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8/4「敵意」

8/4「敵意」

 事件はヤングとリードの2名の死によって終結した。ルビエールとヤングという2人の主役はついに交わることはなかったのである。

 ルビエールは2人の死について表向きは当たり障りのないリアクションしか見せなかった。

 残ったヤング派は諸共にしてブラッドレーの1区画に収容された。早期に投降した者も土壇場で起こった惨劇を演じた者たちもルビエールは区別しなかった。

 この事件に愚か者がいるとするなら彼らだろうとルビエールは後に振り返る。その愚かさとは、ヤングに従ったことではない。見捨てたことである。そもそも今回の事件はヤングだけでなくルビエールにも非がある。彼らがヤングに従ったことにも一定の理があった。ところが彼らは自身の選択にあった正当性を自分たちで汚したのだ。彼らは事件に加担した以上の罪を犯した。これに後も先もない。

 もちろん最後までヤングに従って玉砕しろというのもヤングを説得しろというのも現実的な話ではないことはルビエールも承知している。離反して貰わないことには事件は収束しなかっただろうことも理解している。離反者に対するルビエールの感情はほとんど八つ当たりに近い。それも自分で解っている。

 それでもルビエールは離反者たちが気に喰わなかった。とはいえ、それを理由に処罰することはできない。彼らの個別の事情を鑑みないことはルビエールが自身を納得させられるギリギリの私刑だったのである。


 事件は収束したがやるべきことは山ほどあった。まずはブラッドレー隊の立て直しである。隊の凡そ7割がヤングに加担している。今後の隊の運用を依然と同じように、というわけにはいかない。親ヤング派をそのまま任務に当たらせるわけにもいかないが、これ以上パイロットを減らすことも避けたい。

 オオサコと彼に従ったメンバーはいいとしても日和見勢力たちからも事情を聴取して判断するしかなかった。

 翌朝、シュガートの会議室でルビエールは全ての人員から事情を聴取した。イージス隊からはリーゼとコール、不承不承ながらギリアムが加わった。この件に関してはアンダーセンたちも聴取される側になっている。

 日和見派の者たちの多くはヤングを非難する立場に転じて、自分たちに選択肢がなかったことを強調した。ルビエールとリーゼは苦々し気に、コールとギリアムは苦笑混じりにそれに付き合い続けた。

「日和見とはそういうものでしょう。実際、大尉やシュガートに責任があるなんて主張をされてもこっちが困りますし、向こうもそんな危ない真似をする意味がない。まして自分たちの責を認められでもしたら処分をしなければならなくなる」

 休憩中にギリアムはそう呟いた。確かに、ブラッドレー隊を機能させるためにも日和見たちを処断するわけにはいかない。自分たちが強き者なのであるのだから、彼らには強きに流れてもらえばいいのである。日和見派に対する聴取は実際には踏み絵のようなもので元々ルビエールには彼らを処罰する意思は全くなく、イージス隊に従う意思を確認するだけでいいのである。

 そうは言っても忸怩たる思いが各々の胸にあって、それぞれの表情に出ていた。

「次はオオサコ少佐らになります」

 オオサコについた者達に関しては個別に聴取する必要がないと判断して一度に行われた。実質はオオサコの聴取のついでだった。

 ほとんど示し合わされた内容がオオサコ派らの前で披露された後にオオサコは個人的な心証を述べた。

「不幸な事件だった。誰が悪いとも言いたくないし、正しかったとも言いたくない。誰も望んだ形とは言えないが、結果として最低限の被害で事件を収束してもらえたことに感謝したい」

 オオサコにとっては本音とは言い難い。しかし必要以上の言葉は控えねばならない。

 皮肉なことに今回の事件でオオサコはルビエールに対して全面的な信頼を置くことになった。正確には置かざる得なくなったと言うべきか。地球に帰還して後の報告など、彼が負うべき責任を全うするためにはルビエールの協力が不可欠なのである。

 オオサコ自身も帰還後には何らかの処罰が与えられる可能性が高い。事件が明るみに出なくても問題に関わった軍人は懲罰的な配属で危険な前線に送られるなどはよくあることだった。オオサコ派が一挙に聴取されるのはそれをオオサコ1人に限定する意図もあった。

