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12/2「ほつれ」

12/2「ほつれ」

 アントン・ハミル率いる第11旅団はボブの帰還作戦の発動と共に行動を開始した。その最初の任務はエコーズ宙域で海賊的に連合中小コロニーを跳梁するボルトン兵団の対処となる。

 第11旅団の戦闘方針は単純明快である。兵団は少数にわけた部隊で自衛軍の守りが手薄になった中小コロニーを襲っては離脱することを繰り返している。一つ一つの敵集団は小であり、これを捕捉しては撃破していく。戦いそのものは想定通り一方的なものになった。問題なのは敵を捕捉することとそのための移動である。エコーズ宙域は広大であり、コロニー間もそれなりの間隔が空いている。旅団はこの宙域を忙しなく行き来するがその結果はごく小規模な戦いでしかない。効率が悪過ぎて旅団内からも不満が出る地道な作戦になった。

 ただし勝利を得るという一点に限れば確実だった。旅団の主力で敵前面に展開し、圧倒。戦力差と戦略目的から敵方はまともなぶつかり合いを避けて後退を選択する。これの退き先を制するようにエノー支隊が強襲する。以降、旅団が基本戦術として多用する動きの基本形はこの時点で形になっていた。これらの戦いは船出したばかりの旅団が基本的な戦術を確立する上での演習という側面ももった。

 エノー支隊の戦力は強襲役という危険な役回りを献身的に務めた。最新鋭のVFR15とVFH16を主力とする宇宙最強と言っても過言ではないほど強力な陣容を持つエノー支隊であるがその価値をいまだ疑問視しているものは少なくない。ルビエールはルビエールで旅団内にエノー支隊の立ち位置を確保することをこの戦いの目的としていた。

 旅団のこの戦いは確実な勝利を得られる。一方で敵に対しては然したる効果はない。敵は最初から勝ちを放棄して逃げに徹するため与えられるダメージは微々たるものでボルトン兵団は戦力を調整しつつ作戦を継続できていた。予測された通り戦略的にはほとんど意味のない勝利。ボルトンもこの状況の変化を些細なものと認識し、宙域内の不安定化を優先して抜本的な対処を先延ばしにした。しかしハミルが欲していた状況とはまさにそれであった。

 敵が本気で旅団を叩かない状況の中で旅団、ハミル、ルビエールと三者は三様の目的を腹に抱えながら地道に足元を固めていくことができたのである。ゆえに旅団も旅団でボルトン兵団の海賊行為を抜本から対処しようとはしなかった。

 ここにボルトン兵団の跳梁を許す第11旅団と第11旅団の跳梁を許すボルトン兵団という奇妙な構図が出来上がった。双方ともに目的のために暴れ過ぎない程度に暴れることで目的を果たせる状況があり、それをわざわざ崩す理由がなかったのである。

 この状況はおよそ1か月に渡り維持される。この状況に違和感と危機感を抱きはじめたのはボルトン兵団の幕僚ポートマンだった。

「そろそろ第11旅団なるものの対処の頃と思いますが」

 ドースタンで分散した戦力を統括していたポートマンはさすがに兵団被害を直視すべき時期に来ていると考えた。

「そう大した問題ではないだろう。連中は目先の勝利を得るだけでこちらに効果的な打撃を与えられているわけでもない。作戦行動には支障はないはずだ」

 1人の大佐が口を挟んできた。その横柄な物言いにポートマンはムッとしたが表情は維持した。

「それは数字のまやかしです。艦艇損失こそありませんがHV戦力は着実に削られているのです。今のところ補充で賄えているというだけで、この先もこの損失を垂れ流し続けていれば後方の戦力に虫食いが生じます」

 被害が末端に留まっている。これが厄介なところだった。艦艇でも失われれば戦力編成にも変化が生じて無視できないのだろうがHVはなまじっか後方から補充できれば即時に戦力回復できてしまう。一度の被害が少ないこともあって現場から離れている場所で数字だけを見ている指揮官には印象が残らない。

