20/3「フラットラインの戦い」
20/3「フラットラインの戦い」
310年8月。コロニー国家共同体の一部過激派の意思を受けて共同軍の艦隊がWOZの一角であるオストベルグの領域へ侵入した。その構成は親火星派の中心であるプロセロの軍を核としており、そこに本来は火星との有事を想定した共同正規軍も含まれていた。カナンの戦い以来の大艦隊であり、ただの示威活動ではないことは明白だった。
宇宙戦国時代の戦いで発生した大規模なデブリ帯はもとから存在した暗礁帯と合わさって地球、火星間を漂っており航海をする艦艇の道を塞ぎ、高速航行している艦艇を破損することも珍しくない。ゆえにこれら宙域内のデブリ処理はその領域を支配する勢力の基本的なインフラ整備の一環となっていた。WOZはウォルシュタット、オストベルグ、ザルツカンマグートの3国からなり、その距離がそれなりに離れていながらもそれぞれを結ぶ宙域をその経済力でしらみつぶしに掃海して安全、かつ高速な航路を整備していた。
そのうちの一つ、ウォルシュタットとオストベルグを結ぶ主要航路の一つ「フラットライン」と呼ばれる航路宙域へと共同軍艦隊は差し掛かった。開けた宙域ゆえに大規模な戦力での戦いに向くし、戦いになってデブリを散らせば相手に掃海を強いることもできる。何より重要な航路に我が物顔で侵入することはWOZへの挑発としても充分な効果がある。そして彼らの望み通り、WOZは即座にオストベルグ海軍に出動を命じ、海軍長官エミリア・アンダーセン自らが率いる精鋭艦隊が即応した。
共同軍とWOZ軍の激突は小規模なものであれば珍しくもないが大半が互いの主張領域近辺での偶発的な衝突であり大規模かつ、戦いそれそのものを目的とした衝突はカナンの戦いにまで遡る必要がある。そうでなくとも両軍の戦いとなればそれを引き合いに出さないものはいない。ことに共同軍ではその不名誉な結果は国の屋台骨にまでダメージを負わした痛恨事であり彼らにトラウマとしていまだに影響を残していた。ただし、その戦いの見解は常に同じではなく、時代によって変質していた。
宇宙戦争昏迷期に起こったカナンの戦いは諸々の条件が折り重なった不幸な事故である。それらの条件の一つでも欠ければ戦いの趨勢は大きく変わっていたはずであり、そしてその条件をクリアすることは全く難しいことではない。
共同軍艦隊を指揮しているアイザック・ヘイヤーは近年主流となったこの見解を100%支持していたわけではない。しかしだからといってその再現など起こりえないと考えている。十分な準備と慎重な対応。あとは最低限の士気。これだけあればカナンの戦いのような一方的な展開は起こりえない。用心。それこそが肝要なのである。艦隊の参謀たちもヘイヤーの方針を支持する。
ヘイヤーの考え方は充分論理的である。恐らくほとんどの軍人はヘイヤーの考え方を支持するし、反論しないだろう。対するWOZ軍の人間ですらヘイヤーの思考を真っ当だと評価するはずである。
ただし、真っ当な考え方が常に正しい答えに帰結するわけではない。カナンの戦いもそうだった。戦いの前、誰が共同軍の勝利を疑ったか。そして、誰がそれを愚かな考えと笑えただろうか。共同軍の中にも油断をしてはならないと気を引き締めて挑んだ者もいるはずである。されど結果はあの始末だった。
正常で論理的な思考の向こう側に正解は待っている。そうであるならどれほど簡単であろう。だが、現実にはその答えは駆け込んできた者を抱きしめながら隠し持った短刀でその背中を刺す死神にもなりえる。
彼らは破滅への道を気づかず邁進していた。
オストベルグ海軍旗艦「アレクサンドリア」のCICでホンジョウ・マコト・ファヴニは絶え間なく流れ込む情報に身を晒しながら自身の思考が正気であるかを疑っている。
相対する共同軍の艦隊は迎え撃つWOZ海軍迎撃部隊の凡そ3倍。これが前進を続けていた。このままぶつかりあえば普通なら負ける、だけでなく双方に派手な犠牲が出かねない形だった。もちろん、そうはならない。そうならないことを知りながら進むことの正気をこそマコトは疑問視していた。
「情報通りの数。敵は小細工なしの正面戦闘をご所望のようですな」
