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第1話 世界を味わう者と世界を創る者

夕暮れの丘だった。

草が風に揺れ、遠くに街の灯りが見える。

旅の途中のオカリナ吹きは、岩の上に腰掛けて静かに笛を吹いていた。

やがて一曲終わると、近くの木陰から拍手が聞こえた。

振り向くと、一人の旅人がいた。

背中に古いバイオリンを背負っている。

「綺麗な音だな。」

オカリナ吹きは少し照れながら笑った。

「ありがとう。君は?」

「バイオリン弾きさ。」

そう言ってケースを開く。

夕日の色を映したような木肌だった。

しばらく沈黙が流れた。

やがてオカリナ吹きが尋ねる。

「君には世界ってどう見える?」

バイオリン弾きは少し考えた。

「難しい質問だな。」

そして弦を一本鳴らす。

細い音が空へ伸びた。

「俺にはな、世界が素材に見える。」

「素材?」

「悲しいことも、嬉しいことも、風の音も、人の声も。」

彼は指で空をなぞった。

「全部拾って、削って、磨いて、音楽にするんだ。」

「なるほど。」

「だから俺はよく立ち止まる。もっと上手く表現できないか考える。」

オカリナ吹きは黙って聞いていた。

そして今度は自分が答える。

「俺は少し違うかな。」

「どう違う?」

「俺は世界を味わってる。」

バイオリン弾きは眉を上げた。

「味わう?」

「うん。」

風が吹いた。

草の匂いが流れる。

「風が吹いたら気持ちいいなって思うし。」

「花が咲いてたら綺麗やなって思うし。」

「知らない町に行ったらワクワクする。」

オカリナ吹きは笑った。

「俺はそれを音にするために見てるんじゃない。」

「ただ見たいんだ。」

バイオリン弾きは静かに聞いていた。

「面白いな。」

「そうか?」

「俺はずっと何かを表現するために見てた。」

夕日が沈み始める。

空が赤く染まる。

オカリナ吹きは空を見上げた。

「君は世界を作品に変える人なんやな。」

「かもしれない。」

「俺は世界を見て回る人や。」

「それだけで満足なのか?」

オカリナ吹きは少し考えた。

そして笑う。

「たぶん。」

「鳥になったらどんな景色が見えるかな、とか。」

「馬になったら草原はどんな風に感じるんかな、とか。」

「そんなことばっかり考えてる。」

バイオリン弾きは思わず吹き出した。

「変なやつだな。」

「よく言われる。」

しばらく二人で笑った。

やがてバイオリン弾きが言った。

「でも。」

「ん?」

「君みたいな見方も羨ましい。」

「なんで?」

「俺はつい考えてしまう。」

弦を押さえる指を見る。

硬くなった指先。

「もっと上手く。」

「もっと綺麗に。」

「もっと遠くへ。」

「そんなことばかりだ。」

オカリナ吹きは笛を握った。

「俺は逆やな。」

「技術より先に景色を見てしまう。」

「だからあんまり上手くならん。」

二人はまた笑った。

そして日が沈む頃。

バイオリンが鳴った。

その後にオカリナが重なる。

どちらも同じ風を見ていた。

けれど、

一人はその風を音楽へ変えようとしていて、

もう一人はただ風そのものを楽しんでいた。

それでも不思議と、その二つの音はよく溶け合っていた。

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