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11/2「第11旅団」

11/2「第11旅団」

 クリスティアーノとの会談を終えたルビエールは翌日、ローマの本営で顛末をカリートリーに報告した。

 話している最中に不安になる疑問が湧いた。結局あの女は最後まで自己紹介をしなかったのである。実は自分が会って話した女はクリスティアーノではなかったのではないか?という冗談のような疑問だったがルビエールは不安になってカリートリーにそのことを言った。カリートリーはしばらく目を泳がせると苦笑しながらさらに冗談ともつかぬことを言った。

「そういえば俺も自己紹介をされた覚えがないな。もしかしたら俺たちの知っている女はクリスティアーノ・マウラではないのかもしれないな」

 呆れたという顔をするとカリートリーも苦笑しながら頷き、二人は自らの意識を共有した。つまり、あれがクリスティアーノ・マウラなのである。

 話はルビエールの転属に差し掛かった。その話を聞き終える前にカリートリーの顔は複雑な色を見せていた。大きくため息をつくと言葉を待っているルビエールに形ばかりの祝辞を述べてから本当のところを口にした。

「栄達ではある。が、罠だろうな。もちろんお前も解っているだろうが」

 ルビエールは特に何の反応もしなかったがかまわずカリートリーは続ける。

「お前は既にクリスティアーノ派閥の人間として扱われている。それどころか派閥における顔だ。実体はともかくとして新興勢力で一番有名な人物になっているわけだ。当然、クリスティアーノの台頭に気をよくしていない連中は山ほどいる。ヘイトを集めやすいわけだ。そしてこれは実のところ身内にも言える」

 ルビエールは内外問わず注目され過ぎている。外部にとって新参であるのは当然なのだがこれは内部、つまりマウラ閥にとっても同じだった。いきなり現れた新参者がマウラ、それもクリスティアーノに近い位置に出現して怪訝にならないわけがない。ルビエールがマウラ閥の主力として扱われる資質があるのかどうか疑念を抱いている者もいるだろう。サネトウなどはそういう内部の機微に敏感だ。

 だからこそ、とカリートリーは考える。クリスティアーノは最高のタイミングでルビエールを売ったのだ。活躍をすればそれはそれでよし、できなくともルビエールに注目が向いているうちに派閥は勢力拡大に集中できる。

 つまりこの転属はルビエールにとって罠であると同時に試験であり、またクリスティアーノとっては陽動であると同時に取引でもあるのだ。クリスティアーノらしい悪辣な判断だ。

 しかしカリートリー的ではない。不服だった。確かにルビエールは目立ち過ぎる存在になった。だからといってその性質を活かす方に無理矢理舵を切る必要はない。真っ当に実績を積ませればいいだけの話ではないか。最高のタイミングというのも現時点での価値であってこの先の価値とは異なる。熟していない果実を高値で売ったところで熟した果実の価値には及ぶまい。クリスティアーノもサネトウも手駒の少なさに苦労して焦っているのではないか。

 クリスティアーノは現場には無頓着で有望な士官を失うという現実的な手痛さも理解できていない。カリートリーはこの件に前向きになれなかった。

「正直なところ俺の立場から見ていい方法には思えんな」

 カリートリーの複雑な心境は言葉にも複雑さを付与した。もちろんカリートリーにとって計算に入れていた手駒がなくなるわけだが、この方策はルビエール、そしてクリスティアーノにとっても不利益を生じさせるように思えるのだ。

 しかしこの表現はルビエールを困らせる。

「上で意見の食い違いをされても困りますが」

 正論にカリートリーは苦笑する。全くその通りでこれはルビエールに言うことではなかった。カリートリーは知らずにルビエールをエイプリルと同じレベルで扱っていることを自覚した。

「クソは上に流れるものだったな。まぁ今さら結果は覆らんだろう。こちらはこちらでやるべきことをやるとしよう」

 話の転調にルビエールは頷いた。やるべきことは多い。まずルビエールはローマ師団の属する欧州共同体自衛軍の士官である。自衛軍と正規軍間での人員の異動は珍しいことではないが諸々の手続きは煩雑化するしかない。

 今回の場合は派兵ではなく正規の転属となる。ルビエールは正規軍の人間となるのである。それなりのベテラン将校ならともかくほとんど新米のルビエールには何の伝手もない。身一つで送り出すなどローマ、何よりマウラ閥としての沽券にも関わる。ルビエールをフォローする人員も当然ながら送り出すべきだった。

「ま、そうだな。原隊からいくらか人間を持っていってもいいだろう。直下の各部要員、自分で見繕って持って行け」

 素っ気なくいうがローマ師団は腐っても特殊戦略師団である。ルビエールの属する原隊である第八大隊はその中でも虎の子のエリートたちである。子飼い部隊の人員を預けるというのは決して寒い援助ではない。徒手空拳で新天地に移るルビエールにしてみれば何より有難い計らいだった。

 そうは言ってもそれで部隊を編成するなど到底できない。ルビエールは正規軍内で部隊編成をやらねばならない。そのためのノウハウなどあろうはずもない。

 この点で先達であるカリートリーはいつになく饒舌になってルビエールに自身の編成術を披露する。どこからはじめ、どこまでを自分でやるべきで、どこからを他人に任せるのか。どこに足を運び、何を見て、何を聞き出すべきか。

 これらのノウハウはカリートリー個人からの手向けであり、ルビエールにとって貴重な財産となった。この財産は単純な技術ではありえない。ルビエールがカリートリーの弟子である証明であり、信頼関係の象徴だった。

 講釈を粗方終えたところでカリートリーは気恥ずかし気に咳ばらいをすると補項を入れた。

「さて、これは将来的な副次目標だが、既に軍人として完成された大人に頼るのも悪くはないだろう。だが、そういう連中はそれぞれに腹に抱えているものも異なる。直参の部下を手に入れるといいだろう」

「お言葉ですが、私より若い士官など当分は役に立たないと思いますが」

 ルビエール・エノー僅か23歳である。同世代の者ですらほとんどが「見習い」の域を出ておらず、巡り合うことすら稀だった。

 カリートリーはしばらく目を泳がせると破顔し、素直にルビエールの言を認めた。

「それはごもっとも。いかんいかん。貴様やカーラジェラルドを見ていると基準を忘れそうになる。しかし貴様も部隊を率いるなら未完成品を預かり、自分の部隊の人間として完成させることは必須になる。自分で色を付けた部下。それは恐らく貴様にとっては貴重な存在になるだろう」