 処遇に困るのは中立派だった。彼らはオオサコにつかないことで事件を起こし、一方でヤングにつかなかったことで悪化を防いだとも言える。

 HV部隊の隊長であるベリー少尉は悪びれることもなく強弁した。

「俺たちはただ生還したいってだけだ。ヤングにつかなかったのは味方同士で争っても状況が悪くなると思ったからに過ぎない。オオサコ少佐につかなかったのも同じだ」

 ベリーの言葉にリーゼは失望した。つまり中立派は中立派で利己的に動いていたということになる。

「軍人として規律を守ろうとは思わなかったのですか」

 リーゼの言葉は無意識に責の一端を中立派に求めていた。しかし今さらその責任を彼らが認めるはずもなかった。

「あんたたちにそれを言われるとはな。軍規に従うのであれば、そもそも俺たちは他国のドックで閉じこもってなどいないはずだ」

 痛いところを突かれてリーゼは黙りこんだ。ベリーは自分たちだけでなく、ルビエールたちの状況も理解した上で主張を展開させている。

 この男は黙らせておかねばならない、リーゼはそう思ったが責めどころを探しあぐねた。

「充分でしょう」

 コールが議論に拍車がかかるまえに待ったをかけた。

 もう一人の中立派でブラッドレー隊の事務官であるケイズ少尉はベリーと違って非常にわかりやすい主張を展開した。

「私、あの人のこと嫌いだったんですよ。勢いと利権に任せてるって言うか」

 ケイズは妙齢の女性だったが頬を膨らませて子供のような主張を展開してルビエールとリーゼを呆気にとった。

「では、なぜオオサコ少佐に従わなかったんですか」

「出世に響くと思ったからです」

 なるほど。ルビエールは納得し、ケイズのシンプルな主張に軽く感動すらした。

「ヤング中尉は嫌いだが、出世に響くので嫌われたくもない、か。つまりオオサコ少佐が勝つとは思っていなかったと」

「あの人が勝っても別に私の出世には響かないと思います。あの人自身、出世しそうにありませんから」

 苦笑しながらのコールの質問にケイズは悪びれもせずに断言した。ギリアムが我慢しかねてせき込むふりをしながら明後日を向いた。ルビエール自身も表情が緩むのを我慢するのに苦労した。

「仕事に戻ってもいいでしょうか。ヤング派の連中が物資を勝手にしてないか心配でしょうがないんです」

 確かに事務官にとっては気にはなるところだろうが、いま言うか?どうにもこの事務官はズレている。

「結構だ少尉。部署に戻り給え」

 この少尉は働かせている間は問題ないし、これ以上聞くこともないだろう。実際のところ部下にするならこれくらいがいいのかもしれない。ルビエールはそんなことを思った。


 聴取の対象は徐々に親ヤング派へと移っていった。ここからはさすがに無心でその聴取を聞いてはいられなかった。

 証言はバラけ、誇張・嘘が散見される。それを指摘すると証言は二転三転し紐は絡まるばかりである。ほとんど聞くに値しないと思っていながらもルビエールたちは辛抱強く聴取を続けた。ケイズのように開き直ってくれた方がよっぽど楽なのだが、それができるようならそもそもヤングに加担などしないのだろう。

「まぁ心情は理解できますね」

 合間にギリアムはそう漏らした。

 彼らは処罰されるか、されないかが微妙なラインに自分がいると考えている。最前線に飛ばされるにしてもオオサコのような士官と下級兵では意味合いが異なる。戦争が激烈化し、戦場はいくらでもある。彼らの危機感も変わってくる。処罰されるか、されないかの分かれ目は冗談抜きで生死を分けるのだ。

