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聖女を森に捨てるだけの簡単なお仕事です。  作者: BPUG
第四章 魔法使いの記憶
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第44話 One and Only



 淡い光を浮かべる陣から、重い足を動かして外に出る。

 一歩が遠い。

 足元に引かれた線を越え、体に纏わりつく魔法陣の影響力から解放された。

 直後、崩れ落ちた私のそばにマーサが駆け寄る。


「主!」

「……静、かに」


 頭が痛い。

 反射的に治癒魔法を行使して、気づく。

 今はあれほど体の中に溢れていた魔力が尽きかけている状態。

 魔法は形にならず、逆に僅かに残っていた魔力を消費してついに意識は途絶えた。




 重い。

 全身が水の底にいるかのように、重く感じる。

 糊ではりついたかのような瞼を押し上げ、滲む視界に広がる光を追う。


「……主? 起きた?」


 不安げな声に、緩慢な動作で頷く。

 マーサがほっと息を吐いたのか、空気が揺れた。

 少しずつ今自分がいる状況を思い出し、私もふうっと長い息を吐いた。


「魔法陣に魔力を吸わせ過ぎたか」

「用意しておいた装置、魔力が入りすぎて壊れた。主、魔力、多すぎ」

「……私のせいではない。恐らく一般的な魔力量の者であれば、壊れなかったはず」

「つまり主のせい?」

「……魔法陣の改良が必要と言うことだ」

「分かった」


 コクンッと首を上下させたマーサに私も頷き返し、ゆっくりと起き上がる。

 どれほど寝ていたか分からないが、気を失っていた間に半分以上は魔力が戻っている。今の私の魔力量は一般市民より一、二割ほど多く、魔法使いとなるには三割ほど足りないといったところ。

 鬱陶しいほどの魔力が自分の体から消えるというのは不思議な感覚だ。

 今まで自分の魔力を全て使うほどの魔法を使ったことがなかった。

 常に自分の中から湧き出る魔力が無くなるのはこんなにも心もとなく、それでいて解放感に溢れるものなのか。


「対象者の魔力量を判定し、最低でも二割……いや、三割は残す指示を加えよう。それと並行して、魔力を受け取る器が満たされた時にも止まるように」

「承知。いくつか文字候補がある」

「ありがとう、助かる」

「うん」


 マーサが得意げに口の端を上げて頷く。

 マーサの知識欲は旺盛で成長は目覚ましい。王都の裏路地に住んでいたとは思えないほど、今では私の研究に欠かせない人材となった。


 魔抜けという存在は、体力と知力など他の能力が伸びる傾向にあるようだ。

 屋敷にいる使用人の子供が魔抜けで、こちらは子供だからと言いきるには異常なほどの無尽蔵の体力と身体能力を持っている。

 女性使用人は魔抜けを生んだからと言う理由で婚家から追い出されたらしく、森に住まいを移す際に募集をかけた際に雇った。

 マーサという魔抜けが丁寧な扱いを受けているという噂にすがり、他にも魔抜けや魔抜けと縁続きの者が幾人かこの屋敷で働いている。


 特段、魔抜けを保護している訳でも優遇している訳でもない。

 ただ、マーサにはどうしてもできなくなった怪我の可能性がある実験には他の魔抜けにも協力してもらっている。

 彼らはなぜか私に恩を感じているらしく、多少の痛みがあろうが「王都で受けていた暴力に比べれば」とか言って嬉々として被験者として名乗りを上げる。

 罪悪感などないが、胸の奥が軋んだ。


「マーサ、魔力が回復するまでに研究を見直しておきたい。資料を持ってきてくれるか?」

「了解した」


 軽い返事をし、部屋を出ていくマーサと入れ替わりで使用人が入ってくる。

 両手には食事や飲み物の乗ったトレーを持っていた。


「旦那様、こちらにお食事を置いておきます」

「ああ、助かる」


 ベッド脇にトレーを置いて挨拶をする使用人。

 ふと気になって、今の私から魔力による圧は感じるかと尋ねてみる。

 彼女の子が魔抜けであるため、マーサの身の回りの世話担当している。丁寧に髪を編んでくれたり、親子と言うよりは姉妹のように接してくれているので助かっている。

 魔抜けをさげすむような使用人にはマーサを任せられないから、彼女を雇えたのは幸運だった。


「あの、不敬かもしれませんが、普通の方と同じくらいにしか魔力を感じられません。普段の近づきがたさもないように思えます」


 おずおずと発言する彼女に鷹揚に頷く。

 つまり、私の魔力量が一時的に一般民と同等になっているというのは間違いない。


「そうか。会話する分には問題なさそうだな。すまないが、もう一つ協力してくれ」

「はい」


 この使用人は魔力持ち。

 ゆえに、普段は私のそばまで来ることは少ない。

 だが今は本人も気づかないうちに近づいてきていた。つまり、他人を怖れさせてしまうほどの魔力の圧が、私から今は消えているということだ。

 であるならば――


「私の手に触れられるか?」

「旦那様の手に?」

「そうだ」


 頷き、半身を起こした体勢のまま、手を伸ばす。

 魔力量が激変した状態ならば、魔力を感じられない魔抜け以外でも触れられるかもしれない。

 そう思い、女性の方へと手を伸ばした――その時、ダンッと大きな音がした。


「だめ!」


 思わず伸ばした手を引っ込め、音がした方を見れば鋭い眼差しを私に向けるマーサの姿。

 床に落ちている本が、さっきの音の正体か。


「マーサ?」

「マーサ様?」


 どうしたのか。

 なぜそんな強い目を私に向けるのか。

 訝しく思い眉を寄せた私の元にマーサは駆け寄り、なぜか使用人の腕に自分の腕を回した。


「主に触ったらダメ。ミア、行って」

「……あら、ふふふ、ええ、分かりました。マーサ様、旦那様のお食事、お願いしますね」

「分かった」

「では旦那様、失礼いたします」


 微笑んで使用人の女性は礼をして去っていく。

 マーサは本を拾い、ふんっと鼻息荒く女性がいた場所に立つ。

 いったいなんなのか。


「どうした?」

「何が?」

「いや……いつになく、こう……機嫌が悪そうだ」

「機嫌とは感情。感情が乱れている。それは正しい」

「そうか。それで、感情が乱れているのはなんでだ?」


 私の質問にマーサは髪の毛をサラリと揺らして首を傾げる。

 二、三秒考えて、マーサは突如私の手を取った。


「主の手を触ってはいけない」

「だが今の魔力量が少ない状態で、他人が私に触れられるかを確かめなくては」

「違う。魔力が多くても少なくても関係ない。主に触ってもいいのは私だけ」


 緑色の瞳がいつもよりも高い位置から私を見下ろす。

 その奥深くにある感情を探して、そして気づく。

 嫉妬だ。

 マーサは、誰かが、女性使用人だけでなくマーサ以外の誰かが、私に触れることを許せないほど嫉妬している。

 それに気づいたと同時、顔が熱くなり、胸の奥が激しく燃え上がった。

 その思いは、主人に対する忠誠ではない。

 養ってくれる人への依存でもなければ、師への敬慕でもない。


「私に触れるのはマーサだけ?」

「そう」

「そうか……では、そのように」

「うん、それでいい」


 誇らしげに大きく首を縦に振るマーサ。

 その独占欲が恋なのか、愛情になるのか分からない。

 それでも私という存在が彼女の心を揺さぶるのであれば、私は彼女だけのものでいよう。

 心からそう願った。





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