 このカリートリーの言葉は助言と言うよりは警告に近しい雰囲気があった。ルビエールはヤングを思い出す。定義上の味方であり、個人としての敵。そういう人間とは今後も相まみえるかもしれない。また、途中までは味方であった人間とも何らかの利害によってぶつかり合うことは起こりえる。そういう時、常に自分の側にある味方。カリートリーが言いたいことはそういうことだろう。

 しかし自分の色とは一体何だろうか?それをルビエールはいまだに見つけられてはいない。


 大人に頼っているか。部屋を出てルビエールは反芻すると苦笑した。

 つまるところまだまだ子供扱いされているというわけである。これには反発心がないわけではなかったが全くの事実なのでごもっともと認めてしまう心の方が優勢だった。

 コール、ギリアム、リーゼ、いずれもベテランでそれぞれの理念を持っている。あのマサト・リューベックは特殊だ。実際の年齢と異なってルビエールなどよりはるかに多くの知見を持っている。

 これらの既に完成された人材がこれまでルビエールを助けてきた。しかし、そんな人材だけで周りを固められるわけではないし、またそのような人間たちが常にルビエールの側に立ってくれるわけでもない。確かに、自分自身で作り上げた部下、というものが必要になる場面はあるだろう。

 とはいえ、実際問題として同世代、あるいは下の世代から部下を見つけるというのは容易な話ではなかった。今のルビエールのネームバリューであれば志願する者はいくらでもいるだろうが役に立つかどうかは怪しいもので育成するにしても自分のことで精一杯のルビエールにできるとは思えない。ましてルビエールはマウラ閥の人間となったのである。自分も散々に振り回されていて、これからも振り回されるだろう。安易に他人を巻き込みたくはないのだった。

 あくまで将来的な話と考えてルビエールは一旦この課題を棚上げすることにする。まずはやるべきことをやらねばならない。

 310年。ルビエールはさらに階級を上げて中佐となって正規軍第11旅団に転属することになる。その役割は期しくもイージス隊に近い。またしてもルビエールはその血と立場を利用されることになるのである。要求も膨らむばかりだ。難題だらけで眩暈がするが不思議と気分は晴れていた。

 この差は一体何だろうか?



 ルビエールとの別れを終えたカリートリーはそのままルビエール放出の決断をしたクリスティアーノに面会を求めた。今回の人事にはいくつか腑に落ちない点があってそれを確認したいというのが名目だったが、何より文句の一つでも言ってやりたい気分だったのである。

 後日、クリスティアーノ邸に赴いたカリートリーは珍しく執務室に通されて軽く驚かされた。当のクリスティアーノ自身はシャツにジーンズと相変わらずの居姿ではあったが。

「納得いかんか」

「悪手だと思っています」

 悪手とする理由はいくつもあるがカリートリーがもっとも懸念するのはルビエールとクリスティアーノ双方の信頼関係にある。カリートリーはこの先ルビエールがマウラ閥として、またクリスティアーノ個人にとっての重要な臣下となることを期待していた。これはカリートリーに限らず、クリスティアーノの近臣たちも同じだろう。クリスティアーノに信頼できる人材が少ない、ということはつまり近臣たちにとっても信頼できる人材は少ないということでもある。ルビエールはその多くない人材を個人として補うだけでなく、また別の人材を呼び込む役割をカリートリーは期待していたのである。

 しかしルビエールがその役割を担うためには当然だがクリスティアーノとの信頼関係が構築されなければならない。そうでなければルビエールを通じて集う人材とクリスティアーノとの間には溝が生じる。そして、そのための時間が2人には与えられなかった。ルビエールはクリスティアーノと言う人物を十分に理解する間もなく、放り出されたのである。

 ふむ、と軽く首を傾げてクリスティアーノは服装に全く合わない豪勢な椅子に背を預けた。カリートリーの言っていることにも理があった。

「お前の言いたいことは解った。一理も二理もある」

 実際、クリスティアーノとルビエールはお互いを信用していない。しかも二人は相互理解のための努力を放棄してしまった。馬鹿正直にそう言ったらカリートリーは呆れ果てるだろう。それはそれで見てみたいが。

 恐らくカリートリーはクリスティアーノとルビエールの二人が自分を含めた別の人間との信用によって結びついていることを知らない。まぁあのやり取りはいちいち人に話すようなものではないし、逆に話していたらそれはそれでガッカリである。クリスティアーノとしても話すつもりはない。となれば、そのエピソードを避けた上で説明し、納得させなければいけないわけだ。

「まずあのお嬢ちゃんはよくもわるくも注目されすぎている。マウラ閥の人間として仕事をさせるのには不都合なレベルでな」

 ここまでの言い分はカリートリーの洞察通りだった。しかしカリートリーの言い分としては今のルビエールの価値とこれからのルビエールの価値をしっかりと見定めてもらいたいところだった。それを口にするとクリスティアーノは意地の悪い顔をした。

「なるほど。お前の中では随分と評価が高いようだ」

 不快気な表情を見せたカリートリーだが次の瞬間には開き直った。

「誰かのおかげで優秀な士官には常々困っておりますので」

「そいつは悪かったな。だが今さら覆す気はない。それにこの話はお前の考えているほど悪い話じゃないんだ」

 果たしてそうだろうか?カリートリーは納得しない。むしろ胡散臭い要素だらけだ。

 第11旅団が新設される部隊というのも怪しいところである。第七艦隊を再編するのでなく、その残存を別個に編成するというのは如何にも間に合わせの場繋ぎ部隊であることを匂わせる。都合よく使い潰されることになるのではないか?