 指摘された大佐は気分を害したような表情を見せたが反論はせずに黙考する兵団司令スコット・ボルトンに水を向けた。

 ボルトン自身は決して損害を軽視しているわけではないつもりである。彼は戦略的、また政治的な面も考慮して判断せねばならない立場にある。ポートマンとは視点が違うのである。しかしポートマンの立場というものも彼は理解していた。

「旅団狩りをすべき、と言うわけだ」

「対策をすべき、と主張しております。狩るのはあくまでその手段の一つ。もちろん、他に何か手があるのであればそれもいいでしょうし、それを話合うべきであると考えます」

 旅団を打倒して無力化するのは一つの手でしかない。方法論は他にもいくつかあるだろう。旅団を避けつつ作戦を展開するなり、損失を穴埋めできるだけの態勢を整えるという考え方もある。しかしどれも具体性には乏しくポートマン自身の引き出しには限界があった。結局のところ叩く以外の案をポートマンは持っていなかった。

「現状を維持して都合の悪いところがあるとも思えませんな。損失もまだまだ許容の範囲内です」

 件の大佐が重ねて対策の用なしと主張し、他の幕僚も特に異論を挟まない。この流れはポートマンも予期していた。実際、損失としてはまだまだ軽微であり、慌てるような段階ではない。それでもポートマンとしては提示しておくべき提案だった。失われているのは数字ではなく命なのだ。現時点で否決されようが予め提案しておくことで選択肢として確保し、いざという段で迅速に動けるようにしておかねばならない。

 話がそこで終わりかけ、幕僚たちが腰を浮かそうとしたところで意外な助け舟が飛び出して来た。

「私としてはポートマン大佐に賛成です」

 声の主を見たポートマンの表情は喜びよりも不信感が勝っていた。発言の主であるフィオナ・ヴィンセント中佐は兵団幕僚では最年少であり階級的にも下位。しかしその地位には不釣り合いな影響力を持っている。つまりヴィンセントは軍内部での立場とは別にマルスの手内部での立場を別に持っている政治屋幕僚の一人だった。

 ポートマン自身はこのヴィンセント中佐が持つ背景を詳しくは知らない。知りたいとも思わない。ただ現実問題としてヴィンセントは軍内では下位でも党内では上位にあるらしく、それが兵団内での発言権に大きな影響を与えている。そんなヴィンセントの兵団内のスタンスはポートマンとは真逆である。当然、純粋にポートマンに同調しているとは考えられない。

 当のヴィンセントはポートマンの不信など全く意に介している様子もなく持論を展開した。

「そもそも我々の作戦自体が間延びし過ぎているように思えます。この辺りで作戦に収拾を付けることも考えねばならないのでは?」

 旅団以外の理屈を持ち出してヴィンセントはアプローチする。

 確かに、いつまでもこの作戦を続けていても効果は薄まる。元々ボルトン兵団のやっていることも然したる意味がないのだ。彼らにもその自覚はあった。

 そろそろ次の行動に入ることも考えるべきだ。この提案は他の幕僚たちにもすんなり受け入れられた。このタイミングを見計らってヴィンセントは一穴を穿つ。

「しかし、そのためにはやっておくべきことがあります」

 それが旅団だ。現状で旅団を放置しても問題はないが、次の行動に入る時にまで無視してしまうと相手が「ボルトンは旅団に追い出された」と言い出すのは想像に難くない。

 つまるところ兵団にとって旅団はいずれ叩いておかねばならない相手になる。ならば被害が小であるうちに始末してしまうべきだ。それがヴィンセントの主張だった。

 この主張にポートマンは違和感を覚えた。相手が何を言おうが戦争の情勢には影響がない。それにヴィンセントの主張はいずれはやらねばならないことを今やるべき。と言っているだけだ。それがいまである必要がどこにあるのか?ポートマンの場合は兵団の被害が深刻化する前に行動するべきであると考えるからだったがヴィンセントの理屈の場合は今である必要が希薄だった。そこまで考えて不意にポートマンの脳裏で筋が通った。