海軍参謀の意見に海軍長官エミリア・アンダーセン・ナガミネも異論はない。軍人らしからぬ優雅な美貌はWOZ軍伝統の外套で飾られており、さながら中世騎士を思わせる。この場違いな見た目を補うためかその表情は万年不機嫌面で固定されている。その不機嫌面と苛烈なる指揮統率ぶりからクイーンオブネイビーと敬称とも蔑称ともつかぬ名で呼ばれている。
「となれば、やはり敵の目的は戦いそれそのものか」
共同体とWOZで戦争状態を引き起こすこと。これによって火星とWOZとの仲を引き裂くと同時に火星を戦いに巻き込む。共同体の覇権主義者の狙いはそんなところだろう。つまり彼ら共同軍が与えられたタスクは勝ち負けとは無関係なところにあるのである。
「お気の毒さまに」
マコトが呑気に呟いた言葉にエミリアは心内で同意した。
共同軍はこの戦いに勝つ意味はない、さりとてただの小競り合いで終わらせるわけにもいかない。派手な戦いを引き起こす必要がある。小細工なしの正面決戦は彼らの目的遂行のための手段であり、またリスクを最小に抑えるための無難な選択肢でもあるわけだ。
対する海軍側はここで負けてもあまり困らない。守る側のWOZ軍はまだまだ後詰めがいるので新手でもって削り合いを続ければいいだけの話である。もっとも、それに相手は付き合わないだろうし、海軍にもそんな気はさらさらない。
「相手に勝ち気が薄いからと言って負けてもいいというほどやる気がないわけでもないでしょう。彼らにはカナンの戦いの雪辱という意図もあるはず。勝てるというならそれにこしたことはない。見かけ上の戦力はあちらが優勢なわけです。彼らの理想的な展開は全力でこちらを叩き、後に悠々と撤収といったところでしょう。もちろん、そうは問屋が卸しませんがね」
参謀の言葉にエミリアは力強く頷く。カナンの戦い以降の共同軍とWOZ軍の評価を彼らが快く思っているわけがない。彼らは200年越しの捲土重来の機会を得たわけである。それにこちらが付き合ってやる理由はない。何よりこちらにもこちらで目的があるのだ。コウサカ・レオノールが出した無理難題が。
「いけるな?ホンジョウ」
水を向けられたマコトは心あらずの表情で戦術画面を見つめていたがやがて大きなため息をついた。
「歴史は繰り返す、かぁ」
共同軍を撃滅せよ。このシンプルなタスクにはナガミネとホンジョウにのみ課された裏の目標が存在する。
この戦いは現在のコウサカ・レオノール体制における初戦とも言える。小競り合いレベルの戦いならこれまでもあったが今回の戦いは規模も情勢の点でも重要さのレベルが異なる。長らく偶発的な遭遇戦しかしてこなかった両陣営だったが今回は共同軍が望み、WOZ軍が受けて立つ。この一戦で諸国が抱くWOZ軍のイメージは決定されると言ってもいい。WOZとしてはともかく、WOZ軍としてはただ勝つだけでは駄目なのである。
一方的に勝て。それが2人に課せられたタスクだった。
最初に動いたのはWOZ軍の方だった。戦力的に小であるWOZ軍は正面からぶつかる形を避けてほぼ直角に転進して共同軍艦隊から離れ始めた。
「逃げるつもりか?」
「正面決戦を嫌ったということでしょうか。不思議なことではありませんが」
WOZ軍の動きに共同軍は肩透かしを喰らわされた。確かに正面決戦では勝ち目が薄いのだから相手がそれに付き合う道理はないだろう。WOZであればこちらの単調な動きを逆手にとった奇策を用いてくることも警戒していたのだが。
「もしくはこちらの目的がただの開戦にあることを看破した上で被害を抑えたいのか。フラットライン上で戦えば掃海の手間が増えます」
確かに参謀の言にも一理ある。戦いを避けられないならせめて主要航路外の方が好ましいだろう。
いや。ヘイヤーは考え込む。まさにこれこそ奇策の入り口ではないか。
「なるほど。奴らはこちらの事情を見抜き、逆手にとるか」
ヘイヤーの呟きを参謀たちは翻訳してから確認する。
「こちらが一戦交えねばならない、という事情をついて自分たちに有利な形に誘い込もうということですか」
他の参謀たちも納得する。確かにこちら側の事情を見抜いているならそれを利して自分たちに有利な場所に引き込もうとするだろう。つまり追う先に敵は策を用意しているわけだ。
「浅いな」
参謀の一人が興奮気味に呟く。ヘイヤーが視線を向けると彼は意気揚々と見解を披露した。
「敵はこちらが自分たちと一戦を交えねばならないと思っています。しかし、我々が戦うべきはWOZであってWOZ軍である必要はありません。連中に付き合う必要はない」
