【ツグルからマキナ】後輩は後輩でもダメな方
金曜日。明日は休みだと思うと気もそぞろになって、仕事もいまいちはかどらないよね。
「先輩、たまには付き合ってくださいよ。マジ、いい店なんですって。女の子、若いし、可愛いし。絶対、先輩もハマりますって」
終業、十五分前。後輩の富田君から熱烈なお誘いを受けている。
キャバクラでお気にの子ができたんだと。
「いや、いいよ。俺が陰キャなの知ってんだろ。知らない女の子と話すとか、なんで金払ってそんなつらい思いしないといけないんだよ。罰ゲームかよ」
富田君が金髪ツーブロックの両サイドを、両手でシュッと撫でた。陽キャっぽい動きだな。
なに? 陽キャのスキルなの?
「大丈夫っすよ。俺がフォローするんで。先輩の良さ、俺が超引き出すんで。先輩はお金だけ出してくれりゃあ、いいんで」
「おい、俺が奢んのかよ。絶対いかねえよ」
「でも、先輩彼女いないじゃないっすか」
富田君がキレ気味に言った。
えっ、なんでキレてんの。俺が悪いの?
「彼女いないじゃないっすか」
なんで二回言うの。そんな重要じゃないでしょ、そこ。あと、社内でそういうことでっかい声で言うのやめて。マジで。
ある種、パワハラだよ。んっ、セクハラか?
「とにかく、今日は早く帰るんだよ。金曜の夜だからな」
やがて終業時間が来た。富田君を振り切って、俺は会社を後にする。
若くて可愛い女の子なら間に合ってんだよ。幽霊だけどな。
満員電車に揺られて、自宅最寄り駅へ。
そんでもって、コンビニで弁当とビール買って帰る。いつも通り。
今日も、ちゃんとマキナは部屋の前にいた。なんだかちょっと楽しそうに、体を揺らして。
俺を見て、満面の笑顔になる。
ヤベっ、可愛い。
「お帰りなさい、先輩」
富田君の「先輩」とマキナの「先輩」じゃあ、輝きが雲泥の差だな。
「今日も早かったですね」
「おう、金曜日だからな。仕事、超残ってるけど、帰ってきたぜ」
「いいんですかぁ、それ」
そんな話をしてたら、隣の部屋のドアが開いて、隣人のおっさんが出てきた。なんか、こっちに不審そうな目を向けて。
軽く会釈。いつも騒がしくて済みませんね、的なやつ。
おっさんは会釈を返して行っちゃった。
ラフな格好だったからコンビニにでも行くのかも。
「たぶん、私のこと見えてないですよ」
マキナが言った。
「えっ、そうなの?」
だから変な顔で見てたのか。
一人でなにブツブツ言ってんだ? みたいな。
「はい。昨日もそっちの奥の部屋へ配達の人が来たんですけど。私のこと見えてないみたいでしたから」
「そういうこと聞くと、マジで幽霊っぽいな」
「まあ、ユーレイですし」
部屋に入って。いつも通りマキナがテーブルの前にちょこんと座る。
俺は麦茶を入れたコップを彼女の前に置く。いや、飲めないの知ってるけど。
それでも、なんにも出さないの、嫌じゃん。歓迎してないみたいでさ。
「先輩、またコンビニ弁当なんですね。いつもそれだと、お金かかりません?」
「まあ、そうなんだけどさ」
「ひょっとして料理、できないんですかぁ?」
「できるよ。ぜんぜん、料理するからね、俺。カレーとか超得意だし。最近は、面倒くさくて作ってないだけで、本気だしたら、できるから。余裕だから」
「そんな必死にならなくてもいいですけどぉ」
ニヤニヤとしてマキナ。
こいつ、露骨に侮ってやがる。
いや、ホントできるからね。チャーハンとかカレーとか、あと肉を焼いたりとか。味噌汁っぽいの作ったりとか。
「そんなに疑うなら、明日、カレー作ってやるよ。引くほど美味くて驚くからな。マジだからな」
「へえ。でも、私、食べられませんけどね」
「あっ、そうだった。悪い」
なんか罪悪感が。
幽霊を相手にはしゃいじゃった、みたいな。
マキナが、はあ、とため息。
「食べたかったな。先輩の手料理」
「まあ、それなりだけどな。ホント。味付けとか、適当だし」
実際のところ人様に食わせるほどのもんじゃない。
「そっちは料理とかしてたの?」
「してましたよ。いい暇つぶしになったし。自分で言うのもなんですけど、なかなかのもんだったと思いますよ」
「じゃあ、今度作ってよ」と言ってから、すぐに彼女が幽霊だと思い出す。慌てて謝った。
「ごめん。また失言だ」
マキナはちょっと唇を尖らせて不満顔。だが、すぐにニコッと笑った。
「ホント、残念でした。先輩、私の手料理食べたら、絶対、ビビりましたよ」
「勢いあまって、俺のために毎日料理を作ってくれ、みたいにプロポーズしたかもな」
するとマキナがまた左手首を右手で押さえて、なんか脈を取るみたいなことをする。
赤い顔で。
「…………」
いや、なんか言ってよ。さらっと、馬鹿じゃないですか? とか返してよ。素で照れられたら、こっちも照れるじゃん。
缶ビールを開けてグビっと。酒があれば沈黙も怖くない。……わけでもないが。
「ホント、死ぬ前に会いたかったです。ユーレイとかじゃなしに」
それに答える言葉は持ってない。俺は生きてるから。
静かに一人缶ビールを傾ける俺。
マキナが何度目かのため息をついた。
「なんか、観るか? 今日、金曜日だしさ。映画とか。うち、アメプラ入ってるから、いろいろ見れるぜ」
幽霊だって、映画は観れるもんな。
「じゃあ、なんかお勧めお願いします」
「お勧めってわけじゃないけど、ちょっと気になる映画はあるんだよな」
言って、俺は一年くらい前に公開された洋画のタイトルをあげた。
「あっ、それ、私も観たいと思ってたんですよ。もう配信されてんですね」
パアっとマキナの顔が輝く。
「ちょうどいいな。観てみるか」
さっそくテレビをつけて。
チャンネルをサブスクの動画配信に合わせて。
マキナがそそそっと俺の隣に寄ってきて、ピトッと肩を付けてきた。
ヤバっ、なに、この彼女感。
「部屋、ちょっと暗くしません? 映画館、みたいな」
「お、おう、そうするか」
なんか緊張してきた。
部屋で映画観るだけなのに。女の子が隣にいると、こんなドキドキするもんなの?