 要はこの女は兵団としては規定路線の一手を先んじて提案して自分の物とし、他の者を出し抜こうとしている。ゆえに今なのだ。どうやら自分はそのための材料を提供してしまったらしい。

「こちらをご覧いただきたい」

 ヴィンセントの提示したデータを幕僚たちは最初のうち理解していなかったがしばらくすると不愉快気に顔を顰めだした。

 それは第11旅団の活躍を華やかに喧伝する地球連合側のブロードキャストだった。戦術上の無意味な勝利を取り上げるその手法はまさに彼らがこれまでやってきたことだったが今度は逆に彼らがやられる側になったのである。

「無意味な勝利を御大層に飾り付けるものだ」

 一人が小馬鹿にしたように口を滑らせたがその言葉が自分たちにも向けられるものだと気づいたのか次の語は出てこなかった。

 次に彼らに去来したものはその勝利がもたらすものだった。彼らは自分たちの勝利が連合軍側のパラノイアを呼んだことを理解している。このパラノイアは主に連合民間人たちの無理解が呼んだものである。これと同じものがボルトン兵団を襲うのではないか。これを平然と受け止められるほど彼らは単純な立場にはいない。

 ボルトン兵団にはサンティアゴ兵団やエレファンタ兵団とは異なる点がある。それもあまり美点とは言えない要素が。

 スコット・ボルトンが火星総統府を支配する与党マルスの手に近しい人物であることは誰しもが知る事実である。このことが兵団幕僚の構成に少なくない影響を及ぼしている。ボルトンと同様にマルスの手に近しい、もしくは近づこうとする者が兵団内で勢力を持っているのである。彼らはポートマンに代表される職業軍人とは志向が微妙に異なり、不和を生じさせていた。出世及び権力志向は将校であれば大なり小なり誰もが持っているものであるが、彼らの場合は軍内での出世だけでなく、党内での出世という別の腹も持っているのである。これが時には軍人として非合理な思考をもたらし、ポートマンらを呆れさせるのである。

「もう一つ。作戦部とは別に総統府は近衛兵団の投入を検討し始めているようです」

「なんだと」

 このヴィンセントの発言に幕僚たちは目の色を変えた。ボルトンですら。

 火星共和軍近衛兵団は共和軍の中にあるが軍司令部ではなく総統府が直轄する武力である。その名から本星防衛のための戦力と解釈されることもあるが実体は外征能力を備えた主力4兵団に次ぐ殴り込み部隊で総統府の切り札とも言われる。

 ここで問題となるのは近衛兵団が総統府に極めて近しい組織であるということである。この性質は政権がマルスの手にとってかわったことによってより顕著となった。要職の大半はマルスの手に関わりのある者で占められ実質的には総統府でなく、マルスの手の戦力と化している。ボルトン自身がマルスの手に近しいと言ってもマルスの手自体が動かせる近衛兵団の方が政治的な立場は上と見做されている。つまりボルトン兵団の幕僚たちにとって近衛兵団は政治的なライバルにあたるのである。

 その近衛兵団が投入されれば総統府はボルトン兵団と同様の寵愛を受けることになるだろう。手柄の食い合いが生じるのは容易に想像がつく。

 ボルトン兵団の幕僚たちに2つの判断材料が追加された。連合軍は無意味な勝利を喧伝し、その矢面に自分たちが立たされている。共和軍は近衛兵団の投入を検討しており、これが実現すれば自分たちにとって代わる可能性がある。

 完全に流れが変わった。ポートマンはヴィンセントの手腕に舌を巻く。先に話を持ち掛けた上で決定打となる情報を明かす。これでこの話題に関する主導権と手柄の大部分はヴィンセントに帰結することになるだろう。先に近衛兵団の話をしていたらこうはならなかったはずだ。

 兵団内部であるべき戦いとは別の戦いが展開されていた。目的は戦術的でも戦略的でもなく、兵団幕僚たちの相手は地球連合でも何でもなく、同じ火星軍人となっていた。このような状態がポートマンには気に喰わない。しかし彼の目的である旅団への対処には沿っているため口出しもできない。