「いや、その心配は必要ないだろう」

 きっぱりと否定されてカリートリーは好奇の色を見せた。

「何か確信が?」

「旅団司令はあのハミルだ」

 ハミルという名前はそれほど珍しくもないが「あの」とつけられる人物となるとカリートリーに思い当たる人物は一人しかいない。

「アントン・ハミル、ですか?」

 あまりに意外な人物にカリートリーは慎重に確認をとってしまった。

 アントン・ハミル大佐は連合正規軍の中でも極め付きの現場主義の軍人で「備えよ常に」を口癖に軍備増強と訓練を具申しまくることから鉄兜の異名をとっている。これは頭が固い、無用な備えなど蔑称に近い意味を持つ。その性質上、彼は上位将校からの受けが悪く、その実務能力と比して大部隊の指揮官としては外されてきた人物だった。

 それが今になっての抜擢か。カリートリーはハミルが新長官派だったかどうかを思い起こそうとしたがこの考えは棄却された。ハミルは政治的な動きを全くしないタイプの将校だからこその大佐止まりだった。仮に新長官派であったなら旗頭として名目だけでも出世しているはずである。彼は新長官派に指名されたのだ。これまで日陰者だった新長官派には実績のあるビッグネームはほとんどいないだろうことは想像がつく。つまりハミルは新長官派が使える貴重なビッグネームなわけだ。安易に使い捨て出来る存在ではない。

「なるほど。つまり第11旅団なる部隊は新長官派が実績を上げるための虎の子と言うわけですか」

 クリスティアーノは頷くと付け足す。

「そういうことだ。それに役割がどうであれハミルが動かすなら充分信頼できる」

 確かに、ハミルは正規軍にあって数少ない実力者で、その点で疑う必要はないだろう。ハミルは超がつく現場主義で上層の政治闘争に口出しされても聞く耳を持たない。その意もあっての鉄兜である。しかし、そうなると。

「言ってはなんですが、ルビエール・エノーとは相性が悪くありませんか」

 ルビエールを部隊にねじ込むことはそれこそハミルの嫌う行為のはずである。これにはクリスティアーノも歯切れ悪く苦笑する。

「百理あるな。ま、そいつはお嬢ちゃんも百も承知のはずだし、そっちで何とかすべき問題だ」

 随分と酷な注文だ。カリートリーは同情的になってしまった。


 第11旅団は失われた第七艦隊の残存戦力を中心として急造された「穴埋め部隊」である。正規艦隊以下の陣容とはいえ多正面作戦を強いられている連合軍にとっては貴重な機動戦力としての役割を担うことになる。

 その第11旅団の一角にルビエール率いるエノー支隊は作られることになる。この支隊は第11旅団から独立しているわけではないものの編成権を含めて多くの権利がルビエールの手に持たされる。まごうことなき特別扱いだった。

 しかしこの特別扱いはルビエール個人にとってみれば無理難題とも言い換えられる。何の経験もない新米士官にいきなり部隊編成が押し付けられたのである。

 ルビエールは着任早々から編成部に張り付いて1から部隊の編成にあたることになる。第11旅団からは何の準備も提供もない。あるのは口出しだけである。予想できたことではあったが実際に何の援助もないとなるとそれは特別視と言うよりは白眼視だった。

 エノー支隊の人選は大いに混乱することになった。特に支隊の士官候補に関しては各所からの推薦と言う名の売り込みの多さにルビエールは閉口し、臍を曲げてしまっていた。

 推薦した者、された者。そのほとんどがルビエールに協力しようという思いを名目に掲げながらも、実際には利用しようという思惑が透けており、中には恩着せがましく新進気鋭の英雄殿を先達として導こうなどと豪語する者もいた。

 厄介なことにそういう連中を推薦するのはそれぞれに名の通った将校たちであり、断るにしても一々その面目を考慮しなければならなかった。

 エノー支隊は正規軍新設の第11旅団に間借りする形で編成される。旅団司令直下の独立中隊で、その編成はほぼ中隊長であるルビエールに委ねられる。第11旅団自体が便利屋で、さらにその中での便利屋という立場になる。

 とりあえずルビエールは自艦の艦長としてロバート・コール、補佐官としてリーゼ・ディヴリィを就けるところから始めた。手の届くところから始めたわけだがそれですら苦労する羽目になってルビエールは愕然とする。

 まず支隊司令の補佐官というポジションは言ってみれば隊のナンバー2に相当するポジションなのだがこれに旅団長から待ったの声がかかった。第11旅団の旅団長アントン・ハミル大佐はエノー支隊の人員が完全にルビエールによって掌握されることを許さなかった。ハミルはルビエールを信頼していなかったりその名声を利用したいという思惑を持っているわけではないが自身の旅団にルビエールという異物が混入されたことには不快感を持っている。彼もルビエールを取り巻く思惑をいくらかは理解していたが、その思考は厄介ごとに関わりたくないという方向に向かっている。ゆえにハミルの介入は支隊に干渉するというよりは監視することを企図していた。関わりたくはないが、目を離すわけにもいかないということである。エノー支隊のトップが旅団とはほぼ無関係の2人で占められることを懸念するのは自然な思考だった。ハミルはエノー支隊が旅団の思惑から外れた愚連隊になってしまうことを危惧しているのである。

 このハミルの介入は一定の理があってルビエールも無碍にできなかった。とりあえず補佐官職は保留しリーゼには支隊参謀の席が与えられた。

 コールに関しては別の意味で苦労する。彼はそもそも退役するつもりだったのである。ただしルビエールと共にローズ救出の立役者である彼の退役を編成部は保留していた。つまり使いどころを探っていたのである。ルビエールは多少卑怯とは思いながらも詭弁を用いてコールの翻意を促した。

 コールの退役は容易には認められないだろう。コールはその経歴から編成部に自分と同じように見栄えのよい宣伝材料と見做されているのだ。保留しているのは使いどころを探っているのである。戦争は激化しており、悪ければより条件の悪い環境に身を置くことになるかもしれない。また、いざそのような辞令を受けることとなればコールの性格上、断ることは難しいだろう。それならばこれまで通り自分に力を貸していただければ少なくとも自分の職務に集中することができる。

 老兵は苦笑いするとルビエールの願いを受諾した。後日、編成部にコールを引き受けることを宣言した際に担当官は悔しそうな顔をした。ルビエールの詭弁は当たらずも遠からずだったようである。

 事務官の首席にはマオ・ウイシャンを指名した。補佐官職に続いての身内指名にハミルはいい顔をしなかったが気心の知れた事務官ほど貴重なものがないことは彼も理解しており、補佐官職が譲歩されたこともあって黙し、追って承認された。