「実際、どうしますか?線引きするつもりなら俺は何も言いたくありませんね」

 今はギリアムの率直な意見が心地よい。ルビエールはもっともだと頷いて理解を示した。

「一人一人精査するほど連中に興味ない」

 ヤング派を個人として扱ってやるつもりはルビエールにはなかった。この指揮官の言葉をどう捉えたのは解らないがギリアムも大きく頷いた。

 とりあえずはヤング派の連中は一括りで報告され、その後に原隊で処遇される。その後がどうなろうがルビエールの知ったことではない。

 もちろん、それがベストなわけでもない。

 オオサコに対して直接的に武器を向け、発砲したデランシー准尉は今回の1件がなかったことになれば得をすることになる。本来なら明確な反逆罪であり、極刑でも妥当なところに彼はいる。それを自覚している彼は殊勝な態度を見せた。余計なことは言わず。デランシーにとって、またルビエールたちにとって都合の悪いことは喋らない。

 デランシーがヤングとリードの死に直接的な関りがあることはオオサコたちから報告を受けている。2人は自決したのでなく、デランシー達によって殺されて自決した体にされたのは間違いない。しかしそれを訴追するとなれば事件を明るみにせねばならなくなる。事件を明るみにできないのであれば必然的にデランシーの行動を立証もできない。

 デランシーがそれを理解しているのは明らかだった。だからこそ奴は殊勝に振る舞えるのだ。ルビエールらは事件を内密に処理しようと思えば消極的共犯者とならざるえない。その小賢しさに忌々しさを覚えたが、それを持って特別な措置を取る理由にはならない。

 この事件の終局においてデランシーの取った行動に関してどう扱うべきかは慎重に話し合われた。

「ああいう奴はいます。俺はどれを選んでもかまわんと思いますがね」

 ギリアムは吐き捨てるように言う。どっちも、とはデランシーをヤングと同じ目に合わせると言うことも含まれている。デランシーは生かしておいても何の益もなく、むしろリスクにしかならない。

 心情的にはデランシーの行動は下衆の所業であるとの思いは4人とも共通している。他にもルビエールにはデランシーの行動をヤング家の人間に流すことで私刑とする方法もあった。これはヤング家のルビエール側へのヘイトを逸らす効果も期待できるが理性的な理由で排除された。デランシーなら自らが窮地となりうるならば事件を暴露してしまうことは充分考えられる。ならばギリアムが仄めかす過激な方法によって封殺する方が確実ではあるだろう。しかしそこまで効率的な判断をルビエールはできなかった。何よりオリバー・ヤングの死に関しては自分にも負うべき責があるとルビエールは考えている。デランシーへの報復的な処罰はそれを誤魔化すことに思える。自分にはデランシーへの感情的な私刑を行う筋合いはないと考えたのである。


 聴取の最後の1人はヤングの付き人であるチュン准尉となった。首謀者となるヤングとリードの身内とも言える人物ではあるが事件の役割に関してははっきりとしたものはない。チュンは単なる小姓であるとの評はルビエールらも知っており、責任の追及をする気もなかった。ルビエールはどちらかと言えばヤングとリードの行動に対する証言者としての聴取をするつもりであった。もはや伝聞によってしかその人となりを知ることができないオリバー・ヤングなる人物をもっとも知る者としてできるだけ話を聞きたかったのだ。

 チュン准尉は警備に周りを囲まれて入室した。警備員たちは目線で注意を促していた。椅子に座った、というよりは座らされたアジア系の少女は無言だったが双眸が全てを物語っていた。叩きつけられる感情に4人は身構えた。ルビエールは自分の考えが甘かったことを自覚した。ヤングを殺したのはルビエールであるという考えは何もルビエールだけのものではなかった。

「准尉。我々はブラッドレー隊で何が起こったのかを調べている。ここまでの話であなたが首謀者ではないとの証言は」

「白々しいことを言うな」

 話を断ち切られてルビエールはチュンを真っすぐ見つめた。

「貴様らはオリバー様を陥れて排除したんだろうが」

 ルビエールはチュンの言葉の意味を考えるより表情を無にすることに意識を向けねばならなかった。

「准尉。誤解があるようだ。我々イージス隊は今回の件の発端に関わりがない。我々がヤング中尉を排除したというのは事実ではない。あなたも首謀者として関わっていないとの証言を受けている。これは確かか?」

