表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/158

8/3「ベターソリューション」

8/3「ベターソリューション」

 ヤング派と呼べる存在は既にブラッドレー隊の半数を占めるまでになっていた。ヤングの掌握力を賞賛すべきか、オオサコの信用の無さを嘆くべきか。

 これに対してオオサコ派と呼べる人員は2割程度である。あまりに少ない。幸いなのはこの2割にブリッジ要員のほとんどが含まれていることでオオサコとヘリクセンは少なくともブリッジとその周辺に関しては手中にすることができた。

 残りの3割の大半は下級兵で日和見だった。ヤング派が艦内を制圧するのを見守り、秩序となると従った。これら消極的な加担を含めればヤングはブラッドレー隊を手中にしているかのように思える。

 しかし組織とは頭数で動くものではない。

 ヤング派にとって誤算だったのはヤングにもオオサコにも与しなかった中立派の存在だった。数の上では1割にも満たない人員だったがその構成はHVパイロットの大部分と高級事務官など隊運営における中核だった。彼らはヤングにもオオサコにも与しないことを宣言するとそれぞれの持ち場を固守した。

 これらの人員がヤングにつかなかったことはヤング派の信頼性を大きく損ない、大量の日和見派を生んでしまった原因ともなった。日和見派は状況に必ずしも納得しておらず、大勢に流されているに過ぎない不安定な存在であり、そこに中立派は少なくない影響力を持っているのである。


 時を前後してシュガートのハンガーではハヤミとマージュリー、そしてアーバートの3人のパイロットが機体を起動して待機していた。アーバートはマージュリーと同じくホーリングス隊の生き残りである。

 3人の役割はヘリクセンらの制圧に際してブラッドレーのハンガーに押し入ってヤング派がHVを起動することを阻止することだった。

「いいか、お前らは立ってるだけだ。状況がどうなっても絶対に発砲するなよ」

 自機を立ち上げながらハヤミは念押しした。ハヤミに従うマージュリーたちホーリングス隊のHVはハヤミの武力を裏付けるための要員でしかない。想定外の事態になったとしても関わらせないことをアンダーセンは厳命していた。

「まもなくオオサコ少佐らが行動を開始する。いつでも出れるようにしておきたまえ」

「了解」

 相手の機先を制するだけの楽な仕事である。オオサコらの行動と共にハンガーが解放され、そこにハヤミたちが押し入る。起動前のHVなど恐れるに足りず、後は状況が落ち着くまで睨んでいるだけで済む、はずである。

 しかしそう上手くいくもんかね?

 そう、上手くいかなかった。

「ブラッドレーのハンガーが解放されます!」

 ブリッジ内でヘリクセンらの状況開始を待っていたアンダーセンはオペレーターの報告に耳を疑った。ヘリクセンたちはどうなった?いや、ブラッドレー隊はどうなったのか?一気に考えるべきことが増えたが、アンダーセンは取るべき選択を間違えなかった。もっとも、それはより悪くなるのを防いだに過ぎなかったが。

「すぐにハンガーを解放してハヤミたちを出撃させろ!」

 備えていたとはいえ唐突に行けと言われたハヤミたち3機はもたついたがそれ以上にもたついたのはハンガーだった。ハンガーハッチがゆっくり開く過程にハヤミはやきもきさせられた。

「開いた瞬間撃たれないだろうな」

 自らの悪い予感が的中したハヤミは悲観的になっていたがかたやブラッドレーの方も決して状況を把握していたわけではない。

 この時点でブラッドレー隊のHVは先手を打っていると思っている。彼らの役割もハヤミたちと同じで起動前の機体を抑えることでしかなかったのだ。HVがハンガーから出てきたのはブラッドレーの方が先だったが彼らは即座にシュガートからHVが出てくるとは予期していなかった。シュガートのHVと鉢合わせた彼らは反射的に銃を上げたがそこから先、何をすればいいのかわからなくなってしまった。

 こうして間抜けにもシュガート隊とブラッドレー隊のHV5機は双方の母艦の甲板上で睨み合う形になったのである。

「あー。敵?のHVが動いてんだけど。どうすりゃいい?」

 もっと別の表現があるだろうと思ったが考えているのもバカバカしくなって、ハヤミは相手を敵と表現した。この想定外の相手は武装しており、既にその銃口はこちらを向いている。こちらの目的を妨害してくるのは間違いなく、ハヤミたちが鎮圧すべき対象に含まれる。つまり現実問題として敵であった。

 ドック内での撃ち合いは双方ともに避けたいはずだ。まさかHVで取っ組み合いをするのか?しかも重力下で。冗談じゃない。いくら慣性制御で保護されていると言っても倒れれば相応の衝撃がパイロットを襲うし、機体が負うダメージもバカにならない。いや、転倒だけならまだいい。甲板から落下したらどうなるか。慣性制御の限界を超えてパイロットも機体もグチャグチャになるだろう。

 双方の間には150メートルほどの距離しかないが互いに行き来するには飛ぶしかない。相手がそれを黙って見ていてくれるわけもなく、着地と同時に取り押さえられるなり、最悪は飛んでる間に撃ち落されるかもしれない。どう足掻いても成功しそうになさそうである。

 シュガートのブリッジでアンダーセンは静かに顔を顰めた。互いに先手を打とうとしてそれがかち合ってしまったようである。こちらの機体を送り込んで封じ込めるという手は困難になった。しかもハンガーを相手陣営に抑えられているとなると手合いが増えることも考えられる。そうなってしまえばHVを5機しか擁さないシュガートでは分が悪い。ドック内でそこまで大掛かりな騒ぎとなることは相手も望んではいないだろうが。