 支隊の戦闘要員、つまりパイロットの人選に関してはハミルの興味の範囲外であることからルビエールは好き勝手に選ぶ。とはいえ、イージス隊のメンバーをそのまま、というわけにはいかない。確保されたのはギリアム・ロックウッドをはじめとした旧オライオンの4名、マックス・ホーエンザルツ、エリック・アルマス、メリッサ・アトキンスの3名である。エドガー、フィンチの両エースは原隊から拒否された。当たり前の話なのでルビエールも大人しく引き下がる。

 僥倖だったのは旧ホーリングス隊の整備班長ジミー・アルトマンを確保できたことである。旧イージス隊の性質上、整備関係の人材には全くあてがなかった。アルトマンが確保されたことで整備スタッフの人選はほとんど彼に任せることができるようになったわけである。

 一方で上手くいかなかったケースもあった。ルビエールはその他にもリターナーである旧ホーリングス隊やシュガート隊の人員を確保しようとした。ほとんど私情だったが実際にあの生存劇を切り抜けた兵士たちであり信頼に値すると思ったのである。リーゼすらこの配置には乗り気だった。ところがそのほとんどが既に配属先が決まって異動してしまっていた。

 特にシュガート隊のアンダーセン少佐とヘリクセン少尉が確保できなかったことにルビエールは落胆した。このことをコールに漏らすとアンダーセンの旧友は暗い顔をした。

「彼のような現場一筋の人間は貴重である一方で他に使い道がありません。つまり何も考えずに戦場で使い潰せるということです。まぁ、それが彼自身の選んだ道でしょうし、本意なのでしょうが」

 もう会うことはないだろう。

 コールは酷薄とも言える感情で割り切る。長く生き残れば生き残るほど、別れた同胞の数は増えていく。それに合わせた心の処世術も必要になるのである。

 戦争はコールたち老兵にすら未経験の拡がりを見せている。アンダーセンのような人間を活用できる場はいくらでもあるのである。そしてそれはシュガート隊やホーリングス隊の兵士たちも同様である。彼ら一人一人にリターナーの称号が与えられるわけではない。彼らはその他大勢として編成部に数字として認識され、機械的に戦場に投入されることになるのだ。

 結局のところ旧シュガート・ホーリングス隊の人員で確保できたのは12名に過ぎなかった。これらの人員は全てイージス隊に配属された。これもまたハミルはいい顔をしなかった。どんどん嫌われていくことにルビエールも気にしていなかったわけではないのだが中隊の編成権はルビエールにある。この程度の贔屓は裁量のうちだとルビエールは開き直ることにする。

 実際にはハミルの不機嫌はルビエールの人選というよりは優先順位にあった。要はイージス隊の陣営ばかり揃って残りの隊の進捗が全く進んでいなかったのである。

 ここでエノー支隊にもう一人の中心人物が合流した。

「フレッド・ソープ少佐です。お呼びではないでしょうが、どうぞよろしくお願いします」

 支隊司令補佐官につくフレッド・ソープ少佐は29歳と比較的若い青年士官でハミルから寄越された旅団の目付けという立場を公言して憚らない。見た目にも嫌味そうな眼鏡の官僚タイプといった体で当然ながらルビエールは第一印象でこの人物に警戒感を持った。

 このソープは見た目通りの嫌な男であり、ここまでの隊編成の遅れを指摘してルビエールを憮然とさせた。ここまで自艦の編成ばかり進んでいくのはルビエールがやりたがっていない意思が如実に表れていて全く反論ができない。このソープの登場でルビエールはようやくそこに取り掛かることになる。

 まずは支隊小隊長格の人選となる。エノー支隊はルビエールの率いるイージス隊(この名称をルビエールは好まなかったがほとんど強制された)と他7艦の8小隊編成となる。ルビエールはイージス隊の小隊長と支隊長を兼任するため小隊長格としては7人を選出することになる。

 これがとてつもなく難航した。候補だけなら推薦された人材だけでも有り余るほどあったがそこから割り当てることは可能な限り避けたい、というのが本音である。これらの人材は原隊の思惑を帯びていて腹に何を抱えているか解らない。推薦者の中には対立関係にある者もいるのである。そういった人物で支隊を構成すればルビエール自身の統率に悪影響を及ぼしかねない。悪ければ瓦解することもありえるだろう。

 それにルビエールは今やマウラ閥の人間、それどころか代表的な人物としてスケープゴートにされている。ルビエールを通じてマウラとのよしみを得ようとする者もいるのである。そうでなくとも選んだ人物の推薦者からは恩を売った、買ったというしがらみが生じて、対立者からは恨まれる。とにもかくにも面倒なのである。

 それならば他のあてがあるのかと問われればルビエールの伝手にそんなものはない。やむなく推薦された候補者から影響のなさそうな人物を選ぼうとしたルビエールに待ったをかけたのは意外な人物だった。

 候補者リストに一通り目を通したソープはルビエールの目の前でそれを放り投げると意外なことを言った。

「役に立ちませんね」

 推薦された人物はどれもそれなりの経歴の持ち主が揃っている。推薦者が聞けば激怒するだろうソープの評価にルビエールは怪訝な顔をした。

「どういう意味でしょう?」

 ソープは嫌味な顔をしたが次の言葉は見事に礼節を維持していた。

「中佐。私はあなたの部下ですのでそうかしこまらなくて結構です。説明いたしますとまずエノー支隊は遊撃戦力足る旅団のさらに遊撃戦力という立ち位置になりますが、これは建前に過ぎません」

 む、とルビエールは思わず身構えた。建前の後に出てくる言葉とは本質を突くものであって大抵の場合は当事者を不愉快にさせるものだ。実際、次のソープの台詞はルビエールにとって不愉快な事実だったがそれを口にした人物の意外性によって相殺される。

「エノー支隊とは、中佐、あなたの隊です。あなたを主役とし、あなたが活躍するための部隊なのです。ゆえに他に主役に足るキャストは必要ありません。極端な話、あなたのイエスマンだけで構成されても何ら問題はありません」