この見解は他の参謀たちにも受け入れられた。ヘイヤーも理屈そのものに異論はなかった。確かにヘイヤーたちの第一目標はWOZとの戦争状態を引き起こすことにある。そのために大規模な一戦を交えたいのだが必ずしも目の前の敵がその相手である必要はないのだ。彼らを無視して突き進み、別の相手と交戦しても問題ない。しかしこれはかなり危険な行為ではないか。
「しかし、連中を無視して進んでも今度は別の迎撃戦力との挟撃にはならんか」
この指摘に我が意を得たりと先ほどの参謀は目を輝かす。
「ええ、それこそが連中の次善の策なのでしょう」
罠に引き込めればよし、仮に無視されても後詰めの戦力との挟撃ができる。2段構えの作戦。なるほど、ヘイヤーも今度はほぼ完全に納得する。となればこちらが為すべきことも見えてくる。
「こちらが連中を無視する、と見せかけての反転強襲というわけだな」
参謀は力強く頷いた。
こちらが相手を無視するようにWOZ領域へさらに前進すればどうあれ相手はこちらを追って反転してくるはず。これを反転して襲撃する。彼我の位置関係を反転させて相手を粉砕しつつ駆け抜け、そのまま離脱する形にする。交戦と同時に撤退も両立できる。最適解ではないか。ヘイヤーの顔も知らず参謀と同じように高揚し始めていた。
「共同軍、さらに前進します」
転進したWOZ軍を追うことなく、共同軍艦隊はさらに前進してWOZ領域深くへ進んでいった。エミリアら海軍は無視される形になった。
ここまでは想定通り。エミリアはそれに関しては特に何とも思わなかった。この戦いにおける要点は相手やこちらの駆け引きにはないとエミリアは考えている。
「やっぱ無駄になっちゃたねぇ」
「やかましい」
マコトの余計な言葉にエミリアも余計な一言で応じた。共同軍の洞察通り、エミリアは自軍に有利なエリアを用意していた。このトラップゾーンはWOZ軍の作戦には必ずしも必要なものではない。マコトは作戦前にそれを指摘していた。敵は追ってこないだろうからそこはハッタリでもいいだろうと。
わざわざ海軍の方を追ってくるようなら相手は相当などあほうなのだが、そのどあほうのためにわざわざ機雷源を用意するのがエミリアの周到さだった。追ってきたならきたで優位に戦いを進めることができたわけでマコトも実際のところはエミリアを貶しているわけではない。ただ単に二人の役割が違うだけでそれゆえに多少仲が悪いだけのことだった。
「よし、追うぞ。各艦陣形を維持して反転。念のために海兵に通信を飛ばしておけ、拾われてもかまわん」
後詰めには海兵団が来ている。これもまたエミリアの周到な根回しだった。ただし、この戦いで彼らに出番はない。海兵はあくまでシナリオにリアリティを持たせるためのファクターに過ぎない。恐らくいてもいなくても大した違いはないはずである。それだけのために応援を出させるというのは一昔前であれば考えられないことだった。
WOZ3軍と海兵団それぞれはその他の軍と同じく仲の良い関係とは言い難い。それどころかひと時前であればもっとも仲の悪い軍だったかもしれない。それぞれの根拠地とのつながりと権益、そして各貴族の思惑が複雑に絡まりあってそれぞれが閉鎖的になっており3軍それぞれが異なる力学で構成された伏魔殿と化していたのである。このような理不尽な組織が存在を保てていたのは単にWOZという国がギガンティアによって統治されているためである。他の国では軍閥化して制御不能になっていただろう。
だからと言ってその状況が正しいわけではない。実際、少し前のWOZ軍はバラバラの状況であり、権力闘争の過程で多くの真っ当な軍人たちが割りを喰わされる不条理な風が吹いていた。
その状況を変えたのが当代のコウサカ。コウサカ・レオノール・ホロクと彼に代表される黄金世代の者達である。現在のWOZ軍はそのコウサカの勢力によってほぼ完全に寡占されており、反転かつてないほどまとまった組織になっていた。
エミリアは運命論者ではないがその意味を考えることがある。世間で黄金世代と呼ばれる4人。コウサカ、オガサワラ、ナガミネ、ダイドウジ。いずれも抜きんでた才覚の持ち主ではあるが真っ当に経歴を歩んでいればこれほど若くして頭角を現すことはなかったはずである。それどころか何人かはその才能を埋もれさせていたかもしれない。