「すいません。こっちがしくじりました」

 通信機からヘリクセンの声がする。その声色には普段の彼からはあまり見られない焦りと銃声が混ざっている。

「状況が想定とは違ったようだ」

 アンダーセンの言葉にヘリクセンも同調する。

「みたいです。向こうもこっちが来ることを予期してたってわけでもなさそうで。こっちはちょっとばかりドンパチをやらかしたところでして、あぁ、被害はありません。こっちにも向こうにも。今のところは」

 その報告にアンダーセンはひとまずは安堵した。

「こちらはブラッドレーから出てきたHV2機と睨み合いになった」

「参りましたね。そこまでやってくるとは思ってなかった」

 自分たちのやろうとしていたことを棚上げしてヘリクセンは言う。

「でも安心してください。ブラッドレーのパイロットのうち向こう側なのは6名でそのうちの4名は俺たちと撃ち合ってます。そっちの2機さえ何とかしてくれれば増援はない、はずです」

 なるほど。とアンダーセンは状況を整理した。ヘリクセンの報告はいいことばかりではない。相手側のパイロットは今のところヘリクセンと対峙しているが、そちらの状況は維持されるわけではない。つまり、ヘリクセンらが何とかしている間にこちらを制する必要があるというわけだ。

 難題だ。説得でも試みるか?相手も恐らく途方に暮れているだろう。まずは相手を孤立させる必要があるだろう。そこまで考えたところでアンダーセンは一つの手を打った。

「ヘリクセン君。現在の位置からブリッジへはいけるかね」

「ちょうどそこから出てきたんで、今なら戻るだけで済みますね」

「ならば再度ブリッジを占拠して立て籠もってほしい」

 意図を察したヘリクセンはすぐにオオサコらにそれを伝え、来た道をゆっくりと戻っていった。

 ブリッジは当然ながら艦内のあらゆる制御を司っている。もっとも重要なのは通信でブリッジからなら自隊のHVの通信をオーバーライドして孤立させられるし、ハンガーの外部接続も奪える。ハンガー内から手動オーバーライドは可能だが、即時に動かせないことには変わらない。

 アンダーセンはヘリクセンらをそこに立て籠もらせることでこれ以上状況が動くことを防止したのである。とりあえずこれで相手は手詰まりになるはずである。もっともヘリクセンたちも事実上閉じ込められるのだからアンダーセンたちの取れる手も大幅に狭まったと言える。

 さて、何とも格好の悪い形なったが、ここで何とか納めたいところだ。通信帯域をブラッドレーのHVにも聞こえるものに切り替えてアンダーセンは厳かに宣言した。

「ブラッドレー隊の2機へ。君たちは孤立し、包囲されている。逃げ場も打開策もない。悪いことは言わん。大人しく機体を停止させたまえ」

 これを聞いたハヤミの表情は苦笑だった。これではまるで刑事ドラマである。そしてこの手の台詞に相手が従うケースはほとんどない。

「隊長。いざとなったら自分が飛び込みます」

「やめろ。誰もお前にそんなもん望んじゃいねぇ」

 マージュリーの言葉をハヤミは相手にしなかった。

「いいか。付き合わせて悪いがこいつはシュガートとブラッドレーの問題だ。後で事が公になったときにお前らが関わってるとこっちがめんどくさいことになるんだ」

「お言葉ですがもう関わっています」

「お前らは俺の指揮下にある。命令に従ってる間は無関係で済む。だから積極的に関わるなってことだ」

 我ながら押しつけがましいな。心の中で悪態をついたがそれがマージュリーたちのためであるとハヤミは自分を納得させる。実際、自分の指揮下、つまり責任の下で勝手をされても困るのだ。

 とはいえ、相手に撃たれでもすればそうは言ってられない。通常、味方機同士ではFCSに拒絶されてロックオンは不可能になっている。

 つまり撃つならFCSのフォローを介在させない手動での照準射撃になるが、これに頼っているパイロットはほとんどいない。訓練課程で習うだけで実戦では使ったことがないというパイロットがほとんどだろう。実戦で積極的に手動照準を活用するものはスナイパーくらいしかいない。このことは識別上の味方同士の睨み合いに異様な緊張感をもたらしていた。ロックオンできない、とはつまりロックオンされないということであってつまり撃たれる瞬間までそれが解らないということでもあるのだ。数の上ではハヤミ側が1機多いがブラッドレー隊の2機の銃口は既に上を向いている。彼我の距離と重力下におけるHVの運動性を考えればいくら命中率の劣る手動照準であっても回避は極めて困難と考えるほかない。撃ち合いになれば先手を打てるブラッドレー側が有利なのは間違いないだろう。

 長い睨み合いが続いた。実際には1分程度の時間でしかないもののこのような特殊な環境を経験する者はほとんどいない。

 互いに銃を突きつけ合っている分には表情や、呼吸など双方が観察しあうことができ、それが一定の抑止力になる。互いにバカなことはするなよと暗黙の了解を共有できるわけだ。しかしHVに搭乗していてそれは望めない。焦りと恐怖心が動けないが、動かなければならないという心理を強調する。

「このまま睨み合ってる分にはこっちが有利だ。解ってるか?」

 ハヤミは努めて声を出してマージュリーとアーバートの激発を防止する。自らも会話をすることで感情を制御していた。ハヤミ自身は意識していなかったがマージュリーとアーバートを預かっているという責任感も彼を冷静にしていた。