「解った。対処をすべきだろう」

 ボルトンは舵を切った。しかしそのベクトルが純粋な戦術、戦略に沿っているとポートマンは信頼できない。これ以上話が政治的な方向にいかないようにポートマンは自ら率先して口火を切った。

「対処の方法はいくつもあります。目的はこちらの被害を出さないこと、それはつまり相手の活躍の場を奪うだけでもいいわけです。今の作戦を巧妙化させる。あるいは作戦領域を拡大させつつ移動することで相手の行動半径を上回ることでもいいでしょう。相手は塊、こちらは散開している点を活用するのです」

 第11旅団なる部隊はその行動の迅速さで特筆すべき存在であるが獲物となる部隊の距離が開けば空費する時間はどんどん増える。ただでさえ戦果としては小なのであるから作戦領域を拡大すれば相手の徒労感は飛躍的に増えるだろう。ただし作戦領域を広げることは各部隊の情報伝達に難を抱えることでもある。これはより緻密な作戦計画が必要になることを意味するがポートマンに言わせればそれこそ自分たちの本分である。状況に甘えていた今までが怠惰に過ぎたのだと考えるべきだった。

 この方針はつい先ほどまで旅団を狩るべき、と考えていたポートマンの思考とは真逆だった。自分でも随分と後ろ向きな発想だと思ったが彼は既にこの論議の展開が読めており、この提案は彼のアリバイ作りに近いものだった。当然、この提案はヴィンセントに一笑に伏される。

「消極的に過ぎます。それではボルトン兵団はたかが1個旅団戦力を恐れて避けたと笑われることになるでしょう」

 ヴィンセントの発言はほとんど予想通りであり、ポートマンには許容しがたいものだった。それの何が問題なのか?ヴィンセントの言葉がさしている笑う者とはつまり党内の者たちのことなのだ。そんな理屈が戦争の現場に持ち出され、影響を与えることがポートマンには腑に落ちない。しかし、兵団の大方はヴィンセントの考えを受け入れた。

 ポートマンは自身の考えを妥当なものだと考えていた。しかしこれはあくまで軍人としての立場から見たものでしかない。ボルトンらにとってこの話の主題は既に別のところにある。つまりこの話の主題は被害をどう抑えるかではなく、どのような手柄を立てるか、になっていたのである。



 ボルトン兵団の思惑が動き出した頃、第11旅団とエノー支隊は小さな勝利を積み上げていた。少数艦隊を旅団本隊が正面から圧倒し、支隊が強襲するいつものパターン。そして敵の対応。これも相変わらずだった。

「少しは対策してくると思ったけど」

 ボルトン兵団は旅団の動きに対策をしている様子がない。あまりにも無頓着過ぎないか?ルビエールは理解に苦しむ。

「上と下の連携が上手くいっていないのかもしれませんね。あの程度の小部隊ですと現場レベルでの対処にも限界があるでしょうし、そのレベルでの陳情となると上に黙殺されることもあるでしょう」

 ソープの明け透けな物言いにルビエールは呆れる。自分だけならまだしもブリッジには他にも大勢いるのである。小部隊の苦境を上は無視する。など、みんな解っていても口には出さない。

 皆の白けた視線が集中しているのに気づいたソープは自分に何の問題があるのかと首を傾げる。

「僕がしているのはあちらさんの話ですよ?」

 こいつ本当にどうにかした方がいいんじゃないか?ルビエールは最近ではそこまで思うようになっていた。

「始めてもよろしいですか?」

 流水のような美声が耳に入ってルビエールは自分の仕事を思い出した。

「状況開始」

「アファーム」

 ルビエール率いる新イージス隊の多くは旧イージス隊のスタッフを引き継いでいる。彼らの多くはカリートリーの好意によりローマから引き抜くことができた優秀な人材である。このため新イージス隊は旧イージス隊の雰囲気の多くをも引き継いでいるわけだが、旧イージス隊になく、新イージス隊だけに存在するものもある。

