第45話 Changes Must Come
魔法陣が輝く。
その光がゆっくり床の中に消えた時、周囲から大きな拍手が響いた。
「さすが大魔法使い様です! こんな素晴らしいものを作り上げるとは!」
「余剰魔力の利用法など、今まで誰も考えつかなかった!」
「文字で魔法と同じかそれ以上の効果を出せるのか?」
「魔法とはまた違う使用方法を検討すればよいだろう」
好き勝手に賞賛や疑念の声を上げる者たち。
私は魔法陣の中央から外へと移動し、そこで待っていたマーサの横に立つ。
煌めく緑の瞳は成功を誰よりも、私以上に喜んでいる証だ。
「主、成功おめでとう」
「ありがとう。やっとここまでこれた」
どんな賛辞よりも、マーサの一言が報われる。
今回披露したのは、日常では使いきらなかった魔力を一時的に保存する魔法陣。
今の時代、戦争などなく、日々の生活では大きな魔法を使うこともない。一日に五割、いや、三割使うかどうかだろう。
一般の民ですらそうであるならば、魔力量を誇る魔法使いなどそのほとんどが無駄になっている。
魔力量を自慢したとして、それを使わなければただの宝の持ち腐れというやつだ。
それを有効活用できるように、この魔法陣を開発した。
これをきっかけに魔力を利用した道具の開発も発展するであろう。
「大魔法使い様、王都に残ってはどうでしょう」
「そうですとも。魔法陣の研究は王都でもできるのでは?」
口々に私に王都に残り、魔法陣を広めるように勧める者たちを見回す。
善意もあるだろう。だが私を利用し、これから発展する技術に食いつこうとする欲がその目の奥に漂っている。
「遠慮する。今は魔法陣の効果で私の魔力は半分以下となっている。私の魔力が全快した時、誰も……魔力を持たぬ者以外近づけない。研究者を全員魔抜けにするのであれば別だが」
「ま、魔抜けに!?」
方々から素っ頓狂な叫びが飛んでくる。
中にはちらちらとマーサを見て、侮蔑がありありと浮かんだ顔をするものもいる。
ああ、王都は全く変わっていない。
使いもしない魔力をひけらかしてどうなるというのか。
マーサを尊重しない場所には用はない。
国王との謁見や貴族として出席せねばならぬ集まりを終えた私は、必要最低限の魔法陣の知識を残して森に戻った。
「旦那様、マーサ様がお食事の準備が整ったと」
「ああ、今行く」
マーサとの生活も十五年を過ぎ、最近は食への欲が大きくなりすぎて美味しい料理を作ることへと移行した。
私の魔法陣研究がひと段落したことも大きいだろう。
基本的な原理を確立した今では、魔法を発動させるための文言や文字の組み合わせの研究が主となっている。
「さて、今日の料理は何肉だろうか」
「……私はなんとも」
「そうか」
使用人があいまいな微笑みを浮かべる。
知っていて黙っているのはどうかとも思うが、それを咎めるのは無粋か。マーサに料理を教えたのは彼女だが、奇想天外なアレンジをするマーサを止めることは難しかったようだ。
食へのこだわりが強いので食材を無駄にすることはないが、「食べられるか食べられないかと言ったら、ギリギリ食べられる」という料理はなかなかに……手ごわい。
魔法陣の研究を始める際に感じた、途方もない無力感を毎日味わわされている。文字通りの意味で。
「主、どう?」
「……うむ……肉、ではあるな。肉の周りに薬草が貼りつけてあるのか?」
「薬草で包んでみた。体にいいって」
「そうか。私の健康を考えてくれているのだな。少し……そうだな、私は馬ではないから、ボウルいっぱいではなく半分以下でもいいだろう」
「そう? 緑いっぱいだと美味しそう」
「……うむ、そう……か。そうかもしれないな」
「うん」
満面の笑みを浮かべるマーサに、私は歯の奥に引っかかった薬草を黙って取る。
使用人が壁近くで肩を震わせているのは、どういう心境なのか。使用人たちは全員料理人が作る料理を食べているはずだ。マーサはいつも自分と私の分しか作らないから。
それは良い。マーサの手料理を食べられる幸運を私が独り占めしていると思えば。
使用人の方が私より美味い料理を食べているのでは、という考えには気づかなかったことにする。
「マーサ、今度は魚メインでどうだ? 肥えた魚は焼くだけでも美味いぞ」
「うん、分かった。美味しい魚を焼く」
「ありがとう」
ほっと薬草臭い息を吐き、茶で口の中をすっきりさせる。
壁際の使用人がまた笑っている。
今度、料理を教えているあの使用人に、もうちょっとマーサに厳しくするように言っておこう。
素材はいいはず。いい塩梅というものを覚えれば、きっと美味しく食べられるはずだ。
そんな私だけが毎日勝利の見えない戦いをしている平和な日常に、微かな亀裂が入ったのは一通の手紙がきっかけだった。
「……魔法陣設置と魔力提供の義務化?」
手紙の内容に眉を寄せ、先を読み進める。
読めば読むほど胸糞悪くなる情報に、最後は手紙がぐしゃりと音を立てた。
勝手な。
これだから王都の人間は。
「主?」
茶を入れに行っていたマーサが戻って来て、私の様子に首を傾げた。
私は説明するのも気分が悪くなるその手紙をマーサに見せる。
ここに書かれている内容は、マーサにも無関係ではないから。
「これが出来たら、魔力がない人は生きていけなくなる」
手紙を読み終わったマーサはまつげを伏せてぽつりと呟く。
私はマーサの入れた茶を飲み、渋みと苦みの強さに喉の奥をグッと鳴らした。
それを私が返事をしたと勘違いしたのか、マーサは続ける。
「主、魔力を強制的に回収するのは、可能?」
「魔法陣の中から意図的に制御する文言を外せば可能だろう。だが、魔法陣を悪用するのは私が許さない」
余剰魔力を使って生活に便利な道具を開発するのは良い。
だがそれを理由に、魔力を持たぬものへの迫害を加速させるのは違う。
魔力が無くても豊かな生活を送れるようにするための魔法陣であり、道具ではないのか。
「マーサ、王都に行って魔法陣理論の教育をし直す」
「了解した」
「……魔力なしへの差別が悪化していそうだ。大丈夫か?」
「主の隣は私。ゆずらない」
「そうか。私も今回は全魔力を保持したままで行こう」
「それがいい」
上から目線で言い切るマーサに、口角が歪みそうになる。
一般的な会話は習得しても、不思議な喋り方はなぜか残ったまま。
ずっと一緒にいると言い切った彼女の言葉に浮つきそうになる気を引き締め、私たちは王都へと出発した。