「後詰めの2機も待機させています」

 アンダーセンも言わずもがなのことを報告して悲観心理に水を差す。

「解ってます」

 マージュリーの口調は恐怖よりいら立ちが勝っていた。そのことにハヤミは嫌な予感を覚える。マージュリーは責任感、正義感が強く、この状況を打破したいという衝動がありそうに見えた。ハヤミはマージュリーのそういう性質を尊敬していたが今は間が悪い。ここでハヤミの意識は敵ではなく、味方に向いてしまう。

 ところがマージュリー自身の考えは微妙に違った。確かにマージュリーは状況を何とかしたいという思いはあったが弁えることを知っていた。彼女の意識はこの時点で敵機の銃口の方に向いていた。2機の銃口は先頭に立つハヤミ機に向いており、撃ち合いになればハヤミが極めて危険な状態にあると捉えていた。これは事実であって実際に撃ち合いになればハヤミは蜂の巣になるだろう。にも関わらずハヤミが自分たちにばかり意識を向けていることがマージュリーには理解できない。単にハヤミが鈍感あるいは、豪胆なのかもしれなかったがいずれにせよマージュリーの意識もハヤミに向いてしまっていた。ブラッドレー隊との件に関わらないことは承知していても恩義あるシュガート隊の危機となれば話は別だった。マージュリーの意識は何とかハヤミの危機を回避することを志向していた。

 不意にマージュリーの機体が揺れた。当然、相手の意識はそちらに向く。これはマージュリーの思惑通りで銃口の一つくらいは自分の方に向けようとしたのである。しかしハヤミにしてみれば許容しがたい動きだった。釣られてハヤミの機体もわずかに動いた。2機のHVが連動して動いたことは相手にしてみれば戦闘行動の初動にしか映らなかった。ただでさえ張り詰めていた糸がその動きで大きく揺れ、断ち切られた。

 1人が半ば狂乱状態になってトリガーにかかりっぱなしの指に力を入れてしまった。何より恐れていた引き金が引かれた。

 放たれた弾丸は慣れない手動照準と重力下でリコイル制御が逆に作用したこと、何より冷静さを欠いたことでデタラメになった。多くがドックの壁面とシュガートの甲板に穴を穿ったがそれでも数発がハヤミ機の脚部を直撃。瞬間、ほとんど全ての人間が凍り付き、思考を止めた。

 僅かな無の時間が訪れた。それがただの威嚇射撃であると誰もが願った。撃ってしまった当の2機も凍り付いて自分たちがやらかした行動の結果を見守る。撃たれたハヤミですら何事もないと思いたかった。しかし機体はそうは言ってくれなかった。

 直後、損傷と自重に耐え切れなくなった脚部が悲鳴のような音を鳴らしてへし折れ、ハヤミ機はバランスを崩した。

「おいおいおい!」

 誰に何を言っているのか、ハヤミはそれだけ口走りながら緩やかに倒れていく機体を何とか制御しようとした。しかし重力下では即座に態勢を立て直す、というのは不可能だった。宇宙空間と違ってスラスターを吹かしても瞬時に姿勢が変動することはない。さらにもっと重要な問題があった。結局ハヤミは機体の足を折って機体をそのまま転倒させるという挙に出た。実際には何もできなかったと言われても反論はできまいが結果としてスラスターを吹かすという最悪の行動を回避した。足元の人員たちは突然の状況に叫び声を上げて逃げ惑ったが仮にハヤミがスラスターを使って立て直しを計れば彼らはその熱風に吹き飛ばされていただろう。

「あいつら正気かよ!」

 信じられないという嘆きを上げながらハヤミは反射的に機体を起こそうとする、そこにアンダーセンの怒号が飛んだ。

「起こすな!」

 コックピットの中でハヤミは間抜けにも両手を上げた。アンダーセンの周囲のスタッフも驚愕に停止しており、アンダーセンは咳払いをしてから付け足した。

「そのまま寝ているように」

 ここでハヤミ機が動けば凍り付いている相手も動き始めて撃ち合いになるのは間違いない。

 ハヤミ機が動かないことで再び状況が凍った。シュガート隊とブラッドレー隊のHV4機はハヤミ機に注視してしまったことで動くきっかけを逃してしまったのである。

「あー、いまのはノーカンにしとく。で、お次はどうするつもりだ?」

 全帯域無線でハヤミが再度説得を試みるが半ば諦め顔だった。ここで素直に投降してくれるようならとっくに解決している。

 オオサコらがブリッジを占拠している(というよりも閉じ込められている)ことであの2機は逆に内部からは孤立している。しかも先ほどの射撃でこちらに被害を出してしまった。今さら投降させるのは難しい。

 説得としては無意味だったがハヤミの呑気な言葉はこれ以上状況が悪化しないのには十分な効果を発揮した。ハヤミののんびりとした口調は動じなさとして捉えられ、状況の覆しようのなさを相手に自覚させたのである。当の本人は倒れたHVの中で仰向けという冴えのなさではあったが。