 戦術オペレーターであるアディティ・ネール准尉はあのカリートリーが個人的に推薦した人材として新イージス隊に加入している。

 際物だが面白いやつだ。という評には期待より不安の方を抱いたルビエールだったがカリートリーが推薦するのであればと受け入れた。

 現実問題としてイージス隊には戦術オペレーターの当てがなかったのも事実である。戦術オペレーターとは指揮官に代わって複合規模のHV部隊管制を行う上級オペレーターである。旅団の戦術指揮官ボスコフを小部隊規模に落とし込んだ存在とも言える。

 試験部隊である旧イージス隊は単独小隊であり、尚且つ基本的に自己判断で戦闘を行うことを想定していないためその席は空白であった。エノー支隊となると麾下のHV部隊は20を超えるチーム、機数では100機を越える。これらを包括的にまとめあげ、情報伝達を統率するのが戦術オペレーターなのである。

 戦術オペレーターは艦隊規模の部隊における「顔」とも言える存在であり場合によっては指揮官以上の権勢を誇る場合もありえた。これをルビエールに繋がりのあるローマから得られたことには大きな意味がある。

 と、ルビエールは思っていた。アディティ本人の仕事ぶりを見るまでは。

「アイギスよりオールユニット。火星と言えば大昔はタコの異星人がいると言われ、今でもタコ野郎と言えば火星人の蔑称です。大昔の人はタコ型の宇宙人が地球を侵略する物語を楽しんでいたそうです。タコと言えばデビルフィッシュとも言われる海の嫌われ者。得体の知れない火星人を想像する上では適切だったのかもしれません。このタコを好んで食べていたのがかの日本人。大昔から彼らの食に対する貧欲さは変わっていないようです。さて、タコを食べると言えば我々も負けてはいないはず。本日も諸兄の華麗なるタコ捌きに期待します」

 ブリッジに失笑の空気が起こる。DJアディティのフリーダムオペレートのはじまりにリーゼは頭を抱える。アディティのオペレートはこのような前口上から始まるのがお約束だった。

 しかしこのアディティのフリーダムラジオはパイロットたちに概ね好意的に受け止められている。それと言うのも戦闘がはじまってしまった後のアディティのオペレートは至極真っ当かつ、明瞭であるためだ。

 出撃した各隊が隊列を整え、その隊列に満足するとアディティはルビエールに視線を送る。ルビエールの右手が空を切るとアディティはにっこりとほほ笑んだ。

「アイギスよりオールユニット。クリアトゥエンゲージ」

 戦闘が開始された。旅団本隊に圧倒されて遁走する敵艦隊に向けて最新鋭HVで構成される過大戦力が襲いかかる。

 展開はいつも通りだった。元々戦力的に劣勢の相手がまともにぶつかることを選択するわけがない。いくらかの迎撃部隊が足止めに出向いてくるがその対応は完全な防御志向で艦隊は逃げの一手。もはや旅団にしても支隊にしてもそれを何とも思わなくなっていた。

「各隊。無理に追わないように」

 アディティの指示も同じようにいつも通りだった。無理に深追いする意味は全くない。こちらの撃墜数が増えたところでほとんど意味がないし、そのわりにこちらに被害が出た場合の影響は大きい。ゆえにHV部隊の自重には念押しがされていた。

 この時期、エノー支隊は相手を追い回すだけの戦いがほとんどの状態で前線はフラストレーションを抱え「かかり」気味になっていた。若手が多いということもあって無用な積極策に流れやすくなっていたのである。イージス隊の者はロックウッドが率いていることと経験上からもそのようなことはなかったが彼らをしても残りのチームまでを御せるわけではない。そもそも彼らの存在こそ残りのパイロットが血気に逸る原因ですらあった。

 この傾向をルビエールは憂慮していたのだがこの日、ついにその懸念が顕現した。ルビエールが充分であると判断し、撤収を指示してしばらく。前線で悶着が起こった。

 撤収が進まないのである。アディティが苛立った様子で爪を噛む。今のこの状況であればそれが致命的な状況を呼ぶわけでもないが他の場合でもそうである保証はない。命令、即行動こそ司令者が実行者に求めるものだが、この時の支隊HV部隊はそれを持たなかった。

