイージス隊のチームを手懐けることに成功していた。自身の的確かつ迅速なオペレートで立場を得ただけではない。VFR15という連合軍最高の機体を駆るパイロットたちを操るオオカミ使いとしての立場をパイロットたちに認めさせていたのである。
賛否両論あるアディティのオペレートであるがエドガーはとりわけ肯定的な立場を取る。ロックウッドも当初は否定的な立場だったがルビエールとの戦術理解、親和性を発揮するようになると何の迷いもなく手のひらを返した。パイロットたちの信任を得て支隊はルビエールを頭脳、アディティを神経網として構築されはじめた。
しかしオペレーターアディティはともかく、人間アディティに関して個人的に思うところがないわけではない。
「あまりお近づきにはなりたくないがな」
「そもそも近寄らせていただけると思ってるのか?」
二人は顔を見合わせてガハハと笑い出した。
アディティ・ネールは東洋人の浅黒い肌に柔和な笑顔が似合う美人である。180に近い長身に上級オペレーターの制服を着こなした姿は凛としているが一方で優しい保母さんのような淑やかさもある。ただし、その中身はどちらでもなかった。
件の処分が決まる前、当然ながらルビエールはアディティに聴取を行った。アディティは自らの行動に何の疑いも持っておらず、逆に問う。
「では、ロッソ隊を納得させつつ、私のやり方よりも手早く彼らを帰還させる手段があったということでしょうか。そんな素晴らしい方法があるのでしたらぜひ提案していただければよかった」
もちろん、そんなものはない。あったとしてもあの場では思いつかなかったのだからないと同義である。ルビエールもそれを認めているが立場上はそれで済ませられない。
「自分の行動に問題はなかったと?」
「イエス・サー。私は戦場と情報伝達における時間の重さを理解しております。ゆえにその時間を重要な局面において使っているのです」
発想の逆転にルビエールは驚き、呆れる。誰もが時間を惜しむ中でアディティはその時間を自分で使い込むことで注意を惹き、より情報・命令伝達を効率化しようとしているわけだ。この時間の浪費は相手の時間を奪うことでもあるし、余計な考えを押し付けることでもある。相手が本来志向している選択肢を奪い、別の選択肢、想定をねじ込む。
ルビエールは時間をもっとも重要なコストであると認識している。何をやるにしても時間は必要になる。行動にはもちろんのこと、考えることにすら時間は必要だ。
相手に思考させたくないなら時間を奪うことだ。相手に思考させたいなら時間を与えることだ。時間を制すること、これ即ち、相手の思考を制することに似たり。
ルビエールが教育係に教えられた言葉の具現がアディティの手口そのものだった。時間制圧。危険な方法である。ルビエールはそう思う一方でアディティの戦い方に感心を抱かずにもいられない。カリートリーやカーターをはじめ、この手の常道からは思いつかぬアプローチはルビエール好みになりつつある。
これでカリートリーがアディティを推薦してきたことも理解できる。これを使いこなしてみろ、ということだ。確かにアディティの手口は危険性を孕んでいる。一方で情報統制、制圧が部隊に与える影響はルビエールにとって大きな魅力だった。ルビエールが支隊に求める能力とはとにかく行動力だった。ルビエールのこのドクトリンは期しくもアディティのものとも一致していた。必然、二人の戦術理解度も高い親和性を見せることになる。
ゆえに困るのだ。ルビエールは頭痛を覚える。アディティの行動は結果を出した。しかしそれは結果論でしかない。この件における本質は過程にある。各自が正しいと思うことを勝手にやっていては統率など取れない。アディティはよくてロッソ隊は駄目なのはなぜなのか、そこのところも筋が通らなくなってしまう。
しかし、その筋をアディティに求められるほどルビエール自身も筋の通った指揮官ではない。
「考えは解った。だが、その責任を取るのは私だということを留意するように」
「もちろん。私にとっても司令は貴重な存在であります」
アディティは静かな笑みを浮かべると恭しく礼をした。これが薄気味悪い。アディティはルビエールを、というよりも周りの全てを道具や機械のように認識しているようなところがある。今もルビエールを自分が能力を発揮する上で都合のいい上官であると捉えており、ゆえに安易に使い捨てるのはもったいないと思っている。そして自身が捨てるには惜しい道具であることも承知している。
似たような傾向はエドガーにも見受けられるがそれでもエドガーは相手が人間であるという認識があってその習性を考慮した上で接する。アディティにはそれがない。相手の人間性を無視して自分の側の理屈で動くし、動かそうとするのである。そして実際に動かしてしまうところが恐ろしいところだった。
