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【ツグル】マキナはツグルにだけ口が悪い

 うう、頭いてえ。

 昨日飲み過ぎた。

 今、何時?


 なんで、この部屋、時計の一つもないわけ。不便過ぎだろ。

 痛む頭を押さえながらスマホを見ると、午前九時過ぎ。

 うわっ、と思わず声が出る。


 ベッドでいびきをかく富田君を見て、ため息をつく。昨夜は、富田君を助けに行って、そのまま彼の部屋へ(つうか、飲み過ぎだろ、こいつ)。終電も無くなってたし、そのまま富田君と部屋飲みして。


 マキナとロマンチックな映画鑑賞から一転、男臭い部屋飲みとか。落差あり過ぎだろうよ。


 一応、富田君に声をかけてから部屋を出る。

 床で寝たもんだから、頭だけじゃなく、体中が痛い。俺も二十八だもんな。若い飲み方やめた方がいいのかな。


 ちょっともの悲しくなりながらも、駅に行って。いくつか電車を乗り継いで、自宅最寄り駅まで戻った。

 その間、考えてたのはマキナのことばかりだった。昨日、富田君を迎えに行った時にキャバクラ入ったけど。ああ、こういうとこなんだなあ、となんか感心した。

 パーティドレス、でいいのか? なんか大人っぽいセクシーなかっこうのお姉さんたちが、わんさかいて。


 マキナがこういう感じのとこで働いてたことが、なんというか違和感たっぷりで。もういい加減に見慣れた女子高生のマキナユーレイと、うまく結びつかなかった。


 マキナ、あれからどうしたのかな?

 すぐ消えちゃったんかな?

 いや、そもそも自分の意志で消えたりできるもんなのか?


 今更ながら、自分がマキナについて、結構、大雑把にしか把握していないことに気づいた。もっと細かい検証とか推測とかした方が良かったんじゃないか?


 アパートが見えてきた頃には、二日酔いもだいぶ収まっていた。若干、胃のむかつきは残ってるが、まあ、大丈夫。昼飯も食おうと思えば食える。

 確か袋ラーメンが一個残ってたはずだし、それ食っとくか。


 階段をトントン上ったら、部屋の前にマキナが立っていた。

 あれ、まだ昼間だぞ。幽霊出てきちゃあ、いかん時間帯だろ。


「おかえりなさい。てか、顔色悪くないですか?」

 マキナが言った。

 日の光の中で見るマキナは、やっぱり可愛くて。二日酔いも手伝って猛烈に抱きしめたくなった。

 いや、抱き着きませんよ。


「なんだよ。今日は早いな。まだ昼間だぞ」

 湧き上がった劣情を隠すみたいに、軽口を叩く。


 だが、それがマキナの機嫌を損ねたらしい。

「はっ?」とマキナ。眠そうな垂れ目に険がこもる。

「私が昼間から出てきちゃ困るんですか? 自分は朝帰りどころか、昼帰りしといて。いっときますけど、一時間以上待ってたんですから。先輩帰ってこないなって、健気に待ってたんですけど。そういうこと言っちゃうんですか?」


「いや、ぜんぜん、オッケー。マキナと昼間から会えて、すげえ嬉しい。これ、マジだからね」


 マキナは腕を組んで、そっぽを向いて。

「それじゃ、足りませんけど? 誠意とか? 優しさとか?」


「とにかくさ、部屋、入れよ。ここでやりとりしてると、独り言いってるみたいじゃん」


「なんかないんですかね。もう少し」


「日の光の下にいるマキナも可愛いな、なんて」


 すると、マキナが髪の毛を整える。顔が赤い。チョロインか、こいつは。


「可愛いとか、すぐ言えちゃうんですね、先輩」

 下を向いて、なんかモジモジして言った。

「ホントに彼女いなかったの?」


「いや、そっちこそさ。可愛いとか、さんざん言われてきてんだろ。今更、照れるか?」


「そんなの。好きな人から言われるのと、威力違うに決まってるじゃないですか」

 小声で言った。


「…………」

 ヤバい。顔が熱い。俺、今、すげえヤバい顔してる。

「入るか」

 言って、鍵を開けて中へ入る。


 マキナが続く。

 