「先輩、こういう映画も観るんですね」
割とラブロマンスたっぷりっぽい映画だからな。俺のイメージじゃないんだろ。
「俺、面白けりゃあ、なんでもいいってタイプなの」
「あっ、それ私もです」
「そういや、文芸部で映画の話とかしたことなかったな」
「そういえば、そうですね。普通、そういうきっかけから、デートに誘ったりするんですけど」
「悪かったね。草食系でさ。まともに女子としゃべったことないのに、デートに誘うとかハードルたけえよ」
「最初の頃は、ホント、キョドってましたもんね。先輩」
「すっげえ、ドキドキしたよ。超緊張してたからな」
「でも、私のこと、別に意識してたわけじゃないですよね」
「男は可愛い女子はみんな意識するもんなの」
マキナがキュッと俺の腕をつかむ。
「……可愛いとか、普通に言うし」
小声でつぶやく。
映画が始まった。
マキナは腕をつかんだままで。ともすれば、俺の腕は彼女に抱きしめられていて。当然、胸の感触が伝わってきて。
部屋の暗さもあいまって、ぜんぜん、映画の内容が頭に入ってこなかった。
だが、映画が中盤に入ったところで、スマホが鳴った。後輩の富田君からだった。
「悪い。ちょっと出るな」
映画を止めて、スマホに出る。
「先輩、助けてください」
富田君の必死の声。
なんで、こいついきなり窮地に陥ってんだ?
「なに? 俺、そんな人助けとかできない人だよ。能力的にも人格的にも」
冷え冷えとした声で言った。
富田君は甘やかすと、とことんつけあがるからな。
「そんなこと言わないでくださいよ。俺、先輩のこと、マジ、リスペクトしてるんですから」
「嘘つけ。もう、切るぞ」
「ちょ、ちょっと待った。マジで、困ってるんですって。その、ボトル入れたら、金、たんなくて。マジで、ホント、困ってて。頼れる人、先輩しかいないんすよ」
「知らん。佐藤課長でも呼べ」
「あの人が助けてくれるわけないじゃないですかぁ。マジで頼んます」
「社員証でも預けて、ATMにでも駆け込めよ」
「そんなヤバいことしたくないっすよ」
「じゃあ、ツケ払いしとけ」
「できないっす。頼みますよ。先輩。俺に男を見せてくださいよ」
「いや、君に男を見せてもなあ」
「お願いします。先輩。今度、合コン開きますから。マジですから」
はあ、と重いため息を吐く。
仕方ない。見捨てたところで、なんとかなるだろうが、一応、先輩として助けに行ってやるか。超面倒くさいけど。
店の場所を聞き、近くに着いたら電話することを告げて、通話を切る。
「ごめん、アホ後輩を助けに行かなきゃならんくなった。あとは、一人で観てて」
言って、映画を再生しようとする。
「あっ、いいです。一人で観てもって感じだし」
マキナが言った。あんまり気にしてないようだ。
「じゃあ、ちょっと行ってくるな。遅くなると思うから、先に寝てて」
そのセリフが的外れだったことに気づいたのは、部屋を出てから。言い直すのもなんだし、そのまま駅に向かったけどさ。
◇◇◇
先輩が出ていったドアをしばらく眺め続ける。
あーあ。
せっかくいい雰囲気だったのに。
笑顔で見送ったけど、結構な落胆。
映画は評判通りロマンチックだった。
まだ半分くらいだけど、これ、絶対泣けるやつだって分かる感じ。
それで、映画終わった後、そのままキスとかしちゃったり。そんなこと期待してた。
先輩とキス。
ヤバいでしょ。マジで。
考えただけで、ドキドキして。興奮してくる。
キスの妄想で興奮するとか。小学生か?
キスなんて、もう数えきれないくらいしてるけどさ。いろんな人としてるけど。
それでも、本当に好きな人とのキスはやっぱ特別な気がして。
興奮する。
先輩のベッドの上に寝そべった。
先輩の匂いがする。
ふふっ。