 それを旅団目付けが言うのか、とルビエールは唖然としたがソープは何を困惑しているのかと逆に不思議そうな顔をする。

「何か可笑しなことを言いましたか?」

「いえ。ですが、それでは支隊が私の私兵集団になってしまいませんか」

「なるでしょうね。それが何か問題でも?」

 ルビエールはますます唖然としたがソープの表情は変わらない。ここでフレッド・ソープなる人物、そして第11旅団の思惑が彼自身の口から語られた。

「何か勘違いなされているようですので言っておきます。ハミル大佐は良くも悪くも職業軍人です。基本的に任務以外のことはどうでもよく、関わりたくはないと思っている方なんですよ。私の役目は言った通りイージス隊のお目付けです。これは主旨としては支隊が旅団の害にならないように監視する、ということです。大佐個人は関わりたくはないと考えているようですが、それが旅団全体の方針なわけではありませんし、旅団司令としてそれでいいと考えているわけでもありません。そこで僕が送り込まれたわけです。しかし僕は自分の役割を監視の範疇で留める必要はないと考えています。僕の役割は旅団を効率的に動かすことです。そのために支隊の不安要素は排除すべき。つまり、積極的に関わるべきだと考えているのです。エノー支隊が政治的な理由で利用され、それに旅団が巻き込まれたのであるならば、こちらも支隊に介入して積極的に利用すればいいじゃないか、ということです」

 ソープの明け透けな物言いは明らかにルビエールを試していた。ここでルビエールとの関係がこじれるようならそれこそ旅団は支隊と距離を置いて関わらないように舵を取るだろう。フレッド・ソープなる男は支隊を監視する以前に裁定することを自身の役割としているようだった。ただ、これはただちに敵対することを意味してはいない。ルビエールは静観して続きを促した。

「それで僕なりに考えたわけです。旅団にとって支隊が害になりうるケースは何か。そのうちのもっともリアルで、質の悪いケースが支隊の政治劇に巻き込まれる形だと思ったのです。このパターンは旅団では手に負えません。そんなことにならないように支隊の手綱はあなたにしっかりと握ってもらいたい。なので、あなたに対抗しかねないような人物は含まないでよいと我々は考えます」

 ソープ、つまり旅団側としては支隊内で争われることは軒先で喧嘩されるようなものである。それならば支隊をルビエール個人で掌握してもらう方が楽ということである。

 ソープのこの発言は一定の条件下において旅団はルビエールを信任し、協調できるという意思表明ととれる。旅団側の意識を確認できていなかったルビエールにしてみれば驚くべき援護と言えた。

 この意見は支隊編成の考え方に新たな方向性を開いた。つまるところ支隊の動きを完全にルビエールで握ってしまってもかまわないのである。実績はなくともルビエールの命令を実行できさえすればいい。難しいことには変わりがないがそう考えれば候補者リストは大きく様変わりするだろう。

「なるほど。少佐の考えは解りました。その考え方も含めて再度考え直します」

 支隊司令には度量があると踏んだのか、ソープは嫌味な表情を薄めた。

「まずは支隊をどのような部隊とするのか、それをはっきりと示すことが肝要かと思います。幸いなことにハミル大佐は現場からは受けのいい方です。あなたの、ではなくハミル大佐の隊として、であれば協力してくれる方もいるでしょう」

 自身でなく、上官の権勢を使えというのは相手によっては不興を買う言葉だったろう。しかしソープの見込んだ通りルビエールはその進言とその裏にある意図をあっさりと呑み込んだ。

「それは要約すれば旅団の一員として振る舞え、と釘を刺しているわけですね」

 途端、ソープは破顔して指を鳴らした。

「その通り。そうして貰えれば僕の仕事も楽なものですよ」

 しゃあしゃあと言ってのけるソープにルビエールは苦笑いを浮かべたがソープへの評価は急激に変化しつつあった。この男は支隊の人間ではなく旅団の人間ではある。しかし支隊が旅団のために動く限りにおいては仲間として信頼できそうだった。

 このやり取りをブリッジクルーの選出をしながら横目で見ていたコールは小隊の最大の懸念事項が解決するかもしれないと密かに胸を撫でおろした。旧イージス隊にあって支隊にないもの。期せずしてマサト・リューベックの代替が見つかったと考えたのである。


 後日改めて検索しなおされた候補者リストが上がっては来たもののそれでも楽な作業ではなかった。

 どこの世界でもベテランという存在は極めて貴重である。ルビエールは自身が若輩であることと、戦場に於いてアンダーセンという例を見たことから最低でも一人はベテランを欲した。これは能力的なものと言うよりは精神的な部分を重視してのことである。同じセリフを言うにしても大多数の兵士より年下の自分より大多数の兵士より年上の人物の方が適切ということはある。

「なるほど。中佐は年上趣味ですか」

「趣味の話などしていません」

 同じセリフと言えばソープの癖の強いジョークはルビエールを軽く苛立たせる要因になっていた。これがマサトであれば不思議と気にはならなかったのだが。その差が何であるのかルビエール自身も首をひねるところだった。

 ソープの方も首を傾げていた。かなり難しい話だからだ。ベテランが欲しいというのは全く筋のある話で理解できる。しかし軍においてベテランという存在は放っておいたらできる人材ではない。石臼で磨り潰すような環境において生き残ったベテランは現場だけでなく後方においても貴重なのだ。まして戦争が激化した今の時勢で宙ぶらりんになっているような都合のいいベテランはいないだろう。若手の有望株の方がまだ楽に見つかるのではないか。

「うーん、どうしても欲しいというならどこかから引き抜くしかないでしょうね。もちろん、その場合はそれなりの交渉が必要となるでしょう。そのための材料は」

 そこまで言ってソープはルビエールの顔を見て不自然に言葉を切った。

「まぁこれはそっちの問題ですね」

 ソープはマウラ閥のルビエールとの間に線を引いているようだった。そうでなくともこれは自分の仕事であるので何も言わなかったがルビエールはフレッド・ソープという人物の立ち位置を改めて認識した。