 なんだ、この空気。

 なんか重苦しい感じじゃなくて、ソワソワするような、妙に浮つく空気。


 部屋は昨日出て行ったまま。そりゃあ、そうだよな。マキナ、物を動かせないもんな。それじゃあ、本も読めないし、ゲームもできん。


 マキナがテーブル前に座る。俺は麦茶を出す。いつもはこのままコンビニ弁当を食べるんだけど、まだ買ってきてないし。俺は所在なく立ったたまま。


「座らないんですか?」

 マキナが見かねて言った。


「お、おう。座るわ」


「…………」

 マキナが無言で俺の顔を見る。

 なに? そんな見られると落ち着かないんだけど。


「あれ、昨日、あのまま、すぐ帰っちゃた感じ?」


「いえ、帰れないんで」


「ああ、そうか。じゃあ、すぐ消えたの?」


「そんな、自分の意志で、出たり消えたりできませんけど」


「ああ、そうなの? なんか、悪かったな」


「そのまま泊ってくるとは思わなかったですけど」


「後輩がもうべろんべろんでさ。部屋送って、ついでにそのまま俺も飲んで」


「先輩にもそういう相手いたんですね」

 マキナがなんか優しい目を向ける。


 なに、そのダメな子の成長を目の当たりにしような顏。

 ああ、高校時代ボッチだったから、それでか。


「先輩は死ぬまでボッチを貫くのかと思ってました」


「いや、別にボッチに誇りとか持ってなかったからね、俺。ただ、高校ではたまたま、そんな感じだっただけで。大学では、ちゃんと友達もできたしさ」


「そうなんだ。ちょっと意外です」


「君、俺をどういう目で見てたんだよ」


「それはもう、なんていか、変わり者? 不思議な人? ヤバい人?」


「おい、ヤバい人は言い過ぎだろ」


「じゃあ、先輩は私のこと、どういう風に見てたんですか? 可愛い後輩? それともうざい後輩? もしかして、エロい後輩とか……」


 いきなりそう言われてもな。どうだったか。可愛いっちゃあ、可愛かったし。うざいっちゃあ、うざかったし。エロいっちゃあ、エロかったしなあ。


「まあ、その三つを合わせたような感じで。陽キャでギャルで、口が悪くて。そんな感じかな」


「口悪かったですか? そんなこと言われたの初めてですけど。先輩の思い違いじゃないですか? というか、コミュニケーション能力低すぎて、防御力ゼロとか? いい球投げてもデッドボールになっちゃう感じ?」


「そういうとこだろ。口悪いじゃん。さらっとひどいこと言うじゃん」

 しかも、割と的を射てるから、キツイのな。


「でも、先輩にだけですよ。こんな感じになるの。私、基本、ことなかれ主義ですし。だいたい、なあなあで済ませちゃいますし。笑ってごまかすの超得意ですし」


「高校時代から?」


「というか、小学生の頃からじゃないですか。私、昔から無駄に敵とかつくるの嫌だったんですよ。自分のこと嫌ってる相手がいるだけで、ストレスじゃないですか。私たちは嫌ってもいいけど、私は嫌わないで、みたいな」


「ああ、空気読め過ぎちゃう人か。でも、俺に対しては、割と当たりきつくなかったか?」


「それ、先輩の魅力だと思いますよ」


「えっ、なにそれ。一目惚れしちゃったの? それでついつい憎まれ口叩いちゃうとか?」


「はっ? 違いますけど。ただ、なんていうか。この人、許してくれそうだなって。甘えたくなっちゃう感じで。包容力? 余裕? なんかピンとこないですね。まあ、とにかく、私のこのペルソナは、先輩に対してる時だけですよ。後にも先にも」


 ペルソナなんて言葉がさらっと出てくることに驚いた。以外とボキャブラリー豊富だよな、こいつ。


「そりゃあ、もったいないな」

 普段のマキナを知らんけどさ。でも、絶対、今のマキナの方が魅力的だと思う。小生意気で。だけど、妙に可愛くて。

 あれ、俺がマゾっぽいのか?


「そう言ってくれる先輩だからですよ」

 うるんだ瞳で見つめられる。


 なんか、体温が一度くらい上がった気がした。


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