 実際にはアンダーセンから事前に相談され、黙認したという関りはあるが一応はそういうことになっている。

 これまでの者たちはこの建前を自分のために受け入れてきた。あのデランシーたちもだ。ルビエールとしてはチュンに対しても責任を問うつもりがないことを示したつもりだった。しかし目の前の少女から出たのは言葉ではなく明確な侮辱だった。

 文字通りチュンは唾を吐いたのである。それほど距離の離れていなかったルビエールの顔に飛び散った。即座に警備員がチュンを椅子から引きずり降ろして押し倒した。ほとんど同じくらいの勢いでリーゼがチュンとの間に割って入ってルビエールの状態を確認した。

「大丈夫ですか!」

 このチュンの一撃にルビエールはしばらく沈黙していた。思ってもいない不意打ちに絶句していた。

 深刻そうな顔をしてリーゼが唾を拭おうとしてきたのでルビエールはその手にあったハンカチだけ受け取って自分で拭った。別に毒が含まれているわけでもないだろう。もし仮にそうだったらルビエールだけでなく隣に座るコールとリーゼ自身も危ういはずである。

 こんな人間がいるのか。ルビエールは衝撃を受けていた。この女は周りのあらゆる情報をシャットアウトして自分の世界に閉じこもっている。その世界以外のことはどうでもよく、いかなる理屈も論も無視している。

 すごい、というのが正直なところだった。自分には絶対にできない芸当である。何がそこまでこの女を駆り立てるのか。

 警備員に抑えつけられたままでチュンは声を張り上げる。

「あなたたちがぬくぬくとしている間にも戦争は拡がっているはずだ。多くの人間が戦って命を落としている。国の危機の為にオリバー様は一刻も早い帰還をなそうとしたに過ぎません。それをあなたたちは自分たちの安全のために陥れた。恥を知れ!」

 チュンの主張はヤング派の理屈をそのまま用いているだけでルビエールに何の感銘も呼ばなかった。

「結構、下がっていい」

 無感情にルビエールはそう告げた。聞けることは何もない。かえって話をややこしくするだけだ。チュンは警備員に拘束され退室する。その間も憎悪の眼をルビエールに向け続けていた。

 ルビエールはチュンの視線でかえって冷静になっていた。申し訳ないという気にもならない。チュンの言っていることは正論だが、彼女自身はその正論を振りかざせるような軍人ではない。どうしても白々しさと虚しさが先に立つ。

「あれは、軍人ではありません」

 ただの犬だ。リーゼは心の中でそう付け加えた。理屈などない。ただ主人を死に追いやった者を探し求め、噛みつこうとしている犬だ。チュン自身には口にした通りの理念などないはずだ。しかしその理念自体を否定できないのも事実だった。

「で、どうします?一応は首謀者にもっとも近かった人間なわけですが」

 ギリアムは含みがありそうに薄笑いを浮かべて話を進めた。既にルビエールの腹は決まっている。

「軍人ではないと言うなら、我々が裁くものではない」

 放っておけばいい。首謀者に近いと言ってもただ近くにいたというだけのことだ。犯罪者の飼っていたペットを裁く法律はないはずだ。

 詭弁だ。とリーゼは思ったが敢えてそれを覆す必要性は認めなかった。チュンはただの犬だ。軍人としての責を問うに値しない。それはリーゼの考えに叶う側面もあるのだ。

「しかしまぁあの様子だと戻った後も色々やらかしそうな気もしますがね」

 ギリアムの言葉はそれを防ぐというよりはそうなったらどうするかに重きを置いているようだった。その懸念はルビエールにもあったがそうなったところで大した問題とは思えない。

 チュンは軍人ではなくヤング家の人間である。その証言がヤング家に偏っているのはごく自然なことだ。仮に今のような訴えをしたところで軍がそれを真実として取り合うことはないだろう。何よりヤング家自身もそんなことは望まないはずだ。