 前線ではルビエールが懸念していた通りの展開が起こっていた。エノー支隊第三小隊所属のロッソ隊を中心としたHV隊が追撃を訴え、それを他の隊が宥めようとしたところそのまま口論に発展。引っ込みのつかなくなったロッソが無理筋と知りながら追撃戦を主張し始めたのである。

 顛末を確認したルビエールは溜息をついてだらしなく椅子から身体をずり降ろした。

「クレストンはなにやってるんだ」

 ハーティー・クレストン大尉は40越えのベテラン大尉でロッソ隊を抱える第三小隊の指揮官である。当然、彼にはロッソ隊を指揮し、制御する義務があるのであるが当の本人はルビエールの期待を裏切る。

「もちろん後退するように言っておるんですが、何分若い連中なもんで私とは感覚が違うと言いますか。ロッソ隊は自分たちで考えて、自分たちで選択しておりましてね」

 クレストンの言い分にその場にいた全員が唖然とすると同時に改めてソープが集めてきた人材がとんでもない唐変木だということを思い知ることになった。どうやらクレストンはパイロットたちを事実上放任しているらしい。中間を司る者がいないロッソ隊は上位からの指示を自分たちで判断して行動している。そりゃパイロットがクレストンの制御から外れるわけである。

 どういう統率をしてるんだと怒鳴りたいのをルビエールは辛うじて抑え込んだ。どうあれ彼の任命権者はルビエールなのである。この状況に対する最終的な責任は自分にある。

 現場では口論がどんどん大きくなっていた。本来なら関係のない隊のパイロットたちも意見を主張し出して言い合いが拡散して収拾がつかなくなりつつある。

 ロッソ隊の若いパイロットたちは自分たちで判断ができる環境にあって調子に乗っており、完全にクレストンを軽視している。軽視されるだけの理由がクレストンにもあるので質が悪い。こういう状況を許してはならない。戦場の末端である彼らには部隊に対する責任を全うすることができない。されても困る。

「放っておいていいんです、あれ?」

 どこ吹く風で帰還するオライオンをはじめとしたイージス隊のHVチームでエリックが不安になって尋ねる。

「俺がロッソに命令するのか?筋違いだな」

 ロックウッドは冷淡にやるべき人間が他にいることを強調した。ここでロックウッドがことを治めてしまうと戦闘部隊のヒエラルキーが可笑しなことになってしまう。それはそれで一つの手段であるかもしれないがロックウッドの独断でやるべきことではない。それに何よりロックウッドが命令したところで解決するかは怪しいところだった。

 ロックウッドの反応にエリックは納得しなかった。そもそもエリックが懸念しているのはロッソ隊の問題ではなく、ロッソ隊を起点にして話が拡大していることにある。

「確かにロッソ隊をどうこうするのは筋違いかもしれませんけど。ことがおおきくならないように全体に自制を促すのはHVチームの責任者の仕事じゃありませんか」

 しばらく沈黙が流れてエリックはさらに不安になった。余計なことを言ってしまったことの言い訳を用意し始めたところで普段ならこういうことには口を挟まないエドガーが笑い出した。

「残念ながら、ルーキーの言う通りだな」

 さらにしばらくしてロックウッドは溜息をついて認める。

「一理ある。ただ、今回は俺の個人的な理由でなしだ」

「やるべきだが、敢えてやらないと?」

 マックスが聞きだそうとするがロックウッドはこれを黙殺する。彼はこの件に関してはこれ以上喋る気はなかった。

「職責放棄なのだ」

 全員がギョッとした。声の主はアトキンスだった。

「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ」

 ロックウッドが抗議するとアトキンスは黙ったがその一言は痛烈だった。実際、ロックウッドは自身の責任を投げているところがある。しかし言い分もある。ロッソ隊が暴走している原因の一つが自分たちにあるとロックウッドは思っていた。この推測が確かなら自分たちが関わると余計に話が拗れる。HVパイロット同士でのいがみ合いになるなどロックウッドの立場からは勘弁してほしいし、避雷針にされるのはもっと勘弁なのだ。