「解りました。では引き抜きも考慮して誰か適当な人がいないか探してみてください」

 あまり気乗りしない様子ではあるがソープは頷いた。

「具体的な条件はあります?」

 その具体例としてルビエールの脳裏に浮かんだのはもちろんアンダーセンだった。

「実戦経験豊富で控えめではあるがいざとなればモノ申せる指揮官」

 妙な間を置いてからソープは頷いた。自分で聞いておいてなんだがソープはこの条件を軽視することに決めた。これで相手がどこかの新米であるなら

「失礼ですが中佐、そんな理想的な人物はおりません」

 とでも直言するところである。しかしどうもルビエールには奇跡的な実例があるらしく納得させるのは難しそうである。

 兵士はともかくとして士官における実戦経験豊富な人材とはその実、多くは後方に引き上げて貰えない、つまり出世できない将校のなりそこないがほとんどなのだ。多くは能力的には優れるが人格に難あり、もしくはその逆と言ったところである。確かに中には優れた能力と人格を持ちながら奇特にも現場に残り続ける者もいるだろう。しかしソープに言わせれば小部隊を率いるベテラン指揮官など人材活用における大いなる無駄である。長く生き残った者こそ大人数を率いることが軍、ひいては国への貢献となるはずである。

 では、自分の役割は何か。もちろん理想に叶う人材が見つかれば僥倖と言えるが、難しいだろう。ソープも同じセリフでも口にする人物によって効果が異なることへの理解はある。しかしソープは悪い方に転がる可能性も懸念する。つまりベテランの言葉が信頼されて若僧のルビエールの言葉が信頼されないケースである。下手に優秀過ぎてルビエールの権勢を脅かしても本末転倒だとソープは考える。

 ルビエールは存在自体が突飛で兵士からの信頼を得づらいからヒエラルキーが逆転してしまう可能性は大いにある。となればもっとも適当なのは能力こそそこそこだが人格的に優れた人物となるだろうか。

 様々な人員を流し見しながら考えていたソープにヒントを与える人物が現れた。

「中佐殿、ちょっとよろしいですか?」

 HV部隊の隊長を務めることになっていたギリアム・ロックウッド少尉が何やらニヤニヤしながら切り出してきた。この人物はソープの目線では支隊司令であるルビエールに対して妙に馴れ馴れしく真っ当な兵士には見えない。

「パイロットの選出は順調に進んでるんですがね。一人面白い人物がおりまして、こいつはどうも原隊で問題を起こしたらしくて放逐されそうなんですが。どうでしょう、こいつを引き取りませんかね」

 ファイルを渡されたルビエールは話の内容から難しい顔をしていた。当然だ。問題行動を起こしたパイロットなど技量に関わらず御免被るところだろう。しかしファイルの中身を確認したルビエールは苦笑するとそのままファイルを返したがその顔は決して否定的なものではなかった。

「解りました。原隊と話してみましょう」

 つまり引き取るという意思表明だった。

「そう言ってくれると思いましたよ」

 ギリアムは満足げに頷いて部屋を後にした。

 このやり取りをソープは不思議な顔をして見守っていた。普段なら反対したり詰問するところだったが、2人のやり取りは「連携」であり、それはソープの知るところでない信頼によって成り立っていることくらいは察したのである。それはソープのルビエール評に大きな影響を与えた。

 ロックウッドのやっていることは真っ当ではない。しかし件のパイロットは知己の人物であり、能力的にも信頼されている人物なのだろう。このような提案をされる指揮官であり、また受け入れられる指揮官でもあるのだ。

 ソープは自身の仕事に別の切り口があることを発見し、並べていた候補者を消してしまうと、逆にこれまで除外していた候補所をリストに戻して最初から見直すことにした。


「なんというか、疲れた」

 編成部に間借りした支隊準備室から離れるとルビエールは休憩エリアの天井を仰いだ。

 これまでにないタイプの疲れである。とにかく考えるべきことが多い。ルビエールが直面しているのは純粋に優秀な人材をだけを選んで集めるだけの作業ではない。優秀な人材が欲しいのはどこの部隊でも同じなのだ。それを引き抜くことは容易ではないし、そのような人材は多くの場合で「色付き」である。この色がイージス隊に来ることでどのように変色するのか、これも編成する上では重要な問題だった。部隊司令官として経験のほとんどないルビエールには過ぎた難題である。

「あまりお力に慣れず申し訳ありません」

 完全な専門外であるリーゼは基本的な事務作業以外に手伝えることがない状態だった。もちろんルビエールはそんなことは承知であり、それを問題視などしていない。

 そもそもエノー支隊などという規格外の部隊編成にノウハウを持っている人材などいないのである。あのカリートリーですらルビエールが抱えている問題の大部分に実感を持って助言することが叶わない。これらの問題は全てルビエール自身が判断して処理していくしかない。

 ただ、ルビエールはまったく孤立無援だったわけではない。ソープは旅団にとってプラスになると判断する限りにおいて協力的であったし、ハミルもエノー支隊を歓迎こそしないながら無下にしているわけでもない。カリートリーも助言を与えてくれる。

 そしてもう一人、ルビエールにとって思わぬ協力者が現れた。

「よーう!出世したな同志」

 編成部に釘付けになっていたルビエールの元を訪れたのはジョン・アリー・カーター大佐、その人だった。思わぬ人物の登場にルビエールは柄にもなく喜びを顔に出した。

「お久ぶりです。生きてらしたのですね」

「おいおい、どこで死んだことになったんだ」

 ルビエールの二言目に顔を複雑に歪めてカーターは差し出された手を握り返した。

「すいません。しばらく外界から遮断されていたもので、リーズデンが陥落したことは聞いていたので、もしや何かあったかと」

「そういうことか。あの後、すぐに転属で地球に降りていてな。まさかあんなことになるとは思っていなかったよ」

 カーターは苦々し気に前任地に思いを馳せた。

 カーターの前任地であり、ルビエールが初めて戦術的な活躍を示したリーズデンは共同軍の奇襲によって降伏した。この切っ掛けはドースタン会戦ではあるが、カーターの作戦の奏功もその遠因だと二人は捉えていた。