同じ年に生まれ、同じ士官学校に入り、同じグループに編成される。ここまでは偶然と笑って流せる。しかしその後の時流には薄気味の悪さを感じる。グラスノーツ事件と呼ばれるWOZ軍内での事変の発生。このタイミングが前でも後でも今の態勢はあり得ない。全てはあそこから始まったのである。
この事変の発生で人生を狂わせなかったWOZ軍人はいなかっただろうがその中でもエミリアはもっとも翻弄された側に分類される。当時の海軍長官だった父を含む多数の身内を軍事法廷に送り込んでおきながら自分自身は海軍長官として立っているのである。
まもなく反転を完了するとWOZ艦隊は共同軍艦隊を追跡し始めた。相手が海兵団の存在に気付いているか想定しているならばいずれかのタイミングでアクションを取るだろう。
「大体6時間後ってところかな。じゃ、私はそれまで寝るから」
自分の席を倒してホンジョウは本当に寝始めた。周囲が呆れてエミリアを見てくるがエミリアは我関さずと黙殺した。必要な時以外は寝ていてもらった方が有難い。
ホンジョウ・マコト・ファヴニ。司法界隈を畑とする中流貴族出身のこの女は黄金世代「4人の中の1人」であり世代のキーマンと言える。表向きの黄金世代の4人は代表的な軍事貴族であるナガミネとコウサカはもちろんのこと、オガサワラは政界、ダイドウジも経済界に強いコネクションのある貴族出身である。4人ともにこの出自を好む好まざるに関わらず利用してきている。一方でそれはそれぞれにしがらみを抱えていることも意味していた。
ホンジョウにはそれがない。半ば勘当同然に軍人となったこの女は特定の役職を持たず、どこの指揮系統にもその名がない。いながらにしていない存在。その女の真の役割とは黄金世代4人を隠れ蓑にして動き回り、時にコウサカやオガサワラの名代となって意志代行を行うことにある。コウサカ体制の強みは根回しの迅速さと同時並行処理にあるがその意思決定能力と同時進行能力を影で支えているのがこの女なのである。
6時間後、WOZ宙域をさらに深く進攻する共同軍艦隊とそれを追うWOZ軍艦隊の距離はほぼ固定された。共同軍の侵攻に対して距離を詰めずに様子を見るWOZ軍の動きは明らかにチャンスを伺うものだった。
援軍が来るのを待っている。共同軍の結論は正しい。振り返れば共同軍の判断は全て正しかった。罠は存在したし、援軍も存在した。彼らはそれに満足し、自信を持っていた。
「ここらでよかろう」
ヘイヤーの判断に参謀たちは頷く。領域は充分に犯したし、これ以上深入りして援軍に介入されても厄介だ。
「よし、これより我が艦隊は反転しWOZ領域より離脱する。追尾してくる敵艦隊が立ちふさがる場合はこれを粉砕、突破して離脱する。全艦戦闘態勢」
ヘイヤー艦隊とWOZ艦隊の戦力差は凡そ3倍。前進がそのまま離脱でもあり小細工の用はなし。正面切っての戦いとなるならば望むところ。多少の出血など気にせず粉砕すればいい。変針してこちらを避けるならそれもそれでよし。敵を腰抜けと笑い飛ばして帰還すればよいだけのこと。
元より待機状態だったヘイヤー艦隊はただちに戦闘態勢に入り、規律よく反転し始めた。
共同軍艦隊の反転にWOZ艦隊も反応する。エミリアたちはこの状況を待っていた。全ての準備は整った。
「出番だぞホンジョウ」
「アファーム」
アレクサンドリアのCICの中央にある巨大なVRコンソールの中央に立つとマコトは指を鳴らした。
「そこのけそこのけ獅子が通る。我らが祖督レオニード・ホロクが魅せたカナンの戦い。今や虚ろなりとも消失はせず。時を経て、今宵世に示すは新たなる星海の覇者。即ち我らの戦いぶり。御膳立ては既に整いて候。やるべきことはただ一つ」
WOZ軍の統合管制システム「ラウンドナイツ」を介してマコトは全艦に号令した。
「全力で、押し通る!!」
弓は既に引き絞られていた。号令一過、WOZ艦隊は常識外れな加速をして共同軍艦隊に向けて突進を開始した。通常、艦隊が加速をかけるときは衝撃波による乱流、激突の危険性を回避するために先頭艦から順次行っていくことになる。必然陣形は乱れ、間延びする。前進に限らず艦隊が機動するということは群れが動くことであり、全ての艦が等しい機動ができるわけではない以上、その限界は下限に合わせるしかない。これを緩和したければ艦同士の距離を空ければよいがそれは逆に厚みを失うことでもある。これらのことから宇宙戦争では艦隊陣形の密集度合いでその艦隊の機動力と方針を凡そ測ることができるとされる。当然、共同軍艦隊もWOZ艦隊の陣形からその機動力を予測した上で艦隊を動かしていた。