アディティほど人格と能力に評価が乖離する人物もそうはいない。オペレーターとしての手腕が高く評価される一方で人格に関しては散々な評価がなされている。
ロックウッド曰く
「よくはわからんが容姿と口調と言ってる内容が恐ろしくかみ合わないときがある。得体の知れない別の何かと会話している気になるんだ」
エドガー曰く
「あれは生まれてくる場所を間違えたサムライか何かだ。もしくはその手の怨霊が乗り移っているに違いない」
そして極めつけはアトキンスの評である。
「アディティが人肉を捌いてフルコースを作ってる夢をみた」
これはアトキンスの夢なのであるがそれ以前にアディティのオペレート時の表現に「捌く・料理する・喰う」といった表現が多用されることもあってパイロット界隈では受け入れられ密やかにハンニバルのあだ名が付けられる原因になった。
この様子をルビエールは複雑な心境で観察していた。他の人間は知る由もないことだがアディティのこういった話は今に始まったことではないのである。アディティを引き受ける際に原隊の指揮官はルビエールに奇妙な助言を与えた。
「職務中はアディティ・ネールの領域には踏み込まないことだ。黙っていても役割は果たすんだからそれ以外のことには口を出さない方がいい。彼女は戦争屋であって人間ではない。俺らとは違う生き物だと思った方が精神衛生的に好ましい」
冗談のように聞こえるこの助言も今となってはリアリティを伴っている。戦争屋、と言えばルビエールにとってはリーゼが真っ先に思い浮かぶのだが、アディティは別の意味でその言葉を体現している。前向上や作られた表情、容姿、諸々の虚飾に飾られてはいるがその本質が人間性を徹底して無視した身も蓋もないオペレートに透けて見えるので他人には薄気味悪く見えるのであろう。
アディティ・ネールには人の心がない。人を人と思わない。などの評が飛び交うなかで彼女と長い付き合いになるルビエールは後にニュアンスの異なる心証を得ることになる。アディティ・ネールは自分をこそ人間だと思っていない。全く異なる感性で生きるエイリアンのような存在である。
そう割り切ってしまえば扱いようもあるのだが、ルビエールがその結論に至るのはまだ先のことである。
悩んだ末にルビエールは結局のところアディティの行動を追認して自身の判断とすることにした。実際のところアディティにやりますと言われれば認めた公算は高いのでそれ自体はルビエールもいいのだが、問題はその心証である。結局のところルビエールは身内を贔屓したということになるのである。
ルビエールは自身を絶対権力者にすることに躊躇があり、この処遇に確信を持つことができずにいた。しかしソープ、リーゼ両名の見解は異なり、双方ともに今回の処遇は正しいと考えている。
リーゼから見ればロッソの命令不服従は絶対に許容できないものであり、またソープから見ればここでルビエールに軟弱な対応をされては支隊全体から舐められると危惧している。アディティの擁護に関してもルビエールがその行動を黙認した以上はそれを完徹せねばならないとリーゼは考えるし、ソープはアディティを支隊の要と見做しているがために特別視して構わないと判断する。
両名はそれぞれの考えでルビエールは支隊の独裁者でなければならないと考え、それをルビエールに求めているのである。
2人の考えはともかくとしてルビエールは結局のところそれに沿う判断を下した。通常なら反感を買うところだし、実際にロッソ隊のメンバーは不満を持った。一方でクレストンの反応は肩透かしと言えるほど淡泊だった。何の反発も示さないクレストンに違和感を抱くルビエールにソープは語る。
「彼に限った話ではありませんが、現場責任者の中には決断することに疲れた人間という者もいるんです。責任こそ背負えますが決断はより上の人間に委ねてしまいたい。現場に残るベテランにはそういう人間が一定数います。僕が集めたのはそういう人間です」
部下を預かり、戦わせ、死なせるという決断。これに使うエネルギーは想像を絶する。それに疲れ果てたとしても何の不思議があろう。ルビエール自身、挫けそうになることしばしである。確かにそういう連中はいるだろう。ソープはそれを集めた。その意図にソープの旅団至上主義が明け透けに見える。ソープはルビエール=支隊という構図を徹底することで支隊を制御しようとしている。
「あなたは彼らを神経の繋がっていない手足だと思えばいいんです。彼らもそれを望んでいるんですから遠慮はいりません」
ルビエールはいつも通り理屈は納得しながら心理は反発した。ソープは彼らを駒としか見ていない。支隊全員の命を預かるルビエールには許容しがたい考えだった。
