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9/2「異邦人」

9/2「異邦人」

 ヤングの一件が落着を見せてから諸隊は表向き平静を取り戻していた。しかしこれまでとは明確に変化したことがある。ほとんどの兵士たちが帰還の目処を気にするようになったことである。

 結果的に失敗したとはいえヤングの唱えた理念は兵士たちにとって身につまされるものだった。自分たちは連合軍人である。これを否定することができるほどモラルの欠如したものはいなかった。またヤング事件の事後処理が諸隊自身の手によって処理される過程は自分たちが孤立しているという事実を知らしめることにもなった。今では誰もがここが自分たちのいるべき場所ではないことを自覚している。

 この傾向は歓迎すべきではあるもののルビエールにはプレッシャーでもあった。いまでは兵士たちは帰還を渇望しているが今のところその目処は立っていない。このままでは兵士たちは焦れていき下手をすると第二のヤング事件につながることもありえた。

 戦局は固まっておりこれ以上安全にもならないし、危険にもならない。時節的にも動くべき時は来ている。ルビエールもそれを渇望するようになっていた。

 そして、その時はようやく訪れた。

「帰還の日程が決まりました。10日後。地球連合領域のダラスよりあなたの上司であるトロギール・カリートリー大佐がこちらの領域に接近します。これに合流していただくことになります」

 マチルダの通達をルビエールは表向き平静に受け取っていたが内心ではへたり込みたいほど安堵した。カリートリーが出てくる、ということは全ての責任を預けられるわけである。ようやく肩の荷がおりるのだ。

「まだ終わったわけではありませんよ。終わりが見えた、というだけです」

 マチルダの指摘はもっともだ。だが、終わりが見えただけでも全く違う。兵士は安堵するし、気力も湧く。今回の場合は気が緩むどころかより引き締まるだろう。


 ルビエールの予測通り、隊帰還の目処が立ったことはヤング事件によって動揺した隊を落ち着かせる大きな慰めとなった。イージス隊が帰還の段取りを取り付けたことはヤングの行動が空回りだったことを決定づけることでもあったが誰もその点に触れることはなかった。今となってはヤングの行動はほとんどの者にとって忘れたいことであり、なかったことにされつつあった。

 ヤングの件をどうするかに関してはオオサコ・アンダーセンが報告資料をまとめ、それをルビエールからローマ師団のカリートリーに提出することで話がついた。正規軍の原隊に提出した場合には話が大きくなることが予想される。それは生存した誰にとっても好ましい展開ではない。カリートリーはイージス隊を庇護する必要性から話を大きくすることはないだろうとルビエールも考え受け入れた。

 帰還の段取りが進むなかでルビエールはヤングに与した者を除くほとんど全ての人員にWOZへの外出を許可した。段取りの決まらない以前では士気低下の懸念が上回って許してはいなかったが目処がたったことで息抜きとして考慮できるようになった。もちろん、ヤングの件での動揺を緩和したいという思惑もあった。

 これに困ったのはマチルダらWOZ外務局の者たちである。まさかここにきて大挙して観光を申し出てくるとは思っていない。多くの監視要員を用意する必要があっていい迷惑ではあったが小分けにしてこれを許可した。

 こうして監視下ではあるものの諸隊の人員たちは思い思いにWOZに繰り出していった。ある者は観光に、ある者は買い物と当たり障りのない行動をとっていた。


 イージス隊のパイロットであるエリック・アルマスは例によってエドガーらに連れられて散策に出ていた。観光ガイドに載っている当たり障りのないルートを回って市街を一望できるカフェテラスでその手入れの行き届いた街並みに嘆息する。地球連合の隊員たちのご多分に漏れずエリックも首都でもないコロニーの発展ぶりに圧倒されていた。

「なるほど、こいつは目の毒だ」

 軍服ではない旅行者丸出しの格好でエドガーはWOZの街並みを評した。実際、その街並みは地球連合の主要都市の出身者でもなければ劣等感を抱いてもおかしくない。期間日程が定まる以前に外出を認めていなかったことも頷けた。

「物価はドースタン直後に多少変動したがここ数週間はそれ以前の数字で安定してるな。ニュースを見ても国内の社会経済に不安要素はほとんど見られん。事故犯罪に至ってはコンビニ強盗がニュースになるほどだ」