「俺がいればみすみす陥落などさせなかった、というのは思い上がりだろうな。しかし結果的に俺の手柄のせいでああなっちまった」

「それを言い出せば私も同罪になります。どうか胸を張ってください」

 自分でもそう思っておきながら他人のことなら言えるものだな。ルビエールは自分の詭弁に内心苦笑した。

「言うようになったじゃないか。修羅場を潜って肝が座ったか」

 カーターもルビエールの心中を察したように話を切り替えた。

「随分と厄介なことに巻き込まれまして」

 自嘲気味に言うルビエールに何かを察したかカーターは深く頷く。

「ま、こっからが大変だろうな」

「第11旅団という部隊を聞いたことがありますか?」

「ある。何せ俺も招聘候補だったからな」

 思わぬ言葉に驚いたルビエールだったがカーターほどの男であれば何らおかしい話ではなかった。

「そこで独立した支隊を編成することになりました。中隊規模です」

 カーターは言葉を咀嚼するのにも、次の言葉を選ぶのにもかなり苦労した。

「なるほど」

 それで精一杯だったようである。その裏にある政治的な策動に警戒するのも無理はない。

 ルビエールもすぐにカーターの警戒感に気付いた。カーターもどこかの派閥に属しているのであればそれはルビエールとカーターの個人的な感情を無視して立場に裂け目を生じさせる。

「おう、そっちは警戒せんでもいい。俺は今のところどこの派閥にも属してない。まぁ自慢できるようなことでもないが」

 ルビエールの機微を察してカーターは言う。どこにも属していない、というのはカーターらしいスタンスだったが、それはそれで気苦労の多いところだろう。

「なに、俺が従うに足る派閥がないってだけのことよ。俺様は何なら自分で一派を立ち上げようとすら思ってるからな」

 これもいかにもカーターらしいな。ルビエールは妙に嬉しくなってしまう。カーターならやってしまうだろうという予感とやってほしいという希望すら抱く。派閥間の思惑に挟まれて窮屈している自分など小さいものだ。

「バカを言うな。今や飛ぶ鳥を落とす勢いのマウラ閥だぞ。自分を見誤るな。どう思おうが今の君の影響力はそこらの将校を上回る。自分が持っている武器の性質はちゃんと把握しておけ」

 確かに。卑下ばかりしていて自分自身の影響力に振り回されてもいけない、か。

「それで、今は編成に四苦八苦しているわけだな。やはり士官か?」

「その通りです。私の人脈ではどうにも選択肢が」

「言わずもがな、だな。まぁそこの人選で苦労しない奴などおらんし、君のキャリアではなおさらだろう」

 ルビエールにはキャリアも人脈もない。明らかな事実を改めて指摘されたのだがルビエールは不快には感じない。他の人間であれば違っただろうがカーターは親身になって話しているという信頼がある。

「私の場合は特に年齢が問題になります」

 この言葉にカーターは難しい顔をして頷いた。

「うむ。言っては何だがその通りだ。人はどうしても外見から入る。年齢、容姿、性別、人種。これらが信頼のスタート地点になってしまうのは納得しかねるところだが、何も悪いところばかりではない」

 そういうとカーターは表情を元に戻した。ルビエールは次に何を言い出すかを察してウンザリとした表情をした。

「ゲインロス効果ですか」

「そう、それだ。ギャップ萌えというやつだな」

 ギャップ効果。不良が見せる優しさが格別に見えてしまう現象である。第一印象のマイナスを逆用するテクニックとして恋愛術などで語られる代物だ。しかしそんなもの狙ってやることではないだろう。というか、やりたくない。

「その点は心配いらん。君ならいつも通り振る舞えば、その効果は発動するさ」

 その指摘にルビエールはかつてないほど気分を害した。事実であるからである。

「はっはっは、そう不服そうな顔をするな。話を戻すが俺が思うに君が集めるべきは完成した人材よりは不完全でも呑み込みのいい者だ。完成していると修正が効かん。つまり、ベテランよりは若手だ」

 カリートリーの言もあってカーターの言い分にも理を感じるルビエールではあったがそれには率いる人間の資質が問われる。ルビエールはそこまで自分を評価していない。

「俺にはそうは思えんのだが。まぁどっちにしろそれなりの規模の隊を率いるのだから、そうならなきゃいかん。でなきゃ部下を死なせるわけだ」

 全くその通りなのだが。ルビエールはまだ納得はできず、言い訳に走る。

「そうは言っても低能でも困ります。未熟且つ、将来性がある若手などそうそう…」

 瞬間、カーターはニヤリと笑い。ルビエールは罠にかかったことを悟った。

「なるほどな。いいだろう。少しばかり時間をくれれば2人ほど紹介できると思う」

 そうきたか。最初からカーターはそのつもりで話を誘導した。恩を売りにきたのだ。とはいえ、押しつけがましいという意外はルビエールにとって悪い話ではない。

「有難いお話ですが、大丈夫なんですか?」

「はっはっは。心配するな、生え抜きを渡してやるほど俺もお人好しじゃない。実は俺は士官学校の方に伝手があってな。毎年有能そうなやつに唾を付けて自分のところに引っ張って育てては送り出すことをやってる」

 わりと好評なんだぞ?と茶化すがかなり大胆な行動である。二次育成をやって自分のシンパを各地に売り飛ばしているのだ。しかし今のルビエールにとっては聞き逃せない情報である。未熟且つ、どこの派閥にも属していないカーターからの提供。都合の良すぎる人材である。

「普段なら真っ当に育てた奴を送り出すところだがな。お前さんならうちのやり方を叩き込んだ連中でも使いこなすだろう。特別にそいつらを寄越してやる」

 願ってもない話、と思いたいところだったがルビエールには一抹の不安が過る。

「それは、随分と癖が強そうですね」

 何せカーターのやり方を学んだ士官である。とんでもない規格外の行動を平気でしかねない。果たして自分に使いこなせるだろうか…。

 カーターはにやりと笑った。お手並み拝見とその目は言っている。

「いいか、ルビエール・エノー中佐よ。リーズデンで言ったあの言葉はまだ生きてるからな。ちゃんと覚えてるだろうな」

 あの言葉。とはいつか自分と組もうという話だろう。あの時は現実味のない話だったが、今は違うということにルビエールは気づいた。いまルビエールがもっとも欲しているもの。つまり横の繋がりは既に種がまかれていて、芽吹くところだったのである。