しかし今回の場合、ソープの編成が効果を発揮したわけであるし、これからも機能するだろう。全てがルビエール次第ではあるが。
この何気ない戦いで起こった事件はエノー支隊という部隊の特殊性を改めて当事者たちに知らしめることになった。ルビエール・エノーの、ルビエールによる、ルビエールのための部隊。集められた人員はそのためのパーツであればいい。アディティはその象徴的な存在として以後認知されていくようになる。
いくら優秀であるにしてもとがり過ぎているし癖が強い。規律を軽視してまでそんな人間を優先してしまうことは明らかに異常だ。しかしそうでもしないとこの先は生き残れないとルビエールのどこかが訴えてくる。この危機意識は正常なのか?仮に正常であったとするならそれはそれで問題だ。ルビエールは改めて自隊の行く末に不安を覚えるしかない。
胃に穴の開く思いのルビエールなど気にもせずにそのエノー支隊プロデューサーであるソープは次の行動に気持ちを移していた。
「そろそろ次の動きが欲しいところですねぇ」
数えるのも飽きるほどのワンパターンな戦いを13度繰り返した帰途でソープはぼやいた。
旅団が撃破したHVの機数はぼちぼち100機を越える。対してここまで旅団が失った機体は12機。うち、支隊のものは3機であるが戦死者は合わせても5人である。合わせれば大層な数に思えるが出撃当たりの撃破数は7~8機程度と考えれば如何に非効率なことをやっているかが解る。
逃げる敵を少し追い回すだけのお仕事。とはこの頃のエドガーが不満げに漏らした言葉である。
まともな戦力のぶつかりあいはほぼなく、こちらにも深追いする気がない。不謹慎ながら退屈な戦いと思う者も少なくない。実際には本気でやればもっと戦果を上げることも可能なのもその考えを助長させる。
しかしハミルはとにかく被害を最小限にすることを優先していた。戦略的な観点からほとんど意味のない旅団の活動はただただ定義上の勝利さえ積み上げればよく、そこに損害を許容するほどの価値はないとハミルは見做していた。
「こちらはこれでいい。問題は相手方がどう考えるか、ね」
ルビエールもハミルの方針に異論ない。その方針に沿うならこれ以上の深追いは藪蛇にしかならないだろう。相手にとって脅威でなく、鬱陶しいが腰を上げるには及ばないレベルの存在として旅団は認知されるべきなのである。これは旅団が次の動きをする上でも都合がいい。
しかしソープの意見は異なるようである。
「どうですかね。相手が痺れを切らしてくれるまで続けるには効果が薄れてきてますし、現場レベルで対応してくると厄介ですよ」
どれだけ簡単なお仕事でもリスクはそれなりにある。それに現場レベルで相手が対策を講じてくる可能性はある。これのターゲットになるのは間違いなくエノー支隊であり支隊が被害を出すのは旅団とは異なる深刻さを生む。反撃ならずとも徹底して交戦を避けるような戦いをされてモグラ叩きになっても困る。
相手に抜本的な対処を決断させるような一撃が必要ではないか。ソープの主張にルビエールは首を傾げる。
「大佐に言えばいいのでは?」
ソープは支隊の司令補佐であるが同時に旅団参謀の1人でもある。ハミルにそのまま進言すればいい話である。
「ええ、ええ。それが旅団参謀としての僕の正規の手法でしょう。ですが、僕は旅団と同時に支隊のためにも動いているのですよ」
つまり支隊としての利益も考慮した手法と言うことである。
「つまり、その提案を私のものとして旅団に出せと?」
「半分は。もう半分は必要性もあってのものです。大佐としても敵を引っ張り出したいという考えは持っています。しかし、そのために損害も出したくない。また旅団内でもここは意見の割れるところです。つまり現状を維持してもいい、という考えを持っている人間もいるということです」
そこまで聞いてルビエールはソープの言わんとすることを察してため息をついた。この男。くせ者としてはマサト以上ではないか。
「つまり、またしても私をスケープゴートにするわけか」
ソープは笑みで返答した。
現状の維持は甘えだ、とソープは考えているがもちろん表に出せば不和を呼ぶ。旅団内での意見の衝突を避けながらもハミルに無理なく積極案を選択させたい。
要するにルビエールをスケープゴートにして懐疑派のヘイトを集中させようというのである。ハミルはルビエールの意見を渋々採用する。実際はそうでなくともそういう体裁が取れればいい。この話は必ずしもルビエールにとっても悪い話ではない。結果を出してしまえばいいのである。そうすればエノー支隊の立場は旅団内でより高まる。旅団、支隊双方の参謀と言えるソープは旅団内の規格外部分を支隊に集約させようと志向しているのだ。