 しばし時間が流れた。やはり返答はない。このままHV内で立てこもられても困る。ハヤミは再度帯域を絞った。

「無理っすね」

 残念ながら自分たちで処理できる状況は越えた。

 アンダーセンは黙って頷き、もう一つの回線に切り替えて何事か呟いた。

 次の瞬間。ブラッドレー隊の機体の腕部が吹き飛んだ。唐突な衝撃で機体は錐もみして転倒し、パイロットを昏倒させた。虚を突かれたもう一機はシュガート側の2機を犯人と判断して照準に捉えようとしたが突如としてブラッドレーの艦底部から飛び上がってきたXVF15に阻まれそのまま組み倒された。パニックになったパイロットがライフルを乱射したがドックの天井を抉るだけで効果はなく、弾倉が空になりかけたところでパイロットは観念して動きを止めた。組み伏せられた時点でもはや動きようがない。重力下で仰向けに倒れたHVには自重と同等の質量を跳ねのけることは不可能なのである。

 即座にシュガート側の2機が転倒した一機も抑えつけて封じた。時間にして僅か15秒の鎮圧劇だった。

「お見事」

 イージスのブリッジから状況を見守っていたギリアムが満足げに2機のXVF15を労った。状況を予測していたギリアムは予めマックスの機体とマサトの機体を艦後部のハッチに控えさせていた。ハヤミ機損傷の時点で2機は行動を開始し、マックスが狙撃、マサト機が急接近して組み伏せた。両者の能力を考慮した上での策は見事にはまった。

 初撃を与えたマックスは一息をついた。彼の適性から言えば外しようのない距離での狙撃で褒められても少しも嬉しくはなかったし、その才能の活用には不満ですらあった。

「やれやれ、不名誉な戦果だなぁ」

 新型狙撃銃の最初の戦果を味方機で挙げる羽目になったのである。もっとも、この戦果は記録には残りそうもないが。

「なんでもいいんで早くパイロット引き釣りだしてくれませんかね」

 超絶技巧で重力下の機体をコントロールしてHV同士の取っ組み合いを制したマサトはシートに吊り下げられた状態に不満だった。組み伏せたHVが停止するまではこの姿勢を維持しなければならないのである。

「わかったわかった。すぐに向かわせる」

 即座にリーゼの率いる警備要員によってパイロットが引き釣り出されることになった。


「畜生、こいつは駄目かもしれんな」

 脚部を損傷したハヤミ機を見たアルトマンが嘆いた。脚部はもちろんのこと、転倒した際の衝撃で背部のスラスター類も損傷している可能性が高い。そうなってくると単に修復すればいいというレベルでなく、推力の調整などかなり時間のかかる修復作業になる。つまりハヤミ機は長期離脱となる。

「起こしていいっすか?」

「いや、まだ待ってくれ」

 ハヤミに指示するとアルトマンは背面スラスター類を肉眼でチェックしていく。やはりいくらかの歪みが視認できる。見える範囲でこれなのだから甲板と接している部分は潰れているかもしれない。自力で起きればさらに損傷が大きくなりかねない。脚部も損傷している以上は他で牽引した方がいいだろう。

「ハヤミ。悪いがこいつは動かせん。ライナス。搬送してくれ」

「了解」

 アルトマンが離れるとマージュリーともう一機がハヤミ機を抱え上げ、ハンガーへと搬送する。

「なんちゅー情けのない」

 2機の搬送が楽になるよう自機の操作を行いながらハヤミは嘆いた。

「そんなことはありません。隊長の丹力がなかったら撃ち合いになってたと思います」

 お世辞や気遣いを感じさせない口調でマージュリーは否定した。実際、マージュリーは本気でハヤミをほめているのだろう。しかしハヤミは少しも嬉しくなかった。何もしなかったのとできなかったのとではまるで違う。ハヤミ主観では今回の場合は後者だ。

 程なくしてハヤミ機はハンガーラックに固定され、待機していた整備員に群がられた。

 コクピットから出たハヤミは自機を見て肩を竦めた。脚部はもちろん転倒と搬送された際の擦り傷でダメージ以上にボロボロの見た目になっていた。

「これで俺もお役御免かな」

 機体がないのだから隊長は務まらない。いっそこの際それでもいいのではないか?そんな考えが思わず口に出た。

「バカ言うな。ブラッドレーの連中に機体を任せるわけにはいかんだろう。向こうから空いた機体が回されるさ。お前さんにはまだまだ役目がある」

 アルトマンが隣に立った。この熟練の整備長は決してベテランとは言えないハヤミがHV隊長として振る舞う理由を察しているところがある。

「それに、お前さんじゃなければ次はライナスの嬢ちゃんってことになる。それでいいのか?」

 痛いところを突く。ハヤミはウンザリした表情を浮かべるしかできなかった。

「ま、格好のつかない結果になったのは確かかもしれん。だがな、責任ある仕事ってのは格好のいいことばかりじゃないさ」

 なるほど。ハヤミは自分の親父のことを思い出した。典型的な中小企業の課長クラスでそれなりに責任も実力もある立場だったが、あまり格好のいいことをやっているようには見えなかった。

「しょうがねぇなぁ。とりあえず次の機体の準備を頼みます」

「おう、任せろ」



 とりあえず外部の問題は片付いた。ヘリクセンは一つ大きく息を吐いた。最悪の状況は回避できた。後はどれだけ軟着陸を決められるかどうかだ。

 もちろん、それも難題だった。出来うる限り穏便にというには騒ぎは大きくなり過ぎた。誰かが責任を取る必要がある。喧嘩両成敗ではなく、正しい者と正しくない者の争いとして、ヤング中尉には悪者になってもらうしかない。