 ここはさらなる上の人間が雷を降らせるのがもっとも丸く収まるというのがロックウッドの言い分だった。しかしうちの司令官は自分の権限を自分の部下に振るうか?ロックウッドの不安はそこだった。

 船出したばかりのエノー支隊の人間の何人かもそこに注目する。ウェイバーとジェニングスのカーター推薦組の2人もそうである。彼らは自分たちと同世代、あるいは年上のパイロットたちをちゃんと制御下においている。そしてそれができない、あるいはしないベテラン指揮官たちを内心ではバカにしている。このようなバカたちをルビエール・エノーはどう対処するのか。編成面ではルビエールを評価した二人ではあるが肝心なのは実戦面である。この状況は二人がルビエールにどう相対するかを判断する試金石となる。

 そしてフレッド・ソープもこの状況を一つのテストと見做していた。

「いやぁ、困りましたね。どうしましょうか」

 白々しく言い放つソープをルビエールは無視した。頼りないベテラン指揮官たちを集めたのはソープである。この程度のトラブルは折り込み済みのはずでこれをルビエールが解決してこそ支隊が成り立つと考えているのだろう。要するにロッソ隊もクレストンもソープによるルビエール至上主義演出の被害者でしかないのだが、だからと言って彼らの行いを許容するわけにもいかないのが現実だった。

 強権を発動するしかないか。後の処分も考えるとしてとにかくロッソ隊を引き戻さねば話にならない。ルビエールが綱紀粛正を覚悟しかけたところで思わぬキャストが行動を起こした。

 戦術オペレーターアディティはこの状況でやおら別の通信を始めたのである。その内容は特に重要とも言えない確認報告であり、わざわざこの状況でやるようなものではなかった。あまりの切り替えにルビエールは硬直した。アディティはそれに10秒ほど使うと次もまた10秒ほどストレッチをするとついには動きを止めてしまった。

「何をしているんですか准尉」

 リーゼが狼狽しながら詰め寄ろうとするのをルビエールは無言で制した。アディティの表情は職務を放棄したようには思えない。むしろ没頭しているように見えた。

 前線と後方。両方の状況を観測していたアディティは学級崩壊を想起していた。やる気のない教師とそれをバカにする半端に知恵のついたガキの跳梁跋扈。眺めている分には微笑ましいが自分が関わるとなれば話は別だった。アディティにはこの状況に対する責任や対処する筋合いもなかったが単純に自分の仕事領域で暴れ回るクソガキが気に入らないという理由があった。

 しばらくするとロッソ隊の動きだけが挙動不審になった。

 アディティの行動をルビエールは見ていた。アディティは戦術オペレーターの情報権限を用いてロッソ隊を情報網から遮断して放置しているのである。完全な規定無視だったがルビエールは無言を貫く。

 アディティは意図的に沈黙と暗闇の時間を作り、それによって相手を情報から孤立させている。一秒一秒が重要な局面における大胆な行動にルビエールは意識を奪われた。

 しばらくするとアディティはコンソールを指で3度叩いた。操作のための行動ではない。それがアディティが次の行動をとる前のルーティンであることをルビエールは間を置いて理解した。

「ロッソリーダー。戻れ」

 抑揚やトーンは変化していない、にも関わらず次のアディティの言葉は威圧感を増して感じられた。直接言葉を向けられたわけではないルビエールすらそうなのだ。相手はもっと顕著だっただろう。アディティのとった行動は相手を不安にさせ、様々な想像を働かせる効果を持った。

 少ししてロッソの機影は転進した。素直に言うことを聞いた、というよりはアディティによって自分たちの選択をねじ伏せられた形になった。彼らは自分たちの判断の妥当性など無視されて服従させられたのである。

「戦闘終了。全機、撤収」

 何の感慨もなさげにアディティは戦闘の終了を告げた。悶着はあれど、ともあれ部隊の撤収は完了した。しかしこの問題は解決したわけではない。その預かりはもちろんルビエールである。ルビエールは周りにも聞こえるようにため息をつきながら椅子からさらにずり落ちた。


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