半ば諦めの心境でルビエールは受け入れた。
「わかった。台本は受け取る。その通りに動く保証はできないけどね」
ソープは恭しく礼をした。
「小賢しい真似はよせとソープに言っておいてくれ」
ソープの言うところの台本を拝聴したハミルの言葉がそれである。自分で伝えればいいではないか、とルビエールは喉から出かかった言葉を呑み込んだ。
「方策に反対ですか?それとも何か腹案が?」
ルビエールの問いにハミルは忌々し気な顔をした。
「連中に動いてほしいのは俺も同じだ。そのための策も考えはした。しかし、それは不要になった」
「つまり、こちらが何もせずとも連中は動く、と?」
「そう見ている。根拠は、これだ」
ハミルが見せたのは新聞のコピーだった。それが連合側のものでなく火星側のもの、それも日付は昨日のものであることにルビエールは驚愕する。
「こんなものよく手に入りますね」
「蛇の道は蛇と言うやつだ」
悪びれも恐縮もせずにハミルは素っ気なく言う。これはハミルが個人的な伝手で入手した者であることを示唆しているようだった。是非はともかくとしてルビエールは率直に自分にもその伝手が欲しいと思ってしまった。現場にいながらにして敵方の情報を上層を介していない形で得るというのは生半なことではない。
肝心の新聞にある情報は共和軍近衛兵団が派遣準備に入ったようだ、という内容だった。ルビエールの率直な感想は今さらか?というものである。そもそも火星には戦力的には余裕がないはずである。いずれにせよ近いうちに近衛兵団は投入されるだろう。しかしこれがどうボルトン兵団の動きにつながるのか?
「ボルトン兵団のスコット・ボルトンはマルスの手の主要党員の一人であり、総統府直下の近衛兵団とは政治的なライバルにあたる。しかも目下連中は自分たちがこれまでやってきたことの意趣返しを受けている真っ最中だ」
なるほど、とルビエールはごちる。ボルトン兵団は政治的なライバルに後れを取らないために解りやすい手柄を立てたいと志向するだろう、とハミルは洞察しているわけだ。この洞察にはルビエールも納得する。
「ただ、言うまでもなくボルトン兵団は我々よりはるかに大規模な戦力だ。まともにやりあうわけにもいかん」
もちろんそうだろう。ボルトン兵団を壊滅させられるわけでもなし、旅団が大きなダメージを受けることも今後を考えてさけねばならない。
ここでルビエールは身も蓋もないことを考えて敢えてそれを口にした。同じことを考えているはずのハミルにそれを突きつけるために。
「つまり、ボルトン兵団を釣った上で、勝ち逃げしたいわけですね」
ハミルが忌々し気な顔をさらに歪めたのはその言葉の意味ではなく、口にした相手にあった。この若僧はハミルと同じルートを辿って、さらにその勝ち逃げという思考を悪びれない。このスタンスはハミルと同じものだった。それがハミルをイラつかせる。
同族嫌悪。
この忌々しさがあくまで個人感情だということをハミルは十分に承知していたがだからと言ってその感情を消してしまえるわけでもない。彼にできるのは精々が無反応で流すくらいだった。
「ともあれ、近衛兵団が動き出す前にボルトンは動くはずだ。それまでは待つ。本題は、その先だ」
ルビエールは頷いた。相手を動かす、つまりこちらも動く。簡単な仕事は終わり、ここから旅団、そして支隊の真価が問われるのである。
「やつの得意とする領分だな」
それはハミルにしてはユーモアを含んだ言い回しだったかもしれない。ルビエールは同感であることを不敵な笑みで返した。自ら提案しておいて、何の策も用意していないほどソープは考えなしではないはずだ。むしろ策があるからこそ敵、そして自分たちを動かしたいと願ったのだろう。
自艦に戻ったルビエールの話にソープはいつもの飄々さを消して天を仰いだ。
「司令が一枚上手でしたか」
バツ悪そうに頭を掻くソープを見るのが自分であることにルビエールは少々悪い気がした。ハミルでもソープのそんな表情を見ることは稀なはずである。
「いや、余計なお手間をかけさせました」
「別にそんなこともありませんが」
自身の行動を恥じ入るソープにルビエールはこの男でも恐縮することがあるのか、と意外さに戸惑いながらも感心した。
ルビエールにソープの軽挙妄動を窘める必要はない。この男にはまさにこれから挽回の機会がくるのである。
「で、勝ち逃げはできそう?」
ソープはすぐに元の表情を取り戻した。
「もちろん。しかも司令の言う通りの動機で敵が動くのなら、より効果的に相手を叩けるでしょう」
この男の性格の悪さを思えばその手の搦手には強いだろうな、とルビエールは偏見じみた納得をした。