「軍部もわざわざ犬の証言は取り合わない。飼い犬のしつけはヤング側の人間に任せればいい」

「ごもっとも。だが気を付けた方がいい。ああいう手合いは理屈が通じませんよ」

 どこまで本気なのかギリアムは軽く言う。どういう関係であったか今となっては解らないし知りたいとも思わないが、あの女のオリバー・ヤングへの執着は自身の理念や思想とは別次元の場所にありそうである。何をしでかしてもおかしくないとギリアムは考えていた。

「こちらが首を出す問題ではない」

 ルビエールがきっぱりと言うとギリアムは首をすくめて引き下がった。

 この時、ルビエールとギリアムの認識にはズレがあった。ギリアムが懸念していたのはチュンがヤングの名誉の回復などという理性的な方法ではなく、復讐という感情的な手段にでる懸念だった。

 もっとも、その認識を共有していたところでルビエールにチュンを粛正する意識など生まれようもなかっただろうが。



 全ての聴取を終えてシュガートからイージスへと戻ろうとしたルビエールたちをオオサコが待っていた。3人に戻っているように伝えてルビエール一人がオオサコと向き合う。

「オリバー・ヤング中尉に関して聞いておきたいこともあると思いまして」

 オオサコの言葉にルビエールは驚愕した。無礼な話だったがこのような機転をオオサコが持っているとは思っていなかったのである。

 ルビエールの反応にオオサコは苦笑する。ルビエールの持った印象は実のところオオサコ自身も持っていたものだった。以前の自分であればそのようなことを思い付きはしなかっただろう。ある種の慚愧の念がオオサコを動かしたのかもしれない。ルビエールが聞きたいからでもあるが、それ以上にオオサコが語りたかったのである。

 落ち着ける一室に移動するとオオサコはオリバー・ヤングの思い出を自身でも整理しながら語った。

 経験は足りぬが優秀な士官であったこと。置かれた環境と実績から旧態依然の規律に懐疑的になっていたこと。ドースタン会戦からイージス隊合流までの経緯、そして今日に至るまでの隊内の意識の移り変わり。

 その内容はオオサコ自身に対しても辛辣な部分があり事実に対して誠実であるように思えた。弔いの代替行為なのだろうとルビエールは解釈する。オオサコは自身では果たせない責務をルビエールに引き継がせようとしているのだ。

 ルビエールは口を挟まずに受け止めることに集中していた。やがてオオサコは話を終えると最後に個人的な心証を求めた。

「事件の前に私があなたにヤング中尉らの話をしていれば結果は違っただろうか」

 ヤングの問いにルビエールは返すべき言葉を真剣に探していたがそれこそオオサコの求める答えだった。オオサコとルビエールは考えを共有している。オオサコにはそれで充分だった。

「結構だ大尉。この件に関して決着はまだまだ先になるだろう。私も全力を尽くさせてもらうが、あなたの協力を願いたい」

 オオサコは頭を下げた。巻き込んでしまったことへの謝罪もあるが、ブラッドレー隊の兵たちを守るためにはルビエールに頼るしかない。地球への帰還、そして帰還後の後始末。果たすべき責任はあまりにも多い。


 ルビエールがイージスの休憩室に戻ってくるのを待っていた人物がいた。この件に関しては駒としてしか関わってこなかったマサトである。

「お疲れさまでした」

 いつもの軽薄さが多少は潜められ、その言葉には本心で労いの感情が込められていた。

「最低の気分だ」

 ルビエールは自然と飛び出た自分の本音にビックリした。油断した、とバツの悪そうに頭を掻くとマサトと正対して座る。

「お前はこの結果をどうみる?」

「まぁ、いい方から数えた方が早いのは間違いないでしょうね。こちらの目的は果たせているわけですし、2人以外の犠牲者が出ていてもおかしくありませんでしたよ」

「そうか」

 残念ながら、その考え方は間違っていないだろう。むしろ辛めの裁定で実際にはほとんど最高に近い結果だった。こちらの被害は代替の利くハヤミ機だけで、イージス隊にとっての邪魔ものを排除できたのだ。

 問題なのは邪魔者が敵ではなく、味方だったということだ。本来であれば同じ地球連合の軍人であり、戦場において肩を並べ戦う仲間をルビエールは邪魔者として排除した。その事実はどれだけの道理を持ってしてもルビエールを満足させることはできそうもない。