「もちろんです。これに留まらずこれからも頼りにさせていただきます」

 カーターは満足げに笑った。

「任せたまへ。もちろん、こちらも頼らせてもらうからな。まさかこの短時間でここまで登ってくるとは俺も思っていなかったが、頼りになる仲間が増えるのは有難いことだ。そうは思わんか」

 全くだ。思えば横の仲間を欲しているのはルビエールだけではないのではないか。カーターにしてもそんな仲間はそう容易に得られるものではないはずである。もしかせずとも同じようにそれを欲している者が他にもいるだろう。


 カーターとの交流を終えたルビエールに対してリーゼは何やら普段とは違う表情をしている。苦笑、ではあるが否定的ではない。微笑ましい、にしては苦い。

「どうかした?」

 訝しむルビエールにリーゼはやはり普段とは違う反応を見せた。

「随分と饒舌でしたので、カーター大佐のことが随分と気に入ったようで」

「は?」

 体温が数度上がった感触がしてルビエールはあからさまに狼狽えた。

「冗談です。このような仕事をしていると愚痴や立場を共有できる相手は限られます。似たような立場の仲間がいれば嬉しくなって積極的になるのは当然です。現場指揮官の盟友連合には私も介入できませんので」

 澄まし顔でいうリーゼの言葉はかなりの皮肉が含まれており、ルビエールはリーゼでもそんな表現をするのかとおかしくなった。

 ルビエールは知る由もないが現場指揮官の盟友連合という言葉に似た表現はリーゼのような下士官と士官の間にいる人間には数多い。

 現場指揮官とは孤独な仕事である。彼らは現場における責任者であるため一つの現場に複数人がいることはあまりない。船頭が多くて部隊が迷走することはよくあるためだ。一時的に一緒になることはあっても長く共同して職務にあたることもまずない。つまり、彼ら現場指揮官たちは同業者と個人的な友好を持つことが難しいのである。

 なので彼らは仲間と巡り合えばその貴重な時間を最大限に活用し積極的に情報を交換し、手短に友好を図ろうとするようになる。一種の職業的な習性である。

 リーゼから見ればルビエールとカーターとの交流はまさにこれに合致する。普段のルビエールのコミュニケーションスタンスとの違いも明らかである。

 ルビエールは奇妙な経歴を歩みながらも指揮官として着実に成長しつつある。しかしこの真っ当さと歩む道程は果たして噛み合うのだろうか?


 用事を済ませたカーターは上機嫌ですぐ近くの待機エリアに足を向けた。彼の腹心であるケン・ナカノはリーゼと同じように複雑そうな表情で待機していた。

「エノー中佐はどうでした?」

「うむ。予想以上だな。あいつはまだまだ偉くなる。こっちもうかうかしておれんぞ」

「それは、喜んでいいのかどうなのか」

 ナカノにはカーターが無邪気に喜んでいるように見える。しかし彼の立場から言えばそれはあまり喜んでばかりいられる情報ではない。

「おいおい。いいに決まっているだろう」

「それで、やっぱり出すんですか?」

「おう、予定通り二人。お嬢ちゃんの支隊に紹介してやってくれ」

「いつも通りひよっこでは駄目なんですか?」

「ダメだ。やるなら本当に役に立つ奴を送り出さなきゃ意味がない」

 本気で出すつもりか。ナカノはあまり納得している風ではない。これと見た相手に二次育成した士官を送り出すことはこれまでもやってきたので構わない。そもそもそういうつもりで育てている人材だから影響はない。のだが、今回の場合は自分たちで使うために育てた人材を送り出そうと言うのだ。これはさすがに人材運用に影響が出る。

 カーター一味のノウハウ、手の内も流出する。だけならまだいい。カーターの所業をすべてではないにしても知っている者であり、その中には犯罪紛いの行為も含まれているのである。下手をするとカーターの急所になりかねない。

「しかしですねぇ。将来的にはライバルにもなりかねない相手にそこまでする価値がありますかね」

「ナカノ。俺はそういうものの考え方は好かんな。エノーのお嬢ちゃんも俺と同じタイプだろう。手強い相手だと言うなら味方に引き込めばいい。それに情けは人のためならずという言葉もある。こいつは先行投資というやつだ」

 聞く耳持ちそうにないな。ナカノは諦めてハイハイと気のない返事をした。

「それで、人選はどうなってる?」

「ウェイバーとジェニングス。妥協できるのはここら辺りですかね。しかし当人たちは納得するでしょうかね」

「しなかったらしなかったでそいつはお嬢ちゃん側の問題だが。まぁ問題はなかろう」

 ルビエールなら使いこなす。カーターはそう確信しているようだ。ナカノとしてもそうでないと二人が可哀想なのでそうあって欲しいと願うところだった。

 それにしてもカーターはエノーを過大評価していないか?ナカノは懸念する。確かにエノーはカーターがこれまで得ようと思っても得ることのできなかった軍内部での数少ない仲間である。カーターはその有り余る才能を活かせる情勢が到来したことで急激に立場を強化しているのだがその栄達についてくることのできる同僚がいない。もともと型破りなカーターの受けはよくない。エノーほどではないにしてもカーターも若く、ほとんどの任地で若僧であり、新参という立場ではこの傾向はさらに顕著になる。前の任地であるリーズデンでもそうだった。カーターの栄達は厄介払いという意味も含んでいるのである。

 ルビエール・エノーはそんな中で出会った才能である。カーターはどちらかというとリアリストであるがエノーの件に関してだけは実態よりも縁の方を重視しているように見える。柄にもなく運命論者になってしまうらしい。これまで同僚との縁に苦労してきたカーターにはその縁がダイヤモンドの原石に見えているのだろう。

 ナカノから見ればただの贔屓である。これは恐らく気のせいではない。エノーは出世するから今のうちに恩を売っておいて損はしない。カーターがナカノを説き伏せるために用いた理屈も方便だろう。確かに出世はするだろう。しかしカーターとは性質の異なる出世の仕方になるだろう。いや、現時点でそのような出世の仕方をしているではないか。

 とはいえ、ナカノにはカーターのエノーファンクラブ活動は止めようがない。カーターファンクラブのナカノはその心情が痛いほど理解できるのでその行動を諫めようがないのだった。



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