 ロックウッドが端末片手に説明する。無骨なパイロットと思っていた男のインテリな部分にエリックは驚かされたがこれはかなり無礼だったかもしれない。

「それってどういう意味なんです?」

 もう1人同行していたマックスが聞くとロックウッドは皮肉に口を歪めて一気に言葉のレベルを落とした。

「国としてしっかりしてるってことだ」

「諜報員みたいなことやってるな」

 エドガーが皮肉にロックウッドの行動をスパイ活動に例えた。ロックウッドのやっていることを理解しながらもその動機に関して納得していないようだった。

「情報ってのはどこでどういう風に役にたつかわからんもんさ」

「知ってるがゆえに罠にはまることもある」

「そういうこともあるな。だが知らんやつはいくらでもいるんだ。知ってるやつが1人くらいはいてもいいだろう。それにうちの司令官殿はそういう情報を取り込んで役に立てる度量がある」

 ロックウッドの言うことにエドガーもまた肩を竦める。

「随分と高く評価してるじゃないか」

「お前さんは上官に関わることをよしとしてないんだろうがな。俺は生きるためにできる限りのことをしてるだけのことさ」

「ブラッドレーの件も、か」

 誰もが避けてきた言葉にロックウッドは虚を突かれたがすぐに立ち直った。

「噛みつくじゃないか。ま、答えはその通りだ」

「言い切るねぇ」

 エドガーの表情は不服そうだった。

 イージス隊の人員の中でヤング事件に関わった人間はほとんどいない。それどころかほとんどの人間は事件の全容を知らないでいた。これは事件を明るみにしたくない各隊司令の緘口令の影響でもある。事件の全容を説明することは全員を加担させることと同義である。ルビエールらの対応もエドガーは納得できる。しかしそれとこれとは別であった。状況からの推測と漏れ出る噂は拡がり、その不確かさが新たな不信感を生む。今回の外出許可とそれらの対処は無関係ではないだろう。

「蚊帳の外にされたのが気に入らないのか?」

「まさか、身内の争いほど関わってロクなことにならんもんはない」

 これはエドガーの本音でもあった。関わり合いにならずに済むならそれに越したことはない。しかしそれはエドガー個人の事情でしかない。隊の事情とは別なのだ。エドガーにも試験HV部隊の1人として知らないでは済まされないのではないかという不本意ながらも責任感があった。

 エドガーの意を汲んだロックウッドはエリックの方を一瞥して選択を求めた。つまり、この場に残って知るか、後にして関わらずを維持するかだ。

 エリックにしても知らないでいることに気持ちの悪さを抱えていた。ブラッドレーとシュガートが対立し、マックスとマサトの2人が駆り出されてこれを一瞬で鎮圧した。その後、よく解らないがブラッドレー隊内で内部分裂が発生して首謀者が死亡したらしい。全てエリックの気づいた時には終わっていたことである。

 知ってどうするのか、という疑問もあったが当のロックウッドが選択を与えているのだ。エリックが椅子に座り直し、静聴の構えを見せるとロックウッドは軽く頷き、最後にマックスの方を見た。彼はブラッドレー隊のHVを鎮圧するという直接的な関りがある。一方で知っていることそのものはエリックたちと大差のない場所にいた。

「そうっすねぇ。俺も自分が何を撃ったのかくらいは知っておきたい、かな」

 やはりマックスの方も本音では関わりたくはなさそうだった。しかし実際にトリガーを弾いた者として知らぬ存ぜぬではいられないと考えたのだろう。

「OK。腹は括ったな。場合によっては証言者になってもらうぞ」

 そう冗談めかしてからロックウッドはヤング事件の実態を3人に説明し始めた。


 説明を聞き終えたエドガーは呆れ果てて首を振った。

「なんだってどいつもこいつも主導権なんてものを取りたがるんだ?そいつはそんなに重要なもんなのかね」

 そんなものに何の価値があるんだ?と理解に苦しんでいるようである。おかしな考え方だな、とエリックは思った。

 確かにエドガーは主導権を取ろうとしない。特に隊運営に関しては全く無関心だ。一方で戦場ではその主導権を発揮する。エドガーには主導権を取っている自覚はないのかもしれない。あるいは主導権とは誰かが意図的に取得するものでなく、自然的に発生するものと認識しているのか。いずれにしてもエドガーには主導権を相争う行為がバカげて見えているようだった。