「恥を知れと言われた」

 自嘲気味にそう溢したルビエールにマサトは不思議そうに首を傾げる。

「恥じるところがあるんですか?」

 その言い草は挑発的だったがルビエールの反発する言葉は呑み込まれた。納得のできる結果ではなかったが、他に手があったわけでもない。行動に恥じるところは、ない。

 では考えに恥じるところはあったか。それもない。ルビエールは自分の進退までもかけて諸隊の生き残りに奔走した。これだけは言い切らねばならない。と、なればルビエールが言い淀む理由は一つしかない。

「結果はどうあれ味方殺しだ。胸を張れるものか」

 そう、オリバー・ヤングは同じ地球連合軍人であり、味方だった。味方殺しと罵られてもそれは事実だった。この感傷こそルビエールだけでなく、オオサコやリーゼたちの襟首を捉える。

 しかし純軍人とは異なる領域に身を置く少年の見解は異なった。

「その考え方はよくない。あなたの敵はあなたに脅威を与えるものであるべきです。国家の敵とあなたの敵を混同しちゃいけませんよ」

 その考え方にルビエールはハッとさせられた。

「ヤング中尉は連合軍人としてのあなたにとって敵ではなかったかもしれませんが、間違いなくあなた個人の敵でしたよ」

 それは確かにそうだろう。しかしルビエールは納得しかねた。自分に不利益を与えるという理由でそれを排除していては道理が立たない。

「仰る通りですが。じゃ、今回の件は道理が立たなかったんですか?」

 道理は、ある。ヤングの行動はルビエール個人だけでなくイージス隊、ひいてはシュガート隊・ホーリングス隊にも影響を及ぼす。

 そのことが癪に障るのだとルビエールは気づいた。道理があって、道理の名の下に個人が押しつぶされることが。一人の人間の名誉が貶められることが。

「吐き気がする」

 まさに吐き捨てるようにルビエールが言うとマサトはそれ以上何も言わずにルビエールを一人にした。

 一人残されてルビエールは自問する。

 どうすればよかったと言うんだ。

 オオサコから事前に話を聞いていたら結果は変わっただろうか。もちろん結果は変わっただろう。しかし、そうはならなかった。それだけのことだった。それを解っているからオオサコも問うだけで答えを得ようとはしなかった。他の解答を見つけても何も戻ってはこない。慰められるものは自己満足だけだろう。

 マサトの言う通り、オリバー・ヤングは敵だった。ヤング自身もルビエールを敵と見做していた。チュンも同じだろう。

 なぜそんなことができるのだろう?ルビエールには理解できない。同じ陣営に属する者同士を敵として定義し、排除しようとする必要がどこにあるのか。その答えもマサトは提示した。

 つまり立場上としての敵と個人の敵とは違うということだ。考えてみれば当然のことだ。火星は敵ではあるが、それはルビエールが地球に生まれたからであってそれぞれ生まれが違えばその限りではない。

 味方にも同じことが言えるのである。同じ地球に生まれたから軍人として味方になるが、だからと言って必ずしも協力し合い、肩を並べられるわけではない。

 実際のところ、それを弁えていなかったのはルビエールだけだったかもしれない。無邪気にこの集団を味方と一括りに考えていて個人として見ることがなかった。

 この話におけるルビエールなりの結論が生まれた。ルビエールは立場上の味方という概念に甘え、個人としての敵がその中から生じる可能性に目を背けていた。それがヤング事件の原因である。もちろん、ルビエールがヤングを個人として認識した時点で事は既に取り返しのつかないところにあった。どう足掻いたところでルビエールとヤングは交わりようがなかったのでそれが他の解法を示すわけではない。この結論はあくまでルビエールが自身を納得させるためのものでしかなかった。

 ゆえにこの考えはルビエールだけの心証としてその心に留め置かれることになる。それは時を得て後、連合軍人らしからぬ逆説としてルビエールの思考に定着する。

 つまり連合軍人の敵とは個人にとっての敵とは限らないということである。


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