「さて、外は片付いたんで、向こうも無理には攻めてこないでしょう」

 ブリッジ入口に即席のバリケードを作り上げて状況を監視していた数名は安堵とも諦観ともつかぬため息をついた。

「それと同時に俺たちは人質になったわけだ」

 オオサコは忌々し気に呟くがこれが妙手であることは理解していた。

 立てこもったブラッドレー隊の一党のさらに内側にヘリクセンらは閉じ込められたのであるが籠城した相手を制圧するのは危険すぎる賭けである。オオサコらの人質としての価値、また万が一でも人的被害が出た際の重大性を鑑みれば無理に仕掛けてくることはないだろう。ヘリクセンらは自ら閉じこもることで安全を確保したと言える。

 イージス隊はもちろんのこと、シュガート隊にしてもブラッドレー隊にしても、もちろんホーリングス隊にも人間同士の白兵戦闘を主任務としている人員はいない。どちらかの陣営にこれを専門とする分隊が一つでもあれば状況はもっと劇的な展開をしただろう。一方で今のところ死人が出ていないのも素人しかいなかったからと思えば良し悪しである。

「状況はどうです?」

 ブリッジに通信が入り、銀髪の少女が映った。ついにお出ましか。

「とりあえず封じ込めたということにはなりますかね」

 このような状況でも口の減らないヘリクセンをオオサコは睨みつけた。

「すまない。制圧に失敗した」

 言わずもがなの言葉は無視してルビエールはヘリクセンらの状況を確認し、同時に外部の状況を共有した。

「とりあえず口約束を信じるならWOZ側はまだ介入はしてこないはずです。とっとと解決しましょう」

 このような状況になってしまった経緯を無視するルビエールの態度にオオサコは複雑な気分になった。ルビエール自身は単に解決を優先させているだけのことだったがオオサコとしては面目ないことこの上ない。

 完全な大失敗である。もはや状況は犠牲を許容せずに打開するのは困難になった。素人のやり口では双方に死傷者が出てもおかしくないだろう。

 とはいえ、相手も詰んでいる。強硬手段を挫かれたヤングたちにはもはや実力によって状況を打開する手はないはずである。

「今度は挙拳行き場をなくして弁舌の出る幕か」

 オオサコは口にしながら反吐が出そうな感覚を覚えた。ここにきて交渉の出番とならざるえないわけだ。順序がめちゃくちゃだ。さらに気の重いことにこの交渉は人質状態のオオサコでは務まらないだろうことは明らかだった。

「ここに至っては大尉に状況をお任せするしかありません」

 ルビエールは難しい顔をしたがため息をつくとそれを受け入れた。

「できる限りは善処します。しかしあちらの向こう見ずな対応のおかげでHV2機が破壊されて、ドックにも被害が出ました。この先の対処はともかくとして、事態そのものを穏便に、とはいかないと思います」

 返す言葉もないオオサコである。装備品を勝手に持ち出しての内紛騒ぎ、しかも他隊に被害を出したのだ。なかったことにするには無理がある。相応の責任は取らせねばならないし、オオサコ自身も取ることになるだろう。

「是非もない。この上はこれ以上の醜態を重ねさせないように迅速な処置をお願いしたい。そちらに被害が出るくらいなら殺傷もやむなしと考えます」

 実際に決断をすることになるルビエールは何も答えなかった。

「とりあえず直接捕まらないように防御をしていてください。それと、捕まるときは言ってください」

 口の端を歪めながらルビエールは一旦通信を切った。確かに閉じ込められているのと捕まっているのでは話が違ってくる。とはいえ最後の一言は余計だろう。オオサコとヘリクセンたちは互いに顔を見合わせて苦笑した。


「さて、どうするか」

 制圧が失敗することはあり得る話だと考えてはいたもののここまで状況が膠着することまでは想定していなかった。引き受けはしたもののルビエールの方にも状況を打開する手立てはいまだなかった。

「全く面目ありません。あちら側の行動心理を見誤りました」

 自ら出向いてきたもう一人の首謀者であるアンダーセンは申し訳なさそうに軍帽を取った。オオサコに対してそうであるようにルビエールは特に咎めなかった。

「厄介ごとと触れずにおいたのは私の判断です。とりあえず連中はともかくオオサコ少佐らは無事に取り戻さないと」

 アンダーセンは神妙に頷いた。彼にしてもヘリクセンという隊の核を失いかねない。深刻さという点ではルビエール以上だった。

「向こうからは何の接触もありませんか」

 向こうというのはヤング中尉一派のことだろう。ルビエールは首を振った。この一派はここに至っても行動のみでルビエールらには何の意思も示していない。

「厄介ですな」

 聞く耳持たずという言うことだ。アンダーセンは顔を顰めた。ヤング一派はルビエールらを全く信用していないようである。オオサコらの行動を目の当りにすればそれをルビエールらの差し金と考えるのも当然のことだったがここまで頑なになられると処置がない。

「随分と嫌われたもんですねぇ」

 今度はマサトがパイロットスーツのまま姿を見せた。その言葉はルビエールを抉った。

 元を正せばそれが原因だろう。イージス隊はブラッドレー隊から信頼を得られるような行動は何一つせず、むしろ疑心を抱かせるような行動しかしていない。

 致命傷となったのはWOZへの入港だろう。この件に関してルビエールは諸隊に何の説明もしていない。ローズのことを説明するわけにはいかないと判断してのことだったがこれによってイージス隊とWOZとの間に如何なる取引が行われたのかと皆が想像を働かせることになった。これに比べれば諸隊での主導権争いなど些末なことだろう。