しかし今回の場合、WOZ軍の突進速度は共同軍側の想定をはるかに上回った。ヘイヤーたちは困惑する。そもそも戦力でこちらが上回るのだから決戦を回避するにしても迎え撃つにしても陣形を変じて正面衝突は避けると見ていた。まさか加速して正面から突っ込んでくるなど想定していなかったのである。
玉砕覚悟。理性的に考えればあり得ない想定がヘイヤーたちの脳裏を過った。しかし他の想定を考えている余裕もない。彼らはとにかく状況に対処しなければならなかった。
「敵CSA来ます」
WOZ艦隊からまとまった数のCSAミサイルが飛来する。艦隊そのものの速度が乗ったミサイル群はヘイヤーたちに考える猶予を与えない。CSAは本来なら艦隊にダメージを与えうるような攻撃ではないがまとまった数を真正面から受ければやはりただでは済まない。迎撃しなければならない。当然、その対応は至って標準的なものにならざる得ない。
「応戦だ。CSA撃て」
何とか即応した艦隊からカウンターのミサイルが打ち出される。互いのミサイルパレードが交差し、数か所でそれが爆発すると連鎖が始まり大規模な衝撃波が生じた。
結果論ではあるが共同軍のCSA返しは悪手となった。CSAミサイルの衝突が共同軍艦隊側に近すぎたのである。この大規模な連鎖爆発が光の壁となって共同軍艦隊はWOZ艦隊をほんの一瞬見失い、硬直した。しかしWOZ艦隊は何の躊躇もなくその炎の壁を貫いて突き進んできた。その距離は既に共同軍艦隊の喉元と言える肉薄だった。それだけで信じられない光景だったが共同軍艦隊が見せつけられたのはそれ以上の絶望だった。
この気の狂ったような邁進の最中でWOZ艦隊はHV部隊の展開を始めていたのである。艦隊にとってもっとも隙の大きい行動を敵の目の前で、突進しながら行う。そもそも艦を機動させながら部隊を展開することすら至難の技である。それを艦隊レベルで行うとなれば全部隊に想像を絶する練度と統合管制が必要とされる。事実上不可能。それをWOZ軍はやってみせたのである。
後にこの突撃展開を分析した統合軍分析官は驚愕の2文字を添えてこう記している。
「あれは一つの意思によって動く生命体である。WOZは軍隊を群体に至らしめたのだ」
致命的な差が生じた。
「迎撃しろ、早く!」
半狂乱になってヘイヤーが叫ぶ。彼はこの時点で敗北していた。もちろん共同軍は言われるまでもなく展開を始めていたが既に遅いことは明白だった。いくら戦闘態勢になっていたとしても艦隊がHV部隊を展開させるのには時間、何より隙が必要だった。これを共同軍は全く確保できなかった。彼らがやっていることは銃を眉間に突き付けられた状態で銃を抜くような行為だった。当然、WOZ軍はそんな悠長を見逃しはしない。
共同軍艦隊前衛の主力部隊はいくらか早く対応したがそれも散発的なものでしかない。そもそもWOZ軍が一塊で突撃しているのに対して反転したばかりの共同軍は陣形が整っておらず、膨らんでいた。その緩んだ陣形にWOZ軍の突撃は突き刺さった。共同軍の不十分な迎撃態勢は機能することなく、その進撃の速度を緩めることすらできない。懐に飛び込まれた共同軍の前衛艦はHV、艦艇双方からの攻撃に晒され粉砕される。
共同軍の陣形に穴が空いた。そこからは悲惨だった。WOZ軍は尚も突進を続け、開いた穴に抉り込むと共同軍艦隊を内側から食い荒らした。
HVを出撃させようとする共同軍の艦艇にWOZ軍のHVが襲い掛かる。陣形の内側に入り込まれた艦隊は防空火器の大半を封じられほとんど丸裸だった。WOZ艦隊が進んだ分だけ共同軍艦隊が消えていく。
生きたまま身体を食い荒らされ悶絶する共同軍艦隊の惨状に圧倒されてヘイヤーは呆然と立ち尽くす。彼はどう対応すればいいのか全く解らなかった。こんな状況への対処法などあるのか?自失しているヘイヤーを見限った幕僚たちが何事か指示を飛ばしているが何の効果も発揮しなかった。もはや何をやっても同じだった。対処法があったとして、指示したところで艦隊はそれに応えることができない状態になっている。この艦隊は死ぬ。
なんだこれは?何を間違った?