「まぁ、お前には解らんだろうな」

 苦笑しながらロックウッドが言う。小馬鹿にしたようにも聞こえるがエドガーは気にも留めず、むしろそんな些事のために隊を混乱に貶めた主導権争いをこそバカにした。

「解らんなぁ。俺には目的と手段を履き違えてるようにしか見えんね」

 これにはロックウッドも何度も頷く。今回の件は互いの手段の差が致命的にかみ合わなかった結果と言える。目的そのものは一致していただけに何とも皮肉である。

「で、なかったことにするのか」

「そうできるならする。だからお前らも今聞いた話は黙ってろ。とはいえ、噂で済まなくなるようならその限りじゃないがな」

 エリックもエドガーもその噂を耳にはしている。これが悪い方向に作用するようであれば事の次第を明かさねばらならないだろう。誰にとってもいい方向にはならないだろうが、それが真実とやらの厄介なところだった。

「そうなった場合はどうする?」

 ロックウッドはこの想定の方をこそ確度が高いと見做しているようだった。答えはすらすらと出てきた。

「もちろん正当な手続きに則って処理される。関りのない連中には及ばんようにする」

「それって俺は関わったことになるんです?」

 マックスは解りきっていることを聞いた。ロックウッドがどう答えようとも「自分は命令に従っただけ」と言うつもりだろう。ロックウッドはマックスに言質を与えた。

「お前は命令に従っただけだ。ライフルに裁判を受けさせる規則はない」

 マックスはロックウッドの命令で、ロックウッドはルビエールの命令で行動した。ロックウッドはともかくとしてマックスには個人意思の介在する余地がなかった。彼自身は銃であって引き金を弾いた人間は別にいる。実際のところはどうであれ、理屈はそれで成り立つのだ。

「結構です。ま、そうならないことを願いますけどね」

 自身の行動に正当性があったとしても味方を撃ったという事実はあまり気持ちのいい経歴ではない。


 ルビエールの方はと言えばリーゼを引き連れ、その足が向かったのはインターネット喫茶だった。外部からの情報から隔絶されていたルビエールはそれでもまだマチルダらから情報を得られる立場にはあったものの自分が知りたい情報を教えてもらえるわけでもなければ、その情報が信用できるわけでもない。

 ドースタン会戦以後2か月余りの世界の動きを自分の目で確かめたかった。それにここで手に入る情報はWOZ視点の情報になる。そこには地球では得ることのできない情報と解釈があるかもしれなかった。

 その国の世界情勢に関するニュースを調べればその国のスタンスは解る。とはかつての教育係の教えである。ルビエールはその視点からもWOZとその取り巻く環境を分析する。気づいたのは得られた諸々の世界情勢は地球の一般的なブロードキャストに比べると客観的で他人事的な視点で語られるものが多いことだった。本来ならそうあるべきであり、当たり前なのだが興味深いのは自分たちならどうするか、どうすべきかというよくある話題がほとんどない部分だった。コメンテーターたちも自分の考えを披露するのでなく、当事者視点での解説に終始している。

 ルビエールがそれに気づいた時に過ったのはギガンティア独裁による情報統制だった。この国の意思決定は全てギガンティアに帰結するためだ。しかしWOZにおけるSNSサイトを見ると世界情勢に対する各自の屈託のない意見も散見される。ようは報道においてそれがされることがないというだけで規制がなされているようには見受けられない。

 それが文化によるものなのか、制度によるものなのか、興味深いところだったがこれはマチルダに聞いてみることしてルビエールは調べ物を優先した。

 基本的にマチルダから得られた情報と整合性を欠くものはなかった。それはつまり戦争は地球にとって望ましくない状況に流れているという情報を補強している。地球連合は混乱し、まとまりを欠いて後手に回り続けている。WOZはその様子を冷静に、またどこか侮蔑しながら見つめていた。

 改めて思い知ったのは戦争が始まったという事実だった。今現在も状況は刻一刻と変化している。しかも悪い方に。

 その状況下で自分たちは何をやっているのか。自分たちのより安全な生還のために時期を待っていると言えば理もあるだろうが、一方でそれは国の為に何ら寄与することのない姿勢にも見えるだろう。国のために危険を冒してでも参じようとしたヤングの行動にも理はある。結局のところ、どちらに重きを置くかの差でしかない。そのどちらが正解であるかを現実は保証しない。どちらも正解ということもあれば両方共が不正解であるかもしれないのだ。

 数ある戦争情勢の報道。その中に、ルビエールが顔を顰めるしかない情報があった。その報道を見終えたルビエールは大きくため息をついて椅子に身を沈めた。

「どうかしましたか」

 様子を気にしたリーゼにルビエールは自分がいま見たニュースをリーゼに流した。すぐにリーゼの顔もルビエールと同じになった。

 それはリーズデン陥落の報だった。

 リーズデンはイージス隊が初めて戦力としての真価を見せることになった戦区である。そこで行われたベルオーネ攻撃作戦の後退の最中、イージス隊は中心的な役割を果たし、攻撃部隊の帰還に貢献したのである。