 言うなればこの状況はルビエール自身の行動によって招かれたのだ。

 我関せず、などと悠長な選択をするべきではなかった。ルビエールは唇を噛んだ。

「腹を割って話すしかないか」

 ルビエールの呟きの意味を知るリーゼはルビエールの心情を理解しながらも首を横に振った。

「今さらそれをやって誤解を解いたところでヤング中尉には責を負ってもらう他ありません」

 むしろヤングに同情的な意見が出てルビエールの信頼が下がることすらあり得る。ヤングのためにそこまでするのは危険だとリーゼは考えている。優先すべきはヤングではなく、諸隊であるべきだった。

「ま、そうでしょうねぇ」

 マサトも肩を竦めてリーゼに同調した。ブラッドレー隊に泥を喰わせるという提案をした手前かその顔にはバツの悪さが見え隠れしている。

 二人の言葉にルビエールは明確な反論ができなかった。その行動はヤングに対する同情を主としている。事態はそれで解決できるかもしれないが、その後に支障が出てもいけない。それにローズのことを話すと言うことは戦争の真実を知ることを意味している。場合によっては死に至る真実だった。

「じゃぁどうすればいい」

 ルビエールの嘆きに答えたのはアンダーセンだった。

「よろしいでしょうか」

 その顔に悲壮感と覚悟を見て取ったルビエールは嫌な予感を覚えたが黙って続きを促した。

「我々も失敗しましたが、あちらも失敗したのです。今後の動きを必死に考えている一方で行き詰まったという焦りも生じているはず。ことに、彼に従った人間には」

 この時、リーゼが見せた表情は憤怒に近い。アンダーセンの言わんとすることを察したマサトも明後日の方を向いた。

「ヤング中尉を相手にする必要はありません。彼に従った人間を揺さぶればいいのです。時間をかけて彼の信用を下げればいい。さすればヤング中尉の意思や覚悟など関係なく、事態は収束するでしょう」

 ルビエールの反応は見事なまでの絶句だった。この上、さらにヤングの名誉を貶めようというのである。危うくアンダーセンの言葉に反感を抱きかけたがそれをフォローしたのはコールだった。

「ヤング中尉に従った兵士に責任を認めるのは大尉も本意ではないでしょう。兵士は上官を選べないのです」

 自分たちだけでなく、ヤングに従った者たちのためにもヤングを犠牲にすべきである。コールはそう言っている。

 アンダーセンは黙してルビエールに決断を迫った。

「スマートだな。スマート過ぎて吐き気がする」

 それがルビエールの言える精一杯だった。


 数分後、ヘリクセンたちに指示が飛びイージス隊の勧告がブラッドレーの艦内に響き渡った。

「伝える。我々イージス隊は地球への帰還を目指すものであり、諸君らの敵ではない。疑心からの行動に理解を示す。戯言に踊らされたことにその責を問うことはない。投降せよ。繰り返す…」

 自ら志願してこの勧告を行ったオオサコはシートに身を沈めて改めて後悔した。

 こうならない方法はいくらでもあったはずだ。オオサコはもっとルビエールたちを信用するべきだったし、ルビエールたちもオオサコたちを信用すべきだっただろう。誰も彼もが自分たちを優先して周りを疑い、利用しようとした結果がこれだ。

 そうは言ってもイージス隊の特異性とブラッドレー隊の事情、シュガートとホーリングスの窮状はそれぞれ異なる。鑑みてそのいずれかに責を見出したところで万人の納得するものとはならないだろう。

 結局のところ自分を慰めるに足る考えを見つけることはできず、ただただ後味の悪さだけがオオサコを支配する。相互理解と信頼の何と難しく、致命的なことか。

「正直なところ、うちの動きが一番マズかったですよ」

 ヘリクセンが頭を掻きながら呟いた。

 シュガート隊は筋道を捻じ曲げてまでイージス隊との連携を優先し、ブラッドレー隊を蔑ろにした。その帰結がヤング中尉の暴発に繋がったとヘリクセンは思っている。

 オオサコはほろ苦く笑って首を振った。

「それも事実の一端ではあるだろうな。もっとも君らがこっちについたところでそれを尊重したと言い切れんのがツラいところだ」

 ブラッドレーの意識もイージス隊の方に向いていたのだ。シュガートが望むようなものをブラッドレーが提供できたとは思えない。むしろイージスとの主導権争いの手駒としただろう。そのシナリオではイージス隊とブラッドレー隊の関係は表面的な対立となった公算が大である。この両隊が物別れになれば戦力的に不完全なシュガートの生存はかなり厳しくなる。彼らにとっては今回のようなヤング一人が割りを喰わされるシナリオより質が悪いかもしれない。絶対に避けたいシナリオだったろう。

 結果だけ見ればシュガートの行動は正解なのである。シュガートは他人に自分たちの舵を握らせないよう最良の選択を取った。自分たちに都合のいい状況展開を導きながらも彼らは今回の件で責任を問われる立場にもいないのだ。

 狙ってやったことであるなら何と老獪なことか。一瞬そんなことを考えたがオオサコは頭を振った。そういうところだぞ、と自分を窘める。


 勧告は確実にヤング一党を侵食した。ことにヤングとは格段の繋がりのない末端兵士から綻びは生じ始める。最初はハンガー内で立てこもっていた整備員たちだった。状況をあまり把握していなかった彼らは半ば人質に近い立場だったがその場では多数派でもあった。自分たちがヤング派に数えられることを危惧した彼らは一斉に蜂起し、ヤング派には与しないことを宣言した。