ヘイヤーの思考は益体もないことを考えてしまう。戦いの前、ヘイヤーは用心こそ肝要と自他に周知していた。それが足らなかったのか?何かを見落としていたのか。自分たちにとっての誤算と言えばWOZ軍の驚異的な突進力、行動力か。しかしそんなものをどうやって想定すればいいのか。それを示すような情報をヘイヤーたちは何一つ得ていなかった。
では、この戦いは始まる前から既に決着がついていたとでもいうのか。
「そんなバカな」
それがヘイヤーの最後の言葉となった。直後、彼の乗る旗艦は波状攻撃に晒され爆散した。
崩壊が始まった。WOZ軍の速度と苛烈さに艦隊列の中央付近に陣取っていた艦艇は逃げ場を求めて強引な転進行い、それがWOZ軍を捉えようとする外側に布陣した艦艇の障害になった。結果、WOZ軍の気にするべきは前だけとなる。ただ突き進めばいい。敵は恐れをなし、避けて勝手に弾除けになってくれる。WOZ軍は速度を緩めることなく突き進み、ついに共同軍の艦列を貫き通した。
敵艦隊を突破する。共同軍もWOZ軍も志向していたことは同じである。ただ、純粋にWOZ軍が全てにおいて早かった。
粉砕という言葉がこれほど似合う状況を私は知らない。戦史家ナリス・エリクソンが驚愕と畏怖を以って評するこの一撃は共同軍を物理的にも精神的にも粉砕した。旗艦が失われたこと、明らかな逃げ道が目の前にあったことから共同軍艦艇は指示を待つことなく次々と戦闘を放棄してそのままWOZ領域から抜け出そうとし始める。
これこそがホンジョウ・ファヴニがカナンの戦いを再現するために用意した恐るべき罠だった。敵に逃げ場を与え、士気を瓦解させる。共同軍艦隊の統率は完全に崩壊した。
「追える?」
「当然だ」
あっさり答えるとエミリアはくるりと手を回して艦隊に追撃を命じた。後の軍事研究家たちに言わせるならば、この戦いにおけるWOZ軍のもっとも尋常ならざる部分がこの追撃戦にある。WOZ軍は全力での敵中突破を敢行しながら間を空けることもなく展開したHVの収容と艦隊の反転を同時並行して即座に追撃に移ったのである。驚くべき機動力。行動力。そして想像を絶する統率力。何のまとまりも思慮もなく逃げようとしている共同軍艦隊は互いの機動が干渉しあってもたつき、そこに苦も無く追い付いてきたWOZ軍が襲い掛かった。
戦意を喪失して統率も何もない共同軍にもはや抵抗する力は残っていなかった。ここにカナンの戦いが再現されることになったのである。WOZ領域に踏み込み過ぎた艦隊は散り散りとなり、その後3日に渡り海軍及び海兵団の追撃掃討を受け続けることになる。
後にフラットラインの戦いと呼ばれるこの戦いは共同軍損失70%超、WOZ軍損失3%未満という、またしても一方的な結果となった。しかもWOZ側が被った損失は開戦直後の撃ち合いがほとんどだった。つまり両戦力の最初の衝突それ以降において共同軍はまともに応戦することさえできていなかったのである。共同軍艦艇の残り30%が生き残れたのは各艦がなりふり構わず無秩序に逃げた結果でしかない。
この戦いに駆け引きはない。WOZ軍はただただ、呆れるほど早く戦力を展開しただけだった。しかしそれが如何に困難であるかを各国の軍人は知っている。そしてそれが可能であるWOZ軍の強さに戦慄することになるのである。