 ルビエールにとっては忘れのようのない初めての成果であり、また部下を失うという損失を味わった作戦でもある。

 他にも得たものはあった。ジョン・アリー・カーター大佐である。リーズデン戦区の艦隊司令であるカーターはルビエールたちの戦果を評価し、多大な便宜を図ってくれた。ルビエールにとっては初めて戦いの中で得た味方と言えた。

 リーズデン戦区はリーゼにとってすら特別な感傷を抱かせる。イージス隊にとってもルビエールにとっても大きな転機だった。

「カーター大佐はどうなったんでしょう」

 さすがにそこまでの情報はない。リーズデンには自衛軍はおらず、正規軍のみである。ベルオーネからの侵攻で戦区は壊滅したというのでこの際に戦死したかもしれない。もしくはリーズデン降伏の際に撤退したか、降伏したかとも考えられる。そもそもカーターはリーズデン戦区にいなかったかもしれない。彼の功績から言えば配置転換があってもおかしくはない。

「あの人がただで死ぬとは思えないわ」

 妙な話だがルビエールにはリーズデンが呆気なく降伏したことはカーターの生存を補強する情報に思えていた。カーターがリーズデンにいればそれなりの備えをしているはずだ。いないからこそリーズデンは呆気なく陥落したのではないか。希望的な観測とは知りつつルビエールはそう思っていた。

 もしかしたら余計な勝利だったかもしれない。ルビエールの脳裏にそんな考えが去来した。リーズデンでの作戦は成功したが、結局のところ戦線の凍結という目的は果たされなかったのだ。カーターとルビエールたちが命を張って成功させた攻撃作戦の意義は無と化した。それどころかその攻撃作戦が結果的にリーズデンの呆気ない陥落に繋がった可能性すらある。攻撃作戦の成功を受けてリーズデンの戦力は大幅に薄められ、警戒感も下がっただろう。

 いや、この考え方は自己陶酔か。ルビエールの脳裏に皮肉に口を歪めるマサトが過った。

 ルビエールもカーターもあの時点で考えうる最善の選択をしたはずである。その時点で考慮しようのない事態まで計算して選択をするなどルビエールの器量をはるかに超えている。そんなところにまで責任を感じるほど自分は大きくはないはずだ。

 いずれにしてもこの情報は地球に戻れば詳細に解るはずだった。それに解ったところで何かできるわけでもない。ルビエールはニュースを切り替えた。

「この辺のニュースをできるだけコピーしてくれる?」

「まるで諜報員の気分ですね」

 リーゼにしては茶目っ気のある返事が返ってきてルビエールは苦笑した。

 実際のところこれらの情報が活かされることはまずない。しかしWOZ滞在の2か月の間、のほほんと何もやっていなかったでは格好がつかない。

「帰った後のことだけど」

 そう切り出すとリーゼの手が一瞬止まった。

「ヤング中尉の件がどうなろうと、イージス隊そのものは役割を果たしたと見做されるだろう」

 イージス隊は新型機XVF15の試験小隊である。本来であればその任務は1年をかけて実施されるものであるが状況は変わった。元々XVF16を本命としている軍部とクサカ社は戦争の開幕を理由に喜んで試験を切り上げるだろう。そうなればイージス隊は存在意義を失う。ただ、これはいずれくるものが早まっただけに過ぎず、その次のシナリオは既に用意されているはずである。問題は別にある。

「私が軍規違反者として処罰されるときは隊内の人間に非が及ばないように処置してほしい。もっとも私のやったことを知っているのはローズ補佐官と特務中尉のみだ。他の者は関りないという事実のみ示してくれればいい」

 リーゼの手は今度こそ完全に止まった。ルビエールは自分が何を持ってWOZとの交渉にあたったかをリーゼにも話していない。ここにきてリーゼはルビエールの取った行動が重大な危険を孕んでいることを知ったのだ。

 カリートリー及び、クリスティアーノ・マウラがルビエールの行動をどう判断するかは解らない。そこまで悪い方向になる可能性は低いとルビエールも考えているのだが、やっていることの大胆さはどこにどんな作用を及ぼすか解らない。もしかしたらローズごと存在を抹消されることすら想像は及ぶ。そうなればイージス隊のメンバーにとってそのキャリアは不利なものになる。自分に関わったばかりに閑職や、危険な前線への配置などということにはしたくない。


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