「そもそもヤング中尉は何を以って我々に対する命令権を主張するのか。我々は地球連合軍の部隊である」

 消極的にとはいえヤング派に異を唱えてこなかった者たちの手のひら返しをヤング派の人間は強く非難したが元々は味方であること、また多数であることからハンガーからの退去を余儀なくされた。ハンガーは解放され即座に人員が送り込まれた。

 この流れは艦内の至るところに波及した。これと言った抵抗もなく日和見・あるいは消極的なヤング派は続々と旗色を変えて持ち場を明け渡した。

 中立を決め込んでいた1割の人員はその流れを冷笑しつつも最後まで中立を保った。彼らは今回の件で最初から最後まで動くことはなかったものの動かないことで事件の極端化を防いだと言える。


 やがてこの流れはヤング派の兵士たちにも及び始める。イージス隊陣営からすれば緩やかに収束したとみることもできるがヤング陣営から見れば沈没する船の中で窒息させられるような凄惨さであったろう。

「どうしてこうなった」

 いまや艦内を支配するのでなく、追い詰められる立場になったヤング派の兵たちは呆然とする。

 イージス隊はWOZとの裏取引で亡命を計り、自分たちは切り捨てられる。そうなる前に自分たちで諸隊を制圧し、胸を張って帰還しよう。それが彼らの結束の根幹にあった。

 イージス隊の勧告はこれに全く相反している。彼らの中にはこの勧告を信用しない風潮もあったがヤングの影響力の少ない者達はあっさりとヤング派を見限った。この逃げ道はヤングから遠い人間にほど近いのだ。その逃げ道を苦々しく眺めるしかない者も少なくなかった。彼らの中には目的のために強引な手段を取った者もいるのである。

 ヤング派の中にはヤングの権勢を自らの利権、あるいはキャリアの糧として集った者も少なくはない。彼らにとってヤングが何を考えているか、などどうでもいいことだった。ヤングが勝つと思ったからそちらについただけだ。彼らは彼らで目的と打算があってヤングを選択した。ヤングの主張の正誤などどうでもよく、目的を果たせないのであれば主義主張など全くの無意味であるのだ。

「ヤング中尉とリード大尉はどうするつもりなのか」

 そんなことを言い出す者もいるが日和見派と違って彼らは自由意志によってヤングについたはずである。その責任は本来なら彼ら一人一人に付随するものであるがその心理は責任と結果を何とかヤングとリードへ集約させようとした。

「今さら何を言うか」

 自らの選択に責任を認める者もいたがそんな彼らも「では、どのように状況を収めるのか」と問われれば黙るしかない。

 詰め寄られる親ヤング派とも言える者たちにとっては居心地の悪さはなお一層である。積極的にオオサコの排斥に加担し、隊の主導権を握った者たちも自分たちの立場が悪役になりつつあることに焦りを見せ始めた。

 ここで公的には記録されることのなかったこの事件のもっとも陰鬱な場面が訪れた。


 オリバー・ヤング中尉にはヤング家から選出された2人のお付きがおり、そのうちの1人は隊の参謀役であるリード特務大尉。もう1人はヤングの世話役であるチャン准尉の2名である。員数外であるこの二人はヤングのキャリアを形成することを役割としている。つまりヤング至上主義と言うべき立場にあった。

 この2人のうちチャン准尉に関してはヤングの世話役である意外は特筆することもなく、隊内からも特に何とも思われていなかった。しかしリード特務大尉はその階級からも解る通り、緊急時にはオオサコを上回る権利を行使可能でヤングの権勢における根拠、大きな武器になっていた。

 リードはヤングの代弁者、時には代行者となって隊運営に大きく関わりオオサコらと対立することも多く、煙たがる人間も少なくない。実際には彼の行動の全てはヤングの意思によるものであったがそこにリード個人の意思が全く反映されないことも気味悪がられた。彼自身は自らの職務に忠実であるだけであったがその人間味の無さは軍人の間でさえも奇異に映ること暫しで彼に対する隊内の評価はヤングの悪い部分を引き受けていることを差し引いても到底好意的とは言えないものだった。

 沈没しようとするヤング派にあってもリードとチャンの2人は船から飛び降りることはできない。2人の為すべきことはヤングのキャリアに傷をつけずに事態を終わらせることになる。当然ながらその目的は何とかしてヤングたちに責を押し付けたい人間たちとは衝突する。

 1人の男がその思考を逆用する忌まわしい手段、というよりは理屈を思いつく。尚も暗躍しようとするヤングらを自分たちで鎮圧、自らの手で決着をつけることである。

 発案者であるデランシーにそれを提案された数名は互いを見つめあって、言葉を発しなかった。デランシーと共に明確にオオサコに反旗を翻した彼らはこのまま離脱したところで厳罰が相当である。それでも自分たちの持ち出す理屈とそのための行動には後ろ足を踏んだ。

「なに、向こうだってこの件を明るみに出そうとはしないさ」

 ヤング派ではなく反オオサコ派であるデランシーには元よりヤングに対する忠誠などなく、それゆえに冷静な洞察ができていた。シュガート隊もイージス隊もこの件を明るみに出そうとはしない。そうであれば表向きの処罰は控えられるはずである。ここはとっとと白旗を振るべきだろう。ただデランシーらがそれをやるには少しの工夫が必要になる。彼にとってヤングとリードの正当性はもはや邪魔なものとなっている。ヤングたちが自分たちの正当性と一緒に沈むのは構わないがそれに自分たちまで付き合わされてはかなわない。つまり、リードとヤングには悪者となって黙ってもらうのが最良なのである。

 既に離反者はヤング派の半数を超えた。ヤング派の占拠するエリアはどんどん狭まってく。こっそり姿を眩ませて消えていくのは難しくなり互いの監視が強まっていく。

 ここにきてリードが大勢の集まる部屋に身を移してきた。これ以上の離反者を出さないように目を光らせ、時折、ヤングの部屋と行き来するチャンと何事か言葉を交わす。

「どうもあちらも腹を括ったようだ。時間はないぜ。お前らはどっちに乗る?」

 デランシーはリードたちが何らかの行動を起こそうとしていると決断を促した。状況を打開できる手はないのでその行動は破滅的な一手となることを想像させる。実際にはそんな気がヤングたちにあるかどうかは知る由もないのだが、ともかく彼らは決断した。


 続々と出現する離反者を処理していたオオサコはその事態を決して予測していたわけではない。しかし艦内で発生した銃撃を耳にした瞬間に何が起こったかを即座に理解した。

 オオサコらが駆け付けたとき、生きている者は武装を解除して恭順の意思を示していた。何人かが目で一室を示してきた。オオサコが踏み込んだ時にはデランシーが無念そうな顔を浮かべながら2人の遺体に敬礼をしていた。

 1人はリード特務大尉。もう1人はオリバー・ヤング中尉である。遺体には自決したかのように銃が握られているが撃たれた位置から射殺なのは容易に想像がつく。デランシーの敬礼と同じでそれはただ形を整えただけに過ぎなかった。

「見事な最期でした」

 白々しいデランシーの言葉にオオサコは吐き気を覚えたがこれを突っぱねることはできなかった。無言を貫き、最低の結末を迎えることになったかつての部下に頭を下げた。

「申し訳ない」

 やるせない感情で押しつぶされそうだった。覚悟していた結末とはいえ、最悪の形でそれが結実した。もっと忌まわしいのはそれがオオサコたちにとって最高の結末だということだ。これでこの事件はオリバー・ヤング中尉とリード特務大尉の蛮行という性質で確定される。本人たちが死亡したことでこれを覆す意味はなくなり、関係する人間たちの総意によって闇に葬られるだろう。結果的にはイージス隊とシュガート隊は手を汚すことなく事態を収束させることができたのだ。

 このような結末は望んでいなかった。しかし今さら後悔もできない。ヤング自身の選択を肯定すればそれは破滅的な結果となっていたことは疑いない。それにヤングたちは根本的な部分を誤解していた。

 ヤングたちはルビエールらイージス隊の行動を非難し、これを排斥すれば主導権を奪えると考えていた。オオサコもその理論は間違っていないように思っていた。しかし、それは違った。ルビエールは基本的に諸隊を生還させるための手続きに没頭しており、主導権などどうでもいいとすら考えている。ルビエールは話さえすれば対応していただろう。

 この誤解はオオサコにも言える。オオサコは事件の前、相談相手としてアンダーセンを選んだ。自然な選択に思えて、これが最大のミスだったのではないか。

 実際に諸隊の主導権を握っているのはシュガート隊だったのだ。イージス隊とブラッドレー隊の間に立っていたシュガートだが双方の意思疎通に尽力したとは言えない。むしろ壁になっていた。そもそもシュガートは、あの男ハンス・ヘリクセンはブラッドレー隊の事情を知らないままで放置しておくような男だろうか?

 嫌なシナリオがオオサコの頭に組み上がった。

 シュガート隊は徹底した利己主義を貫き、イージス隊とブラッドレー隊を喰い合わせ操ったのではないか。今回の件も積極的にではないものの誘導した可能性がある。ヤングを武力で鎮圧すべきと言い出したのもシュガートだった。あのアンダーセンという老兵はその柔和な立ち振る舞いの裏で凡そ軍人らしからぬ生存術を行使する妖異なのではないか。

 しばらくしてオオサコは頭を振って自分の考えを白紙に戻そうとした。この考えは邪推の域を出ない。確かにシュガートの動きは利己的ではあるがアンダーセンもヘリクセンも下衆ではない。そう解っていてもその考えはオオサコの脳裏にこびりついて離れてはくれそうになかった。このような陰謀論にも縋りたいほどオオサコの神経は摩耗していたのだ。

「不幸な事件でしたなぁ」

 知ってか知らずかデランシーの言葉はオオサコの神経を逆撫でした。もっともこの男の言うことであればそれが何であっても同じであったろうが。

 この男こそが下衆の塊だった。この男に比べればヤングの方がよほど好ましく、世の役に立つ男だったはずだ。このような結果になったとはいえヤングにはそれなりの人望も気概もあったのだ。

 そのときオオサコははたと気づいた。1人足らない。

「チュン准尉は?」

「さすがに女子供まで道連れにするのは気が引けたんでしょう。別の部屋で眠ってますよ」

 悪びれずに用意していた言葉を発してデランシーは隣の部屋を指さした。

 タオ・チュン准尉は隣室で昏倒した状態で発見された。これで全ての人間の所在が確認されたことになる。彼女が目を覚ました時、何を語り、そして自分は何を語らねばならないのか。オオサコは自分こそ自決すべきなのではないかという考えが頭をもたげはじめていた。

 いや、それは逃げか。オオサコにはブラッドレーの指揮官としてこの事件を最後まで見届ける責任がある。

「エノー大尉に報告。叛乱は鎮圧された」

 自分の中の感情を何一つ整理できないまま、疲れ切ったオオサコは事件の終結を